~短編集~≪R18有り≫

槇村焔

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空気のようにそばにいて<失恋/独白>

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空気のようでわからなかった。

幼馴染の話




ーまるで。
それはまるで。

空気のような存在だったから。

いつも傍にいるのが当然だったから。


気づかなかった。
気づけなかった。


いてもいなくてもオレにとっては何の関係もないと思っていたから。


それ程、お前はオレにとって傍にいる程必要な存在だと


馬鹿なオレはあの時は気づけなかった。


…でも、お前だってあえて最後まで気づかせなかったんだろう?


気づかせたくなかったんだろう?





「明けましておめでとう」

その日、新年が明けた最初の日。

あいつは黒い袴を着て、誰よりも早くオレに新年の挨拶にきた。

にんまり、と何が楽しいのかオレん家の玄関先で微笑みを口元に浮かべながら。


袴を着ているというよりかは、どこか童顔なあいつが着ると、袴に着られているといった感じだったけど。


それでも、得意げにオレに袴を見せるあいつが少し可笑しかった。


まるで子供のような笑みで、本当に自信ありげに笑うから。

「七五三か…」
「なにを。もう18歳の少年に向かって」
「ってか、なんで袴なんだ?」
「んー?気分?」

アハハ、なんて笑うあいつ。

そういう物事をあまり考えない所があいつらしいなと思った。

どうせ、[お正月]という気分だけで袴なんてきてきたんだろう。



「家、入るか?」

1月の寒空の下、ずっと立って話しているのも寒い。

なので家の中へあいつを誘う言葉を口にすると…。


「勉強中じゃないのか?受験生」

あいつはふふんと余裕な笑みを浮かべながら返してきた。
それを言うなら同級生なあいつも同じく受験生だ。


「お前もだろ」
「アハハーッ!俺はいーの。勉強しなくっても頭いーから」
「あぁ、東京の大学行くんだっけか?」
「そーそ。未来の東大生よ」
「東京の大学でも東大じゃないだろ、お前」
「似たようなもんだよ、まぁ、じゃーお言葉に甘えて入りますかねー」

あいつはおじゃましますーと声をかけて、勝手しったるや、オレの部屋へと歩いていった。

見た目と違ってオレより幾分頭のいいあいつ。

それが内心少し面白くなかった。
だって、頭のいいあいつは受験に受かれば東京へ行ってしまうから。
初めてオレの手の届かない場所に行ってしまうから。



 オレとあいつは、所謂幼なじみで親友で。

小さい時はいつも一緒にいた。

オレの隣にはあいつで。

あいつの隣にはオレで。


あいつの傍にいつもいるオレがいた。

気がつけばいつも。


多分、あいつの隣はオレにとって居心地がよすぎたんだろう。

あいつが隣にいる毎日が一日だって嫌だと思わなかったしあいつが傍にいる日常がオレの日常だった。


そう、まるであいつは。
オレにとっては空気のような存在だった。

居て、当たり前の。
居ない事なんて考えられなかった。


だから…


「ねぇ、お前にとって俺ってどんな存在」

オレの部屋に入った途端、珍しく真剣な表情をしそう聞いてきたあいつに、オレは一瞬口ごもってしまった。

「何だよ、急に」
「アハハー、だってもうすぐオレ等、わかれるじゃん?だから一度聞いておこうと思って」


アハハ、なんていつものように笑みを浮かべるあいつ。

 でも、その瞳が真剣そのもので。

ふざけている様子ではなかった。

珍しく見せたあいつの真剣な瞳。
その瞳の奥のチラリと見えた燃えたつ色に、沸き立つような衝動に襲われる。



 どんな存在か。
改めて聞かれると困る。

オレにとってあいつは誰よりも身近にいて、

誰よりもオレを理解していて。
ずっと隣にいた存在だったから……


「お前はオレの親友、だろ」

親友。
そう、ずっと変わらない友情を夢見ていた。
他の友達よりも、身近で気が置ける……



「親友…」
「なんでも話せて、傍にいる。

オレ達は、親友だ。

お前が東京に言ってもオレ達は…変わらない

オレにとってお前は大事な親友だ」
「…そう…か」

オレの言葉を聞くと、強張っていたあいつの顔は緊張が解けたようにほにゃ…といつもオレに見せている顔を浮かべた


そして、つぃ…と、またオレに視線を合わせながら口を開く。


「俺にとっても、お前は空気のような存在だよ、」

っと。

カチカチ、と時計の音が妙に大きく聞こえる。

オレとあいつの間には、なんとも言えない空気が潜んでいた。



「空気…か…」
「お前がいないと俺は多分可笑しくなる。

ずっと傍にいる大事な存在だって…。ずっとずっと前から思っていたんだ」

[空気]

