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薔薇が散った後に
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三年入っている間に、俺はいつの間にか自動的に中堅幹部になっていた。
そうだろう、幹部の人らもやられて命を落とした人も少なくなく、下っ端はいくらでも入ってくる。
だが兵隊で且つ指揮をできるやつがいない。
それが俺の役割になった。
抗争を通じて実際に先頭に立って状況を整理してみると、無駄なことをやっている気がする。
この街でシノげればいい訳だから、酷く人員を消耗するやり方はおかしくは無いだろうか。だいたい、相手の組を潰したところで、一つの組になったら腐敗が早まるだけで結局はまた分裂するだろう。二つの組がバランスを取るのは悪い事ではないし、一般人に害が及ぶことは本意ではない。すでに長期に渡る抗争で街が荒れている。
俺は次第に組の方針に疑問を持ち始めた。
一年経ったところで俺は決めた。
他に適任者がいない。俺がこの組を統べる。頼りになると思っていた幹部連中も今となっては老害だ。このままでは消耗して共倒れになるだけなのが見えてきていた。
若手を中心に不満が募っている。
「ヤスアキさん、もうやってられないです。何のためにドンパチやってるんすか」
「長すぎますよ、俺十代からいるけどもう23ですよ。疲れてきました。やってる理由がわからないです」
そう、俺も30歳になった。
まだ若造だが、若者というには経験をいくらか積んだ。
一番マズいのは内部の分裂だ……。俺は丁寧に根回しし布石を打っていった。
組長殺害決行の日、俺はロゼに言った。
「お前が好きなワインを用意しておいてくれ。それと、いつものシャンパン」
「わかった。必ず帰って来てね」
何も言わなかったけれど、彼女は解っていた。
俺が”祝杯”をあげる準備をしておいてくれ、と言っていることと、それは危険を伴うものだということも。
「もちろん」
この日のキスを、俺はまだ昨日の事のように思い出せる。
計画は上手くいき、とうとう組長の頭に銃を突きつけた。
「ヤスアキ……お前の綺麗な”薔薇”がいつまでも美しく咲いているといいな」
「……最期が脅しだなんて、あなたらしくもない」
俺は引き金を引き、組長の頭を撃ち貫いた。
組長が、生温い脅しなんか言わない人間だったことを、俺はこの時すっかり忘れていた。
「ヤスアキ、お帰りなさい」
帰るとロゼは生きてそこにいた。
「シャンパン、冷えてるよ」
彼女がシャンパンを開けて持ってくる。
「あれ?お前の好きなワインは?まだ開けない?」
「ヤスアキが無事に帰ってきたら言おうと思ってたんだけど……」
「……それほんとか?」
「うん。病院にも行ったの。3か月だって。……きゃ、苦しいよヤスアキ」
「俺、もっと頑張るから。無事に産んでくれよ」
俺だけの大切な薔薇。俺が生きる理由。
こいつだけは何があっても守らなければ。
俺がトップになってからすぐに相手の組と交渉を始め、一旦休戦、お互いに実りのある方法でやっていこうという話がまとまった。
前組長の元でこれをやっていれば、ここまで拗れることは無かったのに。
ようやく落ち着いた毎日がやってきた。
少しロゼのお腹が目立ってきた頃。
別の場所に逃がさないと危ないな、と思っていた。
「もうそろそろ一旦実家に帰ってくれ。この街は危ない」
「でも仕事があるしね。ギリギリまで働きたいんだ」
「わかれよ。お前の事も子供も危険に晒したくないんだ。俺と一緒にいるなら、仕事辞めてくれないともう守れない」
「……そこまでなの?」
真面目に働きこつこつキャリアを積んできた彼女の仕事を辞めさせる。これは完全に俺の我が儘だという事は解っている。
でも、もう俺は一組員ではなく、組長になってしまった。
”組長の子供を孕んでいる女”である身重のロゼを狙う輩は必ずいる。
「……すまない。そこまでなんだよ。俺は組のトップだから、いつも命を狙われてる」
一番の右腕の若手幹部からこう言われている。
「お願いですから、一日も早くあの場所から越してください。あの場所じゃ手薄すぎます。一組員みたいに暮らしてもらったら困るんです、組長!」
