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ことり祖母ちゃんの復讐
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「久しぶりだねぇ」
「あ・・あ・・・・」
「どうしたんだい?わしの顔を忘れちまったのかい?」
「・・・い・・・」
「くっくっく。そうか。あの時わしが死んだと思ったんだね。そんな簡単に死ぬわけないじゃないか。わしの演技もまだまだ捨てたもんじゃないよ。川に飛び込んだと思っただろう。あれは、土手の側に置いていた大きな石を放り込んだのさ。夕暮れ時じゃ土手と川の境目が分かりにくいからね。落ちちゃ元も子もない。だから、ちゃぁんと目印をつけていたんだよ。あんたも知ってるだろう?橋の下に少しだけ空いた場所がある事。石を放り込んだわしは直ぐに、そこに潜り込んだのさ。息をひそめ頭を空っぽにしてね。人の心がよめるあんたの父ちゃんが来て、見つかったら大変だからね」
そういうと、汚い黄色い歯をむき出しにしてニヤッと笑う。
「こ・・こ・・ことり祖母ちゃんはそんな恰好で何をしてるの?」
「ん?わしかい?わしはね、村人達に恐怖と絶望を与えてやろうと思っているのさ」
「恐怖と絶望?」
「そう。わしら拝み屋家にした仕打ち、忘れはせん。罪は必ず償わなきゃいかんからね。でも、この村には法がない。警察が来れないんだ。だから、わしがやってやる」
ぎらぎらとした目が不気味に光る。
「やってやるって・・・どうやって?」
「くっく。あんたがしてきた事。陰ながらずっと見させてもらったよ」
「え・・・」
「ずいぶん思い切ったことをしたもんだねぇ。でも気持ちは分かるよ。あんたはルナの事好きだったんだろう?」
目を細め、急に優しい声になる
「好き!?え・・あの・・・」
カッと顔が熱くなる。
「いいんだよ。人を好きになる事はとても素晴らしい事さ。それにあんたは外見じゃなく中身で選んでくれたんだ。ルナはわしらと同じコレだろう」
そう言って、ことり祖母ちゃんは下顎を突き出した。
「あの子はとても良い子だったからね。良すぎるところもあるがね。わしに似なくて良かったよ。くっくっく。人の心を知るには、人を見る目を養わなくちゃいけない。それをあんたみたいな子供が出来るなんてねぇ。やっぱり白田一族の子供だけあるよ」
「白田一族?」
「なんだい。知らんのかい。白田一族は代々男だけが力を受け継ぐんだ。人の心をよめて過去も分かる。うちとは逆さ。うちは女がその力を受け継ぐから」
「そうだったんだ。だから僕も・・・」
ルナの力が宿ったんじゃなかったことに、僕は少し寂しい気持ちになった。
「でも、ことり祖母ちゃんは一体何をするつもりなの?」
「ん?そうだねぇ・・・」
ことりは、突き出た下顎を更に突き出し考える。
「そうだ。あんたにも手伝ってもらおう」
「え?僕?」
「そう。わしの事が村の噂になってるだろう?」
「うん。みんな気味悪がってるよ。それでなくても、子供がみんないなくなっちゃったからね、余計怯えてるよ」
「くっくっく。それでいいんだよ。何軒かはこの村から出て行った者もいるみたいだが。まぁいい。そこでね、あんたがこれを使って村長に言うんだ」
ことりは、着物の袂から布の切れ端を一枚取り出した。
「これは?」
「覚えてないのかい?これは真理の着物だよ」
ことり祖母ちゃんの皴だらけの手の上にある布を、首を伸ばしよく見る。
「あっ!!」
汚れているが見覚えがある。
僕が夜連れ出した時、真理は茶色の絣の着物を着ていた。
「それ・・どうしたの?」
「死んだ真理から拝借したのさ。ああそうだ。安心しな。あんたが川に突き落とした子供達は、わしがちゃんと葬っといたからね」
「葬ったって、どこに?」
