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第2部
2038年5月11日(火) 4
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勇一松頼斗は、その大学の構内の大きな木の下でカメラを構えていた。レンズの向こうでは美人の女子大生が体を斜めに向けてポーズをとっている。勇一松頼斗はしゃがんだり立ち上がったりしながら、連続してシャッターを切っていった。
「はい、笑ってえ。――そう、いいわあ、最高よ。手を上げてみましょうか。――そう、いいわねえ」
そこへ春木陽香がトボトボと戻って来た。表情は暗く、少しうつむき加減である。春木の様子に気づいた勇一松頼斗は、素早くカメラからMBCを抜き取ると、撮影していた女子大生に名刺と共に渡しながら言った。
「じゃ、これが画像データ。これ、私の名刺だから。メールでデータを送ってくれたら、もっと綺麗に画像処理してあげる。あんた、最高よ。ちょっと練習すれば、プロのモデルにもなれるわね。じゃ、連絡してね」
女子大生は丁寧に頭を下げて、向こうで待っていた友人たちの輪に戻っていった。
春木陽香はその女子大生を目で追いながら、勇一松に尋ねた。
「何やってるんですか」
勇一松頼斗はカメラのレンズに蓋をしながら答えた。
「女子大生の撮影会。就職活動用のと、記念のを、プロの私の腕で撮ってあげてたの。それにしても、ここもアホな学生が増えたわよね」
勇一松頼斗は軽い冗談を言ったつもりだったが、春木陽香は笑みを見せることも無く、肩を落としていた。
勇一松頼斗は心配そうな顔で尋ねた。
「どうしたのよ、浮かない顔して」
春木陽香は落胆して言った。
「はあ……。全然、駄目でした。事務局まで行ったんですけど、何も教えてくれませんでした」
「でしょうねえ。雑誌の記者に卒業生の個人情報を漏らす訳ないわよね。はい、これ」
勇一松頼斗はシャツのポケットから取り出した名刺大の薄いカードを差し出した。それを受け取った春木陽香は、尋ねた。
「なんですか、これ」
勇一松頼斗は春木の手に握られているカードを指差して言った。
「そのメモリー・ボール・カードに、理学部の卒業生の就職先のリストと、関連する個人データが入ってる」
「え、このMBCに? 理学部の卒業生のですか。大学院も?」
「そ。大学院の博士課程まで、ぜーんぶ。卒業生の就職先と、趣味、交遊関係、所属していたサークルとか、いろいろだって」
春木陽香は目をパチクリとさせながら、更に尋ねた。
「だってって、どうやって手に入れたんですか」
「写真を撮ってあげるって言ったら、乗ってきたからね。その引き換えに」
「学生が、こんなモノを持ってるんですか」
春木陽香が驚くのも当然である。それらの情報は個人のプライバシーに関わるものであるし、何より、この大学の理学部の卒業生全員のものが書き込まれているとすれば、そこには官僚や財界人、科学者など国家や社会の重要人物に関する情報が含まれているはずだからだ。
春木陽香は、重要な個人情報が詰め込まれたそのMBCをまじまじと見つめた。
勇一松頼斗は春木に淡々と説明する。
「ここは、ほら、官僚になる登竜門でしょ。とは言っても、国家公務員試験と就職は別だから。徹底的に人脈を調べて、コネの効きそうな先輩と何とかコンタクトをとって、事前に仕入れたその人の情報で話題を膨らませて、落とす。今時の大学生の常識みたいよ」
春木陽香は、その良し悪しは別にして、学生たちの準備の良さに感心して驚いていた。
「へえー。私、そんなこと、考えたことも無かったですけど……」
「あんたがボーっとしてるのよ。社会人入学が基本となった新学生制度でも受験はある訳じゃない。結局、昔の受験対策入試と同じなのよ。ここいらの大学に来る学生はその癖が抜けてないわけ。就職活動の時も徹底的に情報を集めて、分析して、攻略法を編み出す。そんなことに長けた子たちが、あの門を通過して国家の中枢に行くの。ああ、恐ろしい」
朱塗りの門を指差した勇一松の横で、春木陽香は首を傾げながら呟くように言った。
「まあ、みんながみんな、そうだとは限りませんけど……」
勇一松頼斗は首に掛けていたカメラを肩に掛け直しながら、春木に言った。
「そうね。でも、そんな対策のために蓄積された卒業生情報が全国の学生の間で出回っているのは確かよ。ここの大学だけじゃないわ」
「ふーん……」
口を尖らせたまま手に持ったMBCを見つめている春木に、勇一松頼斗が言った。
「何よ、せっかく手に入れてあげたのに、嬉しくないわけ」
「いえ、嬉しいです。すっごく。喫茶店かどこかに入りませんか。これ、中を見てみたいので」
「そうね。じゃあ、御徒町駅の傍にね、安くて美味しい海鮮丼の専門店があるのよ。そこでお昼にしましょうか。アメ横のすぐ近くだから、まだやってると思うけど」
「あめよこ……アメヤ横丁ですか! 行く行く、行きまーす!」
ピンと挙手をして答えた春木に、勇一松頼斗が胸を張って言った。
「よーし。じゃあ、ちょっと遠いけど、歩くわよ。途中に湯島天神もあるから。さあ、姉ちゃん、付いてきな」
普段と違う男らしい太い声を出して見得を切った勇一松頼斗の隣で、春木陽香も掌で鼻を拭う仕草をしながら言った。
