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第13話

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 シェリーはいつものように、授業が終わると友人たちにあいさつしてから、すぐに教室を出た。

 学園の門にむかって少し足をはやめて歩く。授業が終わって間もないためか、まだ他の生徒たちはまばらだった。

「カヴァデール伯爵令嬢」
 門が見えてきたとき、ふいに呼びかけられた。

 聞き覚えのある声に、シェリーは勢いよく振り返ると、そこには息を切らしたユーリアンが立っていた。

「良かった。今日は間に合いました」

 久しぶりに見たその優しい微笑みに、シェリーはあいさつするのも忘れてつぶやいた。
「クレスウェル侯爵子息……」

「突然申し訳ありません。あなたにお話ししたいことがあって、連日教室をたずねていたのですが、お会いできず……今日は門の方にむかったらようやくお会いできました」

 少し恥ずかしそうに言うユーリアンに、シェリーは胸の鼓動が激しくなったが、表情だけは取りつくろってたずねる。
「私にお話ですか?」

「ええ、お伝えしたいことが……ここは人目につきますから移動しましょう」

 ユーリアンは木々が茂っていて人気ひとけのない方へ歩き出し、シェリーはあとに続く。
 彼のゆったりとした歩調には、シェリーへの気遣いが感じられた。先日見かけた、王太子と共に颯爽と歩いていた姿とは別人のようだった。

 ユーリアンは木陰で立ち止まると、振りむいてシェリーに言った。

「お久しぶりですね」

「はい。ご無沙汰しております」

 シェリーもずいぶん長いあいだユーリアンに会っていなかったように感じていた。

 ユーリアンはシェリーにむかって、にこっと笑いかけ、シェリーはその懐かしく感じる笑顔に見入ってしまった。

「あれから、元婚約者にひどいことをされたりしませんでしたか?」

「大丈夫です。一度出くわしてしまいましたが、友人たちがかばってくれました」

 それを聞くとユーリアンは目をふせてつぶやいた。
「そうですか……それなら良かった」

 彼はシェリーを見て、真剣な表情で告げる。
「実は、お伝えしたいのは、ハーパー侯爵家にまつわることなのです。カヴァデール伯爵令嬢はハーパー侯爵家のマーティン殿とご面識はありますか?」

 シェリーはユーリアンの口からハーパー侯爵家の話が出て驚いたが、顔には出さずに答えた。
「ええ。パーティーでご一緒したり、ハーパー侯爵家を訪問した時などにお世話になりました」

 ハーパー侯爵家の長男マーティンは、ハーパー侯爵の亡くなった先妻の息子である。
 シェリーはその先妻に似ているらしい。

 マーティンは母親似の銀髪であり、シェリーと同様に幼いころに母親を亡くしている。
 共通点がある彼にシェリーは親近感を抱いたが、マーティンの方もそうだったのか、よくシェリーを気にかけてくれた。

 パーティーでは、エスコートを放棄したデューイのかわりにシェリーの相手をしてくれた。
 ハーパー侯爵夫人とのお茶会のあと、過度の緊張により、体調不良になってふらふらと歩くシェリーを見かけて、客間に案内して休ませてくれたこともあった。

 そういえば、シェリーは最近彼を見かけていない。
 ——マーティン様に何かあったのだろうか?

 不思議に思って、ユーリアンをじっと見つめると、彼は目をそらした。口もとに拳を当ててコホンと咳払いしてから話し始めた。

「マーティン殿は先月倒れて、現在は領地で静養しているようです」

「えっ! 何かお病気なのでしょうか?」

 シェリーは驚いた。どうりで見かけなかったわけである。

「私が知る限りでは、原因不明のようです。半年くらい前から体調を崩すことが多かったらしいですね。現在は症状が落ち着いて、だいぶ良くなっているようです」

「そうですか……良かった」
 シェリーは安堵して胸を押さえた。

 ふと疑問を感じてユーリアンにたずねる。
「クレスウェル侯爵子息はなぜそんなにハーパー侯爵家の事情にお詳しいのですか?」

 ユーリアンは穏やかな微笑みを浮かべて言った。

「たまたま耳に挟みまして。王太子殿下のおそばに置いていただいているので、自然と様々な情報が入ってくるのですよ」

「そうでしたか」

 シェリーはその答えに納得して、さすが王太子殿下の周辺はすごいものだと感心した。

「カヴァデール伯爵令嬢はハーパー侯爵家と今たいへんな状況ですから、お知らせしておこうと思いまして」

 ユーリアンは表情を曇らせると続けて言った。
「……以前からあやしい噂が聞こえてきました。ハーパー侯爵夫人とマーティン殿は折り合いが悪く、夫人は長男のマーティン殿を廃して、血のつながった息子のデューイ殿を跡取りにしたがっていると……」

 シェリーはその噂に驚きはなかった。
 マーティンとシェリーは、ハーパー侯爵夫人に嫌われている者同士という共通点もあったのだ。夫人の目がない場所でたがいに励ましあったこともある。

 シェリーはデューイとの結婚は本当に嫌だったが、唯一の良い点はマーティンが義理の兄になることだと思ってさえいたのだ。

「申し訳ありません。余計なことまで言ってしまいましたね」

 シェリーがしばらく黙っているのを誤解したのか、ユーリアンがすまなそうに言った。
 その様子はふわふわした毛並みの犬が耳をたれてうなだれている姿を連想させて、シェリーは思わず笑いそうになるのをこらえて言った。

「いえ、情報をありがとうございます。父にも伝えて相談したいと思います。マーティン様がそのような状態になっていたなんて……快方にむかっているようですが、お見舞いにも行けず心苦しいです」

「……マーティン殿とは親しいのですか?」

「いえ! 兄のような存在というだけで……」

 シェリーは思わず言ってしまってから、我に返った。
 ——なぜ私はあわてて否定しているの……?

「……マーティン様にはお世話になりましたから」
 言い直してみたが、シェリーは恥ずかしさのあまり消えてしまいたくなった。

 ユーリアンはシェリーの失態を気にしていないようで、柔らかく微笑んでいる。

 シェリーは話題をそらすことにした。
「生徒会のみなさんは、お変わりないでしょうか?」

「ええ。みんな元気ですよ。特にイングリス公爵令嬢はいつも通り元気すぎるくらいです。ただ、カヴァデール伯爵令嬢を心配されていました」

 ロザリンドのいつも元気な姿を思い浮かべると、シェリーは楽しい気分になった。
「はやく問題を解決して生徒会のみなさんにお会いしたいです」

 シェリーは心からそう思った。ユーリアンはシェリーに優しく応じる。
「カヴァデール伯爵令嬢が戻られる日をお待ちしています」
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