上 下
264 / 312

町に帰ってきたが……!

しおりを挟む

 ヴァージニアとマシューは無事に転移魔法テレポートで牧場から脱出した。
 だがそのまま南ノ森町に帰ったのではなく、最初は牧場の敷地外に着地し体勢を整えてから、町を取り囲む森に転移魔法テレポートし身を隠した。

「ジニーの考えた通り、知らない人が町をウロウロしているよ」

 二人は常緑樹に登って町を見下ろしていた。
 と言っても距離と高さがありヴァージニアの視力では町の中の人の顔が判別出来ないため、視力強化をしているマシューが見ている。

「あの人達はマスコミなのかな? それとも悪い奴なのかな? 」

 マシューは口調が変わるチョーカーを外したので普段と同じ話し方だ。
 ついでに彼は眼鏡も外した。
 なお、声は周囲に漏れないようにマシューが魔法をかけた。

「……両方かもね」

 ヴァージニアはこの後どうしたらいいのか分からない。
 キャサリンと合流すべきなのは分かる。
 合流しないにしろ連絡を取った方がいいのは確かだが、まだキャサリンから連絡が来ていない。

(私から連絡してもいいのかな? )

 キャサリンがこの状況を把握していないはずがない。
 何かの対応をしていると推測出来るので、連絡したら迷惑だろう。

「僕達はこのまま木の上で過ごさないといけないのかな? すぐそこに家があるのにさ」
「うーん、家もバレちゃったかもなぁ……」

 小さな町なのですでに見つかっているだろう。
 そもそも何故ここにマシューが暮らしているとバレてしまったのか。
 憶測でしかないが、今回の事件では謎の少年がマシューだと証言した人は町民やギルド員にはいないだろう。
 だが、彼らが事件より前にマシューについて話していたらどうか。
 とても優秀な子どもがいると聞いていて、謎の少年と結びつけた可能性はないだろうか。

(だけど、いくら凄い子がいるからって、こんな大騒動になるかな。誰かが煽ってるとか? )

 凄い子がいると煽って何がしたいのか。
 その子を表舞台に出してどうしたいのか。

「全然分からん」
「うん。これからどうしたらいいのか分かんないね。別の町に行った方がいいのかな? ジニーは何処かいい場所知ってる? 」
「え、そうだなぁ……。ないかなぁ」

 ヴァージニアは何処かの町に行っても歩き回らないので、さっぱり分からない。

「ねぇ、……ジニーがここに来る前に暮らしていた場所ってどこ? 」
「ここよりかは王都に近いかな」

 ヴァージニアは出来ればあの場所に帰りたくない。

「じゃあ人がいっぱいいて駄目かぁ」

 ヴァージニアはあの場所が過疎地でも行きたくない。

「別の国に行くってのはどうかな? そこなら僕のことを報道してないと思う」
「マシューのパスポートはないんだよ」

 良い案だがマシューには国内でしか使えない身分証しかない。
 仮にパスポートがあっても現在マシューは女装中なので、別室に移動させられる可能性がある。

「なら密入国しよう! 」

 出来なくはないが、それこそバレたらただじゃ済まない。
 罰せられるし今とは別の注目を浴びてしまう。

「駄目だからね」
「えー、ジニーと僕が最初に会ってここに来るまで色んな国を通過したよね」

 そう、言葉が通じない所にも行った。

「あれは緊急事態だったからさ」
「今も緊急事態だよ」

 その通りである。

「まぁそうなんだけど、行くとしたら何処に行くの? 」
「狼人さん達の国に行こうよ。知り合いがいるんだしさ。そうだ、ブラシを売りに来たって言えばいいんだよ」

 マシューは知り合いがいるというが、現在ヴァネッサ達はこの国にいるのでいないに等しい。

「この格好じゃ凍え死んじゃうよ。もうそこら中が真っ白なんだから」
「僕の魔法があれば大丈夫だよ」
「使えなくなったらどうするの」

 マシューが魔法が使えなくなったら、普通よりちょっと身体能力が高いだけの子になってしまう。
 いや普通ではなく超美形な子どもだった。

「そっかぁ。んむむ……」

 マシューは腕を組み、さらに目を閉じ口をへの字にして悩んでいる。

「ぐぅううう」
「ん? 」

 ヴァージニアはマシューが唸っているのかと思ったが、音は顔からではなくもっと下から聞こえて来た。

「お腹空いた」
「携行食ならあるよ」

 もう昼食の時間は過ぎているのでマシューは腹ペコなのだろう。
 ヴァージニアは鞄から携行食を探し当てて、二人は口の水分を奪われながら食べた。
 食べている間もマシューは町を見下ろしていた。

