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ボタン≪後輩×先輩≫≪梅雨≫
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その人は、まるで華みたいな人だった。
綺麗な綺麗な、人を魅了する花。
ただの華ではなくて、
高嶺の花。
手折ってしまえば簡単に枯れてしまい、地に消えてしまうような、そんな儚い花。
その美しい華に激しい憧憬を覚え、手に入るわけないのに、自分だけのものにしたいと望んでしまう。
誰かに踏まれるくらいなら、いっそ摘み取って、己の手の中でその華を散らせたら。
自分だけの為に咲き誇る花ならば、と。
姿を見るたびに、彼のすべてを自分のものにしたい汚らしい欲望と、己の全てで彼を傷つけるものから守りたいという欲が生まれた。
綺麗な思いもあるのに、それ以上に汚いどろどろとした欲望が己の中をかけめぐる。
こんな感情、知らなかった。
こんなどうしようもない感情の名前なんて知らなかった。
知らなかった。
知らずにいた。
知ろうとも、思わなかった。
貴方に
出会うまでは……。
【牡丹】
雨が降る。
うっとうしいほどの、雨が。
ザアアア、と止まらない雨が耳障りに、窓を叩いている。
重苦しく感じるほどの厚い雲に覆われたせいで太陽の姿は見えず、昼間だというのに、空は薄暗い。
雨のせいでグラウンドでやる部活は皆体育館を使うか休みなので、運動部の掛け声や話し声もない。
部室にいれば聞こえる運動部の声もなく、今日は雨の音だけが、部屋を支配していた。
ここのところ雨ばかりだ。
昨日も、今日も、明日も、その次も予報では雨らしい。
一週間、空は泣いたままのようだ。
天気予報では、梅雨入りを発表したばかりだった。
今日も、校舎の隅にある、美術室は暗い。
電灯が1つ切れかかっているので、尚更。
絵の具の溶いた、独特の匂いと雨と土の匂いが鼻につく。
部室に置かれたいくつかのキャンパスは白いまま、放置されていた。
「……どうしたんですか」
「ん?」
俺の声に振り返る、先輩。
「ぼーと、しています…」
「そう…?」
―ぽつぽつぽつ、
雨の音をBGMにして。
「気のせいだよ」
先輩は、苦笑に近い笑みで答え、視線を窓にやり止まない雨を見つめていた。
美術室の窓枠に身体を凭れさせながら、気怠るげに窓の外を見つめる先輩からは、ぞくりとするほど色気がダダ漏れで。
軽く身体にかけられただけのワイシャツ。
開かれたそこからは、胸や鎖骨や腹が覗いていた。
白い絹のような、男にしては柔らかな肌に、刻まれたいくつかの紅。
無数の赤の花を咲かせたのは他でもない。俺だ。
この高嶺の花の先輩を思うがまま、抱いた。
いつもクールな先輩が咽び泣くほどに、激しく。
「雨…」
「はい…」
「やまないな…」
「はい…」
「いつ…止むのかな」
ぽつり、とひとりごちるその声音は、雨音に消える。
どこを、見ているんですか?いつも…
貴方は、いつも遠くを見ている。
どこか遠く…。
それは何なのか、わからないけれど。
貴方はいつも、俺が知らない遠くの場所ばかり見ている。
憧れているかのように、そこばかりを見ていて、現実の世界を見ようとしない。
いつも俺が描く先輩は同じ表情ばかりだ。
いつだって、先輩はここじゃない、どこかを見ている。
俺じゃない、誰かを追い求めている。
まだデッサン途中だったが、スケッチを片付ける。
「も…いいの…?」
先輩は小首を傾げて俺に問いた。
大丈夫です…、というと先輩は「そう…」っと、きのない返事をして、視線を窓の外へやった。
「先輩」
「ん?んぅ…」
ぼんやりとしていた先輩の唇を、塞ぐ。
先輩の頭に手を回して、
深く、深く。
逃げられないように。
最初はただ俺の舌になすがままだった先輩も、次第に自分のソレを絡ませ、より深く口づけをねだった。
欲を煽るような、
キス。
お互いを
侵食するような
甘い口づけ
口を離すと、どちらともわからない唾液が零れ落ちた。
「キス、好きだな…」
「…先輩だから、です」
「そう…」
「…ホント、ですよ」
「ふふふ…そうか…?」
まるで、リップサービスの返事でもするかのように、先輩は俺のネクタイを引っぱり顔を近付けてちゅ…、と軽くキスをした。