その為に新しくビルを建てている。
「……少し、考えさせて」
「いや、もうお前はお腹に俺の子がいるから。選択肢はないんだ。お前の命が危ない」
ロゼは最近顎のラインにまで短く切った髪を揺らし俺を見た。
「ねえ、ヤスアキ、私たち出逢ってもう何年経つっけ」
「……十年」
ピザのデリバリーから出逢った俺たち。もうそんなに経つのか。自分で口に出してみて少し驚いた。
「こんな長い間私の事守ってくれてたんだよね。私何の心配もせずに普通に暮らせてた……。ありがとう」
ロゼは側に来て、俺の手を握って言った。
「私も覚悟するね。これからもヤスアキと一緒にいたいから」
その覚悟が間違いなく本気だったことを俺はすぐに知ることとなる。
前組長の忠実な部下が俺を裏切ったのは、ロゼがその言葉を言った後ひと月も経たない頃だった。
「ロゼを離せ……!」
「女に銃突きつけられたぐらいで動揺してる男に組長が務まるかよ?!俺の組長はあの人だけなんだよ!お前は許さねえ!」
ロゼを盾にしている男は笑いながら言った。
「俺たちはヤクザだ。戦って抗争してナンボなんだよ。お前みたいにヌルく上手にやってたって存在価値なんてないんだよ!」
周りには部下たちがいる。もちろん奴に銃を向けているが、ロゼがいるせいで撃てない。
「ヤスアキ!撃って!早く!!」
ロゼが高く叫んだ。
俺は組長として奴を消さなければいけない。
でもロゼは俺の全てだ。
「組長!」
部下に叫ばれ我に返った。奴はとっくに安全装置など外している。
もうすぐ奴はロゼを撃つ。
銃を持つ相手が指を動かす気配を感じ取る位に、俺は長い事抗争に身を投じていた。
奴だけを打ち抜くにはあまりにも奴とロゼとの距離が近い。完全に奴を殺すためには、ロゼも撃ち抜いてでも殺さないと無理だ。きっと俺が一発撃てば、部下たちも一斉に発射する。
選択肢は無かった。
「ロゼ、愛してる……」
俺は、命を懸けて守ると決めた女に向けて引き金を引いた。
もう、ロゼはいない。
どこにもいない。
だけど俺の女はロゼだけだ。
「……ロゼ」
そう呼ぶ女を見繕っては使い捨てる。
今の女は7番目。
出逢った頃のロゼに少しだけ似ている。おどおどしていてまだ何も知らないような。
親の借金を肩代わりさせるために高級店で身体を売らせている。
こういう精神的な枷があると逃げなくてちょうどいい。
ロゼにどうも男がいるらしいと報告があった。
だとしたらはしたないな。俺がいるのに。
男だけ消すか、男と一緒に消すか、今から考えようか。
目の前に転がっているピンク色の髪のベビーフェイスの学生に声を掛けた。
「やっとお目覚めか、僕ちゃん」
こいつは一度見た顔だ。
街中で部下に喧嘩を売ってきて転がっていた。前は銀髪だったな。
「……二度目は無いと言ったはずだがなあ……?」
「ここは……?あなたは誰なんですか……?」
唇がぷっくりとして可愛い顔をしているが、それでも男の子か。俺を睨む目に気合いが入ってるな。
「金髪のアイツに聞かなかったか?俺は片瀬ヤスアキだ」
「その人が、僕に何の用なんですか」
「俺の女に手を出してるらしいな」
「あなたの女なんか、知りませんよ」
「ロゼだ」
「そんな名前の子なんか知らない」
「さっき買っただろ」
「僕が知ってるのは、大学の友達の、リサだけです!」
乾いた唇が切れて血が滲んでいるのが見える。
リサ。
今のロゼはそんな名前だったか。
「ソラ君、かな?お前はリサを好きなのか?」
「好きだったら何だって言うんですか」
反抗期の子供みたいだな。
「でもな、あれは俺のものなんだ。今諦めるなら命は助けてやる」
「……あいつはリサです。7番目か何だか知らないけど、変な名前つけて遊んでんじゃねえよ……!」
どうやら事情をいくらか知っているらしいな。せっかく命は助けてやると言ったのに。
消すしかないか。
「お前、死にたいらしいな。残念だけど、俺の女を取って生きてた奴はいないんだ」
俺は立ち上がると、ソラの側に行き一発蹴りを食らわせた。
ウウッ、と唸った後、咳き込みながらそいつは言った。
「……俺の女……?リサの最初の男は僕だ……。人の女取ったのは……あんたの方だろ……!」
久々に頭に血が上った。
まるで、若い頃の自分に軽蔑されているような気分だった。
