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第3部 ヒロイン編入
8: 嵐の前
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※衣装は、エンパイアドレスや古代中国風をイメージしています。
創立記念日で学園内はざわついている。午後からは庭を開放してのパーティーが催されるとあって普段は制服の生徒も今日は着飾る者があちこちに見られる。
キルカナとミカルカは特に着飾るわけでもなく、普段通りに制服を選んでいた。機能性を愛する彼女らにとって、学園の行事でわざわざ洒落っ気を出すつもりなど微塵もない。
「……どこの姫さまだよ、あれ」
キルカナの視線の先に、分不相応なほど──いや、学園のパーティーには過剰なまでにキラキラしいドレス姿のタリ・クレセントが、取り巻きの男子生徒らに囲まれて談笑していた。
「ずいぶん安っぽいお姫様。どなたか場違いという言葉を教えてあげるべきね」
「クロエとシロエは絶対に守ってあげようね、ミカ。それで鬼神をぶっ飛ばす!」
「ええ。お楽しみのためにも、ゲームとやらの終了を待たずにさっさとあの娘にはご退場いただきましょう」
彼女たちはジンセルに呼び出され、御神託の内容を聞かされていた。
『──あの娘は馬鹿ですが、脳内がお花畑の残念な男子生徒を転がすのは天才的です。クロエ嬢とシロエを守る為に諸君の力を借りたい』
ジンセルに召集され屋敷へ招かれたた時は奇想天外な御神託に目を丸くしていたが、そのうちタリ・クレセントの所業に思い至り、揃って眉をひそめていた。
タリ・クレセントの目的が、自身を嫌がらせに耐え忍ぶ可憐な少女と演出し、クロエを権力を嵩にする高慢な公爵令嬢と印象づけようとしているのは明白だった。
「あ、来たよ。うわぁ~綺麗だ」
「あの馬鹿女にも格の違いぐらいは理解できたようですよ、あの顔」
クロエとシロエが揃って姿を現す。
笑い声に溢れていた会場が一瞬静かになった。
純白のスリップドレスの上に銀糸で蓮の花の刺繍を施した薄い墨色と、煌めく小粒の紅玉や水晶を縫いつけた透ける薄紅の布を重ねたドレスの胸の下を金糸銀糸の腰紐で結び、肩や腕のラインが透けるほど薄手の羽織を纏った気高さを感じさせるクロエ。
その隣には、薄緑のスリップドレスの上に濃い黄色、それとレースで花を象ったモチーフが縫いとめられた薄黄色を重ね、白に近い淡い桃色の羽織を身につけた花の化身のようなシロエ。
鬼人族の伝統的なドレスの幻想的な美しさだけではなく、クロエとシロエの際だった美貌に周囲は釘付けになっている。
豪奢なピンク色のドレスが借り着のように浮いて見えるタリ・クレセントとは、ミカルカの台詞ではないが格が違い過ぎた。
まるで女王のように満面の笑顔を振りまいていたタリ・クレセントの顔が強張るのを、ミカルカは見逃さなかった。
「ジンセルの予想通り動きそうね」
クロエたちにドレスを勧めたのはジンセルだった。
嫉妬でボロを出させ排除させやすくしたい──そう言って。
「その前に見惚れて赤鬼がボロ出す可能性もあるよ」
──それにしても。
キルカナとミカルカは思う。
マナーって馬鹿に出来ない……と。
脚さばき、手さばき、身のこなし。すべてが正しく美しい者と、自然体といえば聞こえは良いが単にがさつな者とではこうも違うのかと、しみじみ感じさせる。
「さあて、アタシらも動くとしよっか」
「合図があるまでは待機ですからね」
「わかってる、んじゃ!」
キルカナとミカルカは別方向へと歩き出す。
大切な仲間を守り抜くために。
それと、ふざけた真似をしでかした鬼神をすべてが片付いたらぶん殴る──お楽しみのために。
◇◇
ジンセルは婚約者筆頭シロエの、シェンルウはクロエのエスコート役として、傍らにいる。
「クロエ姉さま、エスコート役が私なんかで申し訳ありません」
小声でシェンルウが囁くのへ、
「光栄ですのよ?」
エンヤルトがエスコートしないクロエを気づかってくれたシェンルウには感謝しかない。
「兄さまの思惑通りに進みますよきっと。兄さまは腹黒ですから」
「まあ、お耳に届いたら嘆かれますわよ?」
仲良く笑いあっていると、ふいに視界に陰が射し、そちらを向く。
険しい表情でタリ・クレセントが近づいて来るのが目に入った。
「クロエ様!! エンヤルト様という婚約者がいるのにそんな下位貴族の男の子とベタベタするなんて、クロエ様って節操ないんですね! こんな人が婚約者なんてエンヤルト様が可哀想!」
タリ・クレセントは挑戦的に言い放ち、その大きな声に生徒たちは「またか」と思いつつも注目し始める。
いつもの手口だ。
「ふしだらで意地悪なクロエ様なんかふさわしくないのよ。だから今日はエンヤルト様から大切なお話があるの!」
会場の視線を一身に集めて、タリ・クレセントは後ろを振り返った。
