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4. 貴族

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 それからレイは宿屋で食事を摂るようになった。
 それは朝だったり夜だったり昼だったりとまちまちだったけれど。セラの様子を確認しては、頭を撫でた。

 宿屋の女将は厳しい人だったけれど、面倒見の良い人だった。何もしなくとも生きていかれたセラには、そもそも生に執着は無かった。必要な物も無かったし、楽しいも嬉しいも知らなかった。
 ただ人間の真似をして、何となく暮らしていた。

 今は毎日忙しく暮らしてるいた。
 怒られ、褒められ、失敗して悔しがり、自分の気づかなかった長所を褒められ、くすぐったい気持ちを知った。
 楽しいと思った。
 ずっとここにいたいと。

「良かった」

 レイが目を細めた。
 彼は良くそんな言葉を口にするようになった。

 セラはそんなやりとりにも慣れて来たから、笑って答えた。

「レイ、あなたは本当に過保護ね」

 セラは言葉遣いも女将に習って、女性らしくなってきた。
 人に馴染み人と親しみ。
 レイは目を細めた。

 セラがこの国に来てから、ふた月が経っていた。


 ◇


 ある日宿屋の前から人のざわめきが聞こえて来た。
 セラは夕飯の仕込みをしながら、首を傾げる。
 何かあったのだろうか。

 やがて宿屋のドアが開かれた。
 セラは、いらっしゃいませと声を掛けた。
 ドアを開いた男はセラを一瞥しただけで無表情なまま、続いて入ってきた女性を中に通した。

 彼女は綺麗なレースのハンカチで口元を覆い、宿屋に足を踏み入れた事を後悔するように顔を顰め、戸惑っていた。

「あの……」

 控えめに声を掛ける女将に令嬢が顔を向ける。その時に視界の端に映ったセラに気づき、目を見開いた。

 そのまま女将を押し除けセラに近づき、持っていた扇子で思い切りセラを打ちつけた。

「この泥棒猫!」

 打ち付けられた頬を押さえうずくまっていたセラは、襟首を掴まれ立たされた。
 先程ドアを開けた男だった。
 女将は悲鳴を上げた。





 セラは散々叩きのめされ、放られた。
 痛みは無かった。魔族だから。
 だから女性が散々喚いていた台詞は良く聞こえていた。

 彼女はレイの婚約者で、セラがレイと仲良くしている事を怒っていた。

 彼女は貴族で、ここにいる誰も手を出せなかった。
 彼らが出て行った後、女将や常連客がセラに駆け寄り、手当をしてくれた。

「レイ……婚約者がいたのね……」

 ポツリと呟いた自分の声が耳に響く。
 そしてそれは傷よりも強く、心に痛みを滲ませた。

 遠慮がちに女将が口を開く。

「セラ……申し訳無いんだけど、もうここには置いておけない」

 その言葉にセラは目を向けた。
 女将は目を逸らし、ボソボソと話す。

「お貴族様に目を付けられたら……うちなんてやってけ無いんだ……」

 ふと見渡すと皆同じように目を逸らした。
 セラはその目を知っていた。

 以前住んでいた国で、貴族に追い回されたセラは、そんな目にも囲まれていたから。

 貴族

 彼らに目を付けられたら、もうここにはいられない。

「お世話になりました」

 セラはふらりと立ち上がり宿屋を後にした。
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