槇村焔

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2章

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「好きだ…」

まりんに恋愛感情を抱いてから、何度も、その言葉を口にした。

好き。愛してる。ずっと一緒にいたい…と。



その言葉をいえば、相手も同じ気持ちを返してくれると、そう思っていたのかもしれない。

その言葉を言い続ければ、いつか相手も同じ分のスキを返してくれるなんて、そんなバカみたいなことを本気で思っていたのかもしれない。



まりんは俺が思いを告げても、特に変わりはしなかった。

わがままもいえば、甘えもする。



俺のことを好きだといいながら、他の人間にもスキをばらまく。

まるで猫のように気まぐれで、突き放したと思ったら擦り寄り甘える。

撫でようと思ったら爪をたてる。



抱きしめたと思ったらすり抜ける。





ギリギリのところで、俺を縛り付ける彼女。



まりんは決定的な愛の言葉をくれず、この恋を諦めようとすれば、俺の気持ちがわかっているかのように甘い飴のような愛をくれる。



戯れに与えられた毒のようの微笑みにやられ、まりんに傾倒していく。

まりんという毒が俺の身体を巡り犯していく。



まるで、鎖でまりんに飼われているような感覚だった。

鎖で遠くに行けないし、まりんの元にしか帰れない、犬。





バイトは、全てまりんへの貢物へと変わっていった。

母親の遺産を使いたくなくて、必死にバイトをしていたのに…。稼いだ金は湯水のように消えた。





「あのね、私欲しいものがあるの…」

そう、鈴の音のような声で言われれば全てを聞いてあげたくて…。



「なにがほしい?」

「指輪が欲しいの。この間ね、百貨店で見つけて…凄く可愛かったんだけど、高くて…」



百貨店の指輪。

百貨店に売られている指輪は、学生が簡単に買えるような値段ではない。



「わかった。今度プレゼントする…。ちょうど付き合って1年だから…」



それでも、まりんが欲しいなら…と食事代を削り、睡眠時間もバイトにあてた。



「ありがとう、仁。大好き」



まりんの笑顔が見たくて。愛らしく俺に微笑んでくれるその笑顔が見ていたくて。

まりんのいうことは、まるで家来にでもなったかのように全て聞いてあげた。



 



大人をも魅了するまりん。

そんな大人にも負けたくなくて、必死に背伸びをし、まりんが喜ぶことを全てやった。





まりんの関心を引きたいが為に、バイトを増やしその分をまりんへの貢に宛てた。



 母さんがいれば、少しは止めてくれただろうか。やめろといってくれただろうか。

〝ありがとう、仁〟その一言が聞きたいが為に、空いている時間は全てまりんに渡した。



 



