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1章 王弟殿下の婚約者

30. 警戒 ※ 後半・ロアン視点

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 部屋の端には侍女と侍従が揃って待機している。やはりこの人はきちんと配慮してくれている。マリュアンゼはひっそりと確信し、気になっていた事を聞いてみた。

「ロアン殿下、具合が悪いですよね?」

 マリュアンゼの言葉を聞き、ロアンは僅かに眉を上げるも、その様子に大した変化は感じられない。
 けれどじっとロアンを観察するマリュアンゼに折れたのか、面白くなさそうに口を開いた。

「何故そう思った」

「……手が凄く熱かったので」

 マリュアンゼの回答に、ロアンはふと自分の手に触れ苦笑した。

「成る程」

 和らぐ目元が意外で思わず凝視してしまう。
 けれど、その反応は気に入らないのか、ロアンは再びむっと顔を歪めてしまった。……見られるのが嫌いなのだろうか。

「先に言っておくが、お前がノウル国に来る事になったとしても、私の子を産む事は無い」

「……」
 
 子はいらない。
 王城に来る際、ノウル国についての勉強の為、家にある本を読んでおいた。
 それによるとノウルの現国王は子沢山なのだ。
 そして今回のこれはロアン夫妻に子供がいない為の、第二妃……だと思っていたのだが。

 もしかしてロアンは後継問題に影響があるから子供を設けないのだろうか。
 うーん、でも……
 この話の流れでは聞きにくいが、ロアンはティリラと恋愛結婚だったと聞いている。

 後継問題は大事だと思うが、好きな相手との子供、欲しく無いものだろうか。……分からないけど。
 
 とにかく、ロアン殿下の夫婦仲が良くても悪くても、マリュアンゼは向こうに行ったところで相手にはされないようだ。

「分かりました」

 こくりと頷くマリュアンゼにロアンは僅かに目を見開き、じっと探るようにマリュアンゼを見た後、再び視線を逸らした。

「話は以上だ。ここに用意したものは、好きに食べて行って良い」

 ロアンはそれだけ言って、さっと立ち上がり奥の部屋に引っ込んでしまった。
 目の前のお菓子は確かに美味そうだが、ここで一人、平然とぱくついていられるほど無神経では無い。
 しかも凝視したところで味は楽しめないのは確かなようで、見ているだけで目の毒だ。

 部屋に待機している侍女たちに目礼して、マリュアンゼも退席しようと席を立つ。
 
 そこでドアに手を掛けたところでふと気がついた。
 そういえば、一週間後にまた会うのだ。
 その時までにノウル国についてもっと調べておいた方がいいかもしれない。

 思いついた事にマリュアンゼは、ほっと息を吐いた。
 やる事が何も無いと、考えが───嫌な考えが多くなりそうだから。
 ……フォリムともお別れになる。お別れ……
 胸の軋みを振り払うように首を振り、マリュアンゼは現実問題に思いを巡らせる。

(それにしてもロアン殿下はご病気なのかしら? それとも一時的に体調が悪いだけ?)

 出来れば知っておきたい。
 あれだけ警戒されては難しいかもしれないが……
 何とかならないものだろうか。




 ◇




 ロアンに客室として与えられた部屋は、セルル国の王城の中でも最高級の貴人を迎える為のもの。
 ノウル国に対し、隙なく歓迎を表しているのが見て取れる。
 居室が二間に寝室と侍従の待機用の部屋。
 どの部屋もロイヤルブルーで統一されており、それでいて狭苦しくも、目にうるさい印象も無い。
 先程マリュアンゼと対面していた部屋を出た先は、もう一つの居室。
 そのドアを後ろ手で締め、ロアンは一息吐いた。

 顔色を窺われる事には慣れている。
 けれど、体調を慮られる事は余り無い。
 王族だからだ。
 気取られる事はしない。
 他国に来たのなら余計にそのように振る舞っていたつもりだった。

(迂闊に触れたのが悪かったか……)

 思わず自分の掌を見つめては顔を顰める。
 確かにリランダとか言う令嬢の発言に頭に血が昇り冷静に欠いた。
 思い出すのは妻ティリラの台詞。

『うわあー。やっぱり実物はカッコいいんですねえ。流石メイン攻略対象!』

 言っている意味も分からなかったし、そもそも態度も不敬で、学園とはいえ注意を口にした。
 けれど何故か周囲の誰もが彼女を庇った。
 一介の男爵令嬢に振り回される高位貴族の男たちは酷く無様で……
 将来を約束された彼らはロアンの腹心となる予定の者たち。自然と縮まってゆく彼らと彼女との距離が嫌になって、全員を遠ざけた。
 それが───

『どうして応答がおかしいんでしょうね~? これがバグってやつなのかしら~?』

 思い出しても反吐が出る。
 ロアンは怒りに奥歯を噛み締めた。
 学園内で孤立が進み、一人生徒会室で執務に勤しんでいたところティリラが顔を覗かせた。
 へりくだっては健気な自分を主張する彼女を煩わしく思い、とにかく早く出て行って欲しかった。

 彼らと仲直りして欲しいと、私のせいだからせめてと、用意すると言って聞かなかった彼女が淹れたお茶。

 警戒はあった。だが所詮は男爵令嬢。大したものは用意出来ないだろうと鷹を括った。日々欠かさず耐性を強化する薬を服用している事も、ロアンの気を緩ませた。
 けれどお茶を口に付けた途端、身体の自由が無くなり───
 一通りの毒の訓練は受けていた。なのに……

 次第に遠くなる意識の中、椅子から崩れ落ちた身体を見下ろす女はゾッとするほど冷たい目に、嫌な笑みを浮かべていた。

『既成事実ってやつでしょうか。ストーリーとか攻略とかはもう諦めて、王族になる事を目指す事にしまーす。
 大丈夫。あなた以外は皆、私に優しいですから』

 まるで遊び飽きたオモチャを見るような、そんな眼差しが溶けるように滲み、黒く塗りつぶされた。
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