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走流家

お父さんを僕に下さいといえば満足かい

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 ーー娘さん、お父さんを僕にください。(走流家の場合)




昔、お父さんは幼い私に向かって真剣な顔で言った言葉がある。

「俺はな、常に〝死神〟に狙われているんだ」と。

その死神の時の話をするお父さんは男前で怖いものなし、と評判の顔を恐怖に強ばらせていた。気が強くて男らしく他人に弱い所なんて見せないお父さんが怖い話をわざわざ私に話したのは、もしかしたら誰かに悩みを打ち明けたかったのかもしれない。

いつも男らしくて格好良い男前なお父さんの怖いもの。
だから、私もよく死神の話を覚えている。怖い怖いお父さんを狙う死神の話。


その死神はお父さんのことをいつも狙っていて、お父さんの不幸を願っているらしい。
お父さんがボロボロになるのを今か今かと待っている。
離婚したお母さんも、その死神のせいでお父さんから離れた、らしい。
私とお父さんが長い時間傍にいられないことも死神のせいだ。

死神はお父さんの大切なものを全て奪っていく。
死神はお父さんに執着し、お父さんを一人にさせたいんだって。世界でたった一人にさせて、お父さんを孤独にして殺したいんだってお父さんは言っていた。

孤独で、傲慢で、エゴイストな死神。
そんな死神をお父さんは死ぬほど嫌いでいつも近づいてくる死神から逃げていたんだって。


逃げて逃げて逃げて、ようやく私といる生活を手に入れたらしい。


 昔はそんなお父さんの話をただの嘘だと思っていた。
男を作り出て行ったお母さんに私が傷つかない為の嘘だと思ってた。お母さんがいないと泣く私に、優しいお父さんがついた嘘だと思ってた。

だから…

「死神なんて嘘つかないでいいよ?私、お母さんいなくても大丈夫だから。だから…」

そういえば、お父さんは決まって決まりの悪そうな困った顔をした。そして、言い募る私に言うのだ。「ごめんな…」って。


「いつか、また俺はお前のもとを離れるかもしれない。離れたくないが…。でも、俺は…きっといつか死神に見つかる。だから・・・」

その言葉が真実だと、どうしてその時わからなかったんだろう。
どうして、お父さんの苦しげな気持ちを理解してあげられなかったんだろうか。



■□■□■□

「よしっと・・・」

コトコトとにだっている鍋に蓋をし、つけていたピンクのエプロンを外した。
今日の朝は私と父が大好きなロールキャベツ。
久しぶりにお父さんが2日前に家に帰ってきたから、ずっとお父さんの好きな料理を作りたいと思っていた。お父さんが一番好きなのがロールキャベツらしい。
煮込むのに時間がかかるため、今日はいつもより早く起きた。


 昨日は友達の木陰とずっと電話で喋って夜ふかしした為、まだ少し眠い。
少し油断してしまえば、くっついてしまいそうな目蓋。
ごしごしと乱暴に目元を擦りながら、欠伸をかみしめる。

「ううう、いかん、いかんなのですー。起きねば・・・起きねばですよー」

ペチペチと頬をたたいて、眠気を覚ますために洗面所へ向かった。


秋も深まる今日この頃だと、水道水が少し冷たい。ちまちまと顔を洗っていたら、目が覚めるけど顔が冷えてしまう。こういうのは、豪快にすぐに洗ってしまったほうがいい。
顔を軽く濡らして、急いで泡を作り顔に塗る。

「おい・・・」
バシャバシャと豪快に顔を洗っていたら、低いこえとともに水を止められた。

「バシャバシャと・・・何回も洗いやがって。水がもったいないだろ…」

寝起きの、いつもより低い声。いつも不愛想そうな顔が寝起きだから3割増しに見える。
この寝起き最悪の、ちょっと柄の悪そうなちょい悪系の男が私、走流響(そうりゅうひびき)の父親・走流光弘(そうりゅうみつひろ)であります。


