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6. 待つと決めた

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 三年前────


「駄目よ! 待つなんて認められる筈が無いでしょう!」

 母の金切声にイリーシアは毅然と背筋を伸ばした。

「いいえ、お母様。私はもうアウロア様の妻です」

 その言葉に父はイリーシアの頬を打った。
 はっと息を飲む母親から目を逸らし、イリーシアは歯を食いしばった。

 だって約束したのだ。
 知らない間に自分が他所に行けば、目覚めたアウロアは絶対に苦しむ。

「イリーシア……よく考えなさい」

 夫の暴力を目の当たりにして、母はいくらか冷静になったようだ。
 けれど説得の体を崩さない。

「良く……考えて来ました! 今までずっと! それはあの方の妻になると決めた時から変わりません! もう私は、自身の名誉や身上よりも……あの方が大事なのです」

 そう言って項垂れる娘に、子爵は深く息を吐いて一言告げた。

「もういい。お前には失望した。そんなに貴族の義務を軽んじると言うならば……好きにすれば良い」

「あなた!」

 そう言って自室に戻る夫を追いかける母の背を見送り、イリーシアは床にへたり込んだ。

「お嬢様!」

 慌ててメイドのミラが駆け寄るのを見て、イリーシアは苦笑した。

「あなたまで……もう私は奥様なのよ」

 そう言って微笑むイリーシアをミラは痛々しいものを見る目で、しゃくり上げた。

 アウロアが事故に遭い、三ヶ月が経った。
 彼の叔父夫婦が屋敷を仕切る様になってから、イリーシアは門前払いをくらうようになったのだ。

 彼の意識が戻ったと聞いて、直ぐにでも会いたいと……

 けれど待てど暮らせど、イリーシアには何の連絡も入らなかった。
 噂で、彼は記憶を無くしたと聞いた。
 痺れを切らした父子爵が、伯爵家に乗り込んだが、アウロアは全ては叔父に任せているのだと。
 婚約の事は知らないと、破棄して欲しいと言ったそうだ。

 父は怒りを抑えず帰ってきたが、イリーシアは信じなかった。
 アウロアに何かがあったのだ。
 だから、父の怒りを深めたこの決断は間違っていない。
 ぎゅっと胸の前で手を組む。

 一度だけ伯爵邸に忍び込み、怯えるアウロアと面会した。
 記憶を無くしているとは言え、彼に拒まれ、イリーシアは打ちのめされた。
 それでも……

「アウロア……私を拒絶するなら、の口から聞かせて」

 イリーシアはキツく目を閉じ、祈る様に組んだ手を額に押し付けた。
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