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廃棄区画 広大な湖
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8012年11月15日、俺は早朝に家を出発してエリア004に向かっていた。廃棄区画にある、大きな湖を見る事が目的だった。
(また、レン達と一緒になるとは…)
004の湖を見に行く事をレンとヨシュアに話したのだが、レンが湖を見てみたいと言い出した。断る理由が無かったので、4月の時と同じ様に3人での旅行となった。
「本当に良かったんですか?」
「はい。他の人がいるのも、悪くはないので」
俺はレンとヨシュアがいてくれれば、退屈しなさそうだと思っていた。どうしても一人で行きたい訳でも無かったので、この面子でもいい旅になりそうだった。
「でも廃棄区画に入る許可って、そんな簡単に得られるものなんでしょうか?」
「ジェラルドさんに聞いた分には、湖のある場所に入るのは簡単らしいですよ」
創作のアイデアを得る事が目的だった俺は、事前にジェラルドさんに相談していた。簡単な手続きをするだけで、廃棄区画に入れるというのは意外だった。
「でも事前に連絡してある俺はともかく、レンとヨシュアは…」
「入れない可能性あんの?004暇潰せる場所無かったじゃん…」
レンは急に不安になっていたが、すぐに004行きの鉄道が来た。俺は一応、区画管理事務局にメールを送る事にした。
数日前、俺はジェラルドさんに電話して、廃棄区画に入る方法を聞いた。ジェラルドさんはすぐに正式な手続を経て入る方法を教えてくれた。
「管理事務局に湖を見てみたいって言ったら、簡単に入れる筈だ」
管理事務局に名前などの個人情報を載せた上で、入りたい理由を記載したメールを送れば、廃棄区画にも入れるらしい。一応危険な場所もあるのだが、そこは自己責任で注意しろと言う事なのだろう。
「こんな簡単に入れるものなんですか…」
「前にも聞いた事があるかも知れないが…漁が目的の奴らもいるから、簡単に入れるんだよ」
前に行った時の海鮮料理屋では、廃棄区画で取れた魚を使った料理が提供されていた。004では、廃棄区画への出入りは常識の範囲なのかも知れない。
「だが荒野の遺跡群の方には向かうなよ。あっちには崩落の危険性があったり、未知の病原体があったりするからな」
荒野の方に出入りするのは、探査隊など一部の人間に限られていた。その為、湖の方とは違い厳重なチェックが行われているらしい。
「市街地とは違った危険もある、何はともあれ気をつけるんだ」
ジェラルドさんは、再三に渡って注意をしていた。だから俺も、他の場所よりも気をつけようと思っていた。
俺は荒野の遺跡群の方の危険性について伝えていたが、ヨシュアは不安に思う事がある様だ。未知の病原体があると聞いて、それを不安視している様だ。
「その辺は新米漁師も不安に思う事があるみたいだけど…管理事務局が徹底的に菌のチェックを行っているから、心配は無いはず」
俺が事前に調べていたサイトを見せながら説明して、ヨシュアは納得した。一方のレンは、廃棄区画に入れる事にワクワクしている様子だった。
「都市部とは全然違うんだろうな…」
「三浦先輩も気をつけてくださいね…しっかり整備されていないところも多いみたいですから」
ヨシュアの言う通り、廃棄区画は柵などがちゃんと整備されている場所の方が少ない。思わぬ自己に遭遇する可能性は、都市部よりも遥かに高い。
「それくらいは分かってるよ」
レンは廃棄区画の危険性についてはしっかり把握している様だ。流石に自分が行きたがっている場所がどんなものなのかは、調べていたらしい。
「もうすぐ着く。今回は都市部では無い方に向かうから地図もチェックしておかないと…」
俺は鉄道が駅に着くまでに、地図の画面をいつでも取り出せる状態にした。廃棄区画のゲートは駅から離れていて、道も分かりにくいらしい。
入り組んだ道の先に、廃棄区画へと繋がるゲートはあった。ゲートの周辺は人気が無く、物々しい雰囲気が漂っていた。
「えっと、君がエドガーメイソンだね。手続きの完了は確認してるから入っていいよ。荒野の方には行かないようにね」
「はい、ありがとうございます」
ゲートにいた係員は、くたびれた雰囲気を漂わせる中年男性だった。俺の事を確認した後、丁寧な対応をしてくれていた。
「君達はまだ手続きが済んで無いね…」
レンとヨシュアは事前にメールを送っただけで、入る許可は得ていなかった。係員はデバイスを操作しながら、二人に名前などを聞いていた。
「本当に気をつけろよ…調子に乗った奴が転落死した事故もあるんだからな」
「三浦先輩、気をつけてくださいね」
「何で俺なんだよ!」
確かにレンみたいなタイプの男は、不安に見えるのだろう。尤も、レン本人としては、かなり不服みたいだが。
「危ないものには近づくなよ」
係員はレンだけで無く、俺達の事を心配している様子だった。事実として死亡事故もあるので、そんな目に遭わないで欲しいと思っているのだろう。
「本当に崩れそうな所には注意しないとな」
「そうですね…」
俺達が行く場所は、係員の注意が必要な危険な場所だ。その危険性を心に留めながら、俺達は廃棄区画へと向かった。
廃棄区画にある湖は向こう岸が見えないほどに、巨大なものだった。その湖にも、古い時代の角ばった形状の柱が建っていた。
「すげぇ広いな…」
「思っていた以上の大きさですね…」
レンとヨシュアと同じ様に、俺も驚きを隠せなかった。ここは海水の湖の様で、少し離れた場所に淡水の湖もある様だ。
「あの橋…いつ崩れてもおかしくなさそうですね」
「俺はあんなところ歩かねえぞ」
湖の上にはボロボロの古い橋があったが、流石にレンは歩こうとはしなかった。しかし俺は橋を間近で見たかったので、三人で橋の方向へ向かった。
「事故多発…ねぇ…」
「酒を飲んだ人がこの上を渡ろうとして、湖に落下する事が、割とあるらしいです」
古い橋は骨組みが見える箇所がある程に、状態が悪かった。しかしその骨組みには現代では使われていない、高度の強い素材が使われていた。
「部品勝手に取っていいのか?」