「変な人達はまだいるよ。飽きないんだね」
「私達が木の上にいるって気付かれた様子もない? 」
「前にジェイコブがやった魔法をしてみたし、この森に誰か行ったら分かるようにしているから大丈夫だよ」

 マシューが言うジェイコブがやった魔法とは、ジェーンが入院した時に報道陣から逃れるために使用した魔法だろう。

(確か見えにくくするとか、そんな感じの魔法だったよね。その魔法があれば平気なんだろうけど、ずっとこのままいる訳にはいかないしなぁ)

 日が暮れたらマスコミや悪い奴は帰るのだろうか。
 帰ったふりをして油断させるのではないだろうか。

「ジニー、今は平気だけどトイレってどうしたらいいかな? 」
「どうしようかねぇ」

 ヴァージニアはいざとなったら体内から尿や便を何処かに転移魔法テレポートさせようと思っている。
 しかしやったことがないので最終手段である。

「やっぱり別の場所に行こうよ。キャサリンさんの別荘とかさ」
「勝手に行って怒られるのヤダよ」
「え、こんな時に怒るほどキャサリンさんって心狭いの? 」
「またそんなこと言って。人にはそれぞれ事情があるんだよ。あ、通信機が鳴ってる。……キャサリンさんからだ」

 マシューは地獄耳だと呟いて怯えている。
 怯えるなら言わなきゃいいのにとヴァージニアは思った。

「私よ。今、マシューが何か良くないことを言っていたような気がするのだけど? 」
「ひぇっ」

 マシューの顔は真っ青だ。

「まあいいわ。あなた達、今何処にいるの? 」
「町の周りの森の中です」
「そう、ならそのままそこで隠れててちょうだい」

 ヴァージニアが分かったと言う前にマシューが割り込んだ。

「キャサリンさんの別荘に行っちゃ駄目? 」
「見張られているから駄目よ。どうやらいつも私が厄介事を処理しているから、組織に目を付けられたみたいね」
「組織というと、合成獣とかの……」
「ええ。後は魔導列車の暴走とか制御装置の爆破とか色々やらかしてくれてるわよ。で、そいつらは私とあなた達に交友関係があると疑っているようね。確定してはないからかまだ乗り込んで来てないけど」

 キャサリンのことなので、マシューに魔法を教えたり一緒に魔獣討伐をしたのを上手く隠しているのだろう。

「なら行かない方がいいですね。ではジェーンさんと接触すべきでしょうか」

 マシューは町中でジェーンを見つけていない。
 ヴァージニアは町中に不審者がいるのにジェーンが巡回しないのが不思議だった。

「彼女はそこから少し離れた場所に出現した魔獣の討伐を任されたの。きっとわざとよね、これ」
「組織の息がかかった人が国の上の方にいるってことですね」
「そう、ジェーンに指示を出せるだけの権力を持った人がね。どうせ組織に何かしらの理由で言いくるめられた馬鹿な貴族の仕業でしょう」

 キャサリンは本当に嫌そうにため息を吐いた。
 ヴァージニアも小さく息を吐いたそのすぐ後に、マシューが前のめりになり大きな声を出した。

「ジニー! ジェーンさんにちょっと似たオーラの人が来た! 」
「ええ? 誰? 」

 オーラが似ているならジェーンの血縁者だろう。
 それなら病院で見たのではないか。

「お見舞いに来てない人! 強そう! 」

 マシューが鼻息が荒くなるほど興奮するのなら相当の実力者だろう。

「待ちなさい。ジェーンの子ども達には戦闘能力はないわよ。体の頑丈さは受け継いだみたいだけどね」
「ジェーンさんと同じ血は流れているけど、ジェーンさんの血は流れてないよ」
「ん……もしかして女の人? 」

