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余話
番外編 貴族の結婚 2 ー妻は死んだふりをするー
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部屋に夕日が差し込み、白い書類が朱色に染まった事に気づき手を止めた。
仕事に区切りも良いので今日はこの位でいいだろう。
ひと息つこうと呼び鈴に伸ばした手を止めて頬杖をつく。
あの妻は今日も帰らないつもりだろうか。
流石に一週間も経てばリカルドも頭が冷える。執事のディオスが毎日様子伺いと称して魔術院まで使いを送っている事も知っているが見ないふりをしていた。だが限界だろう。
この結婚を快く思っていなかった事は認めるが、受けたのは自分だ。嫌だったのなら伯爵家を継がず、それこそウィリスのように平民落ちし我を通せば良かったのだ。
弟に譲る事も論外だ。あれは父母の影響を受けすぎており、絶対に恋愛結婚すると息巻き、実行した。それは別にいいのだが、二人で盛り上がり過ぎて伯爵家を疎かにされても困る。
自分には別に理想の結婚など無かった。だからこれもまた都合の良い事なのだ。
妻を迎えに行こう。自分も意地を張り過ぎた。
一つ息を吐き、呼び鈴を鳴らした。
◇ ◇ ◇
夕闇が迫る時間帯、リカルドは魔術院に馬車で乗り入れた。妻を迎えに行くだけなので軽装で済ませたのだが、何故かジェインに感激され、あれこれ世話を焼かれた。
リカルドは黒髪黒目の鋭利な顔つきな貴公子である。
あまり笑わないので、ジェインには勿体ないとよくぼやかれるが、面白くないのに笑えないのだからしょうがない。
よく不機嫌と誤解もされるし、令嬢からも遠巻きにされて人気は無い。だからこそ遠巻きにチラチラと視線を送られる擦るには慣れているし、多少の事では全く顔に出ないし動じない。
だが受付で案内され訪れた妻の執務室に踏み込んだ途端、リカルドは驚愕に顔を歪めた。
◇ ◇ ◇
まず妻を踏んづけた。
驚きに身を逸らし、慌てて妻の身体を抱き寄せれば異臭が凄い。
死んでいる?!
焦ってゆすり起こせばどうやら眠ってらしく、口を開けて涎を垂らしていた。
本気で何なのだこの娘は……!
ぐったりと脱力して近くにあるソファに横たえれば、によによと夢を見て笑っていた。
……馬鹿らしくなってくるのは自分だけだろうか。
思わずその場に座り込み片手で髪を乱していると、唐突にドアが開いた。
「オリビアー。生きてるかあ」
入ってきたのは髭面の男。よれよれの研究服に肩から翡翠の塔のローブを引っ掛けている。
「……誰だお前は……」
リカルドは眉間に皺を寄せて男を睨んだ。
「お前こそ誰だよ」
男は、顎を撫でながらリカルドを品定めするように眺めている。
視線が眠る妻に向けられたのを見て、リカルドは口を開いた。
「彼女の夫だ」
ああ……と、口にして得心したように笑みを浮かべた。
「良かったな、お前の妻は変わり者だがいいヤツだ。すぐ離縁できるぞ」
その言葉にリカルドは固まる。
「……何を言ってる?」
新婚一週間で離婚する夫婦などいるものか。醜聞以外の何ものでもないし、勅命なんだぞ。
「離縁したかったんだろう?」
男は不思議そうに首を傾げている。
オリビアを見れば相変わらず夢の世界を享受しているようで、こちらに全く気づく気配もない。イラっとする。
聞きたい事、知りたい事が沢山あったが、目の前の見知らぬ男に問い詰めるのは気に入らなかった。
「失礼する」
リカルドは立ち上がりオリビアを抱き上げた。
思わず匂いに顔を顰めると、男が驚いたように道を開けた。