「この川下の方に雑木林があるのは知ってるかい?」
「知らない。そこまで行った事がないもの」
「ふん。まぁ、そこにみんないるから安心しな」
「・・・うん」
あの時は、怒りの感情だけで動いていたので、遺体の後処理なんて事まで頭が回らなかった。由美を突き落とした後も、怒りは落ち着いたがその後に押し寄せる虚しさと後悔、そして達成感という入り乱れた複雑な感情にさいなまれ放心状態だった。もし、村の人達が子供達の遺体を見つけていたら・・・ことり祖母ちゃんが葬ってくれて良かった。
僕は今更ながらにぶるりと体を震わせる。
「いいかい。あんたはこの切れ端を持って村長の所に行くんだ。そしてこう言うんだよ「コレを川岸で見つけた。みんな川に落ちたのかもしれない。みんなが可哀想だから、弔いをやってあげよう」ってね」
「弔い?どんな事やるの?」
「弔いに出るのは一人だけだ。そいつに、あんたが作った地蔵をしょわせる。子供の身代わりと言ってね。そして村を一周周らせる。周っている間、必ず村にある家に立ち寄り歌を歌わせるんだ」
「歌?どんな歌?」
ことり祖母ちゃんは、音が鳴りそうな腰を伸ばし二回軽く咳をすると歌い出した。
「どんぶらり~どんぶらり~。今宵のコトリのご機嫌は~良いか悪いか誰が知る~サイコロ振って~怖い夜明けがやって来る~今度の出番は~」
ガラガラとした声なので、とても上手いとは言えないが、この歌のメロディは知っている。ルナがいなくなる前、みんなで遊んだ「かごめかごめ」のメロディだ。
「それって、歌詞を変えたの?」
「ああそうさ。わしとルナの気持ちが入っとる。最後の部分には、選ばれた家の子供の名前を入れるんだよ」
「ことり祖母ちゃんとルナの?どういう事?」
「あんたは利発そうな顔をしてるのに、意外に足りん所があるんだねぇ。じゃあそれは、あんたが一人になった時に考えな。話を進めるよ。その弔いに出る家を決めるのはわしだ。そうだね。これで決めようか」
そう言って、ことり祖母ちゃんは懐から小さいサイコロを取り出した。
「コレを転がして決めよう。決めたその家の前でわしがさっきの歌を歌うからね。そのことも言うんだ」
「・・うん。言ってもいいけど、村長さんがもしやらなかったら?僕なんかが言っても、やってくれる保証はないよ?」
「大丈夫。絶対にやるから。いいね。わしが言った事分かったね?」
ことり祖母ちゃんは、血走った眼で僕の両腕を掴むと言った。
今にも折れそうな枝のような指の割に、力が強い。血が止まってしまうんじゃないかと怖くなった時、何か腐った臭いが僕の鼻の中に入って来る。今、目の前にいるのは本当にことり祖母ちゃんなのか。自分は今、何と話しているのだろうか。分からない。頭がボウッとしてくる。意識が離れたり戻ってきたりしている。僕は頭にモヤがかかったようになりながら、ことり祖母ちゃんを見て何度も頷いた。
「それで?あんたは、ことり祖母ちゃんの言う通りに動いたのか」
男はこくりと頷く。
「村長はすんなり受けてくれました。そして、御地家の子祭りは始まったのです。ことり祖母ちゃんは、無作為に家を選びました。夜にその家の門の前で歌うんです。白い布をすっぽりと被ったその姿は、繭に似ていると言う事でいつしかまゆ婆と呼ばれるようになりました。ことり祖母ちゃんが来た家は、迷える我が子の魂を家に迎える為ご馳走を用意します。そして私がその家に地蔵を・・ミライ様を玄関に置くんです。例えば、由美の家だったら、由美の身代わりで作った地蔵を置くというように」
「ミライ様・・・ちょ、ちょっと待ってくれ!地蔵じゃないだろう?ミライ様はルナだよな?」
「え?ルナちゃん?」
「ああ。俺は梨花の家に泊まらせてもらった時、達郎さんが、ミライ様が見れると言ったから俺は待った。でも、玄関に来たのはルナだったぞ?」
