上 下
13 / 17

13.

しおりを挟む
「それはどうだろう」
 けれど勢いを取り戻しかけたレドルに、別の声が掛かった。
 はっと顔を上げれば、そこにはここアドル国の王太子、ミルフォードの姿があった。

 隣には身体を強張らせたセシリアが立っている。
 何故この人がと呆然と見上げるミランダに、ふっと笑みを浮かべ、ミルフォードは独り言のように口にした。
「──未来を、視てきた」

 あっと、あがりそうになった声を慌てて飲み込む。 アドル国の聖樹、未来を視る枝……
 ミランダに支えられるように座るフィリップは落ち着き払っている。恐らくセシリアの行動を知っていたのだろう。

「侯爵代理?」
「は、はい?!」

 突然現れた王太子にレドルは居住まいを正した。
 しかし今までこの場で一番爵位が高い立場だったレドルは、それが覆され忌々しいという感情を隠しきれていない。
 それすら見透かしたようにミルフォードは笑うようにふっと息を吐いた。

「残念ながら君には逮捕状が出ているよ。現侯爵の薬に毒物を混ぜ身体を弱らせていた事、それにその嫡男への医療行為の放棄」
「なっ?」
 驚くレドルに変わらぬ様子で笑みを深め、ミルフォードは続ける。
「こちらの令嬢はフォート国の公女であり、どうやらフィリップに恩があるそうでね。……彼の負傷を聞き、良薬の手配の為に病状を確認しようとしたそうなんだが。侯爵家に出入りする医者へ辿り着けないと不審に思われたそうで、我が王室に相談に来られたんだ」

 淡々と話すミルフォードはまるで事実しか語っていないように堂々としているが、セシリアとフィリップの関係は嘘八百だ。王族って凄い。

「そ、そんな……そんな話、聞いた事がない……」
 でしょうね!

 そんなミランダの内心は他所に、青褪めるレドルにミルフォードは小首を傾げて笑ってみせる。
「あれ? ここで最初に否定するのが二人の関係性ってどうなのかな? 君の罪は認めるととってもいいのかい?」

 レドルは益々青褪めた。
「そ、それは勿論! 事実無根でありますが!」
「まあ、取り調べに応じてくれればこちらは構わないさ。なんせガルシア侯爵家という名家を失えばアドル国にも影響が大きいからね。……だから確認させて貰ったんだけど──」

 君じゃ、その素質はなかったよ。

 誰にも聞こえないような小さな声を、しかしミランダはその耳に拾ってしまった。
 離れた場所にいるレドルも、不思議とその言葉は届いたかのようで、目を大きく見開いた。

 ミルフォードの冷たく無機質な声に身体が強張る。そんなミランダを慰るようにフィリップが背中を撫でてくれた。

 セシリアの顔が引き攣って見えるのも、ミルフォードに突きつけられた条件が破格だったのかもしれない……
 確か彼はまだ十五歳ではあるものの、とても頭が良く、為政者としての頭角を表していると評判だ。……同時に冷淡だとか、誰に対しても平等に厳しいという噂のある人物でもある。
 
 そんな相手に立ち向かってくれたセシリアにはもう感謝しかないけれど。
 彼女は自分の為だと言っていたが、レドルのしていた事を考えれば、もうそれだけには止まらない。間違いなく彼女はアドル国の恩人だ。
 とは言え彼女の様子は気になるところで。

「せ、セシリア様。大丈夫ですか?」
 そっと問いかければ、セシリアは力無く首を振って笑ってみせた。
「大丈夫よ、少し面倒くさい人だったけれど」
 そう言ってチラッとミルフォードの横顔を見遣る。

 ……我が国の王太子がごめんなさい。
「これでも私、精神年齢は十四歳の公女なんだから」
 そう明るく言ってみせるセシリアは頼もしい事この上ない。今更ながら、彼女はとても素晴らしい公女様だ。

「面倒くさいって何さ」
 ミルフォードは不服そうだが、ここはセシリアの意見を尊重したい。
 とはいえ王族や、それに連なる者の意識の高さには改めて感心してしまうものだ。自分が十四歳の時とは正直比べものにならない。
 
「お、おい! やめろ!」
 そんな事を思っているうちにミルフォードは手を振り、彼の騎士たちがレドルを取り囲んだ。そのまま動揺と共に喚き出すレドルを連行していく。

 ……フィリップはもしかして、レドルの本質を見透かしていて、最初からこの場で断罪するつもりでいたかもしれない。彼が関わるなとミランダに言いおいたのも、冷淡と評判のあるミルフォードとの関わりを懸念したせいだったのだろうか。

 動揺に揺れる礼拝堂内のどよめきを払うように、ミルフォードが花咲くような笑顔を見せた。

「そう言えば今日は結婚式だったんだって? 式を中断してしまったようで申し訳なかったね」
「え……め、滅相もない……」
 誰へともない問いかけに、そこにいる一同はぶんぶんと首を振った。それに満足そうに頷いて、ミルフォードはダリルに目を向けた。

「で、君が新郎かい?」
 その言葉にダリルは困ったように眉を下げた。
「いいえ」
 いつの間にその腕には、目を潤ませた別の令嬢を抱えている。

「我が家が侯爵家の圧力に耐えられず受けた婚姻でしたが、実は私には、他に将来を誓った女性がおりまして……」
「おやおや、それは気の毒に」
「……」
 ダリルとミルフォードのやりとりが妙に白々しく感じるのは気のせいだろうか……

 しかしそれを受け、益々混沌とする礼拝堂内を見ては、ミルフォードは楽しそうに笑みを深める。
 ダリルも臆する事なく先を続けた。
「それに私は元々そこの悪縁あるフィリップに脅されていたのです。ミランダとは自分が結婚するから、そのつもりで挙式を行うように、と」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を、あなたのために

月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

その愛情の行方は

ミカン♬
恋愛
セアラには6歳年上の婚約者エリアスがいる。幼い自分には全く興味のない婚約者と親しくなりたいセアラはエリアスが唯一興味を示した〈騎士〉の話題作りの為に剣の訓練を始めた。 従兄のアヴェルはそんなセアラをいつも見守り応援してくれる優しい幼馴染。 エリアスとの仲も順調で16歳になれば婚姻出来ると待ちわびるセアラだが、エリアスがユリエラ王女の護衛騎士になってしまってからは不穏な噂に晒され、婚約の解消も囁かれだした。 そしてついに大好きなエリアス様と婚約解消⁈  どうやら夜会でセアラは王太子殿下に見初められてしまったようだ。 セアラ、エリアス、アヴェルの愛情の行方を追っていきます。 後半に残酷な殺害の場面もあるので苦手な方はご注意ください。 ふんわり設定でサクっと終わります。ヒマつぶしに読んで頂けると嬉しいです。 2024/06/08後日談を追加。

死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。 なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの? どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの? なろう様でも公開中です。 ・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』

愛してもいないのに

豆狸
恋愛
どうして前と違うのでしょう。 この記憶は本当のことではないのかもしれません。 ……本当のことでなかったなら良いのに。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

とある侯爵令息の婚約と結婚

ふじよし
恋愛
 ノーリッシュ侯爵の令息ダニエルはリグリー伯爵の令嬢アイリスと婚約していた。けれど彼は婚約から半年、アイリスの義妹カレンと婚約することに。社交界では格好の噂になっている。  今回のノーリッシュ侯爵とリグリー伯爵の縁を結ぶための結婚だった。政略としては婚約者が姉妹で入れ替わることに問題はないだろうけれど……

処理中です...