陰鬼

玉城真紀

文字の大きさ
上 下
7 / 18

得体のしれない者

しおりを挟む
次第に、私達と由美子達の距離が近くなってくる。街灯もなく畑が広がるだけの道なので、距離感を図るのは先程から見ている懐中電灯の光のみ。しかし、明るい月明かりでいい加減由美子達の姿が見えてもいいのだが、何故かよく見えない。
司は由美子達を懐中電灯で照らす。

「おい!大丈夫か?」

由美子達は、相変わらずグルグルと光を回しながらこちらに来ている。光の回り方から想像すると、右手で懐中電灯を持ち横に大きく円を描くように回しているようだ。

ざざざっ!
走っていた司が急に止まる。

「え?どうしたの?」

「ヤバい逃げるぞ!」

司は早口にそう言うと、直ぐに踵を返し私を引っ張ると凄い速さで走り出した。何が何だが分からない私は、司に引っ張られた瞬間後ろを・・由美子達の方を見た。

「‼」

それは私達のすぐ後ろにいた。
真っ黒な人間。
ソレを見た時、私はそう思った。
その真っ黒な人間が懐中電灯を右手に持ちグルグル回しながら走っている。それも全速力に近い速さで。

「きゃ~‼」

「落ち着け!落ち着いて全力で走れ‼」

司はそう怒鳴りながら私の手をしっかりと握る。その力強い司の手が多少でも私の気持ちに影響したのか、分からないが無我夢中で走る私は、ドラマの様に転ぶこともなく何とか祖母の家まで来ることが出来た。


「こっちだ!」

司は、母屋の方へ入らず納屋の方へ私を連れて行き、納屋の中にある何台かの農機具を素早く見ると、その中でも比較的大きな農機具の後ろへ隠れる。
私は、内臓が口から全て出てしまうのではないかと思う程の荒い呼吸を押さえるのに必死だった。

暫くして、庭に敷き詰めてある砂利を踏む音が聞こえてきた。走ってはいない。ゆっくりと歩いている音だ。
緊張と恐怖、疲れの為未だ荒い呼吸を落ち着かせることが出来ない私は、薄手の上着を脱ぎ、口に当てた。呼吸音もこの静寂の中では、アイツに聞こえてしまうのではないかと思ったのだ。
ソレを見た司は、私の背中を優しく抱いてくれる。そのお陰かようやく落ち着いてきた時

「来た」

司が小声で私の耳元で言った。
見ると、あの真っ黒な人間が母屋に向かって歩いているのが見えた。もう懐中電灯は回していなく、腕をだらんと下げているのだろう光は地面をユラユラと照らしている。
母屋から漏れる明かりに照らし出されたソイツは、異様な奴だった。
全身真っ黒なのだが、体全体が何かモヤモヤした渦が巻いてるような感じ・・・漆黒の中何かがうごめいているような・・・髪や目、口、鼻、耳などはない。ただの真っ黒な人型。
私達が母屋に入ったと思ったのだろう、ソイツはカラカラと玄関を開け中に入って行った。

(すり抜けられないんだ)

こんな時なのに私はそう思った。

「あいつらどうなったんだ?まさかアイツに・・・電話してみよう」

司は携帯を取り出しユウに電話を掛けるが、耳元で呼び出し音が聞こえるだけで、出る気配はない。
私も由美子の携帯にかけてみたが同じ結果だった。

「これからどうするの?」

「・・・車で逃げるって言っても、鍵は家の中だし。アイツが出て行ってから取りに行くしかない。でも、俺達だけで逃げられないよ。アイツらも一緒に行かなくちゃ」

「そ、そうだけど、一旦ここから離れて助けを呼ぶって言うのは・・・」

「それもいいけど、誰が信じるんだい?真っ黒い奴がいて友達がいなくなったなんて話。俺達が頭おかしくなったと思われるだけだよ」

「じゃあどうすれば・・・」

「シッ出てきた」

手に懐中電灯を持った黒い奴は、ゆっくりと辺りを見回すように家から出ると庭をうろうろし始める。私達を探しているようだが、私はその様子を見て少し違和感を感じた。本当に私達を探し出したいのなら、もっと必死になって探すはず。しかしあの黒い奴は、母屋の方に入ってから出てくるまでが早かったし、外に出て建物の裏など隅々探す事をしない。

