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ことの始まり
真実の愛は心地好い
しおりを挟む私は王子だ。
ランスロット王国の王を父とし、正妃である王妃を母に持つ。
私の容姿は整っている。
自惚れではない。周囲の、他者から見た客観的な評価だ。
なにしろ、両親の良いところを選りすぐったら私になった、そんな容姿だそうだ。
父からは、黄金の髪、王家の特徴である中心から外側にゆくに連れて金色を帯びる蒼眸を。母からは、社交界随一の咲き誇る薔薇姫と謳われたその顔立ちを受け継いでいるのだから。
この顔が、私は厭わしい。
好ましい、と云う。
美しい、と褒めそやす。
--好きだと、頬を染められる度に、私の内に塵のように積もっていく感情。
勘違いしないで欲しい。私は英邁で名君であらる父を心底尊敬しているし、聡明で公平な母上にも心から敬意と愛情を抱いている。
(--愛でられる人形)
逢った瞬間に向けられる、見目への好意。私を見ているようで見つめているのは彼らにとって心地良い身勝手な理想。
苦しくて。哀しくて。
王太子になるだろう己の、甘ったれた心の弱さが、たまらなく悍ましい。
--それでも、誰か、ただ一人で良いから、気がついてくれるなら。
一年前ににお忍びで出かけた城下で出会った少女、ピュリナ。
何処を散策するべきか思案する姿を迷子と勘違いしたのだろう。身分を隠し領地から出てきたばかりの領主の息子を装う私の手を引き、街を案内してくれた。
彼女と私は、それからも偶然街で会うことがあり、少しずつ彼女を知っていった。
容姿を褒められることは好きではないと告げれば、
「武器だと思えばいいのよ。あなたの本当の良さはあたしがわかってるもの」
裏のない朗らかな笑顔。
「あなたは自分の気持ちを優先しなすぎる。誰かの理想になんてならなくて良いの!」
--本当に?
「うん。だってあなたばかり我慢するなんて、そんなの変よ!」
愛らしく頬を膨らませ、ひとしきり怒った後、可愛らしく笑う。
喜怒哀楽のはっきりした彼女は、紳士淑女たちの貴族の、儀礼的なそれとは全く異なる。
ふんわりとあどけない。
甘くてやさしくて、私を癒して肯定してくれる……ひと。
「あたし、子爵の令嬢なんだって」
そう打ち明けられたのは、彼女から「もう街に自由に来れない」と告げられた日。
子爵の父親が王都の屋敷で働いていた下働きの娘に手を出して孕んだ子。
跡取りが亡くなった子爵家に、唯一の子供として明日引き取られること。
辛かっただろうにそんな生い立ちをものともしない天真爛漫さを持つ少女。
容姿や身分ではなく、私を受け容れてくれる存在。
会えなくなって、ぽっかり胸に空いた喪失感。
侍女たちが良く話している流行りの小説。その中の真実の愛--彼女となら得られるかもしれない、そんなことを考えるようになっていった。
(子爵令嬢なら夜会できっと逢える)
家名は聞き出せなかったが、貴族であるなら必ず。
逢って、彼女が変わってなかったら。その時は想いを伝えたい。
だが、私には七歳の時からの婚約者--ラナエラ嬢がいるのだ--
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