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町に帰ってきたが……!
しおりを挟むヴァージニアとマシューは無事に転移魔法で牧場から脱出した。
だがそのまま南ノ森町に帰ったのではなく、最初は牧場の敷地外に着地し体勢を整えてから、町を取り囲む森に転移魔法し身を隠した。
「ジニーの考えた通り、知らない人が町をウロウロしているよ」
二人は常緑樹に登って町を見下ろしていた。
と言っても距離と高さがありヴァージニアの視力では町の中の人の顔が判別出来ないため、視力強化をしているマシューが見ている。
「あの人達はマスコミなのかな? それとも悪い奴なのかな? 」
マシューは口調が変わるチョーカーを外したので普段と同じ話し方だ。
ついでに彼は眼鏡も外した。
なお、声は周囲に漏れないようにマシューが魔法をかけた。
「……両方かもね」
ヴァージニアはこの後どうしたらいいのか分からない。
キャサリンと合流すべきなのは分かる。
合流しないにしろ連絡を取った方がいいのは確かだが、まだキャサリンから連絡が来ていない。
(私から連絡してもいいのかな? )
キャサリンがこの状況を把握していないはずがない。
何かの対応をしていると推測出来るので、連絡したら迷惑だろう。
「僕達はこのまま木の上で過ごさないといけないのかな? すぐそこに家があるのにさ」
「うーん、家もバレちゃったかもなぁ……」
小さな町なのですでに見つかっているだろう。
そもそも何故ここにマシューが暮らしているとバレてしまったのか。
憶測でしかないが、今回の事件では謎の少年がマシューだと証言した人は町民やギルド員にはいないだろう。
だが、彼らが事件より前にマシューについて話していたらどうか。
とても優秀な子どもがいると聞いていて、謎の少年と結びつけた可能性はないだろうか。
(だけど、いくら凄い子がいるからって、こんな大騒動になるかな。誰かが煽ってるとか? )
凄い子がいると煽って何がしたいのか。
その子を表舞台に出してどうしたいのか。
「全然分からん」
「うん。これからどうしたらいいのか分かんないね。別の町に行った方がいいのかな? ジニーは何処かいい場所知ってる? 」
「え、そうだなぁ……。ないかなぁ」
ヴァージニアは何処かの町に行っても歩き回らないので、さっぱり分からない。
「ねぇ、……ジニーがここに来る前に暮らしていた場所ってどこ? 」
「ここよりかは王都に近いかな」
ヴァージニアは出来ればあの場所に帰りたくない。
「じゃあ人がいっぱいいて駄目かぁ」
ヴァージニアはあの場所が過疎地でも行きたくない。
「別の国に行くってのはどうかな? そこなら僕のことを報道してないと思う」
「マシューのパスポートはないんだよ」
良い案だがマシューには国内でしか使えない身分証しかない。
仮にパスポートがあっても現在マシューは女装中なので、別室に移動させられる可能性がある。
「なら密入国しよう! 」
出来なくはないが、それこそバレたらただじゃ済まない。
罰せられるし今とは別の注目を浴びてしまう。
「駄目だからね」
「えー、ジニーと僕が最初に会ってここに来るまで色んな国を通過したよね」
そう、言葉が通じない所にも行った。
「あれは緊急事態だったからさ」
「今も緊急事態だよ」
その通りである。
「まぁそうなんだけど、行くとしたら何処に行くの? 」
「狼人さん達の国に行こうよ。知り合いがいるんだしさ。そうだ、ブラシを売りに来たって言えばいいんだよ」
マシューは知り合いがいるというが、現在ヴァネッサ達はこの国にいるのでいないに等しい。
「この格好じゃ凍え死んじゃうよ。もうそこら中が真っ白なんだから」
「僕の魔法があれば大丈夫だよ」
「使えなくなったらどうするの」
マシューが魔法が使えなくなったら、普通よりちょっと身体能力が高いだけの子になってしまう。
いや普通ではなく超美形な子どもだった。
「そっかぁ。んむむ……」
マシューは腕を組み、さらに目を閉じ口をへの字にして悩んでいる。
「ぐぅううう」
「ん? 」
ヴァージニアはマシューが唸っているのかと思ったが、音は顔からではなくもっと下から聞こえて来た。
「お腹空いた」
「携行食ならあるよ」
もう昼食の時間は過ぎているのでマシューは腹ペコなのだろう。
ヴァージニアは鞄から携行食を探し当てて、二人は口の水分を奪われながら食べた。
食べている間もマシューは町を見下ろしていた。
「変な人達はまだいるよ。飽きないんだね」
「私達が木の上にいるって気付かれた様子もない? 」
「前にジェイコブがやった魔法をしてみたし、この森に誰か行ったら分かるようにしているから大丈夫だよ」
マシューが言うジェイコブがやった魔法とは、ジェーンが入院した時に報道陣から逃れるために使用した魔法だろう。
(確か見えにくくするとか、そんな感じの魔法だったよね。その魔法があれば平気なんだろうけど、ずっとこのままいる訳にはいかないしなぁ)