それを聞いた男は、眉間にくっきりとした皴を寄せ俺の顔をまじまじと見る。
「本当ですか?」
「ああ、本当だ。間違いない。赤い着物を着たルナが玄関に来た」
「・・・・・」
男はなにやら真剣に考えていたが、つと顔を上げ
「そうですか。やはり、ルナちゃんはとても優しい子だったんだ」
男は、遊び回る子供達の中に立つルナの背中を愛おしそうに見る。
「は?どういう事だ?」
「多分ですが、ルナちゃんはお友達に会いに行ってるんだと思います。みんなと遊べた時のルナちゃんは、そりゃあ嬉しそうに笑って遊んでましたから。ミライ様という形で、会いに行ったんでしょうねぇ」
確かに、サイの子の家は玄関を開けておく。誰にも咎められずに行けるだろう。
でも、あの時のルナは友達に会いに来たというような感じではなかった。どちらかと言えば、無意識に動いていたような・・
「まず、御地家の子祭りについて話してしまいましょう。祭りのやり方は、貴方が見た通りなんです。ただ、それぞれにちゃんと意味がある。見ていた貴方も疑問に思ったことはあったんじゃありませんか?」
「疑問・・ああ、ある。まず、百目鬼旅館の女将は、選ばれた家の最年少者が祭りに出ると言っていたのに、梨花ではなく達郎さんが出た」
「それは、達郎さんの方が瞳さんより二歳年下だからです」
「は?だって、梨花ちゃんがいるだろう?」
「まぁそれはそうですが。梨花はもういませんからね」
「いないって・・ちゃんといたぞ?」
「貴方が見たのは、梨花の魂ですよ」
「はぁ?」
「魂は具現化される時がある。ましてや、帰りたいと思っている家族のもとにいる魂ですし、祭りに選ばれた家ですからね。生きている人間の様に見えるでしょう」
「あれが・・あれが魂・・」
猫が大好きで、クロとミヨの喧嘩を必死になって止めていた。ミヨに新しいリボンをつけ微笑んでいたり、夕食の時には口に食べ物をいっぱい頬張って、自分の夢を宣言していた。あれが魂だと言うのか。
「他に何かありますか?」
「他に・・・あ、後は祭りの最中に、影来神社の所で達郎さんが突然倒れ込んだ。あれはどうしてあんな風になったんだ?」
「ああ。あれは影来神社が原因なんです。前にもお話ししましたが、影来神社は「陰」の神社です。人の心にある「陰」を吐き出す場所。もう少し言えば、影来神社は「陰」を吸い取る場所でもあるんですよ。だから、その人の心の中に「陰」が大きくあればある程、体力を奪われるように吸われてしまうんです。まぁ、大人になれば「陽」より「陰」の方が大きくなるのはやむを得ませんが」
「そんな事が・・・」
「あるんですよ」
男は、俺の言葉を繋げるように言った。
「じゃ、じゃあ倒れ込んだ後、達郎さんは影来神社に向かって歌い出した。あれはどうして?」
「御地家の子祭りと影来神社は切っても切れない関係ですからね。あそこで歌うのは決まっていた事です」
「ああ、決められたことだったのか」
俺はすんなりと納得した。どうしてだかは自分でも分からない。分からないが、自分の気持ちの中にストンと落ち着いたのだ。
かかとを上げ下げし、全身で調子を取りながら歌う達郎の姿を思い出す。
「でも、達郎さんだけど、祭りの途中から様子がおかしくなったんだよな」
「おかしくなるとは?」
「ん?なんていうか、急に子供になったと言うか・・最初は普通に歩いていたのに、突然スキップしたり傘をグルグル回したり、わざと水たまりに入ったりして」
「それは、梨花になったからなんですよ」
「は?梨花ちゃんに?」
「はい。祭りの序盤は、達郎さんは特におかしくなかったでしょう?」
「ああ、まともだった」
「祭りが始まるにつれ、徐々に梨花の魂が父親の体の中に入っていくんです。だから、達郎さんは子供の様な振る舞いを見せたんです」
