狼

最終章

５０

その言葉を聞いた瞬間、ホロリ、と涙が毀れ落ちた。
同時に、今まで自分の中で頑なに守っていた〝なにか〟がガラガラと壊れていく。
それは今までずっと心の奥底にあった《虚勢》の塊だったのかもしれない。
それが、仁さんの言葉で、ガラガラと崩れ去っていく気がした。


「顔…見せてくれないか？」
そう懇願されて、仁さんの方に顔を向けると仁さんは嬉しそうに顔を破顔させた。
抱き起して欲しい、そういえば、僕の背を支えながらベッドから抱き起してくれた。

「ほんと…だよ…」
絞り出すように、僕は言葉をはく。
言葉は震え、胸も震えた。
すごく、うれしくて。

「いっぱい、いっぱい傷ついたんだからな…仁さんはまりんまりんでまりんしか見てないし…僕は…僕は…」

仁さんの顔をみやると…ふんわりと僕に笑いかけた。

ああ、好きだな。やっぱり。
その笑顔が、大好きだ。

何度傷つけられても、喧嘩しても。
でも、それでも、何度も貴方のその笑顔を見ていたいと思ってしまう。

ずっと、隣で。
一緒にいたい。

「ずっと、一緒にいてもいいの…?」

問いただす声が、少し不安にを伴っていた。

「僕は、女の人とは違うんだよ…?
ふたなりだし、外見綺麗でもないし。
連れ立って歩いたって恥ずかしい思いをするだけかもしれない。それにこの子だって…。僕なんかが…」

「お前がいいんだ…。俺が欲しいと、あんなに切望したのはお前だった。
今更、お前を手放せないし、逃がしたくない」

もう離せない…そういうと、本当に僕をどこにもいかせまいとするかのように、仁さんはぎゅっと僕を抱きしめた。

仁さんの腕の中。
夢なら醒めないでほしい。
ずっと、さめない夢をみたい。
これが夢なら起きた時死んじゃいそうだ…そういったら、仁さんは、夢じゃないと思えるまで何度もお前の傍にいる、これからはお前が俺の腕の中で泣くことはないようにと、言ってくれた。


「好きだ」
仁さんは、僕の顔の涙をぬぐうように、頬骨近くに唇を寄せる。

「あ…だ、だめ…」
「だめ？」
「だ、だって、僕…すっごくドキドキしてるから…。
だって…こんなこんな…」
「じゃあ、もっと、ドキドキさせようか。駿が俺をもっと好きになってくれるように…」
「好きって…。
ぼ、僕は仁さんが好きだよ？ずっと…すき、だったんだから…。
なのに、これ以上、好きにさせたら僕…、きっと、仁さんを離してあげられないよ。ずっと、ずっと、そばにいてほしくて仁さんが逃げ出したいって思っても縛り付けて…」
「ふふ…それは楽しみだな…」
「わ、笑い事じゃないんだからな…！」


怒ったふりをして、仁さんを軽く叩こうとする。
だけど、病み上がりな僕は、ふらついてしまって。
そんな僕を仁さんはしっかりと抱きしめていてくれた。


「仁さん…ありが…」
仁さんの痛いほどに真剣な視線を感じて、言葉が止まった。
仁さんは僕の頬に手を添えるとゆっくりと己の顔を近づけてくる。
僕もそれに答えるように、自然と瞼を閉じた。


「愛してる…･･･」
愛の言葉とともに、唇が重ねた。
一度だけじゃなくて、何度も。
甘い戯れのように、キスを続けた。


「これ以上やったら、口が腫れちゃいそうだよ…」
「じゃあ…、もっと…凄いことやるか？」
「馬鹿」

くすくすと笑えば、仁さんも僕に笑いかける。
愛おしい…、そんな気持ちが窺える優しげな眼差しで。


「好きだ…駿…」
ずっと、ずっとこの視線が僕を捕らえ続ければいいと思う。

死が二人を分かつまで、ずっと。
番のように、死ぬまで、貴方の唯一でいたい。

「駿」
「仁さん…」

僕らは唇を交し合う。
お互いを確かめるように。
本当の《番》を見つけた飢えた狼のように…
僕らはただ、時間が許す限り、口づけを交し合った。




おわり。