輪(りん)

玉城真紀

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対面(壱)

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「お疲れ様でした」

「お疲れ~。あ、そう言えば明日から連休取るんだって?」

「ええ。有休が残ってるので実家の方の片付けに帰ろうかなと」

「・・・・・・そうか。あまり無理するなよ。何かあったら何でも言ってくれ。相談に乗るよ」

「はい・・・有難うございます」

普段厳しい先輩の優しい声かけに驚きながら、俺は礼を言うとそそくさと会社を出た。

高校卒業後、都会に夢を持ち田舎から上京したが現実はそう甘くはなかった。
バイトで稼いだ少ない貯金で出てきたので、日々の生活をしていくだけで精一杯だった。到底夢見ている暇はない。

取り敢えず、自分が出来るだろうと思うような仕事中で、比較的給料の高い工場で働きだしたが、中々自分が思い描いていたような生活には程遠い。
この会社は、大手企業との契約があるとかで仕事が切れないのはいいが、従業員が少ないので忙しい時などは休みが一カ月ない何て言うのはざらだった。労働基準という言葉は無縁で、毎日が働きづめだった。



二週間前の深夜、いつものようにコンビニ弁当片手にクタクタになりながらアパートへ戻る。温めるのも面倒なので冷えた弁当を食べていると携帯が鳴った。

「はい」

「あ、もしもし?やっと出たよ」

「?」

「俺。相馬だよ」

「お~久しぶり」

相馬とは俺の母親の妹の子供、つまり従弟である。

「どうしたんだ?」

「は?どうしたんだじゃないよ。今どこにいるんだ?」

相馬は俺の一つ年下。小さい頃は兄弟のように遊んでいた。

「え?家だけど?」

「家⁈何回も電話したのに何やってたんだよ!」

「何って、仕事だよ。いま凄い忙しくてさ」

「・・・・・・そっか」

「おい何なんだよ」

訳が分からずイライラして聞いた。

「落ち着いて聞けよ。お前の親・・・・・・叔母さんたち事故で亡くなったんだよ。俺今病院にいるんだ。とにかくお前も今から来い。場所は・・・・・・」

何かの冗談かとも思ったが、相馬の口調から冗談でも何でもなさそうだ。

「・・・・・・」

事故・・・・・・頭の中で相馬の言葉を反芻している間に電話は切れていた。携帯を確認すると、相馬からの電話が昼から何回もかかってきている。訳の分からないまま、俺は出かける用意をすると何かに急かされるように家を出た。
時間も遅いので、電車がないのではと思ったが何とか間に合う事が出来た。ほっとして座席に体を預ける。残業続きの疲れた体だったが、相馬の電話のせいで疲れは感じない。その代わり気持ちが落ち着かないでいる。

(事故にあった?お袋たちが?何で?いつ?・・・・・・死んだ?)

ようやく疑問が次々と出てくる。電車の中では携帯は使えない。相馬から電話をもらった時にもっとよく聞くんだったと後悔しながら、はやる気持ちを抑え目的地に向かった。

約二時間後やっと地元の最寄り駅に着いた。ホームに降りるとすぐに相馬に電話を掛ける。相馬も俺からの連絡を待っていたのかワンコールで出た。

「今どこ?」

相馬はすぐに聞いてきた。

「未踏駅」

「そうか。さっき病院って言ったんだけど、もう斎場の方へ運んだからそっちに来いよ」

「斎場・・・・・・」

到着するまでの間、自分の知らない所で色々と事が進んでいるという不安を感じながらタクシーに乗り斎場の名前を告げる。斎場の営業時間は知らないがこんなに遅くまでやってるものなのか。これまでに、葬式を経験したことがないわけではない。しかし、いざ自分の親の事ともなると冷静に物事を考えられなくなっている。タクシーが斎場に着くと金を払い転がる勢いで走って中に入る。
ロビーの四人掛けのソファーの所に相馬が一人座っていた。

「おう」

厳しい表情をした相馬が俺に声を掛けながら立ち上がる。相馬と会うのは十数年ぶりか。子供の頃はお互いの家に泊まりに言ったり旅行に行ったりしたが、成長していくとお互い自分の事に忙しくなり疎遠になっていた。神経質な所があるかと思うと大雑把な所もあるという少しつかめない奴だった。今、目の前にいる相馬は綺麗にカットされた坊ちゃん狩りに眼鏡。眼鏡の奥の丸い可愛い目。中肉中背の体に喪服もきちっと着こなしているが、ネクタイが皺くちゃだった。そんな相馬の性格が丸出しの風貌を見ながら

