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第4章 乙女ゲーム編
満身創痍
しおりを挟むはっと気が付いたら部屋が薄暗くなっていました。
私は今まで何をしていたのでしょう? まだぼうっとする頭を振ってソファーから立ち上がろうとします。
ですが、体中が重くてふらついてしまいました。
「アメリア、無理をするな」
抱きとめられて、そこで殿下がすぐ近くにいらっしゃった事に気が付きます。
顔を合わせると、とても心配そうな表情で私を見つめていらっしゃいました。
確かに調子はかなり悪いです。ここまで調子が悪いのは幼い頃寝込んだ時以来かもしれません。
「すみません、ありがとうございます」
何とかそれだけ口にしますが、何か重要な事を忘れてしまっているような……そんな気がします。
一体何を忘れているのでしょうか?
いえ、それ以前に今日私は何をしていたのでしょう?
記憶が霞がかってちゃんと思い出せません。
体のダルさから再びソファーに座りなおしたのですが、そもそもいつソファーに座ったのかも分かりませんでした。
「今日は何があったのでしょうか?」
隣に座った殿下にそう尋ねると、目を見開いて驚きを露わにされました。
「今日の記憶がないのかい?」
私にそう尋ねる殿下の声は震え、私が想像するより遥かに動揺なさっていらっしゃるのが分かります。
それに私も動揺してしまいます。
きっと普通なら忘れられないような出来事があったのでしょう。
だというのに、どうしても思い出せない。
なんとか首を縦には振りましたが、殿下は右手で口を多い考え込んでしまいました。
私もどうしたらよいのか分からなくて、そのまま固まってしまいます。
「殿下、フランソワーヌ様の熱がやはり下がりません……お二人ともどうされたのですか?」
ラクサスの声に弾かれたようにそちらに振り向きました。
心配そうな表情のラクサスがこちらに歩み寄ってきます。
「ラクサス、私達の話は後だ。フランソワーヌ嬢はやはり医者に見せるべきだと思う。どんなに本人が反対していようとな」
すっと立ち上がりラクサスと話した殿下ですが、すぐに私の方へと振り返りました。
「……いや、こちらを後回しにも出来ないな」
殿下は困り果てた様子でそう呟かれます。
私としましてもどうしてよいか分かりませんが、それでもフランソワーヌ様が熱を出していると聞いてしまった以上それを見過ごす事なんか出来ません。
「いえ、先ずはフランソワーヌ様です。私も参りますわ」
重たい体に鞭を打ち立ち上がります。
殿下が酷く心配そうな様子で手を差し出されましたが、その手を取る事が出来ませんでした。
ここで甘えてしまっては、二度と自分では立ち上がれなくなってしまうような、そんな予感を覚えたからです。
「殿下、本当にダメな時はその手を取らせていただきます。ですが、今はまだ頑張りたいんです」
「……そうか、分かった」
殿下は何か言いたそうにしていらっしゃったのですが、ぐっと飲みこまれたようです。
それが本当に良かったのか悪かったのか。とても苦しそうな表情の殿下を見ていると、判断を間違えたような気がしてなりません。
やっぱりその手を取るべきだったのでしょうか?
「お姉様、フランソワーヌ様はこちらです」
重苦しい空気の中、ラクサスが私にそう言います。
きっと気遣っての事でしょう、私も殿下も固まってしまっていましたからね。
ラクサスのお陰で動き出す事が出来ました。
そうです、こうやって固まっている場合ではないじゃないですか! フランソワーヌ様が熱を出しているだなんて、心配です。
それでも気持ちだけがはやり、足は思ったように進んでくれません。
流石に倒れたりするほどではありませんけど、ふらつきそうになっている自覚すらあります。
これでは手を差し伸べたくなるというものです。変な意地を張らずに殿下の手を取るべきでした。
自分の取ってしまった行動に落ち込むものの、時間は元には戻せません。後悔先に立たずですね。
「フランソワーヌ様」
なんとかベッドの横までたどり着き、横になっていらっしゃるフランソワーヌ様に声を掛けます。
返事はありませんでした。
いえ、出来る状態ではありません。顔を真っ青にし汗をかき、呻き声すら上げていらっしゃいます。
想像よりも遥かに苦しそうで、ただただ心配になりました。
「お医者様にはお見せになったのですか?」
殿下とラクサスに聞けば、お二人とも揃って首を横に振られました。
かぁっと頭に血が上りますが、上手く言葉に出来ず口をパクパクさせてしまいます。
「フランソワーヌ様が拒絶された為、呼ぶ事が出来ませんでした」
「ああ、呼べば呪い殺すとでも言わんばかりだったな。それに、その気持ちも分からなくもない」
無念そうに口になさるお二人を見て、お二人が心配していない訳がないと気付く事が出来ました。
いえ、そんな事すぐに分かりそうなのに早とちりをして怒るだなんて、いくら体調不良だといっても許される事ではありません。
今度は自分自身に腹を立ちますが、感情を昂らせている場合ではありません。何とか落ち着くためにも一度深く深呼吸をしました。
深呼吸したお陰か少し気持ちが静まります。
と、疑問が浮かんできたのでそのまま口にする事にしました。