「体の中に・・・梨花ちゃんの魂がってことか・・ん?でもさっき、影来神社に「陰」を吸われたって言ったよな?大人は「陰」の方が大きくなるって。梨花ちゃんが達郎さんに入ってるなら「陽」の方が大きいだろう。子供は純粋なんだから。大人より「陰」は少ないはず、矛盾してないか?」
「本体は達郎さんですからね。少しややこしいかもしれませんが、本体は達郎さん。中身は梨花と言う事です」
「う~~~~ん」
俺は腕を組み考え込んだ。
太陽がいつの間にか沈み、辺りは暗闇に包まれていた。
話に夢中になっていた俺は、腕を組んだ自分の腕が見えずらくなっていることで、そのことにようやく気が付く。
顔を上げ、遊んでいる子供達の方へ視線を向ける。
子供達は、最初見た時と同じように満面の笑顔ではしゃぎ、バネの様な体を思う存分動かし遊んでいる。
その中に一人、身動き一つせずこちらに背中を向けて立つルナ。
ルナは一体何を思い佇んでいるんだろう。
周りの楽しそうな友人達をどんな思いで見ているのか。この男の告白はルナの耳に届いているのだろうか。
自分のコンプレックスから、人を避け生きていたルナが唯一心を許した男の告白。ショックだろうか。それとも良くやったと喜んでいるだろうか。
「あ・・・・」
「どうしました?」
「あの時の声。あの時、俺の後ろから「見るな」と言う声が聞こえた。あれは誰だったんだ?物凄く恐ろしい声だった」
「ああその声は、ことり祖母ちゃんですよ」
「ことり祖母ちゃん?」
「はい。ことり祖母ちゃんは、祭りがちゃんと最後まで行われるよう監視していたんです。見るなと言う言葉は、余計なものを見るなと言う事でしょう」
「余計な物・・そういえば、祭りに参加しない家は三つの決まりごとがあると言ってたな」
「はい。外を見ないと言う事は、魂が具現化した梨花の姿を見て声を出すと、梨花が消えてしまうからです。これは、声を出さないにも繋がります。水を飲むなと言うのは、川で溺死した子供達は嫌という程水を飲んだでしょう。それを慮ってそんな決まりを考えたんだと思います」
「と言う事は、その決まりを考えたのはことり祖母ちゃんか」
「はい」
まさしく儀式だと俺は思った。何のための儀式?呪いだ。村人に対する呪い。拝み屋がこの村に呪いをかけた。地蔵を背負い村を一周すると言う事。歌。三つの決まり。
見られてはいけない儀式で思い出すのは、丑の刻参り。藁人形を木に打ち付けている所を見れられてしまうと、自分に災いが降りかかる。もしくは死んでしまう。他にも、儀式の中での制約は色々あるように思える。
トキ子が言う「この村は狂ってる」というのはこの事にもつながるんじゃないだろうか。
「そうですね。確かにこの村は狂ってる」
「え?」
男は、俺の考えをよんだようだ。
何となく落ち着かなくなった俺は、咳ばらいを一つする。
「もしかしたら、トキ子さんは全てを知っていたのかもしれませんね。あの人は、村の人達だけでなく世の中全てを客観視していたように見えました。感情的にならず、常に冷静でいる。そんな印象の人でした。そんな人だから、もしかしたら村の事は勿論、祭りの本当の意味も知っていたのかもしれません」
俺は、トキ子と初めて会った時の事を思い出した。
祭壇の前に座り、一心不乱に祈る後ろ姿。こちらを向いたその顔は、目が血走り額には玉の汗を浮かべていた。苦悶に満ちた表情。不安、恐怖に恐れおののきながらも神に祈るトキ子。
男が言う様に、普段は冷静な人物だったのかもしれないが、村の異変や祭りが始まった事で勘のいいトキ子は祭りの意味が分かったのかもしれない。そして恐れた。
確か、あの時のトキ子は俺に「村を出ろ」と言った。「もう遅い」とも。それは一体どういう意味だったのか。もう遅いと思うなら村を出ろなんて言うだろうか。