「どういう事なんだ?事故って?」

近付きながら聞く。

「俺ん家に警察から電話がかかってきたんだ。お袋が出てさ。お前ん家の両親旅行に行ってただろ?」

「旅行?」

「知らなかったのかよ。二泊三日で東北の方に旅行に行ってたらしいんだ。その帰りの高速で事故ったらしい」
(旅行なんて聞いてない・・・・・・)

上京して最初の頃は親と連絡を取っていたが、仕事が忙しく連絡を取るのが億劫になり、次第に電話する回数が減っていった。半年程殆ど連絡していなかっただろうか。心配したお袋からの留守電を聞くだけで折り返し電話するなんてことはしない。それに何となく、両親は健在で当たり前という頭もあったと思う。

「お袋たちは?」

「こっち」

相馬は俺を促しある部屋に案内してくれた。部屋に入ると、相馬の母親が二つ並べられた棺の前で項垂れている。部屋に入って来た俺達を見ると、真っ赤に泣きはらした目をしながら俺に近寄り俺を抱くように肩に手をかけ

「何でこんな事に・・・・・・大丈夫よ。大丈夫」

俺に言ってるのだろうけど、その言葉は、自分に言い聞かせているかのように何度も繰り返し言っている。俺は黙って棺に近寄り一つ目を覗く。親父がいた。まるで眠っているかのように綺麗に棺に納まっている。二つ目を覗く。

「?」

二つ目の棺にはお袋が寝ていると思っていたが、顔の部分に白い布が被せられている。俺はその布を取った。

「あっ!」

俺の背後で相馬の母親の慌てたような声がしたが、もう遅かった。
俺が見た母親の顔は最悪なものだった。原形をとどめておらず、本当にこれが母親なのかと疑うほどだった。

「酷いでしょ・・・・・・こんなになって・・・・・・」

相馬の母親は俺の隣に来て声を詰まらせながら言った。
俺は顔が判別つかない遺体を見ながら、これは本当に母親なのだろうか。ここまで顔が分からないのに俺の母親と言えるのだろうか。俺は見るも無残なその人間の顔から母親の顔を探すため凝視していた。

「おい。明日、色々打合せしなきゃいけないから取り敢えずここで休ませてもらえよ」

相馬が俺の肩に手をかけ言った。
俺は、その遺体を母親だと確信する事が出来ないまま、相馬の言う通りにその日は斎場の別室で休ませてもらう事にした。一人ではなく相馬も一緒にいてくれたので、自分の精神状態を何とか持たせることが出来たので助かった。俺には兄弟がいないので俺が喪主となる。明日からの事に不安を抱えながら眠ろうと横になるが結局一睡もできなかった。

次の日、相馬の母親も同席して無事打ち合わせが終わる。
その後、滞りなく葬式が終わった。ほとんど役に立たない俺の代わりに相馬の母親が仕切ってくれたので本当に助かった。喪服なども用意しておいてくれたり、身内などの連絡までお世話になった。両親が納まる場所。つまり墓に入った後、相馬達にお礼を言い、俺は実家に寄らず早々と東京の家に帰った。実家の方の片づけをしなくてはいけないのだが今の俺には出来なかった。いまだに気持ちの整理がつかない。一気に二人いなくなってしまったのだ。何も手に着かないというほどでもないが、早くいつもの生活に戻りたかった。この現実から逃げたかったのかもしれない。

東京に戻りいつもの生活を送るが何となくすっきりしない。

(やっぱりな・・・・・・)

分かっていた。きちんと最後までやれない自分。何でもそうだった。何に対しても中途半端な自分。結局飽きたり逃げたり。親が死んだのに対してもこうなのか。毎日が落ち着かずイライラする。そして大きな仕事がひと段落した時、上司に事情を説明し有休を使い連休をもらう事にした。
全てをきちんと片付けるために。

遺品の整理のため実家に帰省した俺は、久しぶりに家の匂いを嗅いだ。懐かしい気持ちに浸りたかったがやめておいた。そんなノスタルジーに浸ってもいいのだろうが、(大泣きしそうだったから)ひとまず部屋の片づけを優先させた。綺麗好きな母親がきちんと片付けているせいで無駄に掃除や片付けに追われずに済んだ。そうなると、しまわれている物や服や靴の処分、俺が残しておきたいと思うものだけ残すという分別の作業になる。

「よし」

俺はまず父親の持ち物の方から片付ける事にした。父親の物は触ったことなどなかったが、仕事の書類などが多く俺が思い出に浸れるようなものは一つもなかった。

(親父らしいな)