 ヴァージニアには一人心当たりがある。

「そうだよ。ジニー、見えるの? 」
「見えてないけど会ったことがある人かも」
「一体誰よ」
「海軍に所属しているレオナさんです」

 豪華客船の事故の時に出会った人だ。
 あの時ヴァージニアとマシューは別行動だったので、彼はレオナを見ていない。

「ああ彼女……。ちょっと調べるから待ってね…………ええ、確かに彼女が乗ってた船は帰港してるわ。一昨日から休暇のようね。きっと町の守備が手薄になるから頼んだんでしょう」

 現在ジェーンの他にギルド長らとジェイコブも町にいない。
 マリリンはいるが彼女は彼らほどの実力はない。
 厨房のおじさんもそうだ。

「私の部下達か一族の者を送りたいんだけど、目を付けられているから出来ないのよ」
「僕がいるから大丈夫だよ」

 後は校長もだ。
 ジェイコブが言うには彼も腕が立つそうだ。

「さっきも言ったけど、奴らがわざと魔獣を放したらどうするつもりよ」

 ジェーンをこの町から遠ざけたのはそうするためかもしれない。

「マシューをおびき出すために魔獣を、ですか? 」
「ええ。きっと国中探してて見つからないから、町の近辺に潜伏していると考えているんでしょうね。いい? 何があっても動かないのよ」

 経験豊富なキャサリンの考えなので、言いつけを守るべきだろう。
 相手がどの程度の力を持っているのか不明なので尚更だ。

「ここからこっそりやるのは駄目? 」

 こっそりやっても魔力を辿ったら居場所を突き止められるに決まっている。

「何もしないの。分かった? 」
「はい……」

 通信は切られた。
 マシューは何か起きても見守ることしか出来ないと聞いてしょんぼりしている。

「何か起きると決まったわけじゃないんだから、そんなに気を落とさないで」
「キャサリンさんが言うんだし、なんだか嫌な感じが漂ってるから何かあるよ」

 マシューの予感は当たるのか否か。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。
ファンタジー
※第12回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました!  勇者に裏切られ、剣士ディックは魔王軍に捕まった。  勇者パーティで劣悪な環境にて酷使された挙句、勇者の保身のために切り捨てられたのだ。  そんな彼の前に現れたのは、亡き母に瓜二つの魔王四天王、炎を操るサキュバス、シラヌイだった。  ディックは母親から深い愛情を受けて育った男である。彼にとって母親は全てであり、一目見た時からシラヌイに母親の影を重ねていた。  シラヌイは愛情を知らないサキュバスである。落ちこぼれ淫魔だった彼女は、死に物狂いの努力によって四天王になったが、反動で自分を傷つける事でしか存在を示せなくなっていた。  スカウトを受け魔王軍に入ったディックは、シラヌイの副官として働く事に。  魔王軍は人間関係良好、福利厚生の整ったホワイトであり、ディックは暖かく迎えられた。  そんな中で彼に支えられ、少しずつ愛情を知るシラヌイ。やがて2人は種族を超えた恋人同士になる。  ただ、一つ問題があるとすれば……  サキュバスなのに、シラヌイは手を触れただけでも狼狽える、ウブな恋愛初心者である事だった。  連載状況 【第一部】いちゃいちゃラブコメ編 完結 【第二部】結ばれる恋人編 完結 【第三部】二人の休息編 完結 【第四部】愛のエルフと力のドラゴン編 完結 【第五部】魔女の監獄編 完結 【第六部】最終章 完結

かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる

竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。 ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする. モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする. その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ
ファンタジー
四十一世紀の地球。殆どの地球人が遺伝子操作で超人的な能力を有する。 日本地区で科学者として生きるヒジリ(19)は転送装置の事故でアンドロイドのウメボシと共にとある未開惑星に飛ばされてしまった。 そこはファンタジー世界そのままの星で、魔法が存在していた。 魔法の存在を感知できず見ることも出来ないヒジリではあったが、パワードスーツやアンドロイドの力のお陰で圧倒的な力を惑星の住人に見せつける!

処理中です...