「漁師の人達も魚を勝手に獲ってるみたいだし、いいと思う」
「意外と大胆ですね…」
俺が橋の部品の一部を取ると、レンとヨシュアは驚いた様子を見せた。こうした遺物を手に入れる為にも、廃棄区画に来たのだ。
岸に沿って歩いていると、港の方に向かっている漁船を見かけた。折角なので、俺達は漁師達がいる港へ向かってみる事にした。
「結構賑わっているな…」
「露店もあるみたいです」
港には予想以上に沢山の人が居て、漁師以外の人間は魚を求めてやって来ている事が分かった。港の一角では競りが行われていたり、露店で魚を買い求める観光客がいた。
「港自体は、そんなに古い建物では無いな…」
港にある建物は古代の技術では無く、現代の技術で建てられた普通の建物だった。ここでの漁には、そこまで古い歴史は無さそうだ。
「淡水の湖への行き方を聞いてみるか」
俺達は露店を出している男性に、淡水の湖への行き方を聞いてみた。彼の話で、淡水の湖は少し遠い場所にある事が分かった。
「観光用のフェリーも出してるぞ。乗ってみたらどうだ」
「フェリーもあるのか…」
廃棄区画にこんな漁港がある事自体、他のエリアではあり得ない事である。さらに観光客のためのフェリーまであると言うのだから驚きだ。
「輸送用の車両に乗せてもらったらどうだ。少し金を出せば乗せてくれるぞ…乗り心地は良く無いが」
確かに歩いて行くとなると淡水の湖に着く頃には、2時過ぎになりそうだった。俺達は彼の勧めで、輸送用の車両に乗せてもらう事にした。
淡水の湖へは正午を過ぎる前に着く事が出来たが、輸送用車両の乗り心地が悪くてかなり疲れていた。フェリー乗り場のある場所へ向かう前に、湖を眺めながら休憩する事にした。
「昼にしようぜ…」
俺達はそれぞれコンビニで買って来ていた弁当を食べる事にした。ヨシュアが持っていた、弁当を温めるための小型レンジを使わせてもらう事にした。
「これ高い奴だよね?」
「充電機能もあって、何かと便利なので」
俺が買ったのは焼肉弁当で、レンとヨシュアは牛丼だった。野菜がやや少なかったが、欲しいのは直接的なエネルギー源になる物だった。
「うん、美味い」
「しかし、流石に11月は冷えますね…」
湖の近くで吹いている風は、エリア092のものとは比べ物にならない程冷たかった。俺達は弁当が冷えきる前に、急いで食べる事にした。
「冷めるの早いな…」
「猫舌なので、少しありがたいですけどね」
俺は熱いものがかなり苦手で、少し冷まさないと食べれなかった。とは言え、冷えるのが早いので食べるのを急がないといけないのも、それはそれで良く無いが。
「そう言えばフェリー乗り場の辺り、結構賑わってないか?」
「廃棄区画の筈なのにあんなに人が…」
フェリー乗り場の付近には建物が並んでいて、観光客と思われる人々の姿も見えた。昼食を食べ終えた俺達は、フェリー乗り場の方へと向かった。
フェリー乗り場の近くには飲食店などもあり、多くの観光客で賑わっていた。中には親子連れもいて、ここが廃棄区画だとは思えないほどだった。
「マジかよ…」
「ここまで賑わっているとは…」
廃棄区画にここまで大勢の人がいるのは、本来はあり得ない事だ。俺はフェリー乗り場にいた従業員に、事情を聞いてみる事にした。
「少し前まではしっかり取り締まっていたらしいが…珍しい遺物は博物館に寄贈されたからね。少し監視の目を緩めたら色んな企業が出店して、今はこんな感じなんだよ」
「すごいな…」
そこまで大きな企業がの出店は無かったが、様々なグループの店が並び、サービスエリアの様相になっていた。怪しい店の姿も見えず、治安も悪くなさそうだった。
「たが、ここから少し離れた山の中には違法な風俗店や賭場がある。そっちはかなり危険だから観光客に対する注意喚起もされている」
004は暴力団などの排除を徹底したエリアで、現在使用されている区画にはヤクザの姿は無い。その分、こうした廃棄区画に追いやられているという事なのだろう。
「その辺りじゃ人身売買も行われているらしいからな…かなり危険だし行くのはやめておいた方がいい」
西暦8000年になっても、未だに人身売買は発生していた。エリア013のヤクザだけで無く、他の土地の犯罪組織も行なっているらしい。
「追放されても、まだそんな事やってんのかよ…」
「そんな事をやらないと、生きていけない人達なんでしょう」
最初からヤクザになろうとした者は殆どおらず、社会からドロップアウトした者達が多い。この辺については、社会保障や福祉の問題だと言われる事もある。
「まぁエリア政府も何とかしようとはしてるみたいだけどな。この間だって特殊部隊を投入したらしい」
「特殊部隊…」
警察は使用区画内でしか行動できないので、廃棄区画用の特殊部隊を編成したのだろう。ヤクザの装備では特殊部隊には勝てず、何度も壊滅的なダメージを与えている。
「まぁこの辺りは安全だから、安心して湖を見ていくといい」
俺達は従業員の勧めにしたがって、フェリーに乗ってみる事にした。値段も高くなく、フェリーの船内も清潔そうだった。
「向こう岸の店も色々ありそうですね」
ヨシュアはこの辺りの店に興味を持ち始めている様だ。俺達が乗ってしばらくすると、フェリーは出発した。
フェリーの外の景色を眺めていたレンとヨシュアは、旅行気分を味わえて楽しそうだった。一方俺は、そこまで特徴の無い湖に退屈してしまっていた。
「廃棄区画だからって、そこら辺に異物が転がってる訳じゃないんですよ。この湖に放置してたら、フェリーが事故を起こす原因にもなりますからね」
「それも分かってるけどさぁ…」
俺はこの湖にあった遺物がどうなっているのかが、気になった。ただ単に廃棄物として処分されたのであれば、とても勿体ないのだ。
「この湖は調査済みだぞ。埋まっていた遺物は研究所に持ってかれたらしい」
「それなら…」
研究所では遺物の構造や素材などを解析して、古代の人間がどの様な文明を築き上げていたのかを調べているらしい。その研究結果を読んで見て、以前と比べて様々な発見がなされている事を知った。
「現代と比べると機能性よりも頑丈さを重視している…それ程までに災害の多い時代だったのか…?」
「おいエドガー、降りるぞ」