「あ、あはは~」
「それに、鍋火つけっぱなしだったぞ」
「つけっぱなしじゃないもん。煮込んでたんだもん」
「だもんじゃねぇ。あぶねぇだろが…」
「むむぅ」
「顔洗い終わったらそこどけ、邪魔だ…」
「むぐぐ…」


お父さんは、洗面所にかかっていたタオルを私の顔に押し付けて洗面台の前に体を捩じりこませる。私を追い出して。

父の不愛想だけど、男前の顔が鏡に映しだされる。
鋭利な黒い瞳に、細い顎元。
あまり頬の肉はついていないお父さんの顔は童顔というわけでもないがちょっと年より若くみられがちだ。
今年38歳を迎えたお父さんは、現在私という子供がいる一人やもめ。16歳の子供がいるようには到底思えない風貌だけどね。

まぁ、ひとりと言っても私を置いてよく家を空けるし長期で家に帰ってこない日も多々あったから実際隠れてお付き合いしている人もいるかもだけど。

昔はお父さんが本当に私のお父さんなのかって疑ったことがある。
だって、あまり家にも帰らないし家族サービスなんて一切なかったから。
それでも、たまに家に帰ってくると嬉しいのが本音。

お父さんはうっすらと生えた髭をそり落として、顔を洗う。
お父さんの髭は、あるときは剃ってあったりあるときは長くのばしたりまちまちだ。ビジネスマンが髭を伸ばせるのか、自営業で働いているのか?と聞かれると少し困る。
実際、私はお父さんがなんのお仕事をしているか知らない。お父さんも秘密、といって教えてくれないのだ。


(今度はどれくらい家にいてくれるのかな…-)
ずっと家にいられない。そうお父さんは言っていた。
理由は知らない。頑なに教えてくれなかったから。

お父さんと一緒にいる条件。それは深く追求しない事。

家族なのに変だよね。でも、それを言えば父は私の前から跡形もなく消え去ってしまいそうな気がするから。私は何も聞かずに父の傍にいる。
いつか話してくれないかな…なんて願いながら。


「おとうさん~、邪魔だよ」
 出来上がった朝食をテーブルに置く。新聞を広げていたお父さんはめんどくさそうに顔を顰めた。

「端に置いておけ」
「置・け・ま・せ・ん。って、煙草吸わない。危ないでしょ!」

私には火の元が~っといった癖に自分は新聞を広げて煙草に火をつけようとしている。
どっちが危ないんだかわかったもんじゃない。

「俺はお前と違う」
「なにが?灰落ちたら危ないでしょうが」
「んなの落とさない」
「この間、客間のカーペットに大きな焦げた穴空いていましたが?」

じとりと視線を送れば、お父さんは明後日の方向を見ながら煙草を燻らせていた。
いう事を素直に聞かないお父さんらしい。
私がお父さんにどんなに言ったって聞かないのだ。
お父さんがいう事を聞くのは…お父さんの親友くらいである。




「あ、そういえばね、お父さん。ニュースだよ」
「あ…?ニュース?」
「そう。あのね、木陰のお父さんに恋人ができたかもしれないんだって。木陰が昨日教えてくれたの。最近帰りが遅いし、どこかぽーっとしてるって」
「…あいつが…?」

私の言葉にお父さんは怪訝な顔をする。
私のお友達・夏目木陰の父夏目四十郎さんは父の親友でもある。シングルファザーであり、随分と前に妻をなくしたらしい。
父が唯一、いう事を聞く相手が四十郎さんなのだ。なんでも、昔世話になったことがあるらしい。

四十郎さんは、とても頭がキレる人で、理知的そうで実際とても頭がいい。
男なのに、どこか色気があって綺麗な四十郎さんはもう40代なのに年を感じさせない。
落ち着きがあり、見様によっては少し厳しく見える容姿はちょっと柄が悪く見えるお父さんとは違って仕事ができる真面目なエリートサラリーマンのようだ。


