梟(フクロウ)の山

玉城真紀

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おいちの頼み

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この山の中を知り尽くしている梅二は、思ったよりも早く秘密の場所に来ることが出来た。もう辺りは真っ暗だ。今日は雲一つなく月と星が綺麗に見える夜空が広がっている。
茂みを抜け秘密の場所に来た梅二が見たもの。
それは、白い寝間着姿で立ち尽くすおいちの後ろ姿だった。
そよそよと吹く風になびく髪。布の薄い寝巻が月明かりを浴びおいちの体のシルエットを浮かび上がらせている。寝間着から出る二本の細い足は裸足だった。
問題は、おいちが立つ場所。
あれだけ怖がって近寄らなかった崖っぷちに平然と崖の方を向き立っているのだ。
少しでも動いたら、落ちてしまいそうな危険な状態だ。梅二は咄嗟に声を掛けられなかった。
人の気配を感じたのか、おいちはゆっくりと後ろを振り向いた。
その顔を梅二は一生忘れない。そんな危険な所に立つおいち。お産したばかりのおいちをすぐにでも家に連れて帰らなければいけないのに、その顔を見た時、梅二は思った。
(なんて綺麗なんだろう)と。
振り向いたおいちの顔は、月の光を受け青白く透き通っているように見えた。色を失った口元には薄い笑みを浮かべ、風になびいた髪が数本おいちの頬につき妖艶な雰囲気を醸し出している。
言葉が出なかった。言葉が出ないまま、梅二はジッとおいちと目が合っている。
その時、おいちの口元がゆっくりと動いた。
声は出ていないが、ゆっくりと梅二に分かるように何かを言っている。短い言葉だった。
ソレが分かった梅二はハッと我に返ると
「姉ちゃん‼」
と声を上げる。
梅二が声を上げたと同時に、おいちは口元に笑みを浮かべながらゆっくりと倒れ込むように崖下へと落ちて行った。
暫く放心状態で梅二は動くことが出来なかった。今まで目の前に立っていたおいちの姿が今はない。幻だったのか。現実なのか。
梅二は震える足を前に出し始める。自分では歩いているつもりだが、中々前に進んでいない。見た事が嘘でなければ、崖の下においちがいるだろう。でも信じたくない。見たくない。でも、本当か確認しなくては。そんな気持ちが梅二の足を遅くしているのである。
ようやく崖の淵につくと、梅二は下を覗き込んだ。
真っ暗で何も見えない。下を流れる川の音だけが聞こえる。
(姉ちゃん・・・)
その後、梅二はどうやって家に帰りその事を家族に話したのか記憶があやふやだった。気がついた時には、利一と父親に連れられ、崖下に向かっていた。
「この辺りなんだが」
飛び降りた場所から検討をつけて、崖下の川の近くまで来たがおいちを見つけられない。普段人が入らない場所なので、背丈ほどもある草や鬱蒼と茂る木が三人を拒む。
「お父ちゃん。明るくならないと分からないかもしれないよ」
「うん・・・でも、早く見つけてやらないと・・まだ助かるかもしれん」
僅かな希望を持ち父親は根気強くおいちを探す。
梅二は探しながらも、頭の中では飛び降りる寸前においちが言った言葉を思い出していた。
(交換してね)
確かにおいちはそう言った。
(交換するって、一体何を交換するんだろう)
梅二は、おいちを探しながらずっとその事を考えていた。
三人は夜通し谷底を血ナマコになり探したが、おいちは見つからなかった。太陽が昇り、暗闇だった世界をゆっくりと明るく照らしていく。明るくなり始めた事で周りの状況が見通せた時、父親がある物を見て驚きの声を上げた。
「これは・・・・」
父親が見たものは、川に沿って生えているシャラの木だった。
梅二も利一も、そのシャラの木を見た途端開いた口が塞がらなかった。そのシャラの木は大輪の花をつけていた。梅二は、今までに何度もその花を崖から下を覗いた時に見ていたが、真っ白い花だった。しかし、今見ているシャラの木の花は真っ赤である。
朝露に濡れ、太陽の光を浴びたその花はとても綺麗に見えたが、その反面血液を連想させるような恐ろしさもあった。
「こんな綺麗な花、見たことないよ」
初めて見るシャラの木の赤い花に、利一は少し興奮気味に言った。父親も同じだったようだ。
(そんな・・・この木は今まで、白い花しか咲かせた事がなかったはずだ・・なんて恐ろしい色なんだ)
突然目の前に現れた、目の覚めるような赤い花に魅了された二人をよそに梅二は体が冷えて行くような恐ろしさを感じていた。
(姉ちゃんがここに落ちたからこんな色になったのか?いや、そんな馬鹿な事はない。それとも、何年かに一回は赤い花が咲くのか?いや、それも考えにくい・・じゃあどうして・・)
「梅二!いつまでぼうっとしてるんだ!おいちを探すぞ!」
父親の声で梅二は我に返った。
「う、うん」
日が昇ったお陰で、今まで見えなかった所までよく探すことが出来る。しかし、ついに三人はおいちを見つける事は出来なかった。
仕方なく山を下り家に帰った三人は、家で待っていた母親とあめに父親が説明する。
青白い顔をした母親は
「おいちが見つからないってどう言う事?その崖から落ちたならいるはずでしょ?それとも、どこか途中で引っかかってて身動き取れないとか」
「いや。それは俺も考えて崖下から上を見たけどどこにもいなかった」
「そんな・・・」
「もしかしたら、川に落ちたんじゃない?流されちゃったとか・・」
利一がそう言った途端、母親は青白い顔をより青くしたかと思ったらそのまま倒れてしまった。
無責任な事を言った利一を叱りながら、気を失った母親を父親と梅二で布団に運び寝かせる。そこには、おいちの忘れ形見。赤ん坊がスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。その赤子を見た瞬間、梅二は分かってしまった。あの時、おいちが言った言葉の意味を。

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