聖女への供物

たなまき

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 アンナと別れると、次期聖女の受け入れ準備を進めるために教会本部にある自室へ向かった。仕事机に座ると助手のアランが茶を入れてくれる。気が利くなと感心して礼を言った。

「ああ、ありがとう」

「聖女様のお見送りをしてきたのですか? 今頃パレードは大盛況でしょうね。いいなぁ、仕事がなかったら自分も見物に行きたいものです」

 そういえばアランはパトリシアのファンだった。名残惜しそうな彼の様子に苦笑して言う。

「それなら、教会の高層階へ行って眺めればいい」

「それだと豆粒くらいの大きさだから意味ないですよ」

「ははっ、それもそうだな」

「それにしても聖女パトリシア様はきれいだし、優しいし、本当に完璧な聖女様でしたよね。ずっとあの方が聖女だったらいいのに……」

「そうもいかんだろう。なにしろ王太子妃になられるのだから」

「まあ、そうですよね。ところで司教様はもう次の聖女様に会われたんですか?」

「いや、まだだよ。遠目にすこし見たくらいだ」

「きっと次の聖女様もおきれいな方なんでしょうね」

 私は思わず笑ってしまった。

「アランよ、君は教会の人間だろう? 一般人みたいなことを言うな」

「一般人みたいなこと、ですか?」

「聖女の条件に容姿の良さは関係ないだろう」

「あれ、そうなんですか? 毎度きれいな人だから、てっきり関係あると思ってました」

 内心やれやれと思う。教会の人間でもそう思っているのだから、国民が勘違いするのも無理はない。

「皆そう思って、容姿に自信のある者しか応募してこないんだ」

「なるほど、そういうことですか」


 聖女の選抜は大仕事だ。
 一年をかけて試験と面接を何度もおこない、身分を問わず十五歳から十八歳の少女の中から、たったひとりを選び出す。

 聖女は国民からの人気が非常に高い、憧れの存在である。訪問先には人々が押し寄せ、手を振るだけで大歓声があがる。巷では聖女の姿絵がたくさん描かれ、人気の画家のものは高値がつく。代々の聖女の絵姿をコレクションしている者も多い。歴代聖女ランキングや、聖女伝なる書物も存在し、よく売れるようだ。一部の下品な書物では聖女の身長、体重、腹回りのサイズなども推測で書かれていて、発見されては教会から発禁処分を受けている。

 当然、聖女になりたい少女たちは多い。平民にも門戸が開かれているため、大きな街には聖女になるための教室も存在している。特に元聖女による教室は入門の競争率が高いらしい。そこでは、ライバルの貴族の令嬢に遅れを取らないように、かなり厳しいマナーのレッスンや、教養を身につけるための指導がおこなわれているようだ。

 歴代の聖女にはそういった過酷な特訓を乗り越えた平民出身の者もいる。ほとんどが娘の教育に金をかけられる大商人の娘たちだ。そのような平民の娘は少数で、やはり大多数は貴族家出身の娘たちが占めている。

 聖女パトリシアは公爵令嬢だったが、もちろん縁故ではない。厳正な試験の結果選ばれた聖女だ。

 しかし、本当に公平ならもっと貧しい家庭出身の聖女もいるはずであるから、現実には金をかけた試験対策が有効なのはまぎれもない事実だろう。
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