エドガーが研究結果を読んでいる間に、フェリーが対岸に到着した。俺はレンに急かされながら、降りる準備を急いだ。
ヨシュアが興味を持っていたのは、アクセサリーを売る露店だった。俺とレンも別のエリアで作られた工芸品には、興味があった。
「これも綺麗ですね…」
「好きなだけ見て行ってくれ」
ヨシュアは鉱石を使ったブレスレットに興味を持っていて、俺は古代文化の意匠を感じさせる小さな懐中時計が気になっていた。欲しい物を見つけたレンは、店主に値段を聞いていた。
「高すぎるだろ‼︎」
「素材が高いんだからしょうがないだろ」
納得いかなかったレンは、店主との値切りの交渉を始めた。俺とヨシュアは、そんな2人の交渉の様子を不安に感じながら見ていた。
「そんなに安く出来る訳ないだろ!」
「俺から見たらこの値段が妥当だよ」
店主が提示していた値段は50ユーロだったが、レンは5ユーロにしろと詰め寄っていた。かなり無茶な要求である事は、俺から見ても明らかだった。
「10ユーロ…これ以上は譲れねぇぞ」
「分かったよ」
レンは10ユーロ紙幣を置いて、加工された綺麗な鉱石を持って行った。確かに50ユーロは高いかも知れないが、10ユーロ以上の価値はありそうだった。
「お前ら…それなら2ユーロで売ってやるよ」
「えっ…10ユーロじゃ…」
「いいんだよ、2ユーロで」
「ありがとうございます」
俺達はそれぞれ10ユーロの物を買う事にしたが、店主は突然2ユーロに変更した。俺は困惑したがヨシュアは2ユーロ分の札を出して支払いを終えたので、俺もすぐに2ユーロ支払って商品を受け取った。
「値札書き換えてる…」
「最初から、観光客をカモとして見ていた様ですね」
レンの値切りは間違っていなかった様で、最初から明らかに高い値段で売ろうとしていた様だ。値切りに応えた所を見られたので、俺とヨシュアにも安い値段で売る事にしたのだろう。
「先輩…最初から明らかに値段が高いと気づいていたんですか?」
「いや…分かんなかったから値切ろうとしたんだぞ」
「ええ…」
レンはアクセサリーの価値が分からずに、取り敢えず値切ろうとした様だ。結果的には大損をせずに済んだのだが、俺は少し呆れた。
「俺、昔はあんま金が無かったから、少しでも安く買いたくなっちまうんだよ」
「まぁ…それはしょうがないと思いますが」
ヨシュアはレンが何処ででも値切ろうとするのを知っていたらしい。それでもレンに値切る場所は選ぶ様に言っているみたいだ。
「ぼったくられずに済んだんだから、いいじゃねぇか」
確かにレンの言う通りで、あのままだったら無駄に損をしていた可能性も高い。常に値切るのは良く無いが、もう少し疑う様にする必要もあるかも知れない。
俺達はフェリー乗り場の近くにあった休憩所で、次の目的地をどうするか迷っていた。既に午後4時過ぎだったので、このまま帰るというのも選択肢の一つだった。
「折角だし、荒野の方を見に行きたいな」
「マジかよ。今からあっちに行くと、帰るの夜遅くになるぞ」
荒野の方に行きたがっているのは俺だけだったのでやっぱりやめようと思ったが、ヨシュアも興味があるみたいだった。ヨシュアは今回行きたい訳では無さそうだったが、反対はしなかった。
「見に行くのもいいと思いますよ。どちらにしても入れないから、すぐ離れる事になりますし」
「じゃあ、行ってみるか」
俺達は3人で廃棄区画の荒野を見に行く事にした。今回もまた、輸送用の車両に乗せてもらう事にした。
「特殊部隊の奴らがヤクザのアジトを掃討したらしいぜ」
「少しでも減ってくれりゃ、俺達も安心して仕事ができるな」
運転手達は、ヤクザのアジトが壊滅した事の話をしていた。気になってネットで確認すると、アジトへの突入が行われた事がニュースになっていた。
「今日もまた…」
「彼らが犯罪に手を染めなければいけなかった理由も、気になります」
ヨシュアは犯罪を犯してしまう原因を知りたがっていた。再犯防止という観点で見ても、犯罪者の心理を知る事は重要だった。
俺達は荒野に繋がるゲート付近で降ろしてもらった。しかし、ゲートの付近が何やら慌ただしく、何かトラブルが発生している様子だった。
「何が起きてるんだ…」
「少し離れてた方がいいかも知れませんね」
ゲートの辺りでは探査隊の隊長が情報を確認しながら指示を出していた。指示を受けた隊員達が連絡を取ったり、特殊車両を動かしたりしていた。
「遭難者の痕跡をα5地点で確認!」
「落ち着いて痕跡を確認しろ!」
荒野の方で遭難者が発生したらしく、その捜索を行っているらしい。俺達の存在に気づいた探査隊員の1人が、こっちに向かって来た。
「ここから先は立ち入り禁止です」
「分かっています。遭難者って…」
「観光客のグループが荒野の方に入っていったんです。一部監視が不十分な場所があったせいで…」
「ここから先にはどんな危険が…」
荒野の方には未知の病原体もあるとは聞いていたが、遭難者が発生してここまでの騒ぎになる事には驚いていた。俺は探査隊の隊員に、具体的にどんな危険があるのかを聞いてみた。
「この先で確認されているウイルスに感染すると、まず呼吸器や循環器にダメージが入る。感染したまま放置すれば、いずれ吐血し始めて…その頃には手遅れです」
「…ここは大丈夫なんすか?」
「はい。ウイルスはこの先の環境以外には適応できないので…」
「ウイルスの方も繊細って事か…」
使用中の区画にウイルスを持ち込もうとしても、途中で死滅してしまうという事だ。繊細過ぎるが故に、研究もあまり進められていないらしいが。
「発見したぞ!ゲートに運ぶ!」
「何の装備もして無かったみたい…きっと無事じゃ済まない」
連絡を受け取った隊員は遭難者達が発見された事を確認した。しかし、彼らが無事では無い事を悟っている様子だった。
「厳重に監視されていたのはゲートの辺りだけだったって事か…」
「そもそも荒野の方に行く様な人は少ない筈ですからね」
俺達は隊員が去って行った後ゲートから離れて、探査隊の迷惑にならない場所に移動した。わざわざ危険な場所に行く者は少ないから、ゲート以外には監視の目が行き届いていなかったのだろう。
「まあ、俺はそんな事する様なバカじゃないからな」