”一人の女をずっと愛したんじゃなかったのか”
”女を使い捨てるような人間にいつなったんだ”
俺は、恥ずかしさを打ち消すようにソラを蹴り続けた。
それでも彼は、俺を睨み続けた。軽蔑の視線で。
「……僕を殺す代わりに、リサの借金を、無しにしてくれ……っ!」
リノリウムの床に身体を丸め、血反吐を吐きながらもソラは声を絞り出した。
保険金も何も無いだろうに、何を言ってるんだ。
こいつは自分の命に価値があるとでも思ってるのか、ガキが。
そう頭で考えると同時に、こうも思った。
こいつは自分の命を差し出すほど、リサが好きなんだな。
「お前、リサの為なら死んでもいいのか」
黙ってソラは頷いた。
「じゃあ、死ね
俺は転がり呻くソラに、ダガーナイフを突き立てた。
・
・
・
・
俺は部屋のドアを開け入り口を守る部下に言った。
「先生連れて来い。こいつ、治療してもらって」
新しいビルは一見様々なオフィスが入っていて、その会社は全て俺の息がかかっていた。
もちろんお抱えの病院、医者も確保していて、先生、と言ったのはその医者の事を指していた。
振り返ると、ソラは血まみれに転がりながら叫び、自分の手を押さえている。
もう少ししたら痛みで気を失うだろう。
「ソラ、死なないから心配するな。五千万円のカタなら安いもんだろ」
ソラが運ばれた後に、俺はリサが働いている店の店長に電話をした。
「店長?あ、俺だけど。ロゼいるだろ?そう、本名がリサって子。あれな、もう借金返し終わったから、解雇してやって」
「え?返済期間はまだあと三年はあるはずでしたが?」
「まとめて払った奴がいるんだよ。回収出来たら用済みだ」
「そうでしたか、そうでしたら、今日出勤した際に直接申し伝えます」
「頼むよ。ちゃんと元の世界に返してやって。タトゥー消す費用渡しといてくれ」
そうだ、あれも言っておこう。
「後な、金髪の学生雇ってるだろ?アレも解雇だ。質が悪いんでな」
「あいつですか。私も手を焼いていたので助かります」
「じゃ、よろしく」
電話を切った後に、机の引き出しを開けた。
ロゼの写真を出して見てみる。
俺が愛した人。
”ヤスアキ、あなたは馬鹿ね。やっと気づくなんて”
彼女が少しだけ微笑んでいるような気がした。
そうだろう、幹部の人らもやられて命を落とした人も少なくなく、下っ端はいくらでも入ってくる。
だが兵隊で且つ指揮をできるやつがいない。
それが俺の役割になった。
抗争を通じて実際に先頭に立って状況を整理してみると、無駄なことをやっている気がする。
この街でシノげればいい訳だから、酷く人員を消耗するやり方はおかしくは無いだろうか。だいたい、相手の組を潰したところで、一つの組になったら腐敗が早まるだけで結局はまた分裂するだろう。二つの組がバランスを取るのは悪い事ではないし、一般人に害が及ぶことは本意ではない。すでに長期に渡る抗争で街が荒れている。
俺は次第に組の方針に疑問を持ち始めた。
一年経ったところで俺は決めた。
他に適任者がいない。俺がこの組を統べる。頼りになると思っていた幹部連中も今となっては老害だ。このままでは消耗して共倒れになるだけなのが見えてきていた。
若手を中心に不満が募っている。
「ヤスアキさん、もうやってられないです。何のためにドンパチやってるんすか」
「長すぎますよ、俺十代からいるけどもう23ですよ。疲れてきました。やってる理由がわからないです」
そう、俺も30歳になった。
まだ若造だが、若者というには経験をいくらか積んだ。
一番マズいのは内部の分裂だ……。俺は丁寧に根回しし布石を打っていった。
組長殺害決行の日、俺はロゼに言った。
「お前が好きなワインを用意しておいてくれ。それと、いつものシャンパン」
「わかった。必ず帰って来てね」
何も言わなかったけれど、彼女は解っていた。
俺が”祝杯”をあげる準備をしておいてくれ、と言っていることと、それは危険を伴うものだということも。
「もちろん」
この日のキスを、俺はまだ昨日の事のように思い出せる。
計画は上手くいき、とうとう組長の頭に銃を突きつけた。
「ヤスアキ……お前の綺麗な”薔薇”がいつまでも美しく咲いているといいな」
「……最期が脅しだなんて、あなたらしくもない」
