名探偵桃太郎の春夏秋冬

淀川 大

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俺と推理と迷いと春と

第11話だ  じっくり考えてみるぞ

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 どれくらい時が経っただろうか。向こう側の警察署の隣の横道の角に建っている「まんぷく亭」から、陽子さんの同級生の鳥丸玲子さんがエプロン姿で出てきた。何か、チラシのような物を重ねて手に持っている。

 玲子さんの後から、調理着姿の玲子さんの御主人も出てきた。店の横に回り、ポケットから取り出した小さな箱から白い棒を出して、口に挿む。煙草だ。

 どうやら、午前中の仕込み作業が終わって、休憩らしい。ポケットに箱を戻すと、今度はもっと小さな箱を取り出した。マッチだ! 御主人はマッチ棒を取り出して、それを……ああ!

 前にトラックが停まりやがった。邪魔だ。大事なところが見えん。

 俺は喫茶店の前まで移動した。「まんぷく亭」は、大通りを挟んで、ちょうど喫茶店の向かい側だ。

 ああ、もう煙草に火を点けた後だ。煙をプカプカと口から吐いている。重要な部分を見落としてしまった。

 俺が停止している車列の先に目をやると、鳥丸玲子さんがコンビニの前の横断歩道を渡ってこちら側に歩いてきていた。地方銀行の前に着き、こちらに歩いてくる。本屋と雑居ビルの前を通り過ぎ、土佐山田薬局の前も通り過ぎて、赤いレンガ敷きの横道には入らずに、そのまま信用金庫に入っていった。

 ははーん、なるほど。そういうことか。「ほっかり弁当」がお休みになったから、自分の所のお弁当を売り込みに行ったんだな。玲子さんが手に持っていたチラシは、お弁当のメニューか何かに違いない。鳥丸さんの「まんぷく亭」は、あっちの地方銀行の方にお弁当を入れている。これを機に、こっちの信用金庫まで販路を拡大するつもりだな。同級生の不幸に乗じて。そういう計画だったのか。

 俺は横を向いて、喫茶店の中を覗いてみた。相変わらず客は入っていない。だが、おじさんは忙しそうだ。きっと、信用金庫の職員さんたちが食べに来ると見込んで、多めに仕込みをしているのだろう。

 俺は信用金庫の前まで移動し、色ガラスの大窓から中を覗いてみた。鳥丸玲子さんがカウンターの向こうの職員たちにペコペコと頭を下げている。売り込みも大変だな。

 俺は少し息を吐いて、赤いレンガ敷きの通りに戻った。トボトボと歩き、シャッターが閉まった「ホッカリ弁当」の前にいく。陽子さんがシャッターに張り紙をしていた。休業のお詫びの張り紙だ。その横で高瀬生花店のおばちゃんが話している。

 陽子さん、そのおばちゃんは眉を八字に垂らして、さも心配しているような顔で話しているが、信用ならないぞ。気を付けろ。

 俺はそう言ってやろうと、二人に近寄った。高瀬公子さんは俺に気付きもせず、少し興奮気味な声で夢中になって話していた。

「そうなのよ。ホントに腹が立つわ。あれ、絶対にわざとよ。一日で済む工事の日当を二日分請求して、倍儲けようって魂胆なのよ。わざとらしい」

 陽子さんは顔を曇らせている。

「まあ、業者さんの不注意で二日かかるってことでしょうから、高瀬さんが支払う必要はないですよね。当初の見積もりどおりの金額を支払うのが、筋ですよね」

「でしょ。それなのに、二日分を支払ってくれって言うのよ。承諾しないと、修正の工事はしないって言うの」

「それはヒドイですね。ほとんど恐喝じゃないですか。一度、警察の方に相談に行かれたらどうですか」

「無理よ。民事だからって、聞いてもらえないわ。まったく、真面目な人だと思っていたから信用して、ウチも工事を頼んだのに、あんな恥ずかしい看板をいつまで付けておくつもりなのかしら。本来なら、ウチが慰謝料を貰いたいくらいよ。ここは商店街だし、ウチのお客は、裏のお寺のお墓や納骨堂にお参りに来た人たちがほとんどでしょ。これじゃ、お客さんや亡くなった方々を馬鹿にしているみたいで、本当に申し訳なくて……」

「そうですよね。書き間違えたのなら、さっさと付け替えてくれればいいのに。ヒドイ業者ですわね」

「そうなのよ。しかも、ここは通学路でしょ。子供たちがウチの看板を見てゲラゲラと笑うのよね。これじゃあ、ちゃんとしたのに付け替えても、きっと子供たちにからかわれて、笑われてしまうわ。このままじゃ、店のイメージが悪くなるじゃない。なのに主人は、あの業者が子供たちからのウケを狙って、わざとボケたんじゃないかって言ってるのよ。しかも、センスがいいとか。なんかイラッてきて、何のん気な事言ってるのよって、喧嘩よ。ウチの人にも、別な意味で頭が痛いわ、ホントに」

「大丈夫ですよ。皆、高瀬さんの生花店の事は昔から知っていますし、それに、子供は何でも面白がるものじゃないですか。そんなに気にされなくても。ウチの美歩にも言っておきますから。それにしても、お互い災難ですわね」

「そうねえ。お宅も大変だったわねえ……」

 俺は高瀬生花店まで走った。

 高瀬邦夫さんが店先でバケツの切花に水を撒いている。俺は上を見上げた。鉄パイプで足場が組まれた二階の窓の下に、新しい看板が取り付けられている。

 屋号を「フラワーショップ高瀬」に替えるって言ってたな。おかしいぞ。看板が「ウフフーショップ高シ」になっている。いや、俺にはそう見える。「ウフフー」ってなんだ? 「フラワー」だろ。「ウ」と「ラ」の点の位置が入れ替わっているじゃないか。「ワ」もちゃんと書け。全体的に字が雑だぞ! 

 しかも「高瀬」さんの「瀬」が途中まで書かれたまま作業が止まっているから、「シ」に見える。これじゃあ、なんか変なものを高額で売っている、いかがわしい店みたいじゃないか。高瀬さんの店はそんな店じゃないぞ。花屋さんだ。どうして、こんな間違いをしたんだ、工事業者! 

 俺は邦夫さんが気の毒になって、暫く彼の背中を見ていた。水を撒き終わったようなので、邦夫さんが水道の蛇口を閉め忘れていないか確認した。閉め忘れていなかった。

 安心した俺は、そのまま観音寺へと向かった。本堂の前の板張りの階段の上に腰を下ろし、イチョウの木を眺めながら暫らく考えてみる。

 高瀬さんご夫妻は、やっぱりいい人だった。土佐山田さんご夫妻もだ。ここの大内住職も立派な人だ。隣の阿南萌奈美さんも、悪い人じゃなさそうだ。だが、あの金のネックレスの男は悪い奴だ。あいつは、何とかしないとな。

 俺は暫らくそこに座って、いろいろと考えた。



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