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死んだ少女を語る、序章

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 少女が殺された。八月三日のことだ。
 殺された、という表現が正しいのかどうかはわからない。
 死因ははっきりしている。窒息死。しかし何が原因で彼女が呼吸を奪われたのかは、その死が判明してから三日経った今でも、手がかりさえない。
 少女には既往症はなく、年齢的にも急激な体の変調があったとは考えにくい。なにしろ彼女は中学校で陸上部に所属する体育会系、その前日も炎天下で、元気にクラブ活動に参加していたのだから。
 そんな少女が、突然死ぬだなんて。誰も思いもしなかったし、本人が一番、考えたこともなかったことだと驚愕しているのではないのだろうか。



 少女が死んだのは、生まれ育った土地である伊江田いえだ村の中でのことだった。北陸の片隅に位置する、冬には積雪が二メートルを超えた程度では話題にもならない冷寒な土地。この地に初雪が降ったと騒ぐのは、雪がちらつくだけで大人も子供が喜ぶ、都会のニュース番組くらいなものだ。
 とはいえ、伊江田村も夏は暑い。蝉が鳴きわめき騒ぎ陽は照りつけ、田の畦道に染みつく影は色濃く鮮やかだ。住民は顔をあわせれば暑い暑いと声をあわせ、それでも幸いなことにこの季節なら毎日の雪かきの苦労はないと、しばしの気楽な季節を楽しむのだ。
 少女は、そんな暑いある一日に、死んだ。

† †

 きちゅ、ぐ……ちゅ、ぢゅ……。

 肉を切り裂く、音がする。何度も繰り返し、前後に引いてしごくように、月夜に光る刃が肉を裂く。

 ぎゅちゅ……、ぐちゅ……ぐちゅちゅ。

 血が、したたり落ちる。それは少女の手首を伝い、手の甲に流れていって、ぽたぽたとしずくを落としていく。あたりはぷんと鉄のにおいが広がり、始まったばかりの夏の気配の中、それはあまりにも不似合いな生々しいにおいだった。

 じゅく……じゅ、ぢゅくり……。

 彼女は、執拗に自らの肉を切り裂く。何度も何度も剃刀を前後させ、傷を深くしながら小さな声でつぶやいている。
「清めて……清めてください。わたしを、清めて」
 彼女の目の前には、小さな地蔵がある。閉じた目には、この少女の行為が映っているのだろうか。石の耳には、少女のつぶやきが聞こえているのだろうか。跳ね返り、地蔵の足もとを濡らす血を感じているのか、真っ赤な血のにおいが届いているのだろうか。
「お願いします……、穢れた、わたしを助けて……」
 少女は繰り返し、剃刀で手首の傷を深くする。したたる血はアスファルトに沁みこみ、夏の淀んだ空気と相まって、おぞましい悪臭となってあたりを染める。
「助けて下さい……、清めて。お願い……」
 微かな少女の声はいつまでも、掠れた声で続けられた。懸命な祈りは、夏の風とともに、あたりに微かに響き渡る。
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