俺は引き金を引き、組長の頭を撃ち貫いた。
組長が、生温い脅しなんか言わない人間だったことを、俺はこの時すっかり忘れていた。
「ヤスアキ、お帰りなさい」
帰るとロゼは生きてそこにいた。
「シャンパン、冷えてるよ」
彼女がシャンパンを開けて持ってくる。
「あれ?お前の好きなワインは?まだ開けない?」
「ヤスアキが無事に帰ってきたら言おうと思ってたんだけど……」
「……それほんとか?」
「うん。病院にも行ったの。3か月だって。……きゃ、苦しいよヤスアキ」
「俺、もっと頑張るから。無事に産んでくれよ」
俺だけの大切な薔薇。俺が生きる理由。
こいつだけは何があっても守らなければ。
俺がトップになってからすぐに相手の組と交渉を始め、一旦休戦、お互いに実りのある方法でやっていこうという話がまとまった。
前組長の元でこれをやっていれば、ここまで拗れることは無かったのに。
ようやく落ち着いた毎日がやってきた。
少しロゼのお腹が目立ってきた頃。
別の場所に逃がさないと危ないな、と思っていた。
「もうそろそろ一旦実家に帰ってくれ。この街は危ない」
「でも仕事があるしね。ギリギリまで働きたいんだ」
「わかれよ。お前の事も子供も危険に晒したくないんだ。俺と一緒にいるなら、仕事辞めてくれないともう守れない」
「……そこまでなの?」
真面目に働きこつこつキャリアを積んできた彼女の仕事を辞めさせる。これは完全に俺の我が儘だという事は解っている。
でも、もう俺は一組員ではなく、組長になってしまった。
”組長の子供を孕んでいる女”である身重のロゼを狙う輩は必ずいる。
「……すまない。そこまでなんだよ。俺は組のトップだから、いつも命を狙われてる」
一番の右腕の若手幹部からこう言われている。
「お願いですから、一日も早くあの場所から越してください。あの場所じゃ手薄すぎます。一組員みたいに暮らしてもらったら困るんです、組長!」
その為に新しくビルを建てている。
「……少し、考えさせて」
「いや、もうお前はお腹に俺の子がいるから。選択肢はないんだ。お前の命が危ない」
ロゼは最近顎のラインにまで短く切った髪を揺らし俺を見た。
「ねえ、ヤスアキ、私たち出逢ってもう何年経つっけ」
「……十年」
ピザのデリバリーから出逢った俺たち。もうそんなに経つのか。自分で口に出してみて少し驚いた。
「こんな長い間私の事守ってくれてたんだよね。私何の心配もせずに普通に暮らせてた……。ありがとう」
ロゼは側に来て、俺の手を握って言った。
「私も覚悟するね。これからもヤスアキと一緒にいたいから」
その覚悟が間違いなく本気だったことを俺はすぐに知ることとなる。
前組長の忠実な部下が俺を裏切ったのは、ロゼがその言葉を言った後ひと月も経たない頃だった。
「ロゼを離せ……!」
「女に銃突きつけられたぐらいで動揺してる男に組長が務まるかよ?!俺の組長はあの人だけなんだよ!お前は許さねえ!」
ロゼを盾にしている男は笑いながら言った。
「俺たちはヤクザだ。戦って抗争してナンボなんだよ。お前みたいにヌルく上手にやってたって存在価値なんてないんだよ!」
周りには部下たちがいる。もちろん奴に銃を向けているが、ロゼがいるせいで撃てない。
「ヤスアキ!撃って!早く!!」
ロゼが高く叫んだ。
俺は組長として奴を消さなければいけない。
でもロゼは俺の全てだ。
「組長!」
部下に叫ばれ我に返った。奴はとっくに安全装置など外している。
もうすぐ奴はロゼを撃つ。
銃を持つ相手が指を動かす気配を感じ取る位に、俺は長い事抗争に身を投じていた。
奴だけを打ち抜くにはあまりにも奴とロゼとの距離が近い。完全に奴を殺すためには、ロゼも撃ち抜いてでも殺さないと無理だ。きっと俺が一発撃てば、部下たちも一斉に発射する。
選択肢は無かった。
「ロゼ、愛してる……」
俺は、命を懸けて守ると決めた女に向けて引き金を引いた。
もう、ロゼはいない。
どこにもいない。
だけど俺の女はロゼだけだ。
「……ロゼ」
そう呼ぶ女を見繕っては使い捨てる。
今の女は7番目。
出逢った頃のロゼに少しだけ似ている。おどおどしていてまだ何も知らないような。
親の借金を肩代わりさせるために高級店で身体を売らせている。
