吸収

玉城真紀

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占いの館へ

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なるべく人目を避けるように歩き、ようやく靴屋に到着。
明子はホッとして一番安い靴を適当に選びソレに履き替える。
「これからどうしよう」
靴屋を出た明子は、香織が学校から帰って来るまでの時間何処で時間を潰そうか考えた。財布と携帯は持ってきているのでお金と連絡をすることには心配はない。
「そうだ。あそこに行こう」
明子は、あの不思議なコーヒーを出す喫茶店を思い出し歩き出した。

喫茶店に入ると、マスターの笑顔とコーヒーのいい匂いが明子を出迎える。
店内に客は一人もいなく貸し切りの気分を味わえた。
明子はいつものカウンター席に座り、マスターに言われる前にここに来た時に初めて頼んだコーヒーをマスターに注文する。
「かしこまりました」
マスターは慣れた手つきでコーヒー豆をひいていく。
明子は、その流れるような手つきをジッと見ながら香織の部屋で聞いたあの鼻歌を思い出していた。
コーヒーの匂いが強くなった頃。明子の頭の中の靄が徐々に消えていくような感じがした。
「何となく、聞いた事のある歌なのよねぇ」
明子は思わず口に出して言った。マスターは手を止め
「歌?歌がどうかなさいましたか?」
「あ・・すみません。何でもないんです」
考えていたことが、思わず口から出てしまった事に恥ずかしがりながら明子は出来た手のコーヒーをマスターから受け取った。
カップの底が見える薄いコーヒー。今の明子にはどんな味に感じるのか。
優しく湯気の立つカップを持ち一口口に含んだ。
「美味しい」
以前マスターは、ここの豆はある信頼を置いている人の浄化を受けている不思議な豆だと言っていた。飲む人に「異変」が起こりうるときは不味く感じ何もない時は美味しく感じると。
(私は大丈夫って事なのかしら)
明子は少し安心しながらコーヒーを飲む。
その様子を黙ってみていたマスターは
「余計なことかもしれませんが、何かありましたかな?」
「え?」
「いえ。コーヒーをお飲みになった後ホッとしていたように見えたもので」
「・・・実は最近変な事がありまして」
明子は今まであった事をマスターに全て打ち明けた。
話を聞いたマスターは
「それは不思議ですね。いや。不思議というより気味が悪い」
「そうなんです。何か良くない霊にでも憑りつかれてるんじゃないかと考えたり・・」
「・・・なら、私が紹介して差し上げましょうか?」
「誰をです?」
「この間お話しした人ですよ。この店を開く時に私が相談したという人です。その人はとても勘が鋭い人なんです。その特異な能力を生かして占いをしているんですがね。きっといいアドバイスをくれると思いますよ」
「本当ですか?是非お願いします」
「分かりました。では、今日の夜連絡を取ってみます」
「夜なんですか?」
「ええ。何故かあの人は夜しか行動しないんですよ。あ、ご心配なく。素性もしっかりしてますし妖しい人物ではありませんから」
「では、すみませんがお願いします」
明子は、今まで体験した訳の分からない事に頭を悩ませてきたがこれでようやく解決できる気がした。
残りのコーヒーをゆっくりと味わい、マスターにお礼を言うと店を出た。

