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2章 隣国ノウルでの役割
36. 離宮
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「お、大きなお城ですねえ」
見上げるは離宮。自然と開く口をそのままに、マリュアンゼから感嘆の声が零れ落ちた。
「……城では無くて離宮です。あと顎外れませんか? そんなに口を開けて、令嬢のくせに……」
溜息混じりにシモンズがぼやく。
「だってねえ、シモンズ。私今とっても怖気付いているのよ?」
王族が所有する内の一つ、だそうだが……城である。
そもそも離宮って王城の近くにあるものなんじゃないのでしょうか? とロアンに聞いてみたものの、離宮は離宮だろ? と要領を得ない返事が返って来ただけだった。
……ところ変われば、というやつだろうか。
ロアンの所有する離宮は市街地にある、王家所有の未開放地の一角にあった。市街地からは見えるが近づけない───少しだけ小高い場所にあるそれ。
離宮からは美しい公園と色彩豊かな街並みの絶景が広がっているのだろう。心浮き立つ光景に思いを馳せ、期待に吐息が漏れる。
……とは言え式までここで待機、と聞いた時は思わずロアンを二度見した。
そもそもロアンは王城へ戻るつもりは無かったようだ。首都ルデュエルからここまでは更に二日掛かるし、ロアンにとっては未だ敵陣。向かう理由は無いのも当然か。
マリュアンゼとしてもその方が気が楽だし、護衛に集中出来る。
「こちらには、どなたがいらっしゃるのです?」
口にしたところで、ピリっとした空気が流れ、はっと我に返る。
(しまった、ボーッとしすぎたわ)
自分が青褪める音が聞こえる気がする……ど、どうしよう。
「ティリラ妃だ」
強張った顔で答えるロアンには、そうですか。と出来るだけ自然を装ってやり過ごす。シモンズは相変わらず素知らぬ顔で無言を貫いていた。
「会う事は無いから安心しろ」
表情無く続けるロアンに、開き掛けた口を閉じる。
多分触れられたく無い部分なのだろう。
冷たく眇められた視線の先を、気合いを入れ直して振り仰いだ。
「分かりました、お心遣いありがとうございます」
出来るだけ淑やかに笑ってみせ、マリュアンゼはロアンの後に続いた。
◇
離宮内ではまるで賓客のもてなしを受け、マリュアンゼは居た堪れない思いで畏まった。
フワフワのソファに温かい紅茶。
通された応接室は、柔らかな色合いのレモンイエローの壁紙に深みある家具が配置され、肩の力が抜けるような、落ち着いた雰囲気となっている。
お茶は、以前セルル国のロアンの客間で用意してあったものと同じ物のようだ。馴染みは無いが好みの味で、マリュアンゼはつい口元を綻ばせた。
そんな琥珀の液体を一口飲んで、ホッと息を吐く。
先触れでも出してあるのか、教育が行き届いているのか、マリュアンゼもシモンズもとても丁寧に扱われた。
「あまり固くならなくていい。元々お前をここに連れてくるつもりだったからな。使用人にも言い聞かせてあるし、不自由は無い筈だ」
「えっ」
それは恐らくマリュアンゼと婚約を結ぶ事を想定していた時の事だろう。
妻として扱うつもりは無いと言っていたが、邪険に扱うつもりも無かったようだ。
だがちょっと待て。
第一妃がいる同じ場所に第二妃を据えるのか。
いや、確かにここは広いけれど……
「ノウル国の王族に与えられる離宮は一人につき一つで、その中に正式に囲える妃は三人までです」
心得ているというよりは、心を読んだようにシモンズが解説してくる。
そうなのか、そこまで調べて来なかった……というか、拾い読みしているうちに脱線してしまい、つくづく自分が詰め込んだ知識はかなり偏っているように思う。
ついでに言うと、正式じゃない妃もいるのか。とげんなりとしてしまう。
母国の影響か、マリュアンゼは一夫一妻制主義だ。何となく胡乱な目線を送ってやると、ロアンが憮然として答える。
「一緒にするな。私は女性を囲うような真似はしない」
「主人の婚約者が大変失礼しました、ロアン殿下」
そつなく謝るシモンズに、ロアンは、ふんと鼻を鳴らしてマリュアンゼを睨んだ。
「お前が嫁いで来る頃、あれとは離縁する予定でいたからな。今はお前との縁も無くなりそうだから、事が済んだ後、暫くここは無人になるだろう。今のうちに好きに見てまわってもらって構わない」
その言葉にマリュアンゼは面食らう。
ロアンはティリラ妃と離縁の予定でいたのか。
まあ……疑った通りの経緯なら、そう望むのも筋かもしれない。
マリュアンゼに向かって子供をいらない、と言ったのも、もしかして婚姻に対して不信感でもあるからだろうか。それにしても……
「それは……勿体無いですね」
どう返事を返していいのか分からないので、とりあえず頭に浮かんだ勿体無いお化けを口にしてみれば、今度はロアンが面食らった顔をしている。
だって、こんなに大きな建物に一人しかいない上に、使わなくなるから放置───というか多分維持管理だけはするだろうけれど───は、勿体無い! と思う。
けれどマリュアンゼのそんな科白の方がロアンには不可思議なものだったようで、虚をつかれた顔で固まってしまった。
そして何かが崩れたように、ふはっと笑いだしたものだから、マリュアンゼは目を丸くした。
笑った!?
