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ことの終わりは始まりとなれ!(本編)
act.12 王子の想い
しおりを挟む二つの断罪劇の後、コリンズ侯爵、ダットン伯爵、アンジェ子爵家当主の非公開の処刑が行われた。尋問中の事故により歩けぬアンジェを除く二名の市中引き回しを見物した者たちは、怯えきった二人の元貴族の様を、近年行われてこなかった火刑への恐怖だと噂し、王国を揺るがしかねぬ大罪への報いと嘲笑った。彼らの一族にも──処刑、労働刑、罪人の徴を身に刻まれた上の国外永久追放、修道院への永久奉仕が課された。爵位、領地、財産の没収は言うまでもない。ただし、罪なきと判じられた者たちは国外退去や王妃の管轄となる領地で保護されることとなっており、民は国王夫妻の温情に喝采をあげることとなった。
学園卒業後、ロイドは婚約者不在のまま王太子となった。
理由を知る貴族たちは、思うところはあれどもロイドの決意が固いこともあって一様に口を噤み、いつの日か叶うことを願うに留める。
理由を知らない民は、「マリオン公爵令嬢への想いあれども、悪逆に揺れた国を国王と臣らと共に支えたい。赦しあるまでは妻帯せずと神に誓う」と立太子の儀で王子が語ったとされる噂を信じ、誓い立てをするまでに自分たちを想ってくれる王太子を尊敬し、愛する王子の真摯な誓いを護る為に自ら身を引いた令嬢を誰もが褒め称えている。二人が再び寄り添える日の到来を夢見て民たちの信仰心と王家への尊崇が高まったという。ともかく、突然の婚約破棄の公表は好意的に受け止められていた。
陰に日向に巧妙な誘導が行われていることは、当然秘密の出来事である。
◇◇
「このたびはどのくらい王都を離れるのですか?」
「長くて三週間ほどかな。戻ったばかりであまり長期間は王宮を空けられないからね」
「……、少しお躰をお休めになってはいかがですか。お戻りなればお留守の間の執務にとりかかり、お席の温まらぬ間にまたお出かけになる──お痩せになったのではありませんか」
「案じてくれてありがとう。躰を動かすことが増えて引き締まっただけで、あまり体重は変わっていないけれど。嬉しいよ」
大嘘である。王太子となってからこの二年、執務に大きな影響を及ぼさない絶妙な日程で、ロイドはあちらこちらの問題を抱える地域へ視察に赴いているのだ。
「どうしても私の判断に委ねられるもの以外は側近の皆がやってくれているし、それほど量はないんだ」
これも大嘘である。側近たちもそれぞれ適性のある職務の修行中であり、こなしきれない執務はかなりの量をロイドが一人で処理をしていた。
それをラナエラに内緒にしているのは男の意地だ。現に、高い頻度で視察に同行をしているマリオン公爵やエリオットとて、王都における職務や領地に絡む仕事までを平然とこなしているのだ。もっとも。断罪の裏で協力させられたあげく目をつけられ、軍の特殊任務担当部署にて強引に修行中のコルバン公爵嫡男アンリに云わせれば、「人外と人間を同列にしては困る」とのことだが。
「父上様もエル兄様も、ご無理をロイド殿下にお願いしすぎですわ」
「……でも、得難い経験なんだ。同じものを見聞きしているのに、私に至らぬ点があることを日々思い知る」
躰がきついのは事実ではあるけれど。
「そこまでなさる価値がおありですの……?」
「価値ならありすぎる」
わたくしに、と言葉にされない問いを正しく理解して、ロイドは呆れてしまう。だから、はっきり断言をする。その存在の価値を本人が理解していないから。
「……どうして、ですの」
「──私をいつも幸せにしてくれるからだ。想うと心が温かくなる。目に映せば鼓動が高まる。声を耳にすれば嬉しくて叫びたくなる。恋しくて泣きたくなる。価値なら……幾らだって、いつまでだって、尽きずに私の中に存在し続けるんだ」
云ってしまった。まだ自分には資格がないと堪えてきた想いを、勝手に口から飛び出した言葉に慌てる。ラナエラに不快に思われたらどうすれば良いのか見当もつかない。良き王太子が聴いて呆れる。
「「………」」
二人の間に沈黙が流れ。
辺りに薫る薔薇の甘い芳香が息苦しいとロイドが感じていいるのを知らずか、
「……ここで、七つのわたくしたちは初めて顔を合わせ、十四の歳に、婚約破棄をいたしましたわ。この薔薇の咲き誇る王宮のお庭で──」
視線を薔薇に向けたまま、ラナエラが口を開いた。
「うん。ここから私の過ちが始まった。私の罪の──ラナエラ!?」
ロイドは目を瞠った。やはり不快にさせてしまったと、罪を口にしかけたロイドの手にラナエラが触れていた。すぐに離れていってしまったけれど。
「違います。わたくしたち二人の、過ちの場所ですわ。でも、わたくしはこのお庭が大好きです」
初めて、彼女から何でもない時に触れて貰えた。胸が痛むほど嬉しくて。「好き」の意味など色々あるけれどここで、この場所で告げずにはいられなくなった。
「ラナエラ、私は君を愛──」
だが、またしてもラナエラに止められた。ロイドの唇から言葉を遮るように細く白い指で。唇に感じる温もり。
「駄目ですわ」
ふふふ…と唄うようなその声が何故だろうか、耳の奥から騒がしく響く鼓動で、遠く感じて仕方がない。
「わたくしは貴方が好きですわ、殿下…いいえ、ロイド様」
きっとラナエラは美しく微笑んでくれているのだろう。誰よりも何よりも……ロイドを幸福にしてくれる彼女。何故か視界がぼやけてしまってその笑顔が霞んでしまったことを、後で後悔することは間違いない。
ロイドは流れ落ちる涙を止める術を持たないのだった。
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