俺は、そう言っている人間が一番危なっかしいと思っていた。ヨシュアも同じ考えの様で、レンを不安そうに見ていた。
しばらくすると救出された遭難者を乗せた車両が、ゲートを通過して来た。隊長がかなり素早く指示を出していて、相当の緊急事態である事が分かった。
「あの…大丈夫そうなんですか?」
「一刻を争う事態です。彼らの呼吸器は深刻なダメージを受けています。このまま息を引き取っても…」
遭難者達は使用中の区画にある病院まで搬送するらしい。車両の中でも生命維持は続けるが、助かる可能性は低いとの事だ。
「この流れで聞くのも何ですけど…荒野を見渡せる景色のいい場所知りませんか?」
「それなら、そこの高台の上に行ってみてください。浮遊遺跡も見る事が出来ますよ」
「ありがとうございます」
俺達は隊員に礼を言った後、ゲートの近くにある高台へと向かった。もう既に夕暮れ時だったので、少し急いでいた。
「浮遊遺跡ねぇ…荒野にあるやつって、どう浮いているのか分からねぇらしいよな」
「探査隊も調査を進めていますが、不明なままみたいですね」
俺達は荒野にある浮遊遺跡は、写真でしか見た事が無かった。俺達は夜になる前に一眼見ようと、高台へと急いだ。
「こことは別に空中の遺跡もあるみたいだな。あれも脆そうに見えるが、現代の建物よりも頑丈な素材と構造で作られているらしい」
高台に着いた俺達が見たのは、夕陽に照らされた美しい荒野だった。そして遥か遠くには夕陽に照らされて輝く、浮遊遺跡があった。
荒野の浮遊遺跡には遺跡の柱と繋がっておらず、明らかに浮いている構造体があった。探査隊が何度か赴いているが危険が多く、調査は進んでいなかった。
「浮遊遺跡がある辺りは、地面が崩落しやすいかなりの危険地帯らしいな」
「あの遺跡の謎が解明されるのは、まだまだ先の時代になりそうですね」
探査隊もあの遺跡に赴く事は少ないらしく、過去には死亡事故もあったそうだ。それ故に探査隊も実地調査は諦めて、安全に探査する為の新技術の開発を進めている。
「俺達が生きている間は開発されなさそうだな」
「てか技術の進歩でどうにかなるのか?ロストテクノロジーの産物なんだろ?」
レンの言う通り、今を生きる人類には永遠に解明できない謎かも知れない。しかし、だからこそ長い時を経た今も、ロマンとして残り続けているのだ。
「どうだエドガー、創作意欲湧いてきたか?」
「うん…いい文章が書けるか分からないけど」
俺達は陽が沈むまで浮遊遺跡を眺めて、都市部では見られない星空も見た。帰りは行きと同じ様に、輸送用の車両に乗せてもらった。
廃棄区画への出入りをチェックするゲートに着く頃には、既に月も昇っていた。この日は三日月で、星の輝きの邪魔にはならなかった。
「お前ら無事だったのか」
「俺達は、搬送されていく遭難者を見ただけです」
ゲートにいた係員は朝にもいた中年男性で、相変わらず気怠そうだった。遭難者が出たと聞いて俺達の事を心配していたのか、心の底からの安堵の表情を見せていた。
「俺も確認したんだが、容体はかなり悪いらしい。このまま死んでもおかしくないそうだ」
「あの…僕達は荒野に繋がるゲートの高台にいたんですが、大丈夫なのでしょうか」
ヨシュアは俺達三人で、高台の上から荒野を眺めていたからか、急に不安になったみたいだ。係員はヨシュアの話を聞いた後、落ち着いた声で話し始めた。
「あの高台なら平気だよ。どんな風向きだろうと、その辺りはウイルスは生きていけない環境だからね」
「そうですか…ありがとうございます」
係員もそれなりに廃棄区画については詳しいらしい。長年勤めて来たお陰で、様々な知識を得る事が出来たとの事だ。
「じゃあな。気をつけて帰れよ」
係員は俺達の事を最後まで気遣っている様子だった。駅についた俺達はホームで、数分後のエリア003行きの列車を待っていた。
俺達は時刻通りに来た、エリア003行きの列車に乗る事が出来た。ヨシュアとレンが帰った後どうするか話している間、俺は車窓からエリア004の夜景を眺めていた。
「こうして見ると、本当に綺麗だよな」
「そうですよね…」
俺がエリア004の都市部の景色を眺めていると、ヨシュアとレンも車窓の景色を眺め始めた。エリア004の都市部は近代的な高層ビルが数多く並び、星空とは違った光り輝く美しい光景を作り上げていた。
「実際にあの湖の近くにいたんだな…」
車窓からの景色は廃棄区画のものへと変わっていき、廃棄区画の二つの湖を見る事も出来た。荒野の向こうには、浮遊遺跡の姿がある事も確認できた。
「こうして見ると広いよな…調査も殆ど進んで無いんだろ?」
「ああ…ネット上の活動報告を読んでも、得られる情報はかなり少ない」
探査隊が何度も赴いているが劣悪な環境での調査は過酷で、死者も出ている。それでも古代文明の調査の為に、多額の資金が投じられているのだ。
「そろそろ003の景色が見えて来るぞ」
エリア003には花を象った巨大なソーラーパネルがあるが、もう見慣れてしまった。それでも美しい物であり、今年も咲くであろう冬の桜をまた見たいと思っていた。
エリア003に戻って来た俺達は荷物を家に置きに戻った後、レンの家に集まっていた。俺は飲んでいなかったが、レンとヨシュアは酒を飲み始めていた。
「今度の小説はどんな感じにするんですか?」
「冒険物の、短編小説にしようと思ってる。受けが良かったら、それをベースに長編小説を書こうかな」
廃棄区画にあった広大な海水の湖に行き、荒野の入り口の高台から見えた浮遊遺跡を見て、未知なるものを目指して旅をするストーリーを書きたくなった。冒険物を書くのは初めてでは無かったが、今回は実体験もあるのでうまく書けそうな気がした。
「でも新人賞とか、一度も取れた事無いんだろ?」
「それは…そうなんだけど」
まだまだ文章も粗い部分があり新人賞を取った事は無く、書籍化への道はとても遠かった。それでも俺は、諦めずに書き続けたいと思っていた。
「今の生活もそれなりに気に入っているんだ。また今度、地下街のラーメンを食べに行かないか?」
「おう、いいぞ」
「たまに食べたくなるんですよね」
俺は小説家になって、人気作家になりたい訳では無かった。洋食店で働きながら、故郷から離れた土地で知り合えた友人達と過ごす日々は、他人に自慢できるものでは無いが悪くは無かった。