同じようにあいつも思っていたんだと嬉しくなる。

やっぱりオレと同じ感覚を共用するのはあいつで。

オレの機嫌がよくなる事を言うのもあいつだった。

あいつは、オレ以上にオレをよく知っていた。

だから、オレの気分をよくする言葉や、なにが好きか…なんて言わなくてもわかっていた。

言葉にしなくてもオレ達はわかりあえているとおもっていた。


「オレ達、ずっと親友だよな。
遠くに言っても結婚しても


ずっと」

あいつに合わせるように、オレはそう口にする。

と、なぜだか、あいつの目が揺らいだ。


「結婚…」
「オレ達の友情は変わらないよな、ずっと」

少し様子が変わったあいつの反応が、何故か嫌な予感がして、オレは念を押すようにもう一度そう言葉にする。


あいつはオレの言葉に挙動不審になったように身体を揺らし、何かいいたげに唇を開いては閉じる。


「どうした?」

不信に思い、そう尋ねると、あいつは一度唇をぎゅっと結び、それからゆっくりと開いていった。



「俺は……お前がいないと辛い。そういう意味で……。お前が何よりも大切なんだ。その、男同士とかそんなもん、考えたくないくらい……。お前が好きなんだ」

カチカチ。
時計の、音。

その言葉を聞いた瞬間、確実に時が止まった気がした。

オレとあいつとの間に流れていた時が。



「好……き?それ、…は…」


唇が震える。
オレはあいつとは親友のつもりだったから。

他の関係なんて、考えた事なかった。

考えたくなかった。

オレの悩内は、突然与えられた言葉にショートを起こす。


頭に入ってきた情報を、正確に処理する為に。


でも冷静になろうとすればするほど、頭は混乱を起こし働かない。


「だから、恋愛感情、な意味で、俺はお前が好きなんだ」

はっきりとした決定的な言葉をあいつが言った瞬間。

悩は完全にショートし、代わりに考えるのを拒否した。

それは、《逃げ》だったのかもしれない

オレの悩は変わらない平穏を、望んだ。



「オレ達、男同士だろ」
「だから……」
「冗談、だろ」

冗談だろ。
冗談だと言え。


オレは必死にあいつの思いの言葉を否定する。


男同士で恋愛なんて考えられなかった。


いや、それ以前に。

この関係を壊すのが嫌だった。
変わる変化が怖かった。

オレは臆病ものだった。


あいつの瞳が、一瞬、オレの言葉にゆるりと潤んだ。

それは本当に一瞬の事で。
またすぐに取り繕った笑みを浮かべる

「あ、アハハー。冗談だってば。やだなぁ、そんなにマジになんなよ」
「……だよな。冗談、だよな」
「そーそー。男同士とか、ないよな」


ほっと肩を落とすオレ。
そんなオレをみて、悲しげな表情をしたあいつ。




あれは、今にして思えばあいつの虚勢だったんだろう。

オレから離れる為の。





 やがて冬本番となり、受験戦争もいよいよラストスパートとなる。

オレもあいつも受験勉強で、家が隣同士だというのに勉強に打ち込み、会わなくなっていった。

会って気まずい思いをしたくなかったのかもしれない。


あいつは、東京へ行く前日にオレに大学に受かった報告と、別れの言葉を言ってオレの傍から消えた。

それはとてもあっさりとした別れだった。


結局あの日の言葉が、本当に冗談だったのか……

真相を言わないままに。

あいつはオレの前から姿を消した。




 ずっと傍にいたあいつ。
なにをやっても楽しくて馬鹿してきたあいつ。

いなくなって得たものは

途方もない、

淋しさだった。

あいつがいなくなって……オレは傍にいる時よりも数倍あいつの事を考えるようになった。

考えれば考える程に、胸は切なくトキリと跳ねる。

多分間違いなくこれは恋だった。


いなくなってから気づくなんてとんだお笑いだった。

いないのに、狂おしい程に切望して。
傍にいなくて歎く。

まるで空気のように傍にいたから、わからなかった。


あいつがこんなにも大切だった事。


あいつもわざと、オレに気づかせなかったんだろう?


最後の最後まで、オレと親友という間柄でいる為に。


あいつはわざと気づかせてくれなかったんだろう。




俺の、[空気]でいる為に。


月日はたつ。淡々と。

オレはあいつをひっそり思いながら、また出会える日を夢見ていた。


今度会ったら。
今度会えたらオレも自分の気持ちに素直になろうと。


 そんなオレに、この間風の噂が耳に入ってきた。

あいつの、事だ。


あいつは、オレが知らない間に、いつの間にか家に一度帰っていたらしい。

久しぶり家に帰ったあいつは、家族に自分の将来を共にしたい相手だ…と年上の男を紹介して勘当された、と母が話していた。


ゲイだとあいつがカミングアウトした事。

誰よりも大事で、将来を一緒に過ごしたいと言った事。

そのあいつにとって大事な相手はオレではなかった。


オレではあいつの特別にはなれなかったのかな。

オレはその噂を聞いてようやく遅い失恋をした事に気付いた。




「冗談…だろ」

もしあの時オレが

自分の気持ちに気付いていたら……


今頃どうだっただろう


あいつの隣に今立っているのはオレだったんじゃないだろうか。

あいつの一生傍にいるのもオレだけだったんじゃないだろうか。


もし
もしも……。

もしも、だけが頭をうめつくす。



全てはもしも、でもう戻れない。


悲しいくらいに


願っても。



もう俺は

あいつの1番にはなれなかった。




冬の乾燥した空気。
風がピューと頬にあたる

それが渇いた頬にはなんだか痛くて。

気が付いたら、少し泣いていた。

涙が、ツゥ、っと頬を伝った。

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