いつも不機嫌そうで面倒そうな雰囲気のロアンの、初めて見る一面にマリュアンゼはついシモンズに親指を立てて笑いかける。
意味が分からない。と言った風のシモンズは、真面目な顔で「不貞の疑惑あり」と呟くので、何で?! と思わず叫び声を返した。
首を左右に振りながらシモンズがぼやく。
「フォリム殿下が何て言うか……」
「ちょっと待って何が? ていうか誤解を招くような伝え方しないでよ!?」
「大丈夫だ、誤解されたら私が弁明してやろう」
ふふ、と笑うロアンを、マリュアンゼとシモンズはつい凝視する。
「なんだ?」
その視線に迷惑そうな顔を見せ、ロアンは腕を組んだ。
「協力関係にあるのなら、フォリム殿下に害を及ぼすような真似をするつもりはない」
ロアンがふいとそっぽを向くのと、ほぼ同時にドアがノックされ、客間の準備が伝えられた。その後部屋の案内を従者に任せ、ロアンは何処かに行ってしまった。
「何でしょうね、急に……」
首を捻るマリュアンゼを尻目に、シモンズは相変わらず淡白な様子でさあ、と答えた。
見上げるは離宮。自然と開く口をそのままに、マリュアンゼから感嘆の声が零れ落ちた。
「……城では無くて離宮です。あと顎外れませんか? そんなに口を開けて、令嬢のくせに……」
溜息混じりにシモンズがぼやく。
「だってねえ、シモンズ。私今とっても怖気付いているのよ?」
王族が所有する内の一つ、だそうだが……城である。
そもそも離宮って王城の近くにあるものなんじゃないのでしょうか? とロアンに聞いてみたものの、離宮は離宮だろ? と要領を得ない返事が返って来ただけだった。
……ところ変われば、というやつだろうか。
ロアンの所有する離宮は市街地にある、王家所有の未開放地の一角にあった。市街地からは見えるが近づけない───少しだけ小高い場所にあるそれ。
離宮からは美しい公園と色彩豊かな街並みの絶景が広がっているのだろう。心浮き立つ光景に思いを馳せ、期待に吐息が漏れる。
……とは言え式までここで待機、と聞いた時は思わずロアンを二度見した。
そもそもロアンは王城へ戻るつもりは無かったようだ。首都ルデュエルからここまでは更に二日掛かるし、ロアンにとっては未だ敵陣。向かう理由は無いのも当然か。
マリュアンゼとしてもその方が気が楽だし、護衛に集中出来る。
「こちらには、どなたがいらっしゃるのです?」
口にしたところで、ピリっとした空気が流れ、はっと我に返る。
(しまった、ボーッとしすぎたわ)
自分が青褪める音が聞こえる気がする……ど、どうしよう。
「ティリラ妃だ」
強張った顔で答えるロアンには、そうですか。と出来るだけ自然を装ってやり過ごす。シモンズは相変わらず素知らぬ顔で無言を貫いていた。
「会う事は無いから安心しろ」
表情無く続けるロアンに、開き掛けた口を閉じる。
多分触れられたく無い部分なのだろう。
冷たく眇められた視線の先を、気合いを入れ直して振り仰いだ。
「分かりました、お心遣いありがとうございます」
出来るだけ淑やかに笑ってみせ、マリュアンゼはロアンの後に続いた。
◇
離宮内ではまるで賓客のもてなしを受け、マリュアンゼは居た堪れない思いで畏まった。
フワフワのソファに温かい紅茶。
通された応接室は、柔らかな色合いのレモンイエローの壁紙に深みある家具が配置され、肩の力が抜けるような、落ち着いた雰囲気となっている。
お茶は、以前セルル国のロアンの客間で用意してあったものと同じ物のようだ。馴染みは無いが好みの味で、マリュアンゼはつい口元を綻ばせた。
そんな琥珀の液体を一口飲んで、ホッと息を吐く。