「ねね、どんな人だと思う?」
ずいっとお父さんの方に顔を近づけて、聞いてみる。
お父さんは面倒くさそうな顔をしながらも、

「年上のやつじゃねェのか?」
と呟いた。

「年上かぁ。ん~、私絶対年下の可愛い系の人だと思ったんだけどなー」

四十郎さんは凄くしっかりしているから、年下の可愛いお嫁さんとか凄くあうと思う。
しっかり者で真面目な四十郎さんは、私に対しても優しくて面倒見がいい。
ほっとけない体質らしく、情に深い。



「…あいつは、意外に脆い所があるからな…」
新聞を広げながら、何気なくお父さんは呟く。

「脆い…?」
「ある日ふらっと倒れちまう…。無理のしすぎでな。だから、あいつをちゃんと見てやれる方がいい。余裕がある年上のやつな…」
「ふぅん…」

お父さんにはお父さんの付き合いがあるようで、四十郎さんとお父さんは私が思っている以上に仲がいい。
お父さんはよく四十郎さんのことをわかっている発言をしていたし、四十郎さんも父のことを私以上に理解しているようだった。
私が知らない父がついている仕事も、四十郎さんは知っているようだ。


「ね、寂しい?親友に他の恋人ができて」
「馬鹿いえ。柄じゃねェだろ」

馬鹿馬鹿しい…、と零して新聞を捲る。

「ね、お父さんも恋人欲しい?」
「あ?アホか」
「四十郎さん、うらやましいと思わない?お父さんももうすぐ40だよ」
「はぁ…そうだな」
「真剣に言ってんのっ」

お父さんが見ていた新聞を取り上げる。
お父さんは見ていた新聞を取られ、たちまち不機嫌になる。

「…おい…」
眉間を寄せて、私の手から新聞を奪い取ろうとするお父さん。
私は椅子をひいて、お父さんが座ったまま手を伸ばしても取れない位置をキープする。

「私、不安なの。お父さん、ずっと一人だし。家にもいつかないし。何してるかわかんないし…」
「だから、いえねぇっていって」
「それは知ってる。けど、恋人ができたらもっと落ち着くかもしれないでしょ。大事な人ができたら…、大事な家族がいたら、もっと家に帰ろうって思うじゃない?」

大事な家族がいれば…。お父さんが安らげる帰る家になるかもしれない。
もっと家に帰ってきてくれて、私と一緒にいられるかもしれない。お父さんだって、もっと不機嫌そうな顔じゃなく笑った顔を見せるかもしれない。


「…響…」
「お父さん、そんなんだから恋人難しいかもしれないけど…」

秘密主義で、頑固で、我儘で。私のいう事なんてちっとも聞いてくれないお父さんだから。
しゅん、としょげて俯けば…。

「難しいってなんだ、こら…」

お父さんは、唇を尖らせ腰かけていた椅子から立ち上がった。
怒られる…?とビクリ、と身体を縮めた私にお父さんは、はぁっと息を零した。

「俺は、ちゃんと大事なもんの為にかえってきてるんだけどな」

ポンポン、と数回頭を軽く叩かれる。
顔を上げれば、一瞬お父さんの優しそうな顔が映った。
私が顔をあげれば、お父さんは私の頭の上に置いていた手を離し奪った新聞を奪い返す。

「大事な…もの…?なに、お父さんに大切なものなんか、あるの…?」
「色々うるせぇやつだな…。遅刻するぞ。さっさと飯食って学校いけ」

お父さんは奪いかえした新聞から視線をあげぬまま、私の問いには答えてくれなかった。

「もういいよーっだ。いってきますー」

いーっだっと片方の下まぶたを引き下げて舌を出す。
お父さんは新聞から顔をあげぬまま、ひらひらと手を振った。



「…大事なもん…か…」

私は知らない。
お父さんが思いつめた顔で、じっと私が座っていた椅子を見つめていたこと。


「一度壊れちまったもんは…直すのはもう無理だって…
何度自分に言い聞かせりゃいいんだろうな…」

悲しげにつぶやいた声は…一体誰のことを思って言っていたのか。
誰も知らない。

誰も。

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