俺は小説を書いて小さな楽しみを得ながら、生きていければいいと思っていた。
(また、レン達と一緒になるとは…)
004の湖を見に行く事をレンとヨシュアに話したのだが、レンが湖を見てみたいと言い出した。断る理由が無かったので、4月の時と同じ様に3人での旅行となった。
「本当に良かったんですか?」
「はい。他の人がいるのも、悪くはないので」
俺はレンとヨシュアがいてくれれば、退屈しなさそうだと思っていた。どうしても一人で行きたい訳でも無かったので、この面子でもいい旅になりそうだった。
「でも廃棄区画に入る許可って、そんな簡単に得られるものなんでしょうか?」
「ジェラルドさんに聞いた分には、湖のある場所に入るのは簡単らしいですよ」
創作のアイデアを得る事が目的だった俺は、事前にジェラルドさんに相談していた。簡単な手続きをするだけで、廃棄区画に入れるというのは意外だった。
「でも事前に連絡してある俺はともかく、レンとヨシュアは…」
「入れない可能性あんの?004暇潰せる場所無かったじゃん…」
レンは急に不安になっていたが、すぐに004行きの鉄道が来た。俺は一応、区画管理事務局にメールを送る事にした。
数日前、俺はジェラルドさんに電話して、廃棄区画に入る方法を聞いた。ジェラルドさんはすぐに正式な手続を経て入る方法を教えてくれた。
「管理事務局に湖を見てみたいって言ったら、簡単に入れる筈だ」
管理事務局に名前などの個人情報を載せた上で、入りたい理由を記載したメールを送れば、廃棄区画にも入れるらしい。一応危険な場所もあるのだが、そこは自己責任で注意しろと言う事なのだろう。
「こんな簡単に入れるものなんですか…」
「前にも聞いた事があるかも知れないが…漁が目的の奴らもいるから、簡単に入れるんだよ」
前に行った時の海鮮料理屋では、廃棄区画で取れた魚を使った料理が提供されていた。004では、廃棄区画への出入りは常識の範囲なのかも知れない。
「だが荒野の遺跡群の方には向かうなよ。あっちには崩落の危険性があったり、未知の病原体があったりするからな」
荒野の方に出入りするのは、探査隊など一部の人間に限られていた。その為、湖の方とは違い厳重なチェックが行われているらしい。
「市街地とは違った危険もある、何はともあれ気をつけるんだ」
ジェラルドさんは、再三に渡って注意をしていた。だから俺も、他の場所よりも気をつけようと思っていた。
俺は荒野の遺跡群の方の危険性について伝えていたが、ヨシュアは不安に思う事がある様だ。未知の病原体があると聞いて、それを不安視している様だ。
「その辺は新米漁師も不安に思う事があるみたいだけど…管理事務局が徹底的に菌のチェックを行っているから、心配は無いはず」
俺が事前に調べていたサイトを見せながら説明して、ヨシュアは納得した。一方のレンは、廃棄区画に入れる事にワクワクしている様子だった。
「都市部とは全然違うんだろうな…」
「三浦先輩も気をつけてくださいね…しっかり整備されていないところも多いみたいですから」
ヨシュアの言う通り、廃棄区画は柵などがちゃんと整備されている場所の方が少ない。思わぬ自己に遭遇する可能性は、都市部よりも遥かに高い。
「それくらいは分かってるよ」
レンは廃棄区画の危険性についてはしっかり把握している様だ。流石に自分が行きたがっている場所がどんなものなのかは、調べていたらしい。
「もうすぐ着く。今回は都市部では無い方に向かうから地図もチェックしておかないと…」
俺は鉄道が駅に着くまでに、地図の画面をいつでも取り出せる状態にした。廃棄区画のゲートは駅から離れていて、道も分かりにくいらしい。
入り組んだ道の先に、廃棄区画へと繋がるゲートはあった。ゲートの周辺は人気が無く、物々しい雰囲気が漂っていた。
「えっと、君がエドガーメイソンだね。手続きの完了は確認してるから入っていいよ。荒野の方には行かないようにね」
「はい、ありがとうございます」
ゲートにいた係員は、くたびれた雰囲気を漂わせる中年男性だった。俺の事を確認した後、丁寧な対応をしてくれていた。
「君達はまだ手続きが済んで無いね…」
レンとヨシュアは事前にメールを送っただけで、入る許可は得ていなかった。係員はデバイスを操作しながら、二人に名前などを聞いていた。
「本当に気をつけろよ…調子に乗った奴が転落死した事故もあるんだからな」
「三浦先輩、気をつけてくださいね」
「何で俺なんだよ!」
確かにレンみたいなタイプの男は、不安に見えるのだろう。尤も、レン本人としては、かなり不服みたいだが。
「危ないものには近づくなよ」
係員はレンだけで無く、俺達の事を心配している様子だった。事実として死亡事故もあるので、そんな目に遭わないで欲しいと思っているのだろう。
「本当に崩れそうな所には注意しないとな」
「そうですね…」
俺達が行く場所は、係員の注意が必要な危険な場所だ。その危険性を心に留めながら、俺達は廃棄区画へと向かった。
廃棄区画にある湖は向こう岸が見えないほどに、巨大なものだった。その湖にも、古い時代の角ばった形状の柱が建っていた。
「すげぇ広いな…」
「思っていた以上の大きさですね…」
レンとヨシュアと同じ様に、俺も驚きを隠せなかった。ここは海水の湖の様で、少し離れた場所に淡水の湖もある様だ。
「あの橋…いつ崩れてもおかしくなさそうですね」
「俺はあんなところ歩かねえぞ」
湖の上にはボロボロの古い橋があったが、流石にレンは歩こうとはしなかった。しかし俺は橋を間近で見たかったので、三人で橋の方向へ向かった。
「事故多発…ねぇ…」
「酒を飲んだ人がこの上を渡ろうとして、湖に落下する事が、割とあるらしいです」
古い橋は骨組みが見える箇所がある程に、状態が悪かった。しかしその骨組みには現代では使われていない、高度の強い素材が使われていた。
「部品勝手に取っていいのか?」
「漁師の人達も魚を勝手に獲ってるみたいだし、いいと思う」
「意外と大胆ですね…」
俺が橋の部品の一部を取ると、レンとヨシュアは驚いた様子を見せた。こうした遺物を手に入れる為にも、廃棄区画に来たのだ。