「こちらが、昨日話していた伊集院さんです」
「こんばんは」
マスターに紹介された伊集院と名乗る人物は女性だった。
昨日の夜。マスターが連絡を取ると明日の夜なら空いているという事なので、マスターと一緒に伊集院がやっている占いの場所に来ていた。
その場所と言うのが大変な場所にあった。なぜこんな場所に店を開いたのか分からないが、喫茶店から車で一時間ほど走った場所にある森の中にポツンとソレはあった。マスターの運転する車に乗る明子は、次第に寂しくなっていく外の景色に次第に不安になったぐらいだった。森の中に蝋燭の灯りで照らしているような小さな家は、まるで魔女の家のように見える。ドアには店の名前も何も書いておらず、一見すると何の建物か分からない。
「本当にここが占い師の人のお店なんですか?」
「ははは。皆さん必ずそうおっしゃいますよ。大丈夫です。ここは限られた人しか来ないんです。私が案内した人だけという事ですね」
「そうですか・・」
「安心してください。建物は妖しく見えるかもしれませんが、アノ人はとてもいい人ですから」
「はぁ」
安心してくださいと言われても、この状況ではとても安心できそうにない。明子は、ここに来た事を少し後悔していた。今まで、夜に外出した事のなかった明子は、行平になんて言って外出するか考えた挙句
「ちょっと友達の家に行ってくる。何でもすぐに相談したい事があるんだって」
と、苦しい言い訳を言って家を出てきた。
こんな森の中で明子が襲われたとしたら、見つけてくれるだろうか。
そんな事を考えながらマスターと一緒に建物に入った。
外見からは想像がつかなかったが、意外に奥行きのある建物らしい。
玄関を入ると靴のまま奥に進む。両サイドの壁には柔らかい灯りの照明が点いているが、こういうシチュエーションで見るその灯りは恐ろしく見えてしまう。灯りの下には観葉植物が多く並び薄暗い部屋の中で精一杯自分の色を見せている。
果たして、その人物は一番奥突き当りの机に座りこちらを見ていた。机の上両端に真っ赤な長い蝋燭を立て、そのユラユラと揺らめく炎に照らされているその女性は、一度見たら忘れないような特徴のある女性だった。黒髪におかっぱの頭。薄い一重の目に濃い化粧。服装は座っているのでよく分からないが、白いローブのような物をまとっている様だ。
「こんばんは」
明子は小さく挨拶をした。
「ふふふ。ここまで来るの怖かったんじゃない?」
声からして若い女性のようだ。見た目に反しフレンドリーな口調で話す伊集院に驚きながら、マスターが用意してくれた椅子に座る。
「ええ。まさかこんな所とは・・あ、ごめんなさい」
「いいのよ。ここに来る人は皆そう言うわ」
伊集院は細い目をより細くしながら笑った。
「ふ~ん。なるほどねぇ」
伊集院は明子をじっくりと見ながら一人納得したように言う。
「何が成る程なんでしょう」
気が気ではない明子はせっつくように聞くが、伊集院に手で制された。
「ふ~ん。ふん。分かったわ。あなたを苦しめている原因がね」
「え!」
「大丈夫。私の言う通りにしていれば、じきおかしなことも収まるでしょう」
「言う通りに・・」
「そう。あなたの足元に男性が一人いるの」
「え!」
「ソレが悪さしてるのね。ん~もしかしてこの人電車の事故で亡くなった人かしら?」
「電車事故・・」
そう言えば、行平が新聞を読みながら明子の実家の近くで脱線事故があったと言っていた。その日に明子は、香織と実家に行ってはいたが脱線事故は明子達が帰ってからの事。関係ないように思えるのだが。
「そう。突然の死というものはすぐに本人は受け入れられない。だからこの世に残ってしまうのよね」
「でも、何でその男性が私に憑いてるんですか?面識はないはずだし・・」
「幽霊なんてそんなものよ」
本当にこの女性は占い師なのだろうか。明子は呆れたが、実際脱線事故があったのは確かだ。それに他に頼る物もない。
「では、どうすれば離れてくれるんですか?」
「毎日塩を舐めるの」
「塩?」
「塩には浄化の力がある。それを体内に取り込む事で内側から厄介なものを追い出すのよ。ほんの少しでいいの。指先を濡らしそこに塩を付けた物で十分。簡単でしょ?」
「ええ。それなら毎日できそう」
「それから・・」
伊集院は、立ち上がり近くの棚の上から丸い入れ物を取ると明子に渡す。
「これは?」
「香炉よ」
伊集院は元の場所に戻ると香炉の説明をし始めた。
「上の部分は蓋になっていて、中にこの葉っぱを入れ火をつけるの。そしてまた蓋をする。たったこれだけ。それを毎朝焚くの」
「毎朝?」
「そう。危害は加えてこないようだけど自分の存在を知ってもらおうとしている事は確か。直接あなたへと、あなたの娘さんを通してね」
「じゃあ。娘も塩を舐めた方がいいんですか?」
「う~ん。それは大丈夫じゃないかしら。多分ソレの目的はあなた自身だから」
「私・・」
「恐らく、あなたに憑いているものはあなたを頼っているのね。そりゃそうよね。突然の事故で命を失ったんだから」
「頼られても困るわ」
「そうよね。だから切り離せばいいの。憑かれた方はたまったもんじゃないわよね。相手が何をしてほしいのかまでくみ取るのは難しいもの。だから、強制的に離れてもらうの」
「成る程・・これはいつまで続ければいいんでしょうか」
「また一か月後にマスターと一緒に来て。その時私があなたを見て判断するわ」
「分かりました」
「この袋の中に、高炉の中に入れる葉っぱが一か月分入ってるから」
「あの・・おいくらなんでしょうか」
「フフフ。お代はいらないわよ。自分の状況が改善されたと思ったら、その時お気持ちで頂くわ」
「そうですか・・有難うございます」
明子は、半信半疑ながらも香炉と袋を持ち建物を出た。

