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⑦
しおりを挟む昨夜の伯爵さまとのあれこれが頭を駆け巡っていたわたくしは、婚約者さまに向かってにこりと微笑みました。
婚約者さまがほっと安堵したように口から少しの息を吐いております。
ですがね、婚約者さま。
察しの悪いわたくしで、ごめんあそばせ。
「侯爵さまにはどうぞお話になってくださいな。我が家へのご対応もお好きなように」
予期せぬわたくしの言葉に、婚約者さまは酷く狼狽したご様子。
「なっ、なんだと?」
大きな声で叫んだ婚約者さまは、続いて低い声で唸るように囁きます。
「まさか……伯爵はすべて了承済みとでも言う気か?あの伯爵が?あの伯爵が婚約解消を受け入れているだと?そんな馬鹿な話があるのか?」
そんな話はどこにもございません。
婚約を解消したと聞けば、そしてそれを侯爵さまからの抗議のお手紙で知ったとすれば。
伯爵さまは激怒してわたくしに謹慎を申し付けることでしょう。
けれども伯爵さまはそれで娘を縁切りし、家を追い出すようなことはなされません。
当然ながら、それは父親としての良心という、そんな大層綺麗な感情から来るものではなく。
婚約解消に至った不出来な娘を捨てたと嘲笑される自分が伯爵さまには許せないのです。
だから貴族社会から見て娘を捨てるように見える縁談を新たに持って来ることもないでしょう。
伯爵さまはとてつもなく貴族社会における周囲からの評価を気にしています。
続く水害に苛立っておられたのも、出来の悪い伯爵と思われたくないからです。
それならば対策を取られればと思うのですが、王都での社交を重視しているために、領民に多くの資金を使っては勿体ないとも考えている人でした。
こういう方ですから、これまでの”娘に格上の家との縁談を結んでやった良い父親”としての顔をそう簡単に崩してはなるものかと、必死にしがみ付くはず。
しかし普段から気に入らないうえに、使えなくなった娘が目に入るのは厭わしいはずですからね。
わたくしを領地に送るよう言いつけることになるでしょう。
そうして貴族社会では、大事な娘は婚約解消に傷付き心を病んでいるから、いつまでも領地で静養出来るように手配した優しい父親の顔をして大手を振って歩いていくのです。
これがわたくしの読み。
すると領地に関心の薄い伯爵さまは、領地に送った娘がそこで何をしていても、特に何も言って来ないように思います。
伯爵さまから資金援助を期待出来ない状態ではありますが。
領地の皆さまと一緒に出来るところからはじめていきたいと考えたのです。
要は使える予算内で年単位に上手くやりくりしていけばいいということ。
有難いことに今のわたくしは災害対策のことだけでなく、領地の経営についても少しばかりの知識を得てはおりますので。
実践経験がないところに不安もありますが、そこは現地の皆さまから教えを頂戴しながら、領地がよくなるように動いていけたらと考えているのです。
甘いでしょうか?
きっと甘いのでしょうね。
それでも世間知らずのただの貴族令嬢でしかないわたくしは、これから経験し教えをいただきながら、行動していくこと。
これが今のわたくしに考えられる精一杯の答えだと思いました。
というわけで婚約者さまも、そのお父上でいらっしゃる侯爵さまも。
それはもうお怒りくださった方がわたくしには有難いことにございます。
侯爵家に対しては、罰として娘は領地で謹慎させますと言えますし。
その他の家に対しては、傷心の娘は領地で療養中ということに出来ますでしょう?
わたくしの気持ちを察することのない婚約者さまには、このたびのご協力に感謝です。
「本当にいいのだな?ここで素直に謝るならば、許してやらぬこともないのだぞ?」
「いいえ、婚約破棄で構いません」
「どうしても謝る気はないと?」
「えぇ、どうしてもです」
「ふ、ふん。どうなっても知らないからな!すぐに後悔しても知らんぞ!」
婚約者さまは大きな音を立てながら、貴族らしからずサロンを出て行かれるのでした。
他人ですのに、そのお姿が伯爵さまにそっくりで、このまま婚約が継続していたらと考えるだけでぞっとしてしまいます。
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