20 / 110
第一章 予想外の婚約破棄
第20話 秀才
しおりを挟むリヴィアは思わず口元を綻ばせた。なんとも気の強い子だ。だがエリックは次期皇太子であり、ゆくゆくは皇国皇帝となる。成る程、アスラン皇太子が心配する筈である。
リヴィアはチラリとウィリスを覗き見た。
「エリック殿下。人から学ぶ機会を自ら放棄するのは愚の骨頂ですわ。わたくしは優秀な魔道士の卵。そして平民が多いと揶揄される翡翠の塔所属で女の身ではありますが、白亜の塔や紅玉の塔に勤めるどの研究者よりよい導き手となりますわ」
にっこりと笑いかけるリヴィアにエリックは胡散臭そうな視線を投げる。
「自分で優秀だなんて主張されても何の説得力もないだろう。卵って、魔道士じゃあ無いんじゃないか」
鼻で笑うエリックにリヴィアは我が意を得たりと口角を上げた。
「確かにわたくしは魔道士ではありません。それはこの国における年齢制限に基づくもので、17歳のわたくしにはなりようも無いのです。それにわたくしが優秀な事は何より魔術院が証明してくれています。何故ならわたくしは毎年魔術院の試験を受験し、必ず首席で合格しているからです」
この言葉にはエリックは瞠目していたが、アーサーも虚を突かれたようだった。
これこそ父のつけた最難関の条件。父は魔術院とリヴィアの雇用契約を認めなかったのだ。
つまり院に居続ける為には学士であり続けるしかない。
リヴィアは表向きは魔術院勤めになっているが、その実は違う。院内ではほぼ全員が知っているが、貴族会ではどうでもいい事のようで知る者は少ない。
しかし魔術院は皇族直下の組織である。これは如何にエリックとはいえど覆せまい。
因みに毎年合格するだけで父との約束は果たせているのだが、首席に拘るのはただのリヴィアの意地だ。
女だからと、貴族だからと言う理由はリヴィアを納得させない。
「エリック殿下、それでもわたくしでは不服でしょうか」
リヴィアは感情を込めず淡々と問う。エリックの瞳が迷うように揺れた。
「……僕は……」
エリックが眉根を寄せて答えあぐねていると、アーサーがさりげなく割り込んできた。
「ねえエリック。お前がリヴィア嬢を気に入らないのは分かったが、曲がりなりにも兄上が決めた家庭教師なのだろう?陛下にまでお付き合いいただいておきながら、お前の一存で決めてしまって本当にいいのか?」
問いかけにエリックが更に瞳を揺らす。リヴィアは意外な援護にそっとアーサーを伺い見た。
……もしかしたら何とかなるかもしれない。更にウィリスを伺うと試すような視線が送られている。三日月形の目の奥はどう見ても笑っておらず、視線が痛い。
あと何か一押しできる物はないか……
リヴィアは頭の中でうんうん唸り、何とか良案を模索する。これまでの会話から察するに、この皇子には挑発めいた発言の方が食いつきが良さそうだ。
よしと心の中でひとつ肯く。
「……では殿下。よろしければわたくしの生徒たちにお会いになってみませんか?」
「お前の生徒?」
僅かに目を見開いて、エリックは口をひき結んだ。
「殿下の仰る女の生徒とはどのような者たちか、ご覧になってみて下さい。それで殿下がそのようになりたくないと思われたなら、わたくしに殿下の教師など土台無理な話だったのです。ウィリス室長が改めて殿下に相応しい方を選んで下さるでしょう。そしてもし、殿下がわたくしの生徒になりたいと思われたのでしたら、あなた様の成長の一助となるべく、精一杯努力させていただきますわ」
にっこりと言い切ったリヴィアにエリックは声を上げて笑い出した。
「なるほどいいだろう。時間の無駄にならなければよいが。お前の生徒など、せいぜい平民の子どもたちだろうに!」
「あらご明察ですわね。楽しみにしていて下さいませ」
笑いかけるリヴィアにエリックはつかつかと近寄りその手を取って顔を近づけた。
「何を言っている?今から行くぞ」
「……え?今から……ですか?」
「当然だ、時間が惜しいからな。陛下、御前を失礼致します」
強い力で腕を引かれ身体を捻れば壇上が目に入り、思わずはっと息を呑む。言い合いに夢中になりすぎて、陛下と皇太子殿下の存在が意識から消えかけていたような……
「待て、エリック。私も行く」
