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同窓会+部長=?

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楠さんの名前で、小ぎれいなダイニングバーが予約されていた。僕と松本が先に到着した。
「トイレ行ってくる。ビール頼んどいて」
「ああ、わかった」
そう言って松本はすぐに席を立った。
僕はビールを二つ注文すると、何となくスマホを取り出してメッセージを開いた。キキョウからまた連絡が来ている。
”アオイさんの部屋なのにアオイさんががいないとなんだか不思議な感じがします。今から久しぶりにピザを作って食べます♪無事だから安心してね。おやすみー”
”こっちは今から同期と飲みです。仕事部屋以外は好きに使ってもらっていいから。映画の続きも先に見てていいよ。じゃあおやすみ”
松本が戻ってきた。
「お、ひっちゃんまた彼女に連絡?マメだな~」
「そんなんじゃないよ」
スマホの画面を消すと同時にビールが運ばれてきた。
「先に飲んじゃおうぜ。長旅お疲れさん!」
グラスを合わせると意外と明るい音がした。松本が震えたスマホに驚いて画面を開く。
「あ、ユリからだ。へ?結局部長遅れてくんの?ユリだけ来るってさ」
「まあしょうがないよ。部長が定時上がりなんて無理だよな」
「上がってった専務に捕まってたりしてな」
「ありうる」
そうだ、楠さんが来る前に。
「まっつん、話の続き。楠さんに付き合おうって言わないのか?」
ビールを噴き出しそうになりながら松本がうろたえた。
「何で?!」
「だって、今フリーなんだろ?楠さん」
「そんな今さら、取ってつけたみたいに言えるかよ」
「でもさ、お見合いでもされたら、楠さん美人だからすぐに取られちゃうぞ」
「そんなのわかってるよ!」
社内の人間関係を軽く右に左にいなしながら渡り歩くことのできる松本が、どうして楠さんをさらっと誘えないのか不思議でならない。
「まっつんと楠さん、お似合いだと思うけどな……」
「そう言ってくれるのはお前だけだよ~!」

そんなやりとりをしていると、ヒールが鳴る音がした。
「あ、ユリが来たな」
松本は入り口を背にしているから見えないはずなのに、楠さんが来たのがわかったようだった。
「まさかまっつん靴音でわかるのか?」
「わかるよ、ガツガツひどい音がす……」
「何?ガツガツって?」
楠さんが松本の肩を持って顔を覗き込んだ。
「お!待ってたぞ~ユリ!部長は遅くなるんだろ?」
涼しい顔で松本は話しかける。こういう感じでサラッと言えばいいのに。
僕は半分になったビールを多めに流し込んだ。楠さんは僕と松本の間の席に座った。
「櫃木くーん、ほんと久しぶりね」
「お先してます」
席に着くまでに注文していたのか、楠さんにすぐに飲み物が来た。
「で、何の話してたの?」
ワザとまとまらないようにパツんと切ってあるような毛先を揺らして楠さんが尋ねる。
「あー?ひっちゃんの彼女の話」
ヤバイ、やり返された。
「一緒に住んでるんでしょ?松本から聞いたよー?」
誰にも言わないって言ったくせに!僕は松本をジト目で見た。
「ユリにしか言ってないから!」
「信じられないなー」
「大丈夫よ。ペラペラ喋るなって釘刺しといたから」


料理も出てきて、2杯目のビールが空になるころ。
「――で、彼女とは結婚するの?」
「や、そういうんじゃ……っていうか彼女でもないし」
「はあ??」
二人で同時に言われた。
「事情があって、一緒に住んでるだけの人」
「事情って?」
「それは勘弁して。相手の事情いうことになるから」
「だけど、同居人ってしんどくない?自分の生活空間に他人がいるんだろ?」
松本がカルパッチョを頬張りながら言う。
「あー、別にそれは思ったこと無いかな」
「え?ひっちゃんが??お前、新人研修の時だって死にそうな顔してたくせに!どうしたんだ、って訊いたら人が耐えられないって言ったの俺は忘れてないぞー?」
「いまだに苦手だよ、会社も」
「なのに、櫃木くん、その人は平気なんだね」
「うん」
「結婚はそういう人の方が向いてるって言うけどね~。結婚は生活だから」
楠さんは白ワインを飲んでいる。
「いやまず好きかどうかだろ」
松本がそんな事を言う。
「好きだけで結婚して失敗してる友達見てるとねえ……お見合いでもしようかしら」
「え、お見合い⁈ユリはそういうの向いてないだろ」
「向き不向きとか無いでしょ」
松本が驚いて目を白黒させている。二人がわいわい言っていると出口部長がやってきた。
「待たせたなー!おっ、またハナミズコンビが喧嘩してるのか?」
「そのハナミズっていうの汚いから止めてください」
「もう定着しちゃったもんなー、部長のせいで」
松本と楠さんは出口部長の下、同じ部署になった時からいつの間にか部長から”ハナミズコンビ”と呼ばれるようになっていた。楠さんの名前がユリで花の名前、松本はハヤミという名前で水という漢字がつくからだった。花と水でハナミズ。もうちょっと良い名づけ方は無かったのかと思うが、少なくとも部内や同期には定着してしまった。
「ハナミズキだったら綺麗だったのにねー」
「……じゃあお前らの子供の名前をミズキとかって名前にすればいいじゃないか。あ、すみません、ビールを」
出口部長は澄ました顔をして爆弾を落とした。
「はあっ?!」
松本は青ざめ、楠さんは赤くなり、僕は金色に光るビールを少し噴き出した。
「ちょ、ひっちゃん!」
「わ!すみません、びっくりしちゃって」
慌ててナプキンでテーブルを拭いた。
「そ、それより、ここに来る時僕たち専務にお会いしたんですけど」
「ああ」
「専務から櫃木に声掛けられててびっくりしましたよ!」
「おー、覚えてらしたか」
「……はい、お会いしたのは数年前なのに、恐縮です」
「悪い事じゃないさ」
そう言って部長はビールを飲み、笑った。