「そうですね。そろそろ、その事についてもお話ししましょうか」
「え?」
また俺の考えをよんだようだ。
「あ・・あ・・・・」
「どうしたんだい?わしの顔を忘れちまったのかい?」
「・・・い・・・」
「くっくっく。そうか。あの時わしが死んだと思ったんだね。そんな簡単に死ぬわけないじゃないか。わしの演技もまだまだ捨てたもんじゃないよ。川に飛び込んだと思っただろう。あれは、土手の側に置いていた大きな石を放り込んだのさ。夕暮れ時じゃ土手と川の境目が分かりにくいからね。落ちちゃ元も子もない。だから、ちゃぁんと目印をつけていたんだよ。あんたも知ってるだろう?橋の下に少しだけ空いた場所がある事。石を放り込んだわしは直ぐに、そこに潜り込んだのさ。息をひそめ頭を空っぽにしてね。人の心がよめるあんたの父ちゃんが来て、見つかったら大変だからね」
そういうと、汚い黄色い歯をむき出しにしてニヤッと笑う。
「こ・・こ・・ことり祖母ちゃんはそんな恰好で何をしてるの?」
「ん?わしかい?わしはね、村人達に恐怖と絶望を与えてやろうと思っているのさ」
「恐怖と絶望?」
「そう。わしら拝み屋家にした仕打ち、忘れはせん。罪は必ず償わなきゃいかんからね。でも、この村には法がない。警察が来れないんだ。だから、わしがやってやる」
ぎらぎらとした目が不気味に光る。
「やってやるって・・・どうやって?」
「くっく。あんたがしてきた事。陰ながらずっと見させてもらったよ」
「え・・・」
「ずいぶん思い切ったことをしたもんだねぇ。でも気持ちは分かるよ。あんたはルナの事好きだったんだろう?」
目を細め、急に優しい声になる
「好き!?え・・あの・・・」
カッと顔が熱くなる。
「いいんだよ。人を好きになる事はとても素晴らしい事さ。それにあんたは外見じゃなく中身で選んでくれたんだ。ルナはわしらと同じコレだろう」
そう言って、ことり祖母ちゃんは下顎を突き出した。
「あの子はとても良い子だったからね。良すぎるところもあるがね。わしに似なくて良かったよ。くっくっく。人の心を知るには、人を見る目を養わなくちゃいけない。それをあんたみたいな子供が出来るなんてねぇ。やっぱり白田一族の子供だけあるよ」
「白田一族?」
「なんだい。知らんのかい。白田一族は代々男だけが力を受け継ぐんだ。人の心をよめて過去も分かる。うちとは逆さ。うちは女がその力を受け継ぐから」
「そうだったんだ。だから僕も・・・」
ルナの力が宿ったんじゃなかったことに、僕は少し寂しい気持ちになった。
「でも、ことり祖母ちゃんは一体何をするつもりなの?」
「ん?そうだねぇ・・・」
ことりは、突き出た下顎を更に突き出し考える。
「そうだ。あんたにも手伝ってもらおう」
「え?僕?」
「そう。わしの事が村の噂になってるだろう?」
「うん。みんな気味悪がってるよ。それでなくても、子供がみんないなくなっちゃったからね、余計怯えてるよ」
「くっくっく。それでいいんだよ。何軒かはこの村から出て行った者もいるみたいだが。まぁいい。そこでね、あんたがこれを使って村長に言うんだ」
ことりは、着物の袂から布の切れ端を一枚取り出した。
「これは?」
「覚えてないのかい?これは真理の着物だよ」
ことり祖母ちゃんの皴だらけの手の上にある布を、首を伸ばしよく見る。
「あっ!!」
汚れているが見覚えがある。
僕が夜連れ出した時、真理は茶色の絣の着物を着ていた。
「それ・・どうしたの?」
「死んだ真理から拝借したのさ。ああそうだ。安心しな。あんたが川に突き落とした子供達は、わしがちゃんと葬っといたからね」
「葬ったって、どこに?」
「この川下の方に雑木林があるのは知ってるかい?」
「知らない。そこまで行った事がないもの」
「ふん。まぁ、そこにみんないるから安心しな」
「・・・うん」
