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信用していい人は誰?!

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「ヴァージニアどうしたの?大丈夫?」

 エミリーがヴァージニアの深刻そうな顔に気付いて話しかけてきた。

「え?あの……床が染みにならないといいなって思いまして」

 ヴァージニアは先ほどマシューがブドウを落下させたところを指さして誤魔化した。

「気になるのなら私が魔法で綺麗にしようか?」
「いえ、大丈夫そうなので……」
「そう?あ、そうだ、これ見て!作ってみたの」

 エミリーが見せてきたのは巷で話題のマリトッツォとやらだ。
 パンに生クリームが挟まっており、彼女達が買ってきたフルーツが生クリームに埋まっている。

「美味しそうですね」
「はっ!そのパン!」

 ヴァージニアがマリトッツォを受け取ろうとしたらマシューが大きな声を上げた。
 食べたいのだろうかと思ったが、彼の口から出た言葉は違った。

「コロッケを挟む用のパン……」

 マシューの顔色は一気に悪くなっていった。
 エミリーはマリトッツォを作るのにマシューのコロッケパン用のパンを使用したのだ。

「え?そうだったの?」
「ごめんね、マシュー君」
「美味けりゃいいだろう。ほら食え」

 ケヴィンは先ほどのようにマシューの口元に運び、マシューはマリトッツォを一口かぶりついた。

(あれ、私のは?)

 今マシューが食べたものしかないので、ヴァージニアの分はなくなった。
 そんなことは気にもせずにマシューはもぐもぐと咀嚼し飲み込んだ。

「美味しい!」
「よかったねぇ」



 その後、四人は帰って行った。
 ヴァージニアとマシューの夕飯は彼らが買ってきた総菜の残りを食べた。

「今日は色んなものを食べたね!」

 マシューはご機嫌なようで、頬を赤くしてにっこりと笑顔だ。
 ヴァージニアにブドウを渡してきた時とは大分違う。

「どれも美味しかったね」

 マシューは散々クレープを食べたのに、夕飯もきちんと食べている。
 対するヴァージニアは胃もたれしているので、いつもより少量だ。

「報酬はいくら貰えるのかな?沢山貰ったらどんなコロッケを買おうかな?」
「美味しいのが見つかるといいね」

 マシューはにこにことしているが、ヴァージニアは揚げ物を想像しただけで気分が悪くなった。

「お店出す時の参考にしなくちゃ!」
「頑張ってね」

 マシューは本当に沢山買って食べ比べをするつもりのようだ。
 ヴァージニアはさらに気分が悪くなっていった。

(コロッケを想像するだけで胃が重たくなる……)

 ヴァージニアは揚げ物を考えるのをやめて、夕食に集中することにした。



 ヴァージニアが風呂から出ると、マシューはまだ起きていた。
 今日は普段と違う事をして疲れているはずなのに、何故だろうとヴァージニアは思った。
 いつもは身体強化の魔法を使って生活しているので余計に疲れているはずだ。

「マシュー、まだ起きてたんだね」

 マシューはちょこんとお行儀良くダイニングテーブルの席に着いている。

「うん」

 マシューが起きている時は勉強したり本を読んだりしているのだが、今日は彼の目の前に何も置いていない。
 ただ何もせずに座っていたのだろうか。
 そんなはずないだろう。

「どうしたの?何かしてたの?」

 寝ずにいたのだから、ヴァージニアを待っていたのだろう。

「あのね、ジニー。僕ね、やってみたんだ。手に属性をくっつけるやつ」
「……出来たんでしょう?水じゃなくて、炎でやったのかな?」
「うん。なんで分かったの?」

 理由は簡単で、室内の気温が上がっていたからだ。
 いくら風呂上がりだからといってもこれほど熱く感じるのはおかしい。
 ヴァージニアはこうマシューに説明した。

「それにマシューのことなら何をするのか何となく分かるよ」
「お見通しなんだね。ねぇジニー、……出来ない方がよかったよね」

 マシューはしょんぼりと背中を丸めている。
 彼の表情も眉毛がハの字になり元気がない。

「そんな事ないよ。出来る事が多い方がいいんだよ」

 マシューはなんだって魔法で出来てしまうはずだ。
 そしてどんな魔法だって出来るはずだ。

「だって目立っちゃいけないんでしょう?ジニーと一緒にいられなくなっちゃうんでしょう?僕そんなのヤダよ」
「マシュー……」

 それなのにヴァージニアがマシューの行動を制限したせいで彼にストレスを与えてしまっている。
 これ以上の行動制限は彼に更なる負担がかかるに違いない。

「学園都市で毎日お洒落なおやつが食べられたって、ジニーと一緒じゃなきゃ美味しくないよ」

 ヴァージニアはマシューは優秀な指導者に師事すべきだと思っていた。
 しかし彼女は生活費を稼がないといけないので彼にはついていけない。
 学園都市の家賃は今とは比べものにならないくらい高い、全てにおいて高い。
 人の能力も高いので、ヴァージニアの仕事は学園都市にはない。
 なのでマシューと離れて暮らすしかない、彼女はこんな風に考えていた。