「またいつでもおいで」
揶揄うような顔で気安く手を振る男を横目に、リカルドはさっさと馬車に乗り込み魔術院を後にした。
仕事に区切りも良いので今日はこの位でいいだろう。
ひと息つこうと呼び鈴に伸ばした手を止めて頬杖をつく。
あの妻は今日も帰らないつもりだろうか。
流石に一週間も経てばリカルドも頭が冷える。執事のディオスが毎日様子伺いと称して魔術院まで使いを送っている事も知っているが見ないふりをしていた。だが限界だろう。
この結婚を快く思っていなかった事は認めるが、受けたのは自分だ。嫌だったのなら伯爵家を継がず、それこそウィリスのように平民落ちし我を通せば良かったのだ。
弟に譲る事も論外だ。あれは父母の影響を受けすぎており、絶対に恋愛結婚すると息巻き、実行した。それは別にいいのだが、二人で盛り上がり過ぎて伯爵家を疎かにされても困る。
自分には別に理想の結婚など無かった。だからこれもまた都合の良い事なのだ。
妻を迎えに行こう。自分も意地を張り過ぎた。
一つ息を吐き、呼び鈴を鳴らした。
◇ ◇ ◇
夕闇が迫る時間帯、リカルドは魔術院に馬車で乗り入れた。妻を迎えに行くだけなので軽装で済ませたのだが、何故かジェインに感激され、あれこれ世話を焼かれた。
リカルドは黒髪黒目の鋭利な顔つきな貴公子である。
あまり笑わないので、ジェインには勿体ないとよくぼやかれるが、面白くないのに笑えないのだからしょうがない。
よく不機嫌と誤解もされるし、令嬢からも遠巻きにされて人気は無い。だからこそ遠巻きにチラチラと視線を送られる擦るには慣れているし、多少の事では全く顔に出ないし動じない。
だが受付で案内され訪れた妻の執務室に踏み込んだ途端、リカルドは驚愕に顔を歪めた。
◇ ◇ ◇
まず妻を踏んづけた。
驚きに身を逸らし、慌てて妻の身体を抱き寄せれば異臭が凄い。
死んでいる?!
焦ってゆすり起こせばどうやら眠ってらしく、口を開けて涎を垂らしていた。
本気で何なのだこの娘は……!
ぐったりと脱力して近くにあるソファに横たえれば、によによと夢を見て笑っていた。
……馬鹿らしくなってくるのは自分だけだろうか。
思わずその場に座り込み片手で髪を乱していると、唐突にドアが開いた。
「オリビアー。生きてるかあ」
入ってきたのは髭面の男。よれよれの研究服に肩から翡翠の塔のローブを引っ掛けている。
「……誰だお前は……」
リカルドは眉間に皺を寄せて男を睨んだ。
「お前こそ誰だよ」
男は、顎を撫でながらリカルドを品定めするように眺めている。
視線が眠る妻に向けられたのを見て、リカルドは口を開いた。
「彼女の夫だ」
ああ……と、口にして得心したように笑みを浮かべた。
「良かったな、お前の妻は変わり者だがいいヤツだ。すぐ離縁できるぞ」
その言葉にリカルドは固まる。
「……何を言ってる?」
新婚一週間で離婚する夫婦などいるものか。醜聞以外の何ものでもないし、勅命なんだぞ。
「離縁したかったんだろう?」
男は不思議そうに首を傾げている。
オリビアを見れば相変わらず夢の世界を享受しているようで、こちらに全く気づく気配もない。イラっとする。
聞きたい事、知りたい事が沢山あったが、目の前の見知らぬ男に問い詰めるのは気に入らなかった。
「失礼する」
リカルドは立ち上がりオリビアを抱き上げた。
思わず匂いに顔を顰めると、男が驚いたように道を開けた。
「またいつでもおいで」
揶揄うような顔で気安く手を振る男を横目に、リカルドはさっさと馬車に乗り込み魔術院を後にした。
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