疑心暗鬼

玉城真紀

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フランス人形

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遂に明日、この村を出るという夜。
私は一緒に住んでいる祖母に自分の部屋へ来るように言われた。祖父は私が小四の時に他界している。

(もしかして、一人暮らしするからお金でもくれるのかしら?)

等と都合のいいことを考えながら祖母の部屋へ。

「お祖母ちゃん」

祖母の部屋の襖を開けると、祖母が部屋の真ん中で背筋を伸ばして正座している。祖母は、この家の中で私の唯一の理解者だ。
前述した通り私がこの村に嫌気がさしている時も、私を町に連れて行ってくれたり学校に迎えに来る母親にわざと用事を言いつけ迎えに行くのを遅らせたり。
(その少しの時間私は友達と遊べるのだ)何かと、友達と過ごす時間を作ってくれたりした。もう、八十五歳になるが考えが古くなく良き相談相手でもある。

自分の若い頃の話もよくしてくれた。
戦後、この村に来たアメリカ兵に恋をした事があったと言う。でも、日本はアメリカに負けた。敵国の事を良く言ったりしたら村八分は免れない。一人、その恋心はそっと胸にしまっていたらしい。
しかし、祖母は何とか自分の想いをそのアメリカ兵に伝えたい思い、夜な夜な家族に隠れてコッソリ手に入れた外国の本で英語を勉強したり、(覚えたのは好きですという単語だそうだ)簡易的に建てられた建物(そこにアメリカ人がいたという)まで足を運んでいたらしい。
結果的には、祖母の恋は実らなかった。
こんな小さな田舎の村。普通の世間話が二日もあれば村中の人が知っているような場所だ。祖母がその建物へ行っている事もすぐに知られてしまった。
祖母はひどく両親に叱られ外出禁止に。年頃になると、同じ村の好きでもない男と見合いをさせられ結婚したという。
ソレが祖父。普段仲のいい祖父母しか今まで見ていなかったのでひどく驚いたものだ。

「爺ちゃんには内緒だけど。私はね。青い目の子供を産みたかったのさ」

私の前ではよくこんな事を言っていた。
そんな祖母が私を呼びだし何を言うのだろうと思い祖母の前に座る。

祖母は真面目な顔で私を真っ直ぐに見ると

「明日出発だね」

「うん」

「あんたがこの家を出ていくのは寂しくなるね」

「うん」

「ま、念願の一人暮らしだ。楽しむといい。だけど、勉強の方もしっかりやらなきゃいけないよ。こっちに戻されたくないだろ?」

「うん」

(なんだ。注意事を聞かせるために呼んだのか?)

私は少しがっかりした。

「あんたにこれをあげよう」

「何?」

内心私は、いくらくれるのかしらと期待しながら祖母を見た。
祖母は立ち上がると、押し入れの方へ行き襖を開ける。何やらガサゴソと奥の方から長方形の大きな桐の箱を出してきた。

「何?その箱」

私の質問には答えず祖母は黙って箱を開け、中から可愛らしい人形を出した。

「わ~!可愛い」

それはフランス人形だった。
アイドルが着ているようなフリフリなドレスを身に着け、くりくりにパーマがかかった金髪の髪。白い顔に大きく開いたブルーの眼の下には、鼻筋の通った鼻に可愛い唇。
可愛いと思ったと同時に、なぜこんなものを祖母が持っているのか不思議になり

「お祖母ちゃんこれどうしたの?買ったの?」

祖母は愛おしそうにその人形の頭を撫でながら

「前に話したことあったろ?祖母ちゃんは昔好きなアメリカさんがいたって」

「うん」

「当時ね。一人だけ祖母ちゃんの気持ちを理解してくれた人がいたんだよ」

「そうなの?」

初耳である。

「祖母ちゃんの母親の姉でね。昔は女は家を守る者だと言われた時代に外でバリバリ仕事していた人なんだ。だからこそ祖母ちゃんの気持ちが分かったのかもしれないけどね。その人に貰った物なんだよ。・・・この青い目を見て寂しい気持ちを慰められたもんさ」

言葉少ない説明だったが、お祖母ちゃんの人形に対しての眼差しをを見ていると、その当時の祖母の好きな人に対してのやるせない気持ちを慰めてくれたであろうことは十分に分かった。それに余程大切にしていたらしく、古い人形にしては何処も傷んだ所はなかった。

「そんな大切な物・・・私にくれるの?」

「祖母ちゃんはこの村から出た事がないから分からないけど、都会での一人暮らし、大学生活の始まり。初めての事ばかりだろ?だからこれを、お守り代わりに持っておいで。

「・・・ありがとう」

そんな思い出のある大切な人形を貰うという事に多少気が引けたが、断るのも悪いと思い受け取る事にした。

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