岸に沿って歩いていると、港の方に向かっている漁船を見かけた。折角なので、俺達は漁師達がいる港へ向かってみる事にした。
「結構賑わっているな…」
「露店もあるみたいです」
港には予想以上に沢山の人が居て、漁師以外の人間は魚を求めてやって来ている事が分かった。港の一角では競りが行われていたり、露店で魚を買い求める観光客がいた。
「港自体は、そんなに古い建物では無いな…」
港にある建物は古代の技術では無く、現代の技術で建てられた普通の建物だった。ここでの漁には、そこまで古い歴史は無さそうだ。
「淡水の湖への行き方を聞いてみるか」
俺達は露店を出している男性に、淡水の湖への行き方を聞いてみた。彼の話で、淡水の湖は少し遠い場所にある事が分かった。
「観光用のフェリーも出してるぞ。乗ってみたらどうだ」
「フェリーもあるのか…」
廃棄区画にこんな漁港がある事自体、他のエリアではあり得ない事である。さらに観光客のためのフェリーまであると言うのだから驚きだ。
「輸送用の車両に乗せてもらったらどうだ。少し金を出せば乗せてくれるぞ…乗り心地は良く無いが」
確かに歩いて行くとなると淡水の湖に着く頃には、2時過ぎになりそうだった。俺達は彼の勧めで、輸送用の車両に乗せてもらう事にした。
淡水の湖へは正午を過ぎる前に着く事が出来たが、輸送用車両の乗り心地が悪くてかなり疲れていた。フェリー乗り場のある場所へ向かう前に、湖を眺めながら休憩する事にした。
「昼にしようぜ…」
俺達はそれぞれコンビニで買って来ていた弁当を食べる事にした。ヨシュアが持っていた、弁当を温めるための小型レンジを使わせてもらう事にした。
「これ高い奴だよね?」
「充電機能もあって、何かと便利なので」
俺が買ったのは焼肉弁当で、レンとヨシュアは牛丼だった。野菜がやや少なかったが、欲しいのは直接的なエネルギー源になる物だった。
「うん、美味い」
「しかし、流石に11月は冷えますね…」
湖の近くで吹いている風は、エリア092のものとは比べ物にならない程冷たかった。俺達は弁当が冷えきる前に、急いで食べる事にした。
「冷めるの早いな…」
「猫舌なので、少しありがたいですけどね」
俺は熱いものがかなり苦手で、少し冷まさないと食べれなかった。とは言え、冷えるのが早いので食べるのを急がないといけないのも、それはそれで良く無いが。
「そう言えばフェリー乗り場の辺り、結構賑わってないか?」
「廃棄区画の筈なのにあんなに人が…」
フェリー乗り場の付近には建物が並んでいて、観光客と思われる人々の姿も見えた。昼食を食べ終えた俺達は、フェリー乗り場の方へと向かった。
フェリー乗り場の近くには飲食店などもあり、多くの観光客で賑わっていた。中には親子連れもいて、ここが廃棄区画だとは思えないほどだった。
「マジかよ…」
「ここまで賑わっているとは…」
廃棄区画にここまで大勢の人がいるのは、本来はあり得ない事だ。俺はフェリー乗り場にいた従業員に、事情を聞いてみる事にした。
「少し前まではしっかり取り締まっていたらしいが…珍しい遺物は博物館に寄贈されたからね。少し監視の目を緩めたら色んな企業が出店して、今はこんな感じなんだよ」
「すごいな…」
そこまで大きな企業がの出店は無かったが、様々なグループの店が並び、サービスエリアの様相になっていた。怪しい店の姿も見えず、治安も悪くなさそうだった。
「たが、ここから少し離れた山の中には違法な風俗店や賭場がある。そっちはかなり危険だから観光客に対する注意喚起もされている」
004は暴力団などの排除を徹底したエリアで、現在使用されている区画にはヤクザの姿は無い。その分、こうした廃棄区画に追いやられているという事なのだろう。
「その辺りじゃ人身売買も行われているらしいからな…かなり危険だし行くのはやめておいた方がいい」
西暦8000年になっても、未だに人身売買は発生していた。エリア013のヤクザだけで無く、他の土地の犯罪組織も行なっているらしい。
「追放されても、まだそんな事やってんのかよ…」
「そんな事をやらないと、生きていけない人達なんでしょう」
最初からヤクザになろうとした者は殆どおらず、社会からドロップアウトした者達が多い。この辺については、社会保障や福祉の問題だと言われる事もある。
「まぁエリア政府も何とかしようとはしてるみたいだけどな。この間だって特殊部隊を投入したらしい」
「特殊部隊…」
警察は使用区画内でしか行動できないので、廃棄区画用の特殊部隊を編成したのだろう。ヤクザの装備では特殊部隊には勝てず、何度も壊滅的なダメージを与えている。
「まぁこの辺りは安全だから、安心して湖を見ていくといい」
俺達は従業員の勧めにしたがって、フェリーに乗ってみる事にした。値段も高くなく、フェリーの船内も清潔そうだった。
「向こう岸の店も色々ありそうですね」
ヨシュアはこの辺りの店に興味を持ち始めている様だ。俺達が乗ってしばらくすると、フェリーは出発した。
フェリーの外の景色を眺めていたレンとヨシュアは、旅行気分を味わえて楽しそうだった。一方俺は、そこまで特徴の無い湖に退屈してしまっていた。
「廃棄区画だからって、そこら辺に異物が転がってる訳じゃないんですよ。この湖に放置してたら、フェリーが事故を起こす原因にもなりますからね」
「それも分かってるけどさぁ…」
俺はこの湖にあった遺物がどうなっているのかが、気になった。ただ単に廃棄物として処分されたのであれば、とても勿体ないのだ。
「この湖は調査済みだぞ。埋まっていた遺物は研究所に持ってかれたらしい」
「それなら…」
研究所では遺物の構造や素材などを解析して、古代の人間がどの様な文明を築き上げていたのかを調べているらしい。その研究結果を読んで見て、以前と比べて様々な発見がなされている事を知った。
「現代と比べると機能性よりも頑丈さを重視している…それ程までに災害の多い時代だったのか…?」
「おいエドガー、降りるぞ」
エドガーが研究結果を読んでいる間に、フェリーが対岸に到着した。俺はレンに急かされながら、降りる準備を急いだ。
ヨシュアが興味を持っていたのは、アクセサリーを売る露店だった。俺とレンも別のエリアで作られた工芸品には、興味があった。
「これも綺麗ですね…」