それから僕は他部署の様子や人の噂話も含めて様々な話を聞いた。
会社って楽しいけれど、これを毎日はしんどいな。他人の動向を気にして話を進めるとかは到底できない。どれだけ松本が僕の代わりにやってくれていることが多いのかを知った。やはり僕は管理職には向いていない。現場の人間だな、と思う。それでも会社勤めに向いていない僕に居場所があること自体がありがたい。
出口部長は遅く来て早く帰ってしまった。
「まっつん、ありがとな。在宅勤務をいいことに俺は頼ってばかりだ。俺とまっつんの役職変えてほしいよ。楠さんも、抜けや落ちをいつも抑えてくれてありがとう」
「何言ってんだよ、俺はひっちゃんみたいに専門的な事をまとめ上げるスキルは無いし、やっぱりメールでも一言言ったらチームが締まるからさ、お前で間違ってないんだよ」
「そうよ、リーダーが櫃木くんで皆異論はないよ?あと少し頑張ろうね!」
年度いっぱいでこのプロジェクトも解散だ。
「2年間ありがとうな」
「また3人で一緒にやるかもよ?」
じゃあまた明日、と松本と楠さんは帰っていった。




朝礼が終わると、早速出口部長との評価面接だ。
ノックし、挨拶をして部屋に入る。
「おう、じゃあ始めようか」
評価の用紙を出され、簡単に説明があった。この2年間のプロジェクトリーダーとしてはきちんと努力を評価されていると思う。
「在宅での勤務で、ここまで頑張ってくれるとは思わなった。櫃木君のおかげで、情報の共有が具体化されたし、そこからのミスの発見とリカバリも早くなり問題が発生した時のダメージが減った。君が思うよりも上も高く評価してる」
「ありがとうございます」
専務が言った、また近いうちに会おう、が気になる。
「あの、部長、昨日専務にご挨拶させて頂いた時に、また近いうちに会おう、と言われたんですが、意味を取りかねていまして」
「ああ、もう専務言っちゃったか。それなら単刀直入に言おう。新年度からは本社に戻ってこないか?」
「この度の僕の評価は、僕だけのものではありません。松本や楠さんがサポートしてくれたからできたことです」
「そうだよ。距離が離れていたってこれだけ仲間が支えてくれて、チームがまとまってるんだ。味方が少ない奴は管理職にはなれない。できないことを誰かにやってもらう任せる力ってのもお前は持っている」
「僕は、出世したいだなんて一度も……!」
「思った事無いんだろ?顔に書いてある。でもなあ、会社ってのは人事を最適化したいんだよ。金をかけて育てた社員に向いてない事をやらせて潰すのも馬鹿馬鹿しいって思ってる。少なくとも俺や専務はね」
じゃあどうして。僕は到底自分がこの大きな本社の中でやっていけるとは思わなかった。25歳の時にやっていけなくて辞めるつもりだったのに。
「今の仕事、嫌いじゃないだろ?」
「……はい」
「この2年でお前は自分が思うよりも成長したぞ?俺は少なくともお前が管理職として独り立ちするまで付き合うつもりだけど、どうだ?皆でやってみないか?」
キキョウの事が頭をよぎった。僕が本社に戻るということは、あの部屋を引き払い、引っ越しをするということだ。彼女にも仕事があり生活がある。キキョウと離れたくなければ、一緒に来てほしいと言うしかない。付き合っても無いのに?
来るわけがないじゃないか。
「……もし、今後も在宅勤務を希望するとしたら、どうなりますか?」
「――困ったな、それは想定してないぞ?」
出口部長は顎に手を当てて考えた。いや、考える振りをしたんだと思う。返答の想定をしていないわけがない。
「……ずっと今のままだ。と言えば聞こえはいいが、年下のお前よりも能力の低い奴が上司になるだけだ。今後のプロジェクトのな。お前の受け持ってる領域で後輩で任せられるのがいるか考えてみろ。我慢できるのか?」
「今から育てれば……」
「適性っていうのがあるんだよ。それに……」
言葉を切って、部長がじっと僕を見た。
「はい」
「櫃木、今年でいくつになる?」
「……二十九です」
「彼女いるんだろ?何年付き合ってるか知らないが、そろそろ決めてやれ」
松本が言ったに違いない。僕は彼の軽口を恨んだ。松本が年末に電話で聞いた声はキキョウのものだ。それを昨日松本には言ったが、部長は知らない。知らなくていいけれど。
「はあ……」
「一緒にいたら乗り越えられるかもしれないぞ?」
出口部長は四角い顔に四角い口でにっこりと笑った。
そう、キキョウが一緒なら頑張れるかもしれないと思う。でも何百キロも離れた場所に一緒に来てほしいというのはプロポーズと同じだ。到底無理だな、と思う。
「いつまでにお返事をすればいいでしょうか」
「そうだな、二月半ばまでには」
僕に与えられた猶予は、一か月と一週間だった。

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