一回ぎゅ、っと胸の中に先輩を抱きしめて…、額にキスを贈る。
「先輩、そのままだと風邪ひきますよ…」
美術室で盛り、先輩の服を脱がしたのは俺なのに、いけしゃあしゃあと、先輩の素肌を見て口を出せば、先輩はうん…とまた気のない返事を返す。
「ボタンをさ…、上手くつけられなくて」
「ボタンを…?先輩、名前が牡丹なのに不器用なんですね…」
「うるさい」
先輩は、むっとむくれてみせると、ボタンに手をかける。
先輩の名前は白川牡丹。
その名の通り、牡丹のように美しく繊細な容姿の人だった。
「先輩、俺がボタンつけてあげます」
「悪いな…」
「いえ…」
こんな場所で、場所も弁えず盛ったのは俺ですし。
半ば、言い訳を封じて、一つ一つ先輩のワイシャツのボタンをしめていった。
薄暗い美術室。
先程先輩を生まれたままの姿にしたのに、今度は着せ替え人形にしている。
「先輩、」
ざあざあざぁ。
激しい雨音。
「愛しています」
ざあざあざあ。
「貴方を」
「知っているよ」
先輩はクスリと音をたてて笑った。
華のように綺麗な、笑みだった。
「ボタンってさ…」
「はい?」
「…つけるの、嫌いなんだ……。
一つ間違えると、他もすべて間違えてちゃうからさ。ひとつだけはまってない穴もできるし。
ボタンの服、嫌なんだ」
「案外、面倒臭がりやなんですね、」
繊細そうな容姿からは想像出来ない程、先輩は面倒臭がり屋だ。
雑用を俺に押し付ける事なんて日常茶飯事。
「うん、そー、面倒臭がり屋なの…だから……」
先輩は一瞬、何かを思案し口を開ける。
だが、言葉になる前にすぐに口を閉ざした。
へにゃり…、と曲がる先輩の口許。
「…先輩…?」
「だから、俺は掛け間違えたままにしておくの。
掛け間違えたまま、可笑しく生きて、可笑しく終わるの」
「先輩…」
「お前くらいなもんだよ…、弟を殺した俺と一緒にいるのは…。
あんな可愛いあいつを振って、俺を好きだなんて言う馬鹿は」
「先輩、」
先輩の俺を攻める口調。
なのに泣きだしそうな、先輩の顔。
その顔は何かを我慢しているようで、酷く痛々しかった。
泣いてしまえば楽なのに。
この雨みたいに泣いてしまえば。
なくしてしまえば、いいのに。
自我なんか…。
雨と一緒に、流してしまえばいいのに。
「先輩…」
そっと…先輩の頭を撫でようと手を伸ばす。
しかし触れる前に、その手は先輩にパン…と払われた。
「お前が…間違えたからいけないんだ…お前が、お前が…!」
先輩は癇癪でも起こしたかのようにそう叫ぶと、勢いよく美術室のドアからでていった。
ーバタン、と勢いよく閉められたドア。
行き場のなくなった手は虚しく宙をかいた。
先輩には一つ下の弟がいた。
可愛くて仲のいい少し病弱な甘え上手な弟が。
先輩の弟・胡蝶は、俺とも仲がよく、一緒につるんでいた。
先輩との仲を何度も相談した事がある。
でも…
「胡蝶は、俺が…」
死んでからわかった事だが、胡蝶は俺が好きだったらしい。
先輩が見つけた胡蝶の日記には秘められた想いが綴ってあった。
胡蝶が身体を壊したのは、雨の日の放課後。
帰り道で突然、病の心臓の病気が発病し、そのまま帰らぬ人となったのだ。
その日、たまたま俺と学校で勉強していた先輩は、胡蝶の変化に気づかなかった。
もし、あの時、先輩が胡蝶の側にいたらナニカが変わったんだろうか。
牡丹の両親は当然、その場にいなかった牡丹を攻めた。
学校まできてわざわざ呼び出して責めて、家でも責めて。
お前がしねば良かったのに…等と、暴言まではいたらしい。
病弱で甘え上手な胡蝶の方が、両親や周りには好かれていたから。
その言葉に先輩は深く傷つかせたもので、時折『俺が死ねば良かった』と言っては俺を困らせた。
先輩はクールだけど、傷つかない訳じゃない。
強がりだから泣かないだけで…
本当は誰かに縋りたいのかも知れない。
学校でも、俺以外誰も先輩を守ろうとはしなかった。
ありえない中傷めいた噂ばかりが広がった。
ただえさえ、あまり笑わない先輩は、胡蝶が死んでから笑わなくなってしまった。
泣きそうな顔ばかり見せるようになった。
そして、いつもぼーとして、窓を見ていた。
先輩の心から笑う姿をここ最近は見ていない。
梅雨の、太陽のように。
俺は、先輩の笑顔が好きなのに。
俺は、胡蝶じゃなく先輩が好きなのに。
どうして、こうなった?