「好きなだけ見て行ってくれ」
ヨシュアは鉱石を使ったブレスレットに興味を持っていて、俺は古代文化の意匠を感じさせる小さな懐中時計が気になっていた。欲しい物を見つけたレンは、店主に値段を聞いていた。
「高すぎるだろ‼︎」
「素材が高いんだからしょうがないだろ」
納得いかなかったレンは、店主との値切りの交渉を始めた。俺とヨシュアは、そんな2人の交渉の様子を不安に感じながら見ていた。
「そんなに安く出来る訳ないだろ!」
「俺から見たらこの値段が妥当だよ」
店主が提示していた値段は50ユーロだったが、レンは5ユーロにしろと詰め寄っていた。かなり無茶な要求である事は、俺から見ても明らかだった。
「10ユーロ…これ以上は譲れねぇぞ」
「分かったよ」
レンは10ユーロ紙幣を置いて、加工された綺麗な鉱石を持って行った。確かに50ユーロは高いかも知れないが、10ユーロ以上の価値はありそうだった。
「お前ら…それなら2ユーロで売ってやるよ」
「えっ…10ユーロじゃ…」
「いいんだよ、2ユーロで」
「ありがとうございます」
俺達はそれぞれ10ユーロの物を買う事にしたが、店主は突然2ユーロに変更した。俺は困惑したがヨシュアは2ユーロ分の札を出して支払いを終えたので、俺もすぐに2ユーロ支払って商品を受け取った。
「値札書き換えてる…」
「最初から、観光客をカモとして見ていた様ですね」
レンの値切りは間違っていなかった様で、最初から明らかに高い値段で売ろうとしていた様だ。値切りに応えた所を見られたので、俺とヨシュアにも安い値段で売る事にしたのだろう。
「先輩…最初から明らかに値段が高いと気づいていたんですか?」
「いや…分かんなかったから値切ろうとしたんだぞ」
「ええ…」
レンはアクセサリーの価値が分からずに、取り敢えず値切ろうとした様だ。結果的には大損をせずに済んだのだが、俺は少し呆れた。
「俺、昔はあんま金が無かったから、少しでも安く買いたくなっちまうんだよ」
「まぁ…それはしょうがないと思いますが」
ヨシュアはレンが何処ででも値切ろうとするのを知っていたらしい。それでもレンに値切る場所は選ぶ様に言っているみたいだ。
「ぼったくられずに済んだんだから、いいじゃねぇか」
確かにレンの言う通りで、あのままだったら無駄に損をしていた可能性も高い。常に値切るのは良く無いが、もう少し疑う様にする必要もあるかも知れない。
俺達はフェリー乗り場の近くにあった休憩所で、次の目的地をどうするか迷っていた。既に午後4時過ぎだったので、このまま帰るというのも選択肢の一つだった。
「折角だし、荒野の方を見に行きたいな」
「マジかよ。今からあっちに行くと、帰るの夜遅くになるぞ」
荒野の方に行きたがっているのは俺だけだったのでやっぱりやめようと思ったが、ヨシュアも興味があるみたいだった。ヨシュアは今回行きたい訳では無さそうだったが、反対はしなかった。
「見に行くのもいいと思いますよ。どちらにしても入れないから、すぐ離れる事になりますし」
「じゃあ、行ってみるか」
俺達は3人で廃棄区画の荒野を見に行く事にした。今回もまた、輸送用の車両に乗せてもらう事にした。
「特殊部隊の奴らがヤクザのアジトを掃討したらしいぜ」
「少しでも減ってくれりゃ、俺達も安心して仕事ができるな」
運転手達は、ヤクザのアジトが壊滅した事の話をしていた。気になってネットで確認すると、アジトへの突入が行われた事がニュースになっていた。
「今日もまた…」
「彼らが犯罪に手を染めなければいけなかった理由も、気になります」
ヨシュアは犯罪を犯してしまう原因を知りたがっていた。再犯防止という観点で見ても、犯罪者の心理を知る事は重要だった。
俺達は荒野に繋がるゲート付近で降ろしてもらった。しかし、ゲートの付近が何やら慌ただしく、何かトラブルが発生している様子だった。
「何が起きてるんだ…」
「少し離れてた方がいいかも知れませんね」
ゲートの辺りでは探査隊の隊長が情報を確認しながら指示を出していた。指示を受けた隊員達が連絡を取ったり、特殊車両を動かしたりしていた。
「遭難者の痕跡をα5地点で確認!」
「落ち着いて痕跡を確認しろ!」
荒野の方で遭難者が発生したらしく、その捜索を行っているらしい。俺達の存在に気づいた探査隊員の1人が、こっちに向かって来た。
「ここから先は立ち入り禁止です」
「分かっています。遭難者って…」
「観光客のグループが荒野の方に入っていったんです。一部監視が不十分な場所があったせいで…」
「ここから先にはどんな危険が…」
荒野の方には未知の病原体もあるとは聞いていたが、遭難者が発生してここまでの騒ぎになる事には驚いていた。俺は探査隊の隊員に、具体的にどんな危険があるのかを聞いてみた。
「この先で確認されているウイルスに感染すると、まず呼吸器や循環器にダメージが入る。感染したまま放置すれば、いずれ吐血し始めて…その頃には手遅れです」
「…ここは大丈夫なんすか?」
「はい。ウイルスはこの先の環境以外には適応できないので…」
「ウイルスの方も繊細って事か…」
使用中の区画にウイルスを持ち込もうとしても、途中で死滅してしまうという事だ。繊細過ぎるが故に、研究もあまり進められていないらしいが。
「発見したぞ!ゲートに運ぶ!」
「何の装備もして無かったみたい…きっと無事じゃ済まない」
連絡を受け取った隊員は遭難者達が発見された事を確認した。しかし、彼らが無事では無い事を悟っている様子だった。
「厳重に監視されていたのはゲートの辺りだけだったって事か…」
「そもそも荒野の方に行く様な人は少ない筈ですからね」
俺達は隊員が去って行った後ゲートから離れて、探査隊の迷惑にならない場所に移動した。わざわざ危険な場所に行く者は少ないから、ゲート以外には監視の目が行き届いていなかったのだろう。
「まあ、俺はそんな事する様なバカじゃないからな」
俺は、そう言っている人間が一番危なっかしいと思っていた。ヨシュアも同じ考えの様で、レンを不安そうに見ていた。
しばらくすると救出された遭難者を乗せた車両が、ゲートを通過して来た。隊長がかなり素早く指示を出していて、相当の緊急事態である事が分かった。