あの時は、怒りの感情だけで動いていたので、遺体の後処理なんて事まで頭が回らなかった。由美を突き落とした後も、怒りは落ち着いたがその後に押し寄せる虚しさと後悔、そして達成感という入り乱れた複雑な感情にさいなまれ放心状態だった。もし、村の人達が子供達の遺体を見つけていたら・・・ことり祖母ちゃんが葬ってくれて良かった。
僕は今更ながらにぶるりと体を震わせる。
「いいかい。あんたはこの切れ端を持って村長の所に行くんだ。そしてこう言うんだよ「コレを川岸で見つけた。みんな川に落ちたのかもしれない。みんなが可哀想だから、弔いをやってあげよう」ってね」
「弔い?どんな事やるの?」
「弔いに出るのは一人だけだ。そいつに、あんたが作った地蔵をしょわせる。子供の身代わりと言ってね。そして村を一周周らせる。周っている間、必ず村にある家に立ち寄り歌を歌わせるんだ」
「歌?どんな歌?」
ことり祖母ちゃんは、音が鳴りそうな腰を伸ばし二回軽く咳をすると歌い出した。
「どんぶらり~どんぶらり~。今宵のコトリのご機嫌は~良いか悪いか誰が知る~サイコロ振って~怖い夜明けがやって来る~今度の出番は~」
ガラガラとした声なので、とても上手いとは言えないが、この歌のメロディは知っている。ルナがいなくなる前、みんなで遊んだ「かごめかごめ」のメロディだ。
「それって、歌詞を変えたの?」
「ああそうさ。わしとルナの気持ちが入っとる。最後の部分には、選ばれた家の子供の名前を入れるんだよ」
「ことり祖母ちゃんとルナの?どういう事?」
「あんたは利発そうな顔をしてるのに、意外に足りん所があるんだねぇ。じゃあそれは、あんたが一人になった時に考えな。話を進めるよ。その弔いに出る家を決めるのはわしだ。そうだね。これで決めようか」
そう言って、ことり祖母ちゃんは懐から小さいサイコロを取り出した。
「コレを転がして決めよう。決めたその家の前でわしがさっきの歌を歌うからね。そのことも言うんだ」
「・・うん。言ってもいいけど、村長さんがもしやらなかったら?僕なんかが言っても、やってくれる保証はないよ?」
「大丈夫。絶対にやるから。いいね。わしが言った事分かったね?」
ことり祖母ちゃんは、血走った眼で僕の両腕を掴むと言った。
今にも折れそうな枝のような指の割に、力が強い。血が止まってしまうんじゃないかと怖くなった時、何か腐った臭いが僕の鼻の中に入って来る。今、目の前にいるのは本当にことり祖母ちゃんなのか。自分は今、何と話しているのだろうか。分からない。頭がボウッとしてくる。意識が離れたり戻ってきたりしている。僕は頭にモヤがかかったようになりながら、ことり祖母ちゃんを見て何度も頷いた。
「それで?あんたは、ことり祖母ちゃんの言う通りに動いたのか」
男はこくりと頷く。
「村長はすんなり受けてくれました。そして、御地家の子祭りは始まったのです。ことり祖母ちゃんは、無作為に家を選びました。夜にその家の門の前で歌うんです。白い布をすっぽりと被ったその姿は、繭に似ていると言う事でいつしかまゆ婆と呼ばれるようになりました。ことり祖母ちゃんが来た家は、迷える我が子の魂を家に迎える為ご馳走を用意します。そして私がその家に地蔵を・・ミライ様を玄関に置くんです。例えば、由美の家だったら、由美の身代わりで作った地蔵を置くというように」
「ミライ様・・・ちょ、ちょっと待ってくれ!地蔵じゃないだろう?ミライ様はルナだよな?」
「え?ルナちゃん?」
「ああ。俺は梨花の家に泊まらせてもらった時、達郎さんが、ミライ様が見れると言ったから俺は待った。でも、玄関に来たのはルナだったぞ?」
それを聞いた男は、眉間にくっきりとした皴を寄せ俺の顔をまじまじと見る。
「本当ですか?」
「ああ、本当だ。間違いない。赤い着物を着たルナが玄関に来た」
「・・・・・」
