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ことの終わりは始まりとなれ!(本編)
act.1 王子の浅慮
しおりを挟むランスロット王国の王侯貴族はもとより平民まで、条件を満たす子供は十五歳からの二年間を王都にある二つの学園のどちらかで学ばねばならない。
ランスロット王国第一王子ロイド・レイ・ランスロットも、半年後には入学を控えているのだった。
ピュリナと逢えなくなったこの半年、ロイドの胸の内では正妃として迎え入れたいとの想いが育っていた。
彼女との婚姻には、大きな問題がある。
学園卒業と共に王太子となり、立太子の儀を無事に終えれば準備期間を経て婚儀が待っている。婚儀には同盟国や関わりのある国々からの要人を招待するだけに、急には日程はずらせない。しかも、王太子妃となるためには試験に合格することが最低限の条件となる。
これが問題だった。
王太子妃教育で学ぶことは山ほどある。最低限に絞ったとしても、今すぐ学びだしても、淑女としての経験が半年前まで皆無な彼女には時間が足りなさすぎるのは事実。自由闊達なところが魅力ではあるが、王太子妃として誰もが認める存在でなければ、嫁いだ後に彼女が苦しむ。
更に、まだ夜会でピュリナらしき令嬢は見当たらない。
婚約破棄をして時間を稼ぐしか、手段は無い。
それに--
王宮の庭園に向かって進めていた脚をとめ、花々が色鮮やかに咲き誇るその場所で国王や王妃と和やかに談笑する人々をロイドは見つめる。
マリオン公爵一家。
麗しき社交界の至宝と讃えられる彼らが、ロイドは苦手だった。彼らの人柄ではなく、その美貌故に。
容姿に対する賛辞を嫌うロイドにとって、自分に向けられる視線すら煩わしいのに、彼らと共にいればそれは更に熱を帯び、勝手な理想がひとり歩きしていくのだ。
だからこそ、マリオン公爵の愛娘ラナエラを愛することはなかった。
恋情も愛情も互いの間には無く、政略のためと割り切っていた。
ピュリナを知るまでは。
(ラナエラの為でもある……)
娶るつもりが無くなった今、解放してやりたいとロイドは思う。
美しく聡明なラナエラならば婚約者など掃いて捨てるほど名乗りがあるはずだから。
かつて名君の跡を継ぐにふさわしいと未来を嘱望された王子ではなくなっている自分を、ロイドは気がついてはいなかった。
(非は私にあると告げれば父上もお許しになるはず!)
拳を握りしめけ、大きく息を吐き決意する。覚悟を決め、意識して平静を保ちながら彼らへ近づき、跪く。王子としてではなく、ただの恋する若者でしかなくなってしまった心のまま、願う。
「父上。私、ランスロット王国第一王子ロイド・レイ・ランスロットは、ラナエラ・サラ・マリオン公爵令嬢との婚約を破棄いたしたく存じます」
一瞬の沈黙。
まるで時が凍りついたかのような静寂が、突如消え失せたかと思えば、その場は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。
◇◇
王の執務室で、ロイドはマリオン公爵嫡男エリオットの隣に座らされた。
テーブルを挟んだ正面に国王とマリオン公爵が腰を下ろす。
王妃とマリオン公爵夫人が気絶し、離れて待機していた侍女長が駆け寄り大慌てで侍女たちが集まりはじめた為、ロイドはマリオン公爵親子によって執務室へと連行されていた。
一年前にある平民の少女と出会ったこと。その少女とは半年ほど逢っておらず、子爵家に引き取られたこと。今は家名がわからず逢えないけれど再会を果たしたら想いを告げて、正妃として迎えたいこと。愛無きままラナエラ嬢と婚姻はしたくなく、ラナエラ嬢にとっても新たな婚約者を探す時間ができること--婚約破棄で白紙に戻ればまだ進んでいない婚儀の日取りを変えられ、招待する国々に非礼にならないこと。
婚約破棄の理由の全てを聴いた国王は、激怒した。
「--ッ、お前がこのような愚か者とは思いもせなんだ!!」
ダンッ!とテーブルへ叩きつける拳を怒りに震わせる。
マリオン公爵は黙ったまま、一言も発さず、目を瞑り微動だにしない。
「陛下、発言をお許し願います」
「云うが良い、エリオット」
「この様なくだらない理由で我ら公爵家を愚弄するおつもりとは。この国の未来を共に支えるに足る主--私は殿下を過大評価していたようです」
地を這うがごとき声は、執務室内に重く響く。
現王は冷徹な為政者の鋭い眼差しをロイドへ据えたまま、笑顔のまま静かに激怒するという技を披露する盟友の息子へ、視線で続きを促す。
「先々代の王の弟君が婿入りされ、今上陛下の従姉妹である姫が現マリオン公爵家当主たる父ギリアムの妻として降嫁されている。王族に連なる我が家との婚約破棄がもたらす影響を考慮もしないその夢見る乙女のごときお考え、素晴らしすぎて非才なる私には微塵も理解できません」
「--ッ、エリオット!!」
「黙れ、ロイド。貴様に発言は許さぬ。エリオット、この国はどうなると考える?」
「--巧みな差配で戦となれば敵に圧勝し、外交でも優位に交渉を成し遂げ国に利益をもたらすマリオン公爵は、常勝公と称され民の人気が高い……となると、マリオンを捨て、半分平民の血が混ざった庶子の子爵令嬢を選ぶ王家が安泰ではいられません」
「内外から確実に不満の声は挙がる。ふむ。しかし不満を避ける為には、破棄の理由はマリオン公爵家側に泥を被ってもらうしかない」
「恐れながら陛下、非の無いラナエラを、王家の贄にする愚者は、マリオンにはおりません。ただですら、理由など関係なく、捨てられた令嬢。それだけで疵物扱いですから」
「わかっておる。マリオンの令嬢が、身分低き小娘に負け惨めに捨てられたと、嗤われるであろうな………」
そう国王が云った時、
「すればよろしい」
国王の盟友であり懐刀のマリオン公爵が初めて口を開いた。
怯まず意見を述べる息子へ満足そうに頷き、嗤う。美麗なる悪鬼--敵対する者たちが畏怖する微笑は、一瞬で室内にいる者たちを凍りつかせる威力があった。
「破棄はこのギリアム・グレイン・マリオンが確かに承った」
金を帯びた青紫の双眸は、戦慄するほど深く静かに、苛烈。
マリオン公爵の静謐な声に、王はもとより息子のエリオットですら青褪める迫力に、ロイドなど息をすることも覚束なかった。
「殿下はどこぞに居るだろう子爵令嬢と真実の愛とやらを育まれるがよろしい。ただし。マリオンは王家と同じ船には乗らぬ。護るべき矜恃は私にもある、お忘れになるな」
--袂を分かつことを覚悟しろ
明確すぎる宣言だった。
愚か者の為にマリオン公爵家は従うつもりはないから好きに滅べ--と。
恋に踊って、浅慮にも自身が切り拓こうとした未来がもたらす不幸。
王家とマリオン公爵家との絆故に交わされたこの婚約を破棄することが、王国不和をもたらす可能性を。マリオン一族の矜持を。何一つ罪の無い令嬢を結果的に辱めることを、今初めて理解した。
時既に遅し。
最悪なことに、ロイドの望み通り婚約破棄は為された。
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