こういう精神的な枷があると逃げなくてちょうどいい。
ロゼにどうも男がいるらしいと報告があった。
だとしたらはしたないな。俺がいるのに。
男だけ消すか、男と一緒に消すか、今から考えようか。
目の前に転がっているピンク色の髪のベビーフェイスの学生に声を掛けた。
「やっとお目覚めか、僕ちゃん」
こいつは一度見た顔だ。
街中で部下に喧嘩を売ってきて転がっていた。前は銀髪だったな。
「……二度目は無いと言ったはずだがなあ……?」
「ここは……?あなたは誰なんですか……?」
唇がぷっくりとして可愛い顔をしているが、それでも男の子か。俺を睨む目に気合いが入ってるな。
「金髪のアイツに聞かなかったか?俺は片瀬ヤスアキだ」
「その人が、僕に何の用なんですか」
「俺の女に手を出してるらしいな」
「あなたの女なんか、知りませんよ」
「ロゼだ」
「そんな名前の子なんか知らない」
「さっき買っただろ」
「僕が知ってるのは、大学の友達の、リサだけです!」
乾いた唇が切れて血が滲んでいるのが見える。
リサ。
今のロゼはそんな名前だったか。
「ソラ君、かな?お前はリサを好きなのか?」
「好きだったら何だって言うんですか」
反抗期の子供みたいだな。
「でもな、あれは俺のものなんだ。今諦めるなら命は助けてやる」
「……あいつはリサです。7番目か何だか知らないけど、変な名前つけて遊んでんじゃねえよ……!」
どうやら事情をいくらか知っているらしいな。せっかく命は助けてやると言ったのに。
消すしかないか。
「お前、死にたいらしいな。残念だけど、俺の女を取って生きてた奴はいないんだ」
俺は立ち上がると、ソラの側に行き一発蹴りを食らわせた。
ウウッ、と唸った後、咳き込みながらそいつは言った。
「……俺の女……?リサの最初の男は僕だ……。人の女取ったのは……あんたの方だろ……!」
久々に頭に血が上った。
まるで、若い頃の自分に軽蔑されているような気分だった。
”一人の女をずっと愛したんじゃなかったのか”
”女を使い捨てるような人間にいつなったんだ”
俺は、恥ずかしさを打ち消すようにソラを蹴り続けた。
それでも彼は、俺を睨み続けた。軽蔑の視線で。
「……僕を殺す代わりに、リサの借金を、無しにしてくれ……っ!」
リノリウムの床に身体を丸め、血反吐を吐きながらもソラは声を絞り出した。
保険金も何も無いだろうに、何を言ってるんだ。
こいつは自分の命に価値があるとでも思ってるのか、ガキが。
そう頭で考えると同時に、こうも思った。
こいつは自分の命を差し出すほど、リサが好きなんだな。
「お前、リサの為なら死んでもいいのか」
黙ってソラは頷いた。
「じゃあ、死ね
俺は転がり呻くソラに、ダガーナイフを突き立てた。
・
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俺は部屋のドアを開け入り口を守る部下に言った。
「先生連れて来い。こいつ、治療してもらって」
新しいビルは一見様々なオフィスが入っていて、その会社は全て俺の息がかかっていた。
もちろんお抱えの病院、医者も確保していて、先生、と言ったのはその医者の事を指していた。
振り返ると、ソラは血まみれに転がりながら叫び、自分の手を押さえている。
もう少ししたら痛みで気を失うだろう。
「ソラ、死なないから心配するな。五千万円のカタなら安いもんだろ」
ソラが運ばれた後に、俺はリサが働いている店の店長に電話をした。
「店長?あ、俺だけど。ロゼいるだろ?そう、本名がリサって子。あれな、もう借金返し終わったから、解雇してやって」
「え?返済期間はまだあと三年はあるはずでしたが?」
「まとめて払った奴がいるんだよ。回収出来たら用済みだ」
「そうでしたか、そうでしたら、今日出勤した際に直接申し伝えます」
「頼むよ。ちゃんと元の世界に返してやって。タトゥー消す費用渡しといてくれ」
そうだ、あれも言っておこう。
「後な、金髪の学生雇ってるだろ?アレも解雇だ。質が悪いんでな」
「あいつですか。私も手を焼いていたので助かります」
「じゃ、よろしく」
電話を切った後に、机の引き出しを開けた。
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