男はなにやら真剣に考えていたが、つと顔を上げ
「そうですか。やはり、ルナちゃんはとても優しい子だったんだ」
男は、遊び回る子供達の中に立つルナの背中を愛おしそうに見る。
「は?どういう事だ?」
「多分ですが、ルナちゃんはお友達に会いに行ってるんだと思います。みんなと遊べた時のルナちゃんは、そりゃあ嬉しそうに笑って遊んでましたから。ミライ様という形で、会いに行ったんでしょうねぇ」
確かに、サイの子の家は玄関を開けておく。誰にも咎められずに行けるだろう。
でも、あの時のルナは友達に会いに来たというような感じではなかった。どちらかと言えば、無意識に動いていたような・・
「まず、御地家の子祭りについて話してしまいましょう。祭りのやり方は、貴方が見た通りなんです。ただ、それぞれにちゃんと意味がある。見ていた貴方も疑問に思ったことはあったんじゃありませんか?」
「疑問・・ああ、ある。まず、百目鬼旅館の女将は、選ばれた家の最年少者が祭りに出ると言っていたのに、梨花ではなく達郎さんが出た」
「それは、達郎さんの方が瞳さんより二歳年下だからです」
「は?だって、梨花ちゃんがいるだろう?」
「まぁそれはそうですが。梨花はもういませんからね」
「いないって・・ちゃんといたぞ?」
「貴方が見たのは、梨花の魂ですよ」
「はぁ?」
「魂は具現化される時がある。ましてや、帰りたいと思っている家族のもとにいる魂ですし、祭りに選ばれた家ですからね。生きている人間の様に見えるでしょう」
「あれが・・あれが魂・・」
猫が大好きで、クロとミヨの喧嘩を必死になって止めていた。ミヨに新しいリボンをつけ微笑んでいたり、夕食の時には口に食べ物をいっぱい頬張って、自分の夢を宣言していた。あれが魂だと言うのか。
「他に何かありますか?」
「他に・・・あ、後は祭りの最中に、影来神社の所で達郎さんが突然倒れ込んだ。あれはどうしてあんな風になったんだ?」
「ああ。あれは影来神社が原因なんです。前にもお話ししましたが、影来神社は「陰」の神社です。人の心にある「陰」を吐き出す場所。もう少し言えば、影来神社は「陰」を吸い取る場所でもあるんですよ。だから、その人の心の中に「陰」が大きくあればある程、体力を奪われるように吸われてしまうんです。まぁ、大人になれば「陽」より「陰」の方が大きくなるのはやむを得ませんが」
「そんな事が・・・」
「あるんですよ」
男は、俺の言葉を繋げるように言った。
「じゃ、じゃあ倒れ込んだ後、達郎さんは影来神社に向かって歌い出した。あれはどうして?」
「御地家の子祭りと影来神社は切っても切れない関係ですからね。あそこで歌うのは決まっていた事です」
「ああ、決められたことだったのか」
俺はすんなりと納得した。どうしてだかは自分でも分からない。分からないが、自分の気持ちの中にストンと落ち着いたのだ。
かかとを上げ下げし、全身で調子を取りながら歌う達郎の姿を思い出す。
「でも、達郎さんだけど、祭りの途中から様子がおかしくなったんだよな」
「おかしくなるとは?」
「ん?なんていうか、急に子供になったと言うか・・最初は普通に歩いていたのに、突然スキップしたり傘をグルグル回したり、わざと水たまりに入ったりして」
「それは、梨花になったからなんですよ」
「は?梨花ちゃんに?」
「はい。祭りの序盤は、達郎さんは特におかしくなかったでしょう?」
「ああ、まともだった」
「祭りが始まるにつれ、徐々に梨花の魂が父親の体の中に入っていくんです。だから、達郎さんは子供の様な振る舞いを見せたんです」
「体の中に・・・梨花ちゃんの魂がってことか・・ん?でもさっき、影来神社に「陰」を吸われたって言ったよな?大人は「陰」の方が大きくなるって。梨花ちゃんが達郎さんに入ってるなら「陽」の方が大きいだろう。子供は純粋なんだから。大人より「陰」は少ないはず、矛盾してないか?」
「本体は達郎さんですからね。少しややこしいかもしれませんが、本体は達郎さん。中身は梨花と言う事です」
「う~~~~ん」
俺は腕を組み考え込んだ。
太陽がいつの間にか沈み、辺りは暗闇に包まれていた。
話に夢中になっていた俺は、腕を組んだ自分の腕が見えずらくなっていることで、そのことにようやく気が付く。
顔を上げ、遊んでいる子供達の方へ視線を向ける。
子供達は、最初見た時と同じように満面の笑顔ではしゃぎ、バネの様な体を思う存分動かし遊んでいる。
その中に一人、身動き一つせずこちらに背中を向けて立つルナ。
ルナは一体何を思い佇んでいるんだろう。
周りの楽しそうな友人達をどんな思いで見ているのか。この男の告白はルナの耳に届いているのだろうか。
自分のコンプレックスから、人を避け生きていたルナが唯一心を許した男の告白。ショックだろうか。それとも良くやったと喜んでいるだろうか。
「あ・・・・」
「どうしました?」
「あの時の声。あの時、俺の後ろから「見るな」と言う声が聞こえた。あれは誰だったんだ?物凄く恐ろしい声だった」
「ああその声は、ことり祖母ちゃんですよ」
「ことり祖母ちゃん?」
「はい。ことり祖母ちゃんは、祭りがちゃんと最後まで行われるよう監視していたんです。見るなと言う言葉は、余計なものを見るなと言う事でしょう」
「余計な物・・そういえば、祭りに参加しない家は三つの決まりごとがあると言ってたな」
「はい。外を見ないと言う事は、魂が具現化した梨花の姿を見て声を出すと、梨花が消えてしまうからです。これは、声を出さないにも繋がります。水を飲むなと言うのは、川で溺死した子供達は嫌という程水を飲んだでしょう。それを慮ってそんな決まりを考えたんだと思います」
「と言う事は、その決まりを考えたのはことり祖母ちゃんか」
「はい」
まさしく儀式だと俺は思った。何のための儀式?呪いだ。村人に対する呪い。拝み屋がこの村に呪いをかけた。地蔵を背負い村を一周すると言う事。歌。三つの決まり。
見られてはいけない儀式で思い出すのは、丑の刻参り。藁人形を木に打ち付けている所を見れられてしまうと、自分に災いが降りかかる。もしくは死んでしまう。他にも、儀式の中での制約は色々あるように思える。
トキ子が言う「この村は狂ってる」というのはこの事にもつながるんじゃないだろうか。
「そうですね。確かにこの村は狂ってる」
「え?」
男は、俺の考えをよんだようだ。
何となく落ち着かなくなった俺は、咳ばらいを一つする。
「もしかしたら、トキ子さんは全てを知っていたのかもしれませんね。あの人は、村の人達だけでなく世の中全てを客観視していたように見えました。感情的にならず、常に冷静でいる。そんな印象の人でした。そんな人だから、もしかしたら村の事は勿論、祭りの本当の意味も知っていたのかもしれません」
俺は、トキ子と初めて会った時の事を思い出した。
祭壇の前に座り、一心不乱に祈る後ろ姿。こちらを向いたその顔は、目が血走り額には玉の汗を浮かべていた。苦悶に満ちた表情。不安、恐怖に恐れおののきながらも神に祈るトキ子。
男が言う様に、普段は冷静な人物だったのかもしれないが、村の異変や祭りが始まった事で勘のいいトキ子は祭りの意味が分かったのかもしれない。そして恐れた。
確か、あの時のトキ子は俺に「村を出ろ」と言った。「もう遅い」とも。それは一体どういう意味だったのか。もう遅いと思うなら村を出ろなんて言うだろうか。
「そうですね。そろそろ、その事についてもお話ししましょうか」
「え?」
また俺の考えをよんだようだ。
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