日が暮れたらマスコミや悪い奴は帰るのだろうか。
帰ったふりをして油断させるのではないだろうか。
「ジニー、今は平気だけどトイレってどうしたらいいかな? 」
「どうしようかねぇ」
ヴァージニアはいざとなったら体内から尿や便を何処かに転移魔法させようと思っている。
しかしやったことがないので最終手段である。
「やっぱり別の場所に行こうよ。キャサリンさんの別荘とかさ」
「勝手に行って怒られるのヤダよ」
「え、こんな時に怒るほどキャサリンさんって心狭いの? 」
「またそんなこと言って。人にはそれぞれ事情があるんだよ。あ、通信機が鳴ってる。……キャサリンさんからだ」
マシューは地獄耳だと呟いて怯えている。
怯えるなら言わなきゃいいのにとヴァージニアは思った。
「私よ。今、マシューが何か良くないことを言っていたような気がするのだけど? 」
「ひぇっ」
マシューの顔は真っ青だ。
「まあいいわ。あなた達、今何処にいるの? 」
「町の周りの森の中です」
「そう、ならそのままそこで隠れててちょうだい」
ヴァージニアが分かったと言う前にマシューが割り込んだ。
「キャサリンさんの別荘に行っちゃ駄目? 」
「見張られているから駄目よ。どうやらいつも私が厄介事を処理しているから、組織に目を付けられたみたいね」
「組織というと、合成獣とかの……」
「ええ。後は魔導列車の暴走とか制御装置の爆破とか色々やらかしてくれてるわよ。で、そいつらは私とあなた達に交友関係があると疑っているようね。確定してはないからかまだ乗り込んで来てないけど」
キャサリンのことなので、マシューに魔法を教えたり一緒に魔獣討伐をしたのを上手く隠しているのだろう。
「なら行かない方がいいですね。ではジェーンさんと接触すべきでしょうか」
マシューは町中でジェーンを見つけていない。
ヴァージニアは町中に不審者がいるのにジェーンが巡回しないのが不思議だった。
「彼女はそこから少し離れた場所に出現した魔獣の討伐を任されたの。きっとわざとよね、これ」
「組織の息がかかった人が国の上の方にいるってことですね」
「そう、ジェーンに指示を出せるだけの権力を持った人がね。どうせ組織に何かしらの理由で言いくるめられた馬鹿な貴族の仕業でしょう」
キャサリンは本当に嫌そうにため息を吐いた。
ヴァージニアも小さく息を吐いたそのすぐ後に、マシューが前のめりになり大きな声を出した。
「ジニー! ジェーンさんにちょっと似たオーラの人が来た! 」
「ええ? 誰? 」
オーラが似ているならジェーンの血縁者だろう。
それなら病院で見たのではないか。
「お見舞いに来てない人! 強そう! 」
マシューが鼻息が荒くなるほど興奮するのなら相当の実力者だろう。
「待ちなさい。ジェーンの子ども達には戦闘能力はないわよ。体の頑丈さは受け継いだみたいだけどね」
「ジェーンさんと同じ血は流れているけど、ジェーンさんの血は流れてないよ」
「ん……もしかして女の人? 」
ヴァージニアには一人心当たりがある。
「そうだよ。ジニー、見えるの? 」
「見えてないけど会ったことがある人かも」
「一体誰よ」
「海軍に所属しているレオナさんです」
豪華客船の事故の時に出会った人だ。
あの時ヴァージニアとマシューは別行動だったので、彼はレオナを見ていない。
「ああ彼女……。ちょっと調べるから待ってね…………ええ、確かに彼女が乗ってた船は帰港してるわ。一昨日から休暇のようね。きっと町の守備が手薄になるから頼んだんでしょう」
現在ジェーンの他にギルド長らとジェイコブも町にいない。
マリリンはいるが彼女は彼らほどの実力はない。
厨房のおじさんもそうだ。
「私の部下達か一族の者を送りたいんだけど、目を付けられているから出来ないのよ」
「僕がいるから大丈夫だよ」
後は校長もだ。
ジェイコブが言うには彼も腕が立つそうだ。
「さっきも言ったけど、奴らがわざと魔獣を放したらどうするつもりよ」
ジェーンをこの町から遠ざけたのはそうするためかもしれない。
「マシューをおびき出すために魔獣を、ですか? 」
「ええ。きっと国中探してて見つからないから、町の近辺に潜伏していると考えているんでしょうね。いい? 何があっても動かないのよ」
経験豊富なキャサリンの考えなので、言いつけを守るべきだろう。
相手がどの程度の力を持っているのか不明なので尚更だ。
「ここからこっそりやるのは駄目? 」
こっそりやっても魔力を辿ったら居場所を突き止められるに決まっている。
「何もしないの。分かった? 」
「はい……」
通信は切られた。
マシューは何か起きても見守ることしか出来ないと聞いてしょんぼりしている。
「何か起きると決まったわけじゃないんだから、そんなに気を落とさないで」
「キャサリンさんが言うんだし、なんだか嫌な感じが漂ってるから何かあるよ」
マシューの予感は当たるのか否か。
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