婚約破棄から恋をする

猫丸

文字の大きさ
上 下
8 / 38
ことの終わりは始まりとなれ!(本編)

act.6 王子の決別

しおりを挟む

「ラナエラ、凄く綺麗だ」
 馬車から降りたったラナエラは、咄嗟に陳腐な賛辞しか思いつかないほど、美しい。
 膝あたりまで躰の線にそって、裾が人魚の尾ひれのように広がっている南方の海の色、珊瑚礁の青色マリンブルーに染まったドレスを身に纏った彼女は、心を鷲掴む。
 ふと、裾の刺繍に目をやり破顔するロイドに、ラナエラも視線をドレスへ移し、
「刺繍を施した職人の名前は、秘密ですわよ?」
 久しぶりの、でも二人で過ごした三カ月間と変わらない微笑みに、最近の騒動など些末な出来事に感じられる。疲れが瞬く間に軽くなっていくのには単純すぎて自嘲だ。
(逢えて、浮かれて何が悪い!)
「ラナエラ嬢、エスコートいたしましょう」
 感情を抑え腕を差し出す。
「はい、ロイド殿下」
 腕にかかるの重みと熱量に、甘い悦び。
 王宮まで共に来たエリオットからラナエラを奪い、廊下を進む。
 少し離れて後ろを歩くエリオットに聴こえないよう小声で囁いた。
「髪飾りを身につけてくれて、ありがとう」
「え、……」
「もしかして迷惑だった?」
 躊躇いに気がつき、気にいらなかったのかと言外に問えば、
「--ではなくて、その」
 ラナエラは何故か困り顔になり、言葉を探している。
「……ラナエラ?」
「まるで。まるで、ロイド殿下とわたくしの髪色みたいだ……と感じてしまいましたの……」
 頬にどころか細い頸、控え目に開いた胸元まで、サッと筆を刷いたように朱染まっていく。

「--ッ、着いてしまったな」

 大広間に足を踏み入れた二人に、周囲の視線が集まる。
 以前は厭わしかった感嘆のざわめきが今は誇らしい。
 ラナエラの艶やかな白金の髪ホワイトブロンドと、その結い上げた髪を飾る繊細な細工を施した髪飾りがシャンデリアの光を反射して輝く。容姿だけではない、心まで気高いラナエラを、家族以外ただ自分だけがエスコート出来る。栄誉が偽りにすぎずとも、嬉しくて、満たされて仕方ない。
(マリオン公爵のお許しをなんとしても頂いて、ラナエラに求婚したい、頑張らねば!)
 何年かかっても。
 本音は早い方が当然望ましい。何しろ婚約破棄済をまだ公表していないだけで、いつラナエラが嫁いでしまうかわからないのだから。
 --でも嫁がせる気はない

◇◇

(ろそろ夜会を盛り上げるダンスの頃合いだな)
 最初のダンスは、まずは王族から始めねばならない決まりだ。
 ラナエラの姿を探せば、テラスに近い場所に友人の令嬢らと会話に花を咲かせている。
 ーーー?
 令嬢たちの輪に声をかけるタイミングを見計らっていると、視線を感じそちらに顔を向け、眉を寄せた。

 ストロベリーブロンドの髪を愛らしく結い上げ、淡いパステルイエローのドレスを着たピュリナが、じっとロイドを見つめていた。
 嫌なところにいるものだ--ラナエラの近くに佇むピュリナに声をかけるべきか否か。
 ゆっくりと歩を進めながらも、説明し難い不快感からピュリナをさり気なく意識する。
 その感覚は、ちょうどラナエラとピュリナの中間あたりで答えを出した。近づいて来るロイドに何を勘違いしたのやら、ピュリナの緑の瞳に閃く歓喜と優越感に、
(君と踊るはずがないだろう?)
 腸が煮えるような嫌悪が全身を襲う。第一王子であるロイドが婚約者を差し置いて、貴族の一人に過ぎない令嬢を真っ先に誘う理由など無いのだ。親しくしていた過去があったとしても。
(それに君、なんて顔をしてる?) 
 ぷっくり艶やかなピンク色の唇に勝者の歪んだ嗤いを、ロイドは見逃さない。
 敗者はラナエラだと云わんばかりの、醜い、勝手な思い込みに満ちた浅ましい嗤い。
(わかったよ、その姿がなんだと)
 果たして元からか、それともになって変質していったのか。もうどちらでも良い。

 どうしようもない愚かな王子に、惜しみない優しさをくれるひと。苦しみも嘆き--もしかしたら我慢しているだけかもしれないが--を、受け入れるしなやかな強さ。
 誰よりも恋しく大切なラナエラに。
 
「--ラナエラ嬢」
 手を差し伸ばし、わざと甘く乞い願う。
「ダンスにお誘いする栄誉を私に賜れますか、麗しきの姫君?」  
 
 ピュリナに対する同情心優しさは、この瞬間、ロイドの心から完全に失われたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

10年前の婚約破棄を取り消すことはできますか?

岡暁舟
恋愛
「フラン。私はあれから大人になった。あの時はまだ若かったから……君のことを一番に考えていなかった。もう一度やり直さないか?」 10年前、婚約破棄を突きつけて辺境送りにさせた張本人が訪ねてきました。私の答えは……そんなの初めから決まっていますね。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~

緑谷めい
恋愛
 私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。  4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!  一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。  あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?  王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。  そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?  * ハッピーエンドです。

処理中です...