どこでボタンを掛け間違えた?
誰が、これを望んだ?
こんな…未来を……。
先輩の笑顔を、誰が奪ったんだ?
「…早くやまないかな…」
雨がやめば…先輩は笑ってくれるのかな。
あんな苦しげな顔、しなくてすむのかな…。
先輩も。
俺も。
心の雨は降りやむのだろうか。
「…先輩、」
昔貰った先輩の第二ボタンをポッケから取り出して
そっと唇をあてる。
『第二ボタン下さい』
『はぁ?』
『俺、貴方の事が好きなんです』
…先輩が好きで…愛している。
甘え上手で可愛い素直な、俺を慕っていた胡蝶よりも。
はかなくて綺麗で…でも虚勢張って強がっている先輩が何よりも愛しかった。
俺は、先輩だけが好きだった。
ざあざあざあざあ。
雨の日は続く。
太陽は見えない。
ざあざあざあざあ。
先輩の笑顔も今は見えない。
早く雨なんて、止めばいい。
そしたらきっと、先輩も笑ってくれる気がするから。
明日、天気になりますように。
美術室の隅に吊してある、てるてる坊主に小さく祈った。
その人は、まるで華みたいな人だった。
綺麗な綺麗な、人を魅了する花。
ただの華ではなくて、
高嶺の花。
手折ってしまえば簡単に枯れてしまい、地に消えてしまうような、そんな儚い花。
その美しい華に激しい憧憬を覚え、手に入るわけないのに、自分だけのものにしたいと望んでしまう。
誰かに踏まれるくらいなら、いっそ摘み取って、己の手の中でその華を散らせたら。
自分だけの為に咲き誇る花ならば、と。
姿を見るたびに、彼のすべてを自分のものにしたい汚らしい欲望と、己の全てで彼を傷つけるものから守りたいという欲が生まれた。
綺麗な思いもあるのに、それ以上に汚いどろどろとした欲望が己の中をかけめぐる。
こんな感情、知らなかった。
こんなどうしようもない感情の名前なんて知らなかった。
知らなかった。
知らずにいた。
知ろうとも、思わなかった。
貴方に
出会うまでは……。
【牡丹】
雨が降る。
うっとうしいほどの、雨が。
ザアアア、と止まらない雨が耳障りに、窓を叩いている。
重苦しく感じるほどの厚い雲に覆われたせいで太陽の姿は見えず、昼間だというのに、空は薄暗い。
雨のせいでグラウンドでやる部活は皆体育館を使うか休みなので、運動部の掛け声や話し声もない。
部室にいれば聞こえる運動部の声もなく、今日は雨の音だけが、部屋を支配していた。
ここのところ雨ばかりだ。
昨日も、今日も、明日も、その次も予報では雨らしい。
一週間、空は泣いたままのようだ。
天気予報では、梅雨入りを発表したばかりだった。
今日も、校舎の隅にある、美術室は暗い。
電灯が1つ切れかかっているので、尚更。
絵の具の溶いた、独特の匂いと雨と土の匂いが鼻につく。
部室に置かれたいくつかのキャンパスは白いまま、放置されていた。
「……どうしたんですか」
「ん?」
俺の声に振り返る、先輩。
「ぼーと、しています…」
「そう…?」
―ぽつぽつぽつ、
雨の音をBGMにして。
「気のせいだよ」
先輩は、苦笑に近い笑みで答え、視線を窓にやり止まない雨を見つめていた。
美術室の窓枠に身体を凭れさせながら、気怠るげに窓の外を見つめる先輩からは、ぞくりとするほど色気がダダ漏れで。
軽く身体にかけられただけのワイシャツ。
開かれたそこからは、胸や鎖骨や腹が覗いていた。
白い絹のような、男にしては柔らかな肌に、刻まれたいくつかの紅。
無数の赤の花を咲かせたのは他でもない。俺だ。
この高嶺の花の先輩を思うがまま、抱いた。