翌朝、明子は伊集院が言ったとおりにお香を焚き指先についた塩を舐めた。
本当にこんな事で、あの恐ろしい事が納まるのか分からなかったが何もしないよりはいい。
「おはよう・・うわっ!何だこの匂い」
起きてきた行平は、部屋に充満しているお香の匂いに顔を曇らせた。
「昨日友達に貰ったの。何でもヤル気が出て気分がすっきりするアロマらしいのよ」
それらしい嘘をつく。
「う~んそれにしても凄い匂いだな。朝からこんな匂い嗅ぐのは嫌だからやめてくれよ」
「え~っ・・・分かったわよ」
明子は仕方なく二階の寝室へ香炉を持っていった。
しかし、行平の言うように香炉から出る匂いは甘ったるいような匂い。まるで、ケーキ屋さんにいるような気分になる。
一階に戻り朝食の準備をしていると香織が起きてきた。
手には昨日返したと思っていた人形を抱えている。
「あら?香織、その人形は京子ちゃんに返したんじゃなかったの?」
「返そうと思って京子ちゃんちに行ったんだけど留守だったの」
「そう。じゃあ今日帰しに行きなさいね」
「分かった」
「それより、あの匂いはなぁに?凄く臭いんだけど。臭すぎて目が覚めちゃったのよ?」
「あら、それは都合がいいかもね。起こさなくて済むもの」
「絶対ヤダ!もうそれやめてよね!」
香織は怒ってそう言い放つと顔を洗うため洗面台の方へと走って行った。
「これはかなり不評ね。でも続けなくちゃ。家族のためだもの」
明子は、家族のクレームを貰いながらも毎朝お香を焚き続け塩を舐め続けた。
そんな中問題が出た。香織があの人形を京子に返さないのだ。
「お母さんがその変な匂いのやつをやめてくれたら返してくる」
など、交換条件を出してきた。
友達の物だから返してきなさいと何度も言うが、香織は頑として返しに行かない。
あまり話したくない相手だったがこの際仕方がない、明子は鈴木の家へと電話をした。オカルト好きな鈴木には一応お香の事は伏せておく、面倒な話をされかねないからだ。
「もしもし、行平ですが」
「あ、こんにちは」
「すみません。うちの香織が京子ちゃんの人形を中々返しに行こうとしなくて」
「あ~そうなんですね。香織ちゃんは人形を気に入っている様子ですか?」
「え?・・ええそうなんです」
本当はそうでもなかった。最初は、常に一緒にいるほど気に入っていた人形だったはずなのに最近はほったらかしになっている。恐らく、お香をやめさせるための交換条件として持っているだけなのだろう。
「そうですか・・・・あの行平さん」
鈴木の声色が変わったのでどきりとする。
「はい」
「もう手遅れになりかねませんよ」
「は?」
「私最初に言いましたよね?憑り込まれると」
「え・・ええ」
「香織ちゃん。本当は人形に左程興味を示してないんじゃないですか?」
「・・・・・」
「それって、もう香織ちゃんの中に入ることが出来たからじゃないんでしょうか」
「何を言って・・・」
「一度、お宅に伺ってもいいですか?何か途轍もなく嫌な感じがします」
「・・・・失礼します!」
明子は叩きつけるように電話を切った。
電話を切った後、明子は何か言い知れない不安に襲われた。
鈴木の言葉を信じた訳ではないが、オカルト好きと言っているぐらいだからきっと明子の知らない世界を色々知っているだろう。
その鈴木が、今まで聞いた事のない危機感のある口調でああ言ったのだ。明子が不安になるのも当然だ。
「だ、大丈夫よ。伊集院さんが変な事も収まるって言ってたもの。あの人は本物みたいだから大丈夫」
根拠はないが、明子は自分に言い聞かせるようにわざと声に出して言った。
それから数日間、明子は伊集院に言われたとおりにお香を焚き塩を舐め続けた。
鈴木の方は、あれから家に訪ねてくることもなく電話もない。
明子にとっては不安を煽るような鈴木が来ないのは助かるし、香織もようやく諦めたのかあの人形を京子に返した。これでもう鈴木とのかかわりが無くなったと思うとホッとした気分だった。それに最近では、お香と塩のお陰なのかおかしなことが身の回りで起きる事もなくなった。
(やっぱり、伊集院さんの言う通りにしておいて正解だったんだわ。何よ。鈴木さんは不安になるような事ばかり言って・・だからみんなに変な目で見られるのよ)
明子の中で、伊集院に対しての信頼度が日増しに高くなっていく。

お香を焚き、塩を舐め続けて一か月が経とうとしていた頃。明子はあの喫茶店に行って見た。
一カ月ぶりに行く喫茶店は、相変わらず客が一人か二人しかおらず狭い店内が広く感じる。コーヒーのいい匂いに包まれマスターの笑顔に迎えられた明子は、いつものカウンター席に座り話し出した。
「こんにちは。お久しぶりです」
「お久しぶりですね。何だか表情が明るくなったような気がするのですが。気のせいではないようですね」
「ええ。お陰様で、身の回りで起きていたおかしな事がピタリとやんだんです。きっと、伊集院さんから貰ったお香と塩のお陰です」
「そうですか。それは良かったです」
「あの~」
「はい?」
「もしマスターにお時間がある様でしたら、もう一度伊集院さんの所へ連れて行ってもらえませんか?是非、お礼を差し上げたいと思いまして」
「ええ。それは勿論いいですよ」
マスターは、満面の笑みを浮かべる。
明子は、マスターと伊集院の占いの家へ行く日時を決めるとコーヒーも飲まず満足気に店を出た。
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