「あの…大丈夫そうなんですか?」
「一刻を争う事態です。彼らの呼吸器は深刻なダメージを受けています。このまま息を引き取っても…」
遭難者達は使用中の区画にある病院まで搬送するらしい。車両の中でも生命維持は続けるが、助かる可能性は低いとの事だ。
「この流れで聞くのも何ですけど…荒野を見渡せる景色のいい場所知りませんか?」
「それなら、そこの高台の上に行ってみてください。浮遊遺跡も見る事が出来ますよ」
「ありがとうございます」
俺達は隊員に礼を言った後、ゲートの近くにある高台へと向かった。もう既に夕暮れ時だったので、少し急いでいた。
「浮遊遺跡ねぇ…荒野にあるやつって、どう浮いているのか分からねぇらしいよな」
「探査隊も調査を進めていますが、不明なままみたいですね」
俺達は荒野にある浮遊遺跡は、写真でしか見た事が無かった。俺達は夜になる前に一眼見ようと、高台へと急いだ。
「こことは別に空中の遺跡もあるみたいだな。あれも脆そうに見えるが、現代の建物よりも頑丈な素材と構造で作られているらしい」
高台に着いた俺達が見たのは、夕陽に照らされた美しい荒野だった。そして遥か遠くには夕陽に照らされて輝く、浮遊遺跡があった。
荒野の浮遊遺跡には遺跡の柱と繋がっておらず、明らかに浮いている構造体があった。探査隊が何度か赴いているが危険が多く、調査は進んでいなかった。
「浮遊遺跡がある辺りは、地面が崩落しやすいかなりの危険地帯らしいな」
「あの遺跡の謎が解明されるのは、まだまだ先の時代になりそうですね」
探査隊もあの遺跡に赴く事は少ないらしく、過去には死亡事故もあったそうだ。それ故に探査隊も実地調査は諦めて、安全に探査する為の新技術の開発を進めている。
「俺達が生きている間は開発されなさそうだな」
「てか技術の進歩でどうにかなるのか?ロストテクノロジーの産物なんだろ?」
レンの言う通り、今を生きる人類には永遠に解明できない謎かも知れない。しかし、だからこそ長い時を経た今も、ロマンとして残り続けているのだ。
「どうだエドガー、創作意欲湧いてきたか?」
「うん…いい文章が書けるか分からないけど」
俺達は陽が沈むまで浮遊遺跡を眺めて、都市部では見られない星空も見た。帰りは行きと同じ様に、輸送用の車両に乗せてもらった。
廃棄区画への出入りをチェックするゲートに着く頃には、既に月も昇っていた。この日は三日月で、星の輝きの邪魔にはならなかった。
「お前ら無事だったのか」
「俺達は、搬送されていく遭難者を見ただけです」
ゲートにいた係員は朝にもいた中年男性で、相変わらず気怠そうだった。遭難者が出たと聞いて俺達の事を心配していたのか、心の底からの安堵の表情を見せていた。
「俺も確認したんだが、容体はかなり悪いらしい。このまま死んでもおかしくないそうだ」
「あの…僕達は荒野に繋がるゲートの高台にいたんですが、大丈夫なのでしょうか」
ヨシュアは俺達三人で、高台の上から荒野を眺めていたからか、急に不安になったみたいだ。係員はヨシュアの話を聞いた後、落ち着いた声で話し始めた。
「あの高台なら平気だよ。どんな風向きだろうと、その辺りはウイルスは生きていけない環境だからね」
「そうですか…ありがとうございます」
係員もそれなりに廃棄区画については詳しいらしい。長年勤めて来たお陰で、様々な知識を得る事が出来たとの事だ。
「じゃあな。気をつけて帰れよ」
係員は俺達の事を最後まで気遣っている様子だった。駅についた俺達はホームで、数分後のエリア003行きの列車を待っていた。
俺達は時刻通りに来た、エリア003行きの列車に乗る事が出来た。ヨシュアとレンが帰った後どうするか話している間、俺は車窓からエリア004の夜景を眺めていた。
「こうして見ると、本当に綺麗だよな」
「そうですよね…」
俺がエリア004の都市部の景色を眺めていると、ヨシュアとレンも車窓の景色を眺め始めた。エリア004の都市部は近代的な高層ビルが数多く並び、星空とは違った光り輝く美しい光景を作り上げていた。
「実際にあの湖の近くにいたんだな…」
車窓からの景色は廃棄区画のものへと変わっていき、廃棄区画の二つの湖を見る事も出来た。荒野の向こうには、浮遊遺跡の姿がある事も確認できた。
「こうして見ると広いよな…調査も殆ど進んで無いんだろ?」
「ああ…ネット上の活動報告を読んでも、得られる情報はかなり少ない」
探査隊が何度も赴いているが劣悪な環境での調査は過酷で、死者も出ている。それでも古代文明の調査の為に、多額の資金が投じられているのだ。
「そろそろ003の景色が見えて来るぞ」
エリア003には花を象った巨大なソーラーパネルがあるが、もう見慣れてしまった。それでも美しい物であり、今年も咲くであろう冬の桜をまた見たいと思っていた。
エリア003に戻って来た俺達は荷物を家に置きに戻った後、レンの家に集まっていた。俺は飲んでいなかったが、レンとヨシュアは酒を飲み始めていた。
「今度の小説はどんな感じにするんですか?」
「冒険物の、短編小説にしようと思ってる。受けが良かったら、それをベースに長編小説を書こうかな」
廃棄区画にあった広大な海水の湖に行き、荒野の入り口の高台から見えた浮遊遺跡を見て、未知なるものを目指して旅をするストーリーを書きたくなった。冒険物を書くのは初めてでは無かったが、今回は実体験もあるのでうまく書けそうな気がした。
「でも新人賞とか、一度も取れた事無いんだろ?」
「それは…そうなんだけど」
まだまだ文章も粗い部分があり新人賞を取った事は無く、書籍化への道はとても遠かった。それでも俺は、諦めずに書き続けたいと思っていた。
「今の生活もそれなりに気に入っているんだ。また今度、地下街のラーメンを食べに行かないか?」
「おう、いいぞ」
「たまに食べたくなるんですよね」
俺は小説家になって、人気作家になりたい訳では無かった。洋食店で働きながら、故郷から離れた土地で知り合えた友人達と過ごす日々は、他人に自慢できるものでは無いが悪くは無かった。
俺は小説を書いて小さな楽しみを得ながら、生きていければいいと思っていた。
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