あの日のように、いつか俺だけの手をとって、微笑んでくれる。

〝約束〟したのだから、最後は俺のもとに戻ってくれる。

そう自分を信じ込ませて、まりんだけを見続けた。

…馬鹿みたいに。





『代わりにしろって言ったのは、仁だよね。

まりんを泣かせたくない、まりんには幸せになってほしい、まりんを笑顔にしたいって。

だから私は、その〝言葉どおりに〟仁に支えてもらっていた…。貴方には感謝してる』

『ありがとう…、仁』



最後にまりんがくれた感謝の言葉は、今までの自分が馬鹿馬鹿しく思うくらい悲しいものだった。



「仁さんは、馬鹿だよ」

俺がまりんに傾倒して。



まりんの飄々とした性格は変わらなかったが、駿は変わってしまった。



そして、俺も。俺たちの関係も。





 俺がまりんに思いを告げた日。告白し真っ赤に顔を赤らめた俺にまりんはこういった。





『私は、仁のこと、まだ何も知らないから。

だから、これから知りたいの。もっともっと仁を知っていきたいの。



駿みたいに、私の傍にいてくれる?私にもっと仁を教えてくれる?ゆっくりでいいから…貴方を知りたいの』



その言葉に。

俺は頷き、今までの駿との付き合いを変えた。

今まで暇な時間は駿といたものを、まりんと一緒に過ごすようになった。

駿も駿で、いつも俺の傍にいたのに、まりんの元へ通うようになってからそんなに姿を現さなくなった。



いつも俺の傍に寄ってきたのに。俺の後をついてきたのに。

 家にはいるものの、まりんと一緒にいるときは足早に俺たちの前を通りすぎ、部屋へと引きこもる。

俺の顔など見たくないというかのように、俺の前から姿を消す。

直接駿と言葉を交わしたのは、まりんに惚れてから2ヶ月経った頃だった。



 まりんが家におらず、駿一人で家にいたときにたまたま訪ねた時。

久しぶりに会う俺に、そのときの駿は嬉しそうに笑った。



仁さん、今日はひとりなんだ…って笑いながら近寄ってきた。

だが、久しぶりにあった駿に報告のように

『まりんに惚れた』といえば、顔を顰め『最悪だ』と零した。







『なんで、そんな報告』

『駿…?』

『最悪な報告だよ、それ。なに、その冗談』



今まで俺の言葉をなんでも笑って従っていた駿が。

なんでも俺の言うことを聞き素直だった弟のような駿が。

その時、初めて顔を顰め、泣きそうな顔で俺を見た。





『まりんなんて…なんでよ』

『駿』

『仁さんは騙されているんだよ、あの女に。



あの女狐に…あんな女…。なんで…なんでよ。

まりんは仁さんのことなんも思ってないよ…。まりんは他にも沢山付き合っている人、いるもん。

まりんは愛しても愛し返してくれないよ…。仁さんの想いだってからかうだけって決まってる』



泣き叫びながら、駿は俺の胸板を叩く。

尋常じゃないその様子に、可笑しいと思いつつ、駿の言葉に不快感を感じる自分もいた。



いままで違う顔を見せた駿にと、俺がいてほしいとき一緒にいてくれたまりん。



弱っていた時、普段俺に頼りきりの駿は、俺の傍にいてくれなかった。

俺の看病をしてくれたのは、まりんだ。

一人心細かった俺に微笑みをくれたのは、まりんだけだった。



駿は、俺がまりんの家を訪ねるまで姿を現さなかった癖に。俺の顔をみるなり、部屋に隠れていたのに。

辛かったとき、そばにいたのはまりんだったのに。



いつも俺の後をおっていたお前は、俺が弱っているときは放置していたくせに。





―酷いのは、どっち。助けて貰いたかった時に助けて貰って惚れて何が悪い。

心細いときに一緒にいてくれた人間に惚れてなにが悪いんだ。



自分でも口汚い言葉が出そうになって、口を噤む。

言い争いしたいわけじゃなかった。



『まりんは、可愛いぞ。それに優しい・・・』

『顔だけだよ、あんな女。あんな女・・・、』

『駿』

『まりんが可愛い?優しい?幻でも見たんじゃないの?』



言葉を吐き捨てる。文字通り、吐き捨てるようにいった。



―これは、誰だ。俺が今まで見ていた俊は。控えめな俺を慕う弟は。



 まりんに暴言を吐き顔を歪める駿に、今まで感じていた駿のイメージが、ガラガラと崩れ去っていく。

駿はいつだって、控えめに微笑んで、俺の傍にいて…。

でも、本当にいてほしいときはいなくて、俺が惚れた相手にこんな風に牙をむき、陰口をいう…。

俺がみてきた駿はなんだったんだろう。



『まりんの優しさなんて、〝気まぐれ〟なのに…。そんなの嘘っぱちなのに…なのに、』

『やめないか…!』



言葉を言い続ける駿の言葉を遮るように叫んだ。

それ以上、まりんの実の弟である駿の暴言を聞いていたくなかった。





〝ずっと、一緒にいるわ〟

あの言葉が偽物だなんてそんなわけない。

あの言葉は確かに愛しさが溢れていた。

あの声は偽りじゃなかった。



偽りじゃなかった。

そう俺が信じなくては、あの朧げな日々は偽りになってしまいそうだから。駿の言葉を否定した。





『…実の姉だろう?何があったか知らないが、これ以上悪くいうのはやめないか。不愉快だ』



自分でもびっくりするくらい、低く冷たい声が出た。

駿にこんなに怒りを顕にしたのは、初めてだったかもしれない。

駿は俺の放つ言葉に目を見開き…、一瞬瞳が揺れた。悲しげに。

それは、本当に一瞬のこと。



すぐに、キッと生意気そうな視線を俺に寄越すと

『きっと後悔するから。仁さんは、きっと後悔するんだからな…きっと、きっと!』

そう言って、走って駿は自分の部屋に引きこもった。





きっと後悔するんだからなー。

 恋は少女漫画のように甘くない。

少なくとも、俺とまりんの恋はそうだ。



甘えられればうれしいし、大好きと言われれば幸せを感じる。

でも、別れればどうしようもない空しさを感じた。



ただ切ないばかりの感情しかない。

どうしようもない思いしかない。



まりんは、俺だけの女じゃないから。

どれだけ愛したいと思っても、いつも傍にいられるわけじゃない。



傍にいられないとき。

愛したいという思いが行き場をなくし、発散されずに俺の中でドロドロと息巻く。



 他の女を抱けたなら。この思いを思い切りぶつけられたなら、少しは楽になっただろうか。

しかし、俺はそんな風にすぐに切り替えることができなくて。



 他の女など、まりんにきちんと振られてもいないのに考えられなかった。

いつも俺をおっていた駿は俺を追わなくなった。俺は代わりにまりんを追った。

駿に追われなくなった寂しさを埋めるように、ただまりんを愛を告げた。





 駿はふらりと俺の前にやってきては、俺に対しお小言を言って去っていく。



そんな関係が何年も続いた。



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