「ごめんね、マシュー。私が変なこと言ったせいで……苦しかったよね。本当にごめんね」
「ジニーは僕のために言ってくれたんでしょう?ジニーは悪くないよ」

 ヴァージニアはただ情けなくて情けなくて仕方なかった。
 まだ小さなマシューに気を遣わせてしまっている。

「違うよマシュー。私はマシューを守らないといけないのに、その力がないせいでマシューに我慢ばかりさせて……。それなのに守っているつもりになってるとても嫌な奴なんだよ」

 全てヴァージニアの自己満足だ。

「違うよ。ジニーは僕を置いていってもよかったのに、誰かに預けてもよかったのに、この家に連れてきてくれたでしょう?僕、とっても嬉しかったんだ」
「けど、それだけでしょう……?」

 ヴァージニアは最低限の衣食住を与えているだけだ。
 立派な家ではないし、食事も衣服も豪華ではない。
 最低限に毛が生えたぐらいだろう。

「それだけでいいの!」

 マシューは椅子から降りてヴァージニアに抱きついてきた。

「ぐずっ」
「マシュー……」

 ヴァージニアはマシューの背中を撫でた。

「ぼぐ、ジニーどいっじょにいる。ずっどいっじょにいるっ」

 ずっととはどれくらいだろう、とヴァージニアは思ったがマシューのずっとはずっとなのだろう。

「ジニーといっじょなら、平気!なんでも平気!」
「マシューは我慢ばかりするのは辛くないの?」

 ヴァージニアが尋ねるとマシューは鼻をすすって、彼女から離れた。
 彼は目と鼻が真っ赤になっていた。

「ジニーがいてくれない方が悲しいよ。魔法はバレなきゃいいんでしょう?こっそり使えばいいんだよ」
「けどね、誰かに習わないと正しく覚えられないよ。間違えて覚えたり使ったりしたら危険なんだよ」

 マシューは魔力が多いので余計に危険だ。
 魔法が暴発したら一溜まりもない。
 マシューの命だけでなく、彼の周囲も破壊し尽くされるだろう。

「本に聞けばいいよ。本には色んなことが書いてあるから、誰かに教えてもらわなくても魔法を覚えられるよ」
「そうだけど……」

 正直言うと、誰に習ったらいいのか分からない。
 まず、味方になってくれる、マシューの力や境遇を悪用しない人を探さねばならない。
 そんな都合の良い人はいるのだろうか。

(体術はジェーンさんに習えばいいかな?でも規格外の人だからなぁ。魔法はエミリーさんかな?)

 普段の人となりを少し知っているが、本当にこの人達を信用していいのか。
 勇者や魔王と聞いて目の色を変えないか。
 もちろん内緒にしておくつもりだが、勘付かれる可能性も十分にある。

(勉強については校長先生にもう一度聞いてみようかな?通信教育で本当にいいのかな?)

 学校に通ったらマシューは魔力や容姿でかなり目立つ。
 ならば家で勉強する通信教育の方がいい。

(校長先生も信用していいのかな?けどジェイコブの伯父さんだし……。え、ジェイコブも信用していいのかな?ああ、どうしよう。皆が怪しく思えてしまう……)

 本当ならヴァージニアが教えたいが、基礎や初歩的な事しか知らない。
 一般的な魔力量の人ならこの程度でいいが、魔力が多い人はさらに上の勉強をするのが推奨されている。
 何らかの理由で魔力をコントロール出来なくなるかもしれないからだ。
 その際に魔力を制御する方法をやるのだが、ヴァージニアはどんなことをするのか知らない。

(危険なことなんだから、皆に教えてくれればいいのに……って無理か。わざと暴走させようとする悪人がいるだろうからね)

 上の学校では魔力操作や魔法の発動時に禁止されている事も習うそうなので、これを悪用してしまえば暴発が簡単に起こせる。
 流石に禁術は教えられていないので甚大な被害にはならないだろうが、人々を危険晒す行為は十分に実行可能だ。
 ヴァージニアがこのように悩みに悩んでいたら、マシューの声がした。

「ジニー!明日は魔法の本を借りに図書館に行こう!」

 ヴァージニアはマシューの声にハッとした。

「とうめいに会いに牧場に行かなくていいの?」
「じゃあ会いに行ってから図書館に行く!」

 明日の予定が決定した。


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