今度は反対の手をアーサーに引かれ、リヴィアはちょうど真っ直ぐに立てた。何か組体操の扇みたいな形になっている……どうでもいいが。
「父上、申し訳ありませんが、私の謁見は後日にお願いします。可愛い甥を単身平民街へ向かわせるなど、叔父として見過ごせませんので。────それに、止めても今行きたいんだろう?」
問われるエリックは瞳を燃やして頷いている。
「アーサー!」
流石にアスランが止めに入るが、陛下が片手を上げてそれを制した。
「まあいい。わしの話はお前も察しての通りだ。あのくだらぬ噂が成就する事は無いと思え」
「……心得ておりますとも、陛下」
アーサーの目がどこか冷たく眇められる。
「じゃあ頑張ってねん。リヴィアちゃん」
どこか楽しそうなウィリスの声が、リヴィアを追いかけ耳に届いた。
12
お気に入りに追加
204
あなたにおすすめの小説
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】モブに転生した私は聖女様の身代わりで邪竜の生贄になりにいったけど、待っていたのは王子様の溺愛でした
るあか
恋愛
ジェニーは、今まさに村の聖女の代わりに火山に棲む邪竜の生贄になろうとしていた。
彼女は火山への道を進みながら、これまでの人生を振り返る。モブからモブへ転生したこと。聖女に虐められながら、聖女と比べられて育ってきた事。国の王太子様が聖女と婚約をしに村を訪れた事。彼との4年後の約束。
そして、村の人たちの企み。
それらを全て受け入れて、彼女は邪竜のいる火山洞窟へと足を踏み入れた。
しかし、死を覚悟した彼女を待っていたのは……。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】婚約者の好みにはなれなかったので身を引きます〜私の周囲がそれを許さないようです〜
葉桜鹿乃
恋愛
第二王子のアンドリュー・メルト殿下の婚約者であるリーン・ネルコム侯爵令嬢は、3年間の期間を己に課して努力した。
しかし、アンドリュー殿下の浮気性は直らない。これは、もうだめだ。結婚してもお互い幸せになれない。
婚約破棄を申し入れたところ、「やっとか」という言葉と共にアンドリュー殿下はニヤリと笑った。私からの婚約破棄の申し入れを待っていたらしい。そうすれば、申し入れた方が慰謝料を支払わなければならないからだ。
この先の人生をこの男に捧げるくらいなら安いものだと思ったが、果たしてそれは、周囲が許すはずもなく……?
調子に乗りすぎた婚約者は、どうやら私の周囲には嫌われていたようです。皆さまお手柔らかにお願いします……ね……?
※幾つか同じ感想を頂いていますが、リーンは『話を聞いてすら貰えないので』努力したのであって、リーンが無理に進言をして彼女に手をあげたら(リーンは自分に自信はなくとも実家に力があるのを知っているので)アンドリュー殿下が一発で廃嫡ルートとなります。リーンはそれは避けるべきだと向き合う為に3年間頑張っています。リーンなりの忠誠心ですので、その点ご理解の程よろしくお願いします。
※HOT1位ありがとうございます!(01/10 21:00)
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも別名義で掲載予定です。
【完結】私の婚約者(王太子)が浮気をしているようです。
百合蝶
恋愛
「何てことなの」王太子妃教育の合間も休憩中王宮の庭を散策していたら‥、婚約者であるアルフレッド様(王太子)が金の髪をふわふわとさせた可愛らしい小動物系の女性と腕を組み親しげに寄り添っていた。
「あちゃ~」と後ろから護衛のイサンが声を漏らした。
私は見ていられなかった。
悲しくてーーー悲しくて涙が止まりませんでした。
私、このまなアルフレッド様の奥様にはなれませんわ、なれても愛がありません。側室をもたれるのも嫌でございます。
ならばーーー
私、全力でアルフレッド様の恋叶えて見せますわ。
恋情を探す斜め上を行くエリエンヌ物語
ひたむきにアルフレッド様好き、エリエンヌちゃんです。
たまに更新します。
よければお読み下さりコメント頂ければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる