秘密

玉城真紀

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梨花

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日向神社を後にした俺は、高野と来た時の記憶を頼りに地蔵達がいる神社の方へと向かう。空を見上げると、先程よりも黒い雲が多くなったような気がする。雨が降ってきそうだ。入りくねった道を行った訳でもないのに、神社へと行く道が見つからない。
「あれ~?この辺りだと思ったんだけど」
何か、目印でもあれば分かりやすいのだが街中と違い、田舎というのはどこも同じように見えてしまう。山と田んぼと川。至る所似たような道が縦横無尽に伸びているだけの景色。
「山の方なんだよなぁ」
日向神社の辺りを不審者のようにウロウロしながら探し回る。ミヨは外を歩くのが嬉しいらしく走り回ったり道端の花の匂いを嗅いだりと、せわしなく動いていた。
「ミヨ。余りはしゃぐと田圃に落ちるぞ・・・あっ!!!あ~~あ。ほら言っただろ?」
勢いよく走っていたミヨはそのまま田圃の中へ入ってしまった。
「にゃふ!にゃふ!」
突然水に濡れたことに驚いたのか、田圃から飛び出したミヨは俺の足に飛びつきそのまま木を登るように俺の体を駆け上がる。
「わっ!!おい!泥だらけで!・・あ~あ。こんなに汚れちゃったよ~」
田圃から俺の体にかけて、ミヨの足跡が泥と水で帯のようなあとになっている。俺の白いTシャツが泥で汚れてしまった。
「にゃふん」
ミヨは、俺の腕の中で「すまん」と言うように申し訳なさそうに小さく鳴いた。
「はぁ~」
怒ることもできずため息を漏らした時、どこからか「ハッハッハ」と豪快に笑う声が聞こえた。
驚いてそちらの方を見ると、そこにはルナともう一人女の子が立っていた。
「ルナ!」
「え?」
もう一人の女の子が不思議そうな顔をして俺を見る。
「あ・・・いや」
「かわいい猫!」
小学3、4年生ぐらいだろうか。度の強そうな眼鏡をかけ、ぷっくりとした頬にやけに薄い上唇。髪を二つに縛り、今どき珍しく絣の着物を着ていた。裸足の足には汚れたサンダルを履いている。
「はは。初めて外に出したものだから、まだ慣れてないんだね。田圃に入っちゃって驚いたんだよ。お陰で俺はこのざまだけど」
「初めてなの?」
女の子は、眼鏡の奥にある目を大きく開け嬉しそうに目尻を下げながら、俺の腕の中にいるミヨを覗き込む。
「うちにも猫居るんだよ。タマとクロ。お友達になれるよ」
子供というのは、猫社会も自分たちと同じような世界と考えているのだろう。無邪気な子供の目はキラキラと輝き、好奇心に溢れている。ただ・・・
俺はじっと佇むルナの方を見た。
マスクをしているので、表情が分からないが、ルナはじっと俺を見つめている。その黒目がちな目は、この女の子の輝く目と違い光のない寒々しい目をしていた。これが、生と死の違いなのか。
「ねぇお兄ちゃん。この猫ちゃんとうちのタマとクロで遊んでもいい?」
「え?・・・ああいいよ」
「やった~!!じゃ、行こう!お名前は?」
「ミヨって言うんだ」
「ミヨちゃんか~!可愛い!!」
女の子はそう言うと、俺からミヨを剝がすようにして抱くと
「私のうちあそこなの。お兄ちゃんも一緒に行こうよ」
と、山の麓にある赤い屋根の平屋の家を指さし言った。
「ああ、あそこなんだ。そうだね。じゃあ先に行っててくれる?もう少しこの辺り散歩したいからさ」
「分かった!」
女の子は可愛らしい笑顔を残し、なにやらミヨに話しかけながら歩いていく。その後姿を見送った俺は、ルナの方へ歩いていき話しかけた。
「今までどうしてたんだい?」
「・・・・・・」
俺を上目遣いで見るだけで何も言わない。怒っている訳でも悲しんでいる訳でも喜んでいる訳でもない。ルナの目から受け取れる感情は「無」だ。何もない。何も感じていない。そんな感じ・・
「ルナ?」
「・・・・・どうしても行くの?」
神社の事か。
「うん。行く」
「・・そう」
悲しそうに目を伏せる。
「どうして行ってほしくないんだ?何かあそこには・・・」
「行っても無駄だから。行っても何も終わらない。何も変わらない」
ルナは吐き捨てるように言う。余程感情的になっているのか、敬語ではなくなっている。
「どうしてそんな事が分かるんだ?」
「じゃあ、行ったからってあそこで何するの?何もできないでしょう?なら行く必要ないじゃない?」
次第に駄々をこねる子供のようになってくる。
「・・もし・・もし行くというのなら、もう私は貴方の事を守らない。それでもいいのね?」
俺を見る視線が強くなる。
「待ってくれ。俺の質問に答えろ」
その時、視界の端にミヨを抱いて歩いて行った女の子が不思議そうにこちらを見ているのが分かった。
俺は小さく咳ばらいをしながら、女の子の視線から逃げるようにルナに背中を向ける。
「どうして何も変わらないと思うのか教えてくれ。俺は何も分からないんだ。好奇心だったかもしれないが、たった一度だけ足を踏み入れた場所で呪われるなんておかしいだろう。高野だってあんな風になっちまった。もしかしたら鈴木さんだってとばっちりを食ったのかもしれない。前にも言ったけど、何もしないで毎日びくびくしながら生活するのはまっぴらなんだ。だから、俺は行く。そこに行って何も分からなかったとしても俺は行く」
半ば意地になってそう言うと、俺は顔だけルナの方に向けた。
ルナは、脇に提げた両手を握り締め下を向きつらそうな顔をしている。
「そうですか。分かりました。ここに・・」
ルナはたっぷりと時間をかけると
「ここに、帽子はあります」
消え入りそうな声でそう言うと、ルナはゆっくりと消えていった。

暫く立ち尽くしたままの俺は小さくため息を吐くと、歩き出した。
さっきまで俺の事を不思議そうに見ていた女の子がまだこちらを見ている。一人で喋っていて怪しい男だと思われただろうか。
妙な噂が流れたりしたら面倒なので、仕方なく神社を後回しにして女の子の方へ近づいていく。
「ねぇお兄ちゃん。あそこで何やってたの?なんか喋ってなかった?」
可愛い眉を寄せ、近づいてきた俺に聞いてきた。
「ああ、独り言が癖でね。よく一人で喋る変な奴って言われるんだ。はは」
適当にごまかす。
「本当。変な人だね。ははは!ね、早く行こうよ。今ね、うちご馳走が沢山あるんだよ」
「ご馳走?」
「そう。明日の御地屋おちやにうちが出るからだって」
「え?ああ、そうなんだ。今年は君の家の人が出るんだね。じゃあみんな嬉しくてご馳走作ったんだろうね」
「・・うん」
さっきまでの笑顔が一転、急に困ったような顔になった。
「どうしたの?」
「うん・・お父さんとお母さんはニコニコしてるんだけど、お祖母ちゃんが朝からずっとお祈りしてる。それがちょっと気持ち悪い」
「お祈り・・」
祭りのための祈り?それとも、自分の家族が一人で町を周ることに対しての安全祈願のようなものだろうか・・
よく分からないが、一心不乱に祈り続ける祖母の姿は、幼い子に脅威と不安を与えてしまっているのかもしれない。
「ねぇねぇ。早く行こうよ~」
「にゃふ」
「ほら、ミヨちゃんも早くだってさ」
「う、うん。そうだね」
「こっちこっち!」
先程の独り言に対しての不信感は無くなったようだ。
弾むようにして家へと向かう女の子の後姿を見ながら歩き出した俺の頭の中には、ルナの言葉と悲しそうな顔が頭にちらついていた。
(帽子はここにある)

女の子の家に行くと、庭で洗濯物を取り込んでいる女性がいた。干したのはいいが、雨が降りそうなので慌てて取り込んでいるのだろう。
とても広い庭で、母屋の西側に納屋があり農機具などが所狭しと置かれている。塀沿いには色とりどりのアジサイが大輪の花を咲かせていた。
「お母さんただいま~。タマとクロのお友達連れてきたよ~」
「え?」
田舎の肝っ玉母さんかと想像していたが、いやいや、モデルのようにスタイルが良く顔立ちの整った女性だった。長い黒髪を後ろに束ね、こちらも珍しく着物姿だ。淡いブルーの無地の着物は、スタイルの良い女性を一層引き立てている。
「あ、こんにちは。初めまして」
「こんにちは・・貴方がタマとクロのお友達?」
女性は驚いたように目を向き言った。くっきりとした二重で綺麗な目である。
「あ、いえ。それはミヨの方でして」
「え?・・あ、ああ!ごめんなさいね。ははは!そうよね。猫ちゃん同士よね。私ったら。はははっ!」
顔の割には豪快に笑う。
「すみません。突然お邪魔して。百目鬼旅館に泊まっている者なんですけど、ミヨと散歩していたら偶然お嬢さんと会いまして」
「そうでしたか。梨花は猫が大好きなものですから。かえってご迷惑じゃなかったですか?」
「いえいえ。暇にしてましたから」
「ねぇねぇお母さん。一緒に遊んでもいいでしょ?」
梨花は母親の服を引っ張りながら頼み込んでいる。間に挟まれたミヨの「にゃひゅ」という苦し気な声が聞こえるが大丈夫だろうか。
「それはいいけど・・・」
母親は探るように俺の方を見た。
「俺は大丈夫です。ミヨはずっと家の中にいるので、他の猫たちと触れ合うのも良い刺激になると思いますし、遊んでやって下さい」
「そうですか。お客さんがそう言うなら」
「やったね!!」
梨花はそう言うと、ミヨを抱いたまま家の中へと飛び込んでいく。
「すみませんねぇ。どうぞおあがりください」
洗濯物を抱えた母親は家の中へと俺を招き入れた。
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