「あいよ、旦那。がってんだ。――湯島天神、湯島天神……」
目をキラキラと輝かせた春木陽香は、勇一松と一緒に朱塗りの門をくぐっていった。
「はい、笑ってえ。――そう、いいわあ、最高よ。手を上げてみましょうか。――そう、いいわねえ」
そこへ春木陽香がトボトボと戻って来た。表情は暗く、少しうつむき加減である。春木の様子に気づいた勇一松頼斗は、素早くカメラからMBCを抜き取ると、撮影していた女子大生に名刺と共に渡しながら言った。
「じゃ、これが画像データ。これ、私の名刺だから。メールでデータを送ってくれたら、もっと綺麗に画像処理してあげる。あんた、最高よ。ちょっと練習すれば、プロのモデルにもなれるわね。じゃ、連絡してね」
女子大生は丁寧に頭を下げて、向こうで待っていた友人たちの輪に戻っていった。
春木陽香はその女子大生を目で追いながら、勇一松に尋ねた。
「何やってるんですか」
勇一松頼斗はカメラのレンズに蓋をしながら答えた。
「女子大生の撮影会。就職活動用のと、記念のを、プロの私の腕で撮ってあげてたの。それにしても、ここもアホな学生が増えたわよね」
勇一松頼斗は軽い冗談を言ったつもりだったが、春木陽香は笑みを見せることも無く、肩を落としていた。
勇一松頼斗は心配そうな顔で尋ねた。
「どうしたのよ、浮かない顔して」
春木陽香は落胆して言った。
「はあ……。全然、駄目でした。事務局まで行ったんですけど、何も教えてくれませんでした」
「でしょうねえ。雑誌の記者に卒業生の個人情報を漏らす訳ないわよね。はい、これ」
勇一松頼斗はシャツのポケットから取り出した名刺大の薄いカードを差し出した。それを受け取った春木陽香は、尋ねた。
「なんですか、これ」
勇一松頼斗は春木の手に握られているカードを指差して言った。
「そのメモリー・ボール・カードに、理学部の卒業生の就職先のリストと、関連する個人データが入ってる」
「え、このMBCに? 理学部の卒業生のですか。大学院も?」
「そ。大学院の博士課程まで、ぜーんぶ。卒業生の就職先と、趣味、交遊関係、所属していたサークルとか、いろいろだって」
春木陽香は目をパチクリとさせながら、更に尋ねた。
「だってって、どうやって手に入れたんですか」
「写真を撮ってあげるって言ったら、乗ってきたからね。その引き換えに」
「学生が、こんなモノを持ってるんですか」
春木陽香が驚くのも当然である。それらの情報は個人のプライバシーに関わるものであるし、何より、この大学の理学部の卒業生全員のものが書き込まれているとすれば、そこには官僚や財界人、科学者など国家や社会の重要人物に関する情報が含まれているはずだからだ。
春木陽香は、重要な個人情報が詰め込まれたそのMBCをまじまじと見つめた。
勇一松頼斗は春木に淡々と説明する。
「ここは、ほら、官僚になる登竜門でしょ。とは言っても、国家公務員試験と就職は別だから。徹底的に人脈を調べて、コネの効きそうな先輩と何とかコンタクトをとって、事前に仕入れたその人の情報で話題を膨らませて、落とす。今時の大学生の常識みたいよ」
春木陽香は、その良し悪しは別にして、学生たちの準備の良さに感心して驚いていた。
「へえー。私、そんなこと、考えたことも無かったですけど……」
「あんたがボーっとしてるのよ。社会人入学が基本となった新学生制度でも受験はある訳じゃない。結局、昔の受験対策入試と同じなのよ。ここいらの大学に来る学生はその癖が抜けてないわけ。就職活動の時も徹底的に情報を集めて、分析して、攻略法を編み出す。そんなことに長けた子たちが、あの門を通過して国家の中枢に行くの。ああ、恐ろしい」
朱塗りの門を指差した勇一松の横で、春木陽香は首を傾げながら呟くように言った。
「まあ、みんながみんな、そうだとは限りませんけど……」
勇一松頼斗は首に掛けていたカメラを肩に掛け直しながら、春木に言った。
「そうね。でも、そんな対策のために蓄積された卒業生情報が全国の学生の間で出回っているのは確かよ。ここの大学だけじゃないわ」
「ふーん……」
口を尖らせたまま手に持ったMBCを見つめている春木に、勇一松頼斗が言った。
「何よ、せっかく手に入れてあげたのに、嬉しくないわけ」
「いえ、嬉しいです。すっごく。喫茶店かどこかに入りませんか。これ、中を見てみたいので」
「そうね。じゃあ、御徒町駅の傍にね、安くて美味しい海鮮丼の専門店があるのよ。そこでお昼にしましょうか。アメ横のすぐ近くだから、まだやってると思うけど」
「あめよこ……アメヤ横丁ですか! 行く行く、行きまーす!」
ピンと挙手をして答えた春木に、勇一松頼斗が胸を張って言った。
「よーし。じゃあ、ちょっと遠いけど、歩くわよ。途中に湯島天神もあるから。さあ、姉ちゃん、付いてきな」
普段と違う男らしい太い声を出して見得を切った勇一松頼斗の隣で、春木陽香も掌で鼻を拭う仕草をしながら言った。
「あいよ、旦那。がってんだ。――湯島天神、湯島天神……」
目をキラキラと輝かせた春木陽香は、勇一松と一緒に朱塗りの門をくぐっていった。
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