「気持ちも分からなくもないとはどういう事でしょう?」
「学園中がおかしな事になっているんだよ。本当に通常では考えられないような事ばかり起こっていて、それは教師達だって例外ではない。そんな普段と違う者の治療を受けたくないと思うのは、自然な事だと私も思う」
「拒絶された後で考えて私も気付いたのですが、それでも激しい拒否の仕方でした。あそこまでの拒絶をされてしまうと、流石に学園に在住する保険医に見せるのは躊躇してしまったのです。勿論外部の医者の手配は終わっていますが、手続きなどでどうしても明日以降になってしまいます」
殿下とラクサスの説明に、よほど嫌がられたのだと思います。
実際見ていませんから分かりませんが、今私が想像している以上に拒否反応を示されたのかもしれません。
となれば、無理矢理見せようとして暴れられてしまったりなど考えると、迂闊な事は確かに出来ませんね。
それに、学園中が異常事態になっているのならば、その最中にいる人にフランソワーヌ様を預けるのは私も心配だと感じます。
それでも、ここまで苦しそうにしているのに何も出来ないのは辛いですね。
「お姉様?」
と、フランソワーヌ様が私を呼ばれました。
振り返ると私の方を見て手を差し出していらっしゃいます。
私は慌ててその手を取りました。
「ああ良かった、お姉様は無事ですね。ごめんなさい、頑張ったんですけど私には無理でした。ごめんなさい、ごめんなさい」
フランソワーヌ様は言いながら泣き出し、謝る事をやめません。
何を謝られているのか分かりませんが、そもそも謝る必要がないです。
「フランソワーヌ様。謝る必要なんてないですよ。頑張ってくださって、本当にありがとうございます」
弱々しく握った手を強く握り返し、私はそう言いました。
それに対し、フランソワーヌ様はゆるゆると首を横に振ります。
「違うのですお姉様。私は、私はこの力に対抗出来た筈なんです。もっと上手く立ち回る事も出来た筈なんです。でも、自分の力を過信してしまいました。こうして自分だけを守るのは今でも出来ますけど、それ以上が出来ると思ったのが間違いでした。ごめんなさいお姉様」
苦しそうなのにフランソワーヌ様は喋るのをやめませんでした。
あまりにも必死なご様子に止める事も出来ず、私はただ黙って聞きます。
フランソワーヌ様がその瞳から特殊なお力をお持ちなのは知っていましたが、きっとその力をずっと使っていらっしゃったのでしょう。
ですが、相手は大精霊だけでも持て余すでしょうに、更に別の存在までいるみたいです。
あくまでもただの人であるフランソワーヌ様がこうなってしまうのも無理もありません。
それでも、何故こんなになってしまうまで無理をしたのかと責める事は出来ません。
だって、もし私が同じような力があればフランソワーヌ様のように倒れるまで無茶をした事でしょう。
気持ちは痛いほど分かります。だからといって心配でたまらないのもまた事実です。
「フランソワーヌ様。どうかあまり無茶をなさらないで下さい。私は心配でたまりません。それに、私なんて何も出来ていません。ご自身を卑下なさらないで下さい」
フランソワーヌ様に心のままに言葉を掛けました。
それでもフランソワーヌ様は私の声が聞こえたのか聞こえていないのか、うわ言のように謝るのを止めて下さいません。
どうしたらいいのでしょう? 私はなんて無力なんでしょうか。
ただただ苦しむのを見ている事しか出来ない現状に、無力感に包まれます。
負けませんとか言ったって、実際何をしてよいのかすら分かっていないんです。
どうすればよいのかも分かりませんし、本当にどうしたらいいのでしょうか。
「お姉様、泣かないで下さい」
心配そうにフランソワーヌ様がおっしゃいました。
それで初めて私は泣いているのだと気付きます。
「あ、あれっ。泣いている場合ではありませんのに。すみません、フランソワーヌ様」
そう言いますが、涙が次から次へと溢れてきます。
両手の袖はあっという間に涙に濡れてしまいました。
寝込んでいる人にまで心配されて、これではいけないというのに。
と、背後から誰かに抱きしめられました。
「フランソワーヌ嬢もだが、アメリア嬢も無理をしすぎだ。二人とも私達を頼ってくれないかい? これでは私もラクサスも立つ瀬がないよ」
困ったような殿下の声に、私を抱きしめたのは殿下だと分かります。
それが凄く安心できて、私は体を預けました。
「そうですよ、お二人とも。今は個人が無茶をする場合ではなく、皆で助け合うべきです。ですが、今はお二人は回復する事に専念してください」
言い聞かせるように、そしてお願いするようにラクサスが私とフランソワーヌ様に言いました。
確かに私もフランソワーヌ様も自分だけが頑張ろうとしすぎていたのかもしれません。
十分皆様を頼っていたつもりでしたが、寝込んでいるフランソワーヌ様と体がダルくなってしまっている私の現状を考えると、十分ではなかったと言うべきでしょうね。
そこまで考えたところで、眠気に襲われます。
「そうだ、今は休むんだ」
目も開ける事が出来ずにいたら、最後に殿下の声が遠くに聞こえました。
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