フォノンの物語

KIM2

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5章

ニッキのボヤキ

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 「ああ忙しい!忙しい!」
 せっかく宮中に入ったというのに、ニッキはとにかく大忙しでした。その忙しさといったら街の屋敷で研究していた時の比ではありません。
 宮廷魔法使いは魔術の研究のためだけでなく、政治に必要な知識の相談に乗ったり、大臣達との打ち合わせが多く、その準備に大変手間を取られていたのです。
 なるほど、街に研究用の屋敷を持ちたがるはずです。
 ニッキはせっかちなところがあったので、効率良く物事が進まないとストレスが溜まります。
 物事を進めるには「人」「モノ」「お金」「時間」が上手く調整されなければなりません。
 「モノ」と「お金」は宮廷魔法使いなのである程度困りません。「時間」もまだ何とかなりそうです。問題なのは「人」です。一人ではもう限界!仕事はもう溢れかえっています。食事や洗濯といった家事からは解放されたものの、魔法使いとしての助手はニッキにしか務まりません。
宮中に入ってからはずーっと休みなしです。
 「ハッカの奴!なんでまだ帰ってこないんだ!」と八つ当たりです。
 そしてそんなニッカを更なる不幸が襲います。
 
 オクタビア王妃はますます病状が悪化していました。
 トライトン王は王妃の身を案じ、また自らの運命に恐れ慄いていました。
 
 ニッキの師匠である宮廷魔法使いのスパイスの見立てでは、王妃の病気は影の国の呪いに間違いなく、その効力は術者が近くにいればいるほど、強く、確実に働く性質であるというものでした。
 そこで王に怪しい魔法使いや、呪術師を遠ざけるべきだと申し入れました。
 
 それに対してヤマ・ハーンは魔王の力を借り、影の国の女王の呪いをそのまま呪詛返しすれば良いと言いました。 
 死は恐ろしいが魔王ならばその死を操り王妃も王も楽にすることができると……

 大臣達も意見は二つに分かれていました。
 メロディ帝国とリズム都市国家は既に魔王軍の侵攻を受けています。
 ハルモニアはまだ魔王軍から大きな被害を受けたわけではありません。今のうちに魔王と手を組んで、何とか一緒に他国を攻め利益を得れないか、というプレスト大臣一派と、魔王を信じること自体が危険であり、宮廷魔法使いの魔法を中心に王妃を救い、他国の救援に行くべきだ、というレント大臣の一派の対立が激しくなってきました。

 王は西方の呪術師の方をたいそう信頼しており、魔王の力を借りるべく手配を始めました。
 そして古くから仕えている、宮廷魔法使いスパイスの意見には耳を貸そうとしませんでした。

 そこでレント大臣は万病を治し、飲み続ければ長寿になるという「生命の水」の生成を、宮廷魔法使いのスパイスへ依頼するのでした。
 「生命の水」の生成はとても複雑で時間がかかり、成功者も滅多にいません。ですが、もしその「生命の水」の効果で王妃が助かれば、魔王の力は必要ないということです。

 「生命の水」の精製には「賢者の石」の生成が必要不可欠であり、その生成にも大変な手間と正確性が必要とされます。また、材料の入手にも厳しい条件があり、更に実験的な手順だけではなく、天文学や星の運航状態の理解が必要でした。
 宮廷魔法使いのスパイスとニッキはその作業に没頭することになりました。

 「賢者の石」の生成には「硫黄」「水銀」「プネウマ」の3つが必要です。「金」からは「錬金硫黄」を、また「銀」からは「錬金水銀」を抽出しなければなりません。次はそれらから「レビス」という「賢者の石」の原料になる物質を作ります。そしてその「レビス」を「哲学者の卵」と呼ばれる水晶でできた球形のフラスコの中に入れ、アタノールと呼ばれる炉で加熱するのです。ここで必要となるのが、三つの材料の最後のひとつ、「プネウマ」です。
 「プネウマ」は簡単に生成できるものではなく、見た目は「塩」によく似ていたため、間違えたら大変です。
 ニッキはこの実験を一人でサポートしたり、時には自分で生成しなければならなかったのです。
 「錬金触媒作るのに、こんなに金や銀を使うのじゃ非効率だよ。全然儲からないもんね」とボヤキながら昼夜フラスコと睨めっこです。
 そしてついに赤色の石「賢者の石」の生成に成功しました。生成できた「賢者の石」は小指の先ほどの小さなものでした。
 宮廷魔法使いのスパイスは「賢者の石」の生成に恐ろしい集中力と膨大な魔力を使い果たし、寝込んでしまいました。

 しかし、まだ「命の水」の生成が残っています。
 倒れたスパイスに代わりニッキは作業を続けることにしました。後は「賢者の石」を聖水に溶かすだけです。
 フラスコへ「賢者の石」を入れ、ポットに入った聖水を入れようとします。ところがこの聖水、出が悪くイライラします。左手で「賢者の石」の入ったフラスコを持ち、右手にポットを持って注ごうとしますが、なかなか聖水が出ません。
 ニッキは「賢者の石」の入ったフラスコを置き、ポットを確かめます。振ってみたり、逆さにしたり。
 原因がわかりました。
 「なんだ蓋が閉まったままじゃないか」
 ニッキはポットのねじ込み式の蓋を開け、あらためて聖水を注ごうとフラスコを持ち上げようとしました。
 ところがその時、手が滑りフラスコを落としてしまいました。あっと思った時には「賢者の石」が飛び出てしまい、どこかへ飛んでいってしまいました。慌てて探します。
 どこだ。どこだ。
 その時ニッキの足の裏でガリっと言う音がしました。
 嫌な予感です。
 恐る恐る足を退けてみると、そこにはコナゴナになった、「賢者の石」の残骸が落ちてました。
 ニッキは呆然としました。

 「やっべ」
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