「お待ちしてました、エンヤルト様!」
歩いてくるエンヤルトの瞳は、とても冷ややかだった。
創立記念日で学園内はざわついている。午後からは庭を開放してのパーティーが催されるとあって普段は制服の生徒も今日は着飾る者があちこちに見られる。
キルカナとミカルカは特に着飾るわけでもなく、普段通りに制服を選んでいた。機能性を愛する彼女らにとって、学園の行事でわざわざ洒落っ気を出すつもりなど微塵もない。
「……どこの姫さまだよ、あれ」
キルカナの視線の先に、分不相応なほど──いや、学園のパーティーには過剰なまでにキラキラしいドレス姿のタリ・クレセントが、取り巻きの男子生徒らに囲まれて談笑していた。
「ずいぶん安っぽいお姫様。どなたか場違いという言葉を教えてあげるべきね」
「クロエとシロエは絶対に守ってあげようね、ミカ。それで鬼神をぶっ飛ばす!」
「ええ。お楽しみのためにも、ゲームとやらの終了を待たずにさっさとあの娘にはご退場いただきましょう」
彼女たちはジンセルに呼び出され、御神託の内容を聞かされていた。
『──あの娘は馬鹿ですが、脳内がお花畑の残念な男子生徒を転がすのは天才的です。クロエ嬢とシロエを守る為に諸君の力を借りたい』
ジンセルに召集され屋敷へ招かれたた時は奇想天外な御神託に目を丸くしていたが、そのうちタリ・クレセントの所業に思い至り、揃って眉をひそめていた。
タリ・クレセントの目的が、自身を嫌がらせに耐え忍ぶ可憐な少女と演出し、クロエを権力を嵩にする高慢な公爵令嬢と印象づけようとしているのは明白だった。
「あ、来たよ。うわぁ~綺麗だ」
「あの馬鹿女にも格の違いぐらいは理解できたようですよ、あの顔」
クロエとシロエが揃って姿を現す。
笑い声に溢れていた会場が一瞬静かになった。
純白のスリップドレスの上に銀糸で蓮の花の刺繍を施した薄い墨色と、煌めく小粒の紅玉や水晶を縫いつけた透ける薄紅の布を重ねたドレスの胸の下を金糸銀糸の腰紐で結び、肩や腕のラインが透けるほど薄手の羽織を纏った気高さを感じさせるクロエ。
その隣には、薄緑のスリップドレスの上に濃い黄色、それとレースで花を象ったモチーフが縫いとめられた薄黄色を重ね、白に近い淡い桃色の羽織を身につけた花の化身のようなシロエ。
鬼人族の伝統的なドレスの幻想的な美しさだけではなく、クロエとシロエの際だった美貌に周囲は釘付けになっている。
豪奢なピンク色のドレスが借り着のように浮いて見えるタリ・クレセントとは、ミカルカの台詞ではないが格が違い過ぎた。
まるで女王のように満面の笑顔を振りまいていたタリ・クレセントの顔が強張るのを、ミカルカは見逃さなかった。
「ジンセルの予想通り動きそうね」
クロエたちにドレスを勧めたのはジンセルだった。
嫉妬でボロを出させ排除させやすくしたい──そう言って。
「その前に見惚れて赤鬼がボロ出す可能性もあるよ」
──それにしても。
キルカナとミカルカは思う。
マナーって馬鹿に出来ない……と。
脚さばき、手さばき、身のこなし。すべてが正しく美しい者と、自然体といえば聞こえは良いが単にがさつな者とではこうも違うのかと、しみじみ感じさせる。
「さあて、アタシらも動くとしよっか」
「合図があるまでは待機ですからね」
「わかってる、んじゃ!」
キルカナとミカルカは別方向へと歩き出す。
大切な仲間を守り抜くために。
それと、ふざけた真似をしでかした鬼神をすべてが片付いたらぶん殴る──お楽しみのために。
◇◇
ジンセルは婚約者筆頭シロエの、シェンルウはクロエのエスコート役として、傍らにいる。
「クロエ姉さま、エスコート役が私なんかで申し訳ありません」
小声でシェンルウが囁くのへ、
「光栄ですのよ?」
エンヤルトがエスコートしないクロエを気づかってくれたシェンルウには感謝しかない。
「兄さまの思惑通りに進みますよきっと。兄さまは腹黒ですから」
「まあ、お耳に届いたら嘆かれますわよ?」
仲良く笑いあっていると、ふいに視界に陰が射し、そちらを向く。
険しい表情でタリ・クレセントが近づいて来るのが目に入った。
「クロエ様!! エンヤルト様という婚約者がいるのにそんな下位貴族の男の子とベタベタするなんて、クロエ様って節操ないんですね! こんな人が婚約者なんてエンヤルト様が可哀想!」
タリ・クレセントは挑戦的に言い放ち、その大きな声に生徒たちは「またか」と思いつつも注目し始める。
いつもの手口だ。
「ふしだらで意地悪なクロエ様なんかふさわしくないのよ。だから今日はエンヤルト様から大切なお話があるの!」
会場の視線を一身に集めて、タリ・クレセントは後ろを振り返った。
「お待ちしてました、エンヤルト様!」
歩いてくるエンヤルトの瞳は、とても冷ややかだった。
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