いつもクールな先輩が咽び泣くほどに、激しく。
「雨…」
「はい…」
「やまないな…」
「はい…」
「いつ…止むのかな」
ぽつり、とひとりごちるその声音は、雨音に消える。
どこを、見ているんですか?いつも…
貴方は、いつも遠くを見ている。
どこか遠く…。
それは何なのか、わからないけれど。
貴方はいつも、俺が知らない遠くの場所ばかり見ている。
憧れているかのように、そこばかりを見ていて、現実の世界を見ようとしない。
いつも俺が描く先輩は同じ表情ばかりだ。
いつだって、先輩はここじゃない、どこかを見ている。
俺じゃない、誰かを追い求めている。
まだデッサン途中だったが、スケッチを片付ける。
「も…いいの…?」
先輩は小首を傾げて俺に問いた。
大丈夫です…、というと先輩は「そう…」っと、きのない返事をして、視線を窓の外へやった。
「先輩」
「ん?んぅ…」
ぼんやりとしていた先輩の唇を、塞ぐ。
先輩の頭に手を回して、
深く、深く。
逃げられないように。
最初はただ俺の舌になすがままだった先輩も、次第に自分のソレを絡ませ、より深く口づけをねだった。
欲を煽るような、
キス。
お互いを
侵食するような
甘い口づけ
口を離すと、どちらともわからない唾液が零れ落ちた。
「キス、好きだな…」
「…先輩だから、です」
「そう…」
「…ホント、ですよ」
「ふふふ…そうか…?」
まるで、リップサービスの返事でもするかのように、先輩は俺のネクタイを引っぱり顔を近付けてちゅ…、と軽くキスをした。
一回ぎゅ、っと胸の中に先輩を抱きしめて…、額にキスを贈る。
「先輩、そのままだと風邪ひきますよ…」
美術室で盛り、先輩の服を脱がしたのは俺なのに、いけしゃあしゃあと、先輩の素肌を見て口を出せば、先輩はうん…とまた気のない返事を返す。
「ボタンをさ…、上手くつけられなくて」
「ボタンを…?先輩、名前が牡丹なのに不器用なんですね…」
「うるさい」
先輩は、むっとむくれてみせると、ボタンに手をかける。
先輩の名前は白川牡丹。
その名の通り、牡丹のように美しく繊細な容姿の人だった。
「先輩、俺がボタンつけてあげます」
「悪いな…」
「いえ…」
こんな場所で、場所も弁えず盛ったのは俺ですし。
半ば、言い訳を封じて、一つ一つ先輩のワイシャツのボタンをしめていった。
薄暗い美術室。
先程先輩を生まれたままの姿にしたのに、今度は着せ替え人形にしている。
「先輩、」
ざあざあざぁ。
激しい雨音。
「愛しています」
ざあざあざあ。
「貴方を」
「知っているよ」
先輩はクスリと音をたてて笑った。
華のように綺麗な、笑みだった。
「ボタンってさ…」
「はい?」
「…つけるの、嫌いなんだ……。
一つ間違えると、他もすべて間違えてちゃうからさ。ひとつだけはまってない穴もできるし。
ボタンの服、嫌なんだ」
「案外、面倒臭がりやなんですね、」
繊細そうな容姿からは想像出来ない程、先輩は面倒臭がり屋だ。
雑用を俺に押し付ける事なんて日常茶飯事。
「うん、そー、面倒臭がり屋なの…だから……」
先輩は一瞬、何かを思案し口を開ける。
だが、言葉になる前にすぐに口を閉ざした。
へにゃり…、と曲がる先輩の口許。
「…先輩…?」
「だから、俺は掛け間違えたままにしておくの。
掛け間違えたまま、可笑しく生きて、可笑しく終わるの」
「先輩…」
「お前くらいなもんだよ…、弟を殺した俺と一緒にいるのは…。
あんな可愛いあいつを振って、俺を好きだなんて言う馬鹿は」