(変ね・・・)

私は隣で一緒に息をひそめながら黒い奴を見ている司の方を見た。暗がりの中でも、司の額から流れ落ちる汗が見える。
暫くすると、黒い奴は元来た道の方へ歩いて行ってしまった。

「ふぅ~」

極度の緊張から逃れられた安堵感からか、二人して大きく息を吐いた。

「どうする?由美子達は?ここから逃げないと!」

緊張が溶け、次に恐怖と焦りを感じた私は、矢継ぎ早に司に言った。

「落ち着け。ここで、闇雲に動いてアイツに見つかったら元も子もないだろ。落ち着いて行動しよう。まず考えるんだ。いいか、まずアイツが何者なのか・・・心当たりないか?」

「そんなの・・・」

パニック気味の私に考えろと言われても冷静に考える事等無理だ。しかし、司の言うようによく考えてから行動したほうがいいのも分かる。私は必死に自分を落ち着かせ考え始めた。




(いいかい。満月の夜は決して外に出てはいけないんだよ)

(どうして?)

(この村にはね。昔からそう言い伝えられているんだよ。満月の夜は、とても明るいだろう?だから、恐ろしい影が歩いているのがよく分かるんだ。その影と出会ってしまうと、自分の影を踏まれて、今度は自分がその影となり、この世に帰ってこれず歩き回る事になると。だからね、満月の夜は外には出てはいけないよ)




ふと、幼い頃祖母が話してくれた話を思い出した。
この村に来るきっかけにもなった話だが、小さい頃は恐ろしく感じたものだが、大人になるとそういう純粋な気持ちは無くなるのかもしれない。だから肝試し感覚で来たのだ。
この事は司には話していない。

「あのね、ここに来た理由はね・・・」

私は、司に話してみた。
単なる村に伝わる迷信めいた話だと思っているので、軽くあしらわれるかと思ったが司は違った。

「じゃあ。アレは影なのか。お前のお祖母ちゃんの言う通りだとしたら、アイツらは影を踏まれて・・・・さっきのはアイツらのどちらか・・・って事か?」

「・・・お祖母ちゃんの話だとそうなるよね」

「・・・・・」

司は黙り込んだ。


チ、チリリリリン、チリリリリリリリン

司の携帯が鳴る。着信音を黒電話にしてるのだが、このシチュエーションでの黒電話の音はかなり怖い。

「アッ‼ユウからだ!もしもし?お前今どこにいるんだよ!え?・・・ああ・・・うん」

司は電話に出ると勢い良く話し出す。司が話している間、私は話の内容が気になったが、司の表情を凝視しながら電話が終わるのを辛抱強く待つ。
ようやく電話が終わったのを見て

「誰?ユウ君?何処にいるの?無事なの?由美子は?」

「ユウからだった。大丈夫だ。由美ちゃんと一緒にいるって言ってた。やっぱりあいつもあの真っ黒な奴に追いかけられて逃げたらしい。今は、山の中に入って隠れてるって言ってた」

「どうするの?これから」

「あいつらと合流しなくちゃ、そしてここを出よう」

「合流って・・・由美子達がどの辺りにいるのかさえ分からないのに・・・ね、もう一回電話してみて。場所聞いてみようよ」

「今は駄目だ」

「なんで?」

「あいつが来たって言って切れたから・・・もし今電話して、その音でバレたらヤバいだろ?」

「・・・・」

私は携帯の時計を見た。深夜一時半。夏の日の出は大体五時。
今の私には、日の出までの時間が無限に感じられた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに
ホラー
 家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!  しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!  もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!  てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。  ネタバレ注意!↓↓  黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。  そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。  そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……  "P-tB"  人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……  何故ゾンビが生まれたか……  何故知性あるゾンビが居るのか……  そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...