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第1部
2038年4月14日(水) 3
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春木陽香は、ウェアフォンを耳の下の顎骨に当てながら、古びた低層のビルの玄関を背にして階段を下りていた。
地方法務局の支局ビルで高橋の自宅だった土地と建物の不動産登記情報を閲覧した春木陽香は、登記係のフロアから出るとすぐに上司の山野に電話した。合皮の分厚い鞄を肩に掛けた彼女は法務局前の駐車場を速足で歩きながら、電話の向こうの山野に説明している。
「――はい。――ええ。それで、その建物の閉鎖登記情報の全部事項証明書を取得してみたんです。まず、建物の所有者名義は、以前は高橋諒一となっていました。それが、その後、諒一さんの妻、千保さんに贈与されています。登記原因日付、つまり実体上の贈与契約が成立した日付は、二〇二七年の九月十六日。高橋博士がタイムトラベルした第一実験実施日の前日となっています。登記申請の受付年月日は九月三十日。そして、同月二十七日の『取毀』を登記原因として、同じく三十日付けで閉鎖の登記がされています。――ですね、おそらく、司法書士と土地家屋調査士の双方の資格取得者が連件で代理申請しているはずです。それで、土地の登記情報の全部事項証明書も取ってみました。そしたら、やはり建物と同じく、二〇二七年の九月十六日を登記原因日付として、高橋諒一から高橋千保に贈与されたことが登記されていました。ですが、驚いたのはその次です」
春木陽香は立ち止まった。そして、少し興奮気味に報告を続けた。
「同月二十七日、実際に登記が実施されてから一週間後に千保さんから第三者に売却されているんです。売買契約の相手方、つまり買主は、なんと、ニューラル・ネットワーク・ジャパン株式会社。――そうです、NNJ社です」
春木陽香はウェアフォンを持ち変えると、反対の顎骨に当てて、山野に言った。
「土地の贈与と売買の登記は、どちらの受付年月日も九月三十日。たぶん、同じ司法書士でしょう。つまり、すべての登記が九月三十日にいっぺんに連件で申請されています。それと、土地はその半年後に、NNJ社から地元の不動産業者に売却されています」
春木陽香はコクコクと何度も頷いた後、再び歩き始めた。
「――ですね。おそらく、近隣住民に金品をばら撒いていたのはNNJ社の社員なのではないでしょうか。この不動産登記もNNJ社が手配した可能性が高いと思いませんか」
法務局の敷地から道路に出て狭い車道の脇を歩いていた春木陽香は、再度肩に鞄を掛け直して報告を続けた。
「――要するに、高橋諒一博士が第一実験で過去に旅立った直後に、NNJ社が親族の引越しと不動産処分の手配をして、近所に口止め料とも取れるほどの高額な金員をばら撒いている。司時空庁の前長官時吉総一郎にハニートラップを仕掛けたのもNNJ社である可能性が高い。これって偶然でしょうか」
角を曲がった春木陽香は少し広い道に出た。そこの歩道の上を歩きながら、彼女は通話を続けた。
「はい。私、これから地元の司法書士を当たってみようと思います。それと、土地を購入した不動産業者にも会いに行ってみます」
少し歩いた後、歩道の上で春木陽香は立ち止まった。山野との通話を続けながら、彼女は再び首をコクコクと縦に振る。
「――はあ……なるほど。分かりました。やってみます。――はい。じゃあ、また後で電話します。失礼します」
ウェアフォンを仕舞った春木陽香は、周囲の看板や標識を見回しながら先へと歩いていった。
地方法務局の支局ビルで高橋の自宅だった土地と建物の不動産登記情報を閲覧した春木陽香は、登記係のフロアから出るとすぐに上司の山野に電話した。合皮の分厚い鞄を肩に掛けた彼女は法務局前の駐車場を速足で歩きながら、電話の向こうの山野に説明している。
「――はい。――ええ。それで、その建物の閉鎖登記情報の全部事項証明書を取得してみたんです。まず、建物の所有者名義は、以前は高橋諒一となっていました。それが、その後、諒一さんの妻、千保さんに贈与されています。登記原因日付、つまり実体上の贈与契約が成立した日付は、二〇二七年の九月十六日。高橋博士がタイムトラベルした第一実験実施日の前日となっています。登記申請の受付年月日は九月三十日。そして、同月二十七日の『取毀』を登記原因として、同じく三十日付けで閉鎖の登記がされています。――ですね、おそらく、司法書士と土地家屋調査士の双方の資格取得者が連件で代理申請しているはずです。それで、土地の登記情報の全部事項証明書も取ってみました。そしたら、やはり建物と同じく、二〇二七年の九月十六日を登記原因日付として、高橋諒一から高橋千保に贈与されたことが登記されていました。ですが、驚いたのはその次です」
春木陽香は立ち止まった。そして、少し興奮気味に報告を続けた。
「同月二十七日、実際に登記が実施されてから一週間後に千保さんから第三者に売却されているんです。売買契約の相手方、つまり買主は、なんと、ニューラル・ネットワーク・ジャパン株式会社。――そうです、NNJ社です」
春木陽香はウェアフォンを持ち変えると、反対の顎骨に当てて、山野に言った。
「土地の贈与と売買の登記は、どちらの受付年月日も九月三十日。たぶん、同じ司法書士でしょう。つまり、すべての登記が九月三十日にいっぺんに連件で申請されています。それと、土地はその半年後に、NNJ社から地元の不動産業者に売却されています」
春木陽香はコクコクと何度も頷いた後、再び歩き始めた。
「――ですね。おそらく、近隣住民に金品をばら撒いていたのはNNJ社の社員なのではないでしょうか。この不動産登記もNNJ社が手配した可能性が高いと思いませんか」
法務局の敷地から道路に出て狭い車道の脇を歩いていた春木陽香は、再度肩に鞄を掛け直して報告を続けた。
「――要するに、高橋諒一博士が第一実験で過去に旅立った直後に、NNJ社が親族の引越しと不動産処分の手配をして、近所に口止め料とも取れるほどの高額な金員をばら撒いている。司時空庁の前長官時吉総一郎にハニートラップを仕掛けたのもNNJ社である可能性が高い。これって偶然でしょうか」
角を曲がった春木陽香は少し広い道に出た。そこの歩道の上を歩きながら、彼女は通話を続けた。
「はい。私、これから地元の司法書士を当たってみようと思います。それと、土地を購入した不動産業者にも会いに行ってみます」
少し歩いた後、歩道の上で春木陽香は立ち止まった。山野との通話を続けながら、彼女は再び首をコクコクと縦に振る。
「――はあ……なるほど。分かりました。やってみます。――はい。じゃあ、また後で電話します。失礼します」
ウェアフォンを仕舞った春木陽香は、周囲の看板や標識を見回しながら先へと歩いていった。
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