「先輩、」
先輩の俺を攻める口調。
なのに泣きだしそうな、先輩の顔。
その顔は何かを我慢しているようで、酷く痛々しかった。
泣いてしまえば楽なのに。
この雨みたいに泣いてしまえば。
なくしてしまえば、いいのに。
自我なんか…。
雨と一緒に、流してしまえばいいのに。
「先輩…」
そっと…先輩の頭を撫でようと手を伸ばす。
しかし触れる前に、その手は先輩にパン…と払われた。
「お前が…間違えたからいけないんだ…お前が、お前が…!」
先輩は癇癪でも起こしたかのようにそう叫ぶと、勢いよく美術室のドアからでていった。
ーバタン、と勢いよく閉められたドア。
行き場のなくなった手は虚しく宙をかいた。
先輩には一つ下の弟がいた。
可愛くて仲のいい少し病弱な甘え上手な弟が。
先輩の弟・胡蝶は、俺とも仲がよく、一緒につるんでいた。
先輩との仲を何度も相談した事がある。
でも…
「胡蝶は、俺が…」
死んでからわかった事だが、胡蝶は俺が好きだったらしい。
先輩が見つけた胡蝶の日記には秘められた想いが綴ってあった。
胡蝶が身体を壊したのは、雨の日の放課後。
帰り道で突然、病の心臓の病気が発病し、そのまま帰らぬ人となったのだ。
その日、たまたま俺と学校で勉強していた先輩は、胡蝶の変化に気づかなかった。
もし、あの時、先輩が胡蝶の側にいたらナニカが変わったんだろうか。
牡丹の両親は当然、その場にいなかった牡丹を攻めた。
学校まできてわざわざ呼び出して責めて、家でも責めて。
お前がしねば良かったのに…等と、暴言まではいたらしい。
病弱で甘え上手な胡蝶の方が、両親や周りには好かれていたから。
その言葉に先輩は深く傷つかせたもので、時折『俺が死ねば良かった』と言っては俺を困らせた。
先輩はクールだけど、傷つかない訳じゃない。
強がりだから泣かないだけで…
本当は誰かに縋りたいのかも知れない。
学校でも、俺以外誰も先輩を守ろうとはしなかった。
ありえない中傷めいた噂ばかりが広がった。
ただえさえ、あまり笑わない先輩は、胡蝶が死んでから笑わなくなってしまった。
泣きそうな顔ばかり見せるようになった。
そして、いつもぼーとして、窓を見ていた。
先輩の心から笑う姿をここ最近は見ていない。
梅雨の、太陽のように。
俺は、先輩の笑顔が好きなのに。
俺は、胡蝶じゃなく先輩が好きなのに。
どうして、こうなった?
どこでボタンを掛け間違えた?
誰が、これを望んだ?
こんな…未来を……。
先輩の笑顔を、誰が奪ったんだ?
「…早くやまないかな…」
雨がやめば…先輩は笑ってくれるのかな。
あんな苦しげな顔、しなくてすむのかな…。
先輩も。
俺も。
心の雨は降りやむのだろうか。
「…先輩、」
昔貰った先輩の第二ボタンをポッケから取り出して
そっと唇をあてる。
『第二ボタン下さい』
『はぁ?』
『俺、貴方の事が好きなんです』
…先輩が好きで…愛している。
甘え上手で可愛い素直な、俺を慕っていた胡蝶よりも。
はかなくて綺麗で…でも虚勢張って強がっている先輩が何よりも愛しかった。
俺は、先輩だけが好きだった。
ざあざあざあざあ。
雨の日は続く。
太陽は見えない。
ざあざあざあざあ。
先輩の笑顔も今は見えない。
早く雨なんて、止めばいい。
そしたらきっと、先輩も笑ってくれる気がするから。
明日、天気になりますように。
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