俺が知っている親父はいつも仕事をしているという印象しかない。パソコンの前に座りパチパチとキーを打つ音を親父の背中を見ながら聞いていた。俺は予想通りの持ち物に苦笑しながら黙々と片付けていく。

昼を過ぎてようやく父親の方の片づけが終わり、母親の方の持ち物に取り掛かる。しかしこれが結構大変だった。
母親と言うものは父親と違い子供に対しての愛情が少し違うらしい。押し入れの中を全て出し、分別しようとするが出てくるものが全て俺の小さい頃の物ばかりだった。幼稚園の頃描いた絵から小学校で作った貯金箱。母の日にあげた母の似顔絵。自分でも忘れている物がゴロゴロと出てくる。俺も思わず一つ一つ手に取り

「うわ~懐かしいな。おっ?これ覚えてるよ」

等、いつの間にか昔の自分に会うのを楽しんでいた。ふと気がつくと部屋の中が薄暗くなっていた。時計を見るともう七時。あっという間に時間が経ってしまったらしい。

「しょうがない。飯でも買ってくるか」

ため息をつきながら近くのコンビニで弁当を買うため家を出る。

暫くして家に戻り、台所で弁当を食べ始めた。

「そうだ。冷蔵庫に何かあるかな」

まだ、手を付けていない冷蔵庫を開けると、あの母親らしく冷蔵庫の中はぎっしりと食材が詰まっている。母親は買い物が余り好きではなく、決まって一週間分ぐらい買いだめをするのだ。その中に、いつも母親が作ってくれた煮物があった。俺は迷わずそれを取ると弁当と一緒に食べ始める。気づくと弁当の味がやけにしょっぱくなっていた。
よく味が分からないまま何とか食事を済ませると、リビングに向かう。これ以上感傷的になりたくなかったので、少しは気がまぎれるのではと思いテレビを見始める。

「ちっ!」

期待したようにはいかないようだ。チラチラと両親の事が頭に入り込みテレビの内容が頭に入ってこない。。それならと、俺は腰を上げ母親の荷物の整理の続きをすることにした。結局両親の事が頭から離れないのなら、がっつり終わりにしてしまおうと思ったのだ。
先程とは違い片付けはスムーズにいった。俺の家は二階建てなので、一階の方が終われば次は二階に取り掛かる。時間は九時になっていた。

(寝るかな。どうしようか)
少し迷ったが、両親の夢なんて見た時には子供のように泣きそうだったのでこのまま続けることにした。二階の荷物の方が結構厄介だった。母親は自分が独身だった頃の物なども残していたからだ。余り見たくはなかったが、一つ一つ見ていく。

「ん?」

今開けた段ボールの底の方がやけに固いのに気がついた。見ると黒い何かがある。

「何だこれ?」

俺は段ボールの底を拳で叩いてみた。コンコンという固い手ごたえと音がする。よく見ると木の箱がすっぽりとはまっている事が分かった。取ろうとしてもきっちりとはまっているのでなかなか取れない。

仕方なく段ボールを壊し取り出す。出て来た物は縦三十㎝横三十㎝高さ十㎝位の木の箱だ。どこにも模様や文字などは書かれていない。とても古そうな木の箱だがしっかりとした作りになっている。結婚式で使った物でも入っているのかと思い開けようとしたが、これが中々開かない。箱の横を見ると切れ目が入っているので蓋のように開くタイプなんだろうけど。何とか苦戦しながらもようやく箱を開けることが出来た。

「うわぁっ‼」

俺は箱の中身を見て思わず大きな声を出して驚いた。
その箱の中には般若の面が入っていた。赤い布が敷かれた上に乗せられたその面は部屋の照明を受けぬらぬらと光っている。真っ白な顔に怒っているのか困っているのか分からない表情。瞳は、白目の所が黄色く黒目の所は穴が開いている。鼻筋の通った大きな鼻に、かっと開いた赤い口には、規則正しく歯が並んでいるが上下の犬歯にあたる部分が牙のように尖っている。頭には黄色い角が左右にあり、相当古い物のように見えるのだが、今、箱を開けた事で寝ていたものを起こしてしまったかのような感覚を覚えた。それ程生き生きとして見えたのだ。

こんなものが入っているとは予想もしなかった俺は、箱の中の面をまじまじと見た。般若の面をこんなに間近によく見た事がなかった俺は

「何だよこれ・・・・・・怖」

と声を震わせ言った。
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