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第一章 予想外の婚約破棄

第10話 ライラの印象

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 リヴィアは幼い頃から父に社交を制限されていた。
 その為、デビュタントどころか他家のお茶会にもリヴィアは参加した事がない。
 ……絶対自分の社交下手はこれが要因だと思うが。
 教育は家庭教師から受け、唯一参加出来る社交は叔父の子爵家が開くものだけだったが、それさえも理由をつけて父が断る事が多かった。
 よく言えば深層の令嬢。悪く言えば引きこもり。
 リヴィアの評価は専ら後者だが、それは魔術院に勤めているからでもある。
 だがもし魔術院に勤めていかなったらと思うとぞっとする。もしそうでなかったら、あの家から出られず閉じ込められて、頭からカビが生えてた状態で父の想い人のご令息とやらに有無を言わさず嫁がされていた事だろう。
 
 まあそんな事情により、リヴィアの貴族社会の情報源は、レストルの妹────従姉のサララである。
 サララは社交的な性格で、その場にいると花が咲いたように場が明るく和み、社交会でも引っ張りダコの人気者なのだ。
 楽しい話を聞いてきては、嫌な思いをしてきては、サララはリヴィアに面白おかしく話して聞かせた。
 二つ年上の彼女はリヴィアにとっても大切な存在で、お茶を飲みながらの二人のお喋りはいくらでも続いた。

「ライラ様は、イスタヴェン子爵と正式に婚約されてしまったの」

 サララが婚約者を探していた頃、何人かあげた理想の婿候補にイスタヴェン子爵が入っていたのは知っていた。何と声を掛けて励ますべきか考えていたが、ある事に思い至り口を挟む。

「あら。ライラ様って確かアーサー皇子殿下の婚約者じゃなかった?」

 サララは首を横に降り、いいえと答えた。

「まあ、みんないずれそうなると思っていたのだけどね。二人はいつも仲睦まじかったし、アーサー殿下のファーストダンスは必ずライラ様が務めていたし」

 第一皇子殿下は既に立太子して、結婚もしている。
 皇太子妃は由緒正しい公爵家出身の美女で、なるべくして成った、誰もが納得する婚姻だ。

 第二皇子殿下とライラは、ライラの母がアーサーの乳母を務めていたのが縁で、二人は幼なじみで仲も良かったようだ。
 幼いアーサーがライラにプロポーズしたという微笑ましいエピソードも聞いた事があるし、彼女の侯爵令嬢という立場にも周囲は納得していた。
 だが、サララが仕入れる噂話には、だんだんと不穏なものが混じるようになってきた。
 何でも軍務で忙しくしているアーサーがいないのをいい事に、皇城での振る舞いが横暴だとか品がないだとか、いわゆる貴族が好みそうな陰口である。

 アーサー殿下は軍に所属する将校だ。基本皇城にはあまりいない。一兵卒から始め治安維持から諸外国の軍事支援まで参加している。
 他の皇族の、高貴で厳かな方々とはどこか違うことから、皇族の異端児。軍人皇子などととも言われている。

 ライラが責められるのも、アーサーのそういった振る舞いが貴族に侮られての事なのだとしたら、その婚約者に対してもそういうおとしめを口にする者も出てくるだろうが。公に言えば不敬罪で裁かれるような内容だ。
 だがライラはあくまでアーサーの婚約者候補であって婚約者ではないし、ましてや皇族でもない。異を唱えるなら侯爵家からあるべきだろう。まあ噂というのは厄介で、否定すれば立ち消えるものでもないのだが。

 正直リヴィアはライラがあまり好きでは無い。だからと言って人の尻馬に乗り中傷を楽しむ柄でもない。

 ライラとは魔術院で何度か顔を合わせた事があった。彼女は豊かな赤毛にローズマリー石のようなピンクの瞳を持った美しくも愛らしい女性だ。
 そして確かに可愛いが、リヴィアの印象はその限りでは無かった。思わず自嘲じみたため息が出る。

 恐らくライラのような生粋の貴族令嬢はリヴィアのような変わり者は我慢ならないのだろう。同じように魔術院に出自しているという点でも、彼女は比較対象としてリヴィアを持ち上げられるのが嫌だったのではなかろうか。

 ライラは必ず何人か共を連れて魔術院を闊歩する。高位貴族の女性なら一人歩きをしない事は当たり前の事ではあるし、それは別に良いのだが。

 魔術院長がいる中枢塔は人材が雑多だ。なので皇城のような儀礼的な所作を誰もが取れる訳では無い。だが彼女は常に正しい振る舞いが出来ない者たちを公の場で断罪していた。
 侯爵家以上の地位を持つ者はこの魔術院にはいない。なので、彼女の言い分は概ね通るのだが、ここには実力主義で登り詰めた魔導士が多くいる。彼らもまた、ライラのようなお嬢様の言い分を大人しく聞き入れる事は出来ないらしく、しょっちゅ言い争いに発展していた。

 通常平民は貴族の不興を買うような真似はしない。だが魔術院内ではそれは不問とされている。
 平民が多くを締める魔導士。最早彼らなくしては魔術は衰退の一途を辿るのみ。
 よって院内では身分を持ち込まないとの取り決めが、魔術院長であるフェルジェス侯爵から直々に通達されているのだ。
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