先触れでも出してあるのか、教育が行き届いているのか、マリュアンゼもシモンズもとても丁寧に扱われた。
「あまり固くならなくていい。元々お前をここに連れてくるつもりだったからな。使用人にも言い聞かせてあるし、不自由は無い筈だ」
「えっ」
それは恐らくマリュアンゼと婚約を結ぶ事を想定していた時の事だろう。
妻として扱うつもりは無いと言っていたが、邪険に扱うつもりも無かったようだ。
だがちょっと待て。
第一妃がいる同じ場所に第二妃を据えるのか。
いや、確かにここは広いけれど……
「ノウル国の王族に与えられる離宮は一人につき一つで、その中に正式に囲える妃は三人までです」
心得ているというよりは、心を読んだようにシモンズが解説してくる。
そうなのか、そこまで調べて来なかった……というか、拾い読みしているうちに脱線してしまい、つくづく自分が詰め込んだ知識はかなり偏っているように思う。
ついでに言うと、正式じゃない妃もいるのか。とげんなりとしてしまう。
母国の影響か、マリュアンゼは一夫一妻制主義だ。何となく胡乱な目線を送ってやると、ロアンが憮然として答える。
「一緒にするな。私は女性を囲うような真似はしない」
「主人の婚約者が大変失礼しました、ロアン殿下」
そつなく謝るシモンズに、ロアンは、ふんと鼻を鳴らしてマリュアンゼを睨んだ。
「お前が嫁いで来る頃、あれとは離縁する予定でいたからな。今はお前との縁も無くなりそうだから、事が済んだ後、暫くここは無人になるだろう。今のうちに好きに見てまわってもらって構わない」
その言葉にマリュアンゼは面食らう。
ロアンはティリラ妃と離縁の予定でいたのか。
まあ……疑った通りの経緯なら、そう望むのも筋かもしれない。
マリュアンゼに向かって子供をいらない、と言ったのも、もしかして婚姻に対して不信感でもあるからだろうか。それにしても……
「それは……勿体無いですね」
どう返事を返していいのか分からないので、とりあえず頭に浮かんだ勿体無いお化けを口にしてみれば、今度はロアンが面食らった顔をしている。
だって、こんなに大きな建物に一人しかいない上に、使わなくなるから放置───というか多分維持管理だけはするだろうけれど───は、勿体無い! と思う。
けれどマリュアンゼのそんな科白の方がロアンには不可思議なものだったようで、虚をつかれた顔で固まってしまった。
そして何かが崩れたように、ふはっと笑いだしたものだから、マリュアンゼは目を丸くした。
笑った!?
いつも不機嫌そうで面倒そうな雰囲気のロアンの、初めて見る一面にマリュアンゼはついシモンズに親指を立てて笑いかける。
意味が分からない。と言った風のシモンズは、真面目な顔で「不貞の疑惑あり」と呟くので、何で?! と思わず叫び声を返した。
首を左右に振りながらシモンズがぼやく。
「フォリム殿下が何て言うか……」
「ちょっと待って何が? ていうか誤解を招くような伝え方しないでよ!?」
「大丈夫だ、誤解されたら私が弁明してやろう」
ふふ、と笑うロアンを、マリュアンゼとシモンズはつい凝視する。
「なんだ?」
その視線に迷惑そうな顔を見せ、ロアンは腕を組んだ。
「協力関係にあるのなら、フォリム殿下に害を及ぼすような真似をするつもりはない」
ロアンがふいとそっぽを向くのと、ほぼ同時にドアがノックされ、客間の準備が伝えられた。その後部屋の案内を従者に任せ、ロアンは何処かに行ってしまった。
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