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第2部 1年生は平和を望む
6 : 夏の日帰り旅行 前編
しおりを挟む夏休み初日、魔鬼士科と鬼士科の有志生徒で計画された日帰り旅行は、日が昇るころに学園正門前を出発し、現地で訓練をした後で皆で自炊をし夕食を。帰りは王子二人の転移呪文で楽をして学園まで戻り、迎えに来る各々の家族の元へ翌日里帰りという流れになっていた。
魔鬼士科と鬼士科の有志と普通科の参加者を含めた総勢二十七名の大所帯は、学園から通常なら徒歩で三時間程のメルの森へわずか一時間半で到着していた。現地で肉体労働を担当するお礼にと魔鬼士科の生徒たちが、速度上昇と体力強化の魔法を駆使した成果だ。
というわけで、森の見晴らしの良い湖畔に到着した一行は心身共にうきうきと、テントを設置し、荷物を置き、持参の朝食を味わっている。
一部の普通科の生徒らを除いて……。
マカレ侯爵令嬢エギナとドルカス伯爵令嬢オルガの姿を正門前で発見した参加者たちは、まず疑問でいっぱいになったものだ。豪奢なドレスに歩きづらそうな靴と小さすぎて意味をなさないポシェット。何のパーティーに行くの? と二度見した生徒は悪くはない。
それ以前にこいつら誘ったのは誰だと参加者たちが首を傾げていると、普通科にいる《蒼嵐》のハガレスとリュウルの二人が見事な土下座をジンセル王子にし始めた。その瞬間、参加者の心は一つになったのだ。見なかったことにしよう、と。《蒼嵐》勢を放置して、ついでに「馬車で行きませんの!?」「歩くなんて野蛮ですわ!」と騒ぐ勘違い令嬢の存在も敢えて忘れることにした参加者は、間違っていない。
◇◇
「待たせてすまないね」
先に到着した参加者にわずかに遅れて、ジンセル王子とキルカナが到着した。
「よう、もう説教はいいのか?」
「あの馬鹿共には令嬢たちの世話を命じた」
エンヤルトの問いにジンセル王子は荒んだ笑みで答える。
《蒼嵐》の二人は、誘ったわけではなくうっかり彼女たちの前で今日の話をしてしまっただけ。ただ、朝っぱらからキンキン声を聞かされたジンセル王子のテンションは地を這った。その腹いせに責任をとらせたと笑う彼は、たまたま手の届く位置に立っていたキルカナを無理やり後発の道連れにしていた。
「クロエ~、会いたかったよ~! ジンセルずっと無言だったんだよ? だったらひとりで来ればいいのに! アタシの心はズタボロだッ」
「大変でしたわね。お疲れ様」
よしよしと頭を撫でつけてやるクロエに抱きつくキルカナは、半泣きだ。
「うわぁ……あちこちで地獄だ」
「言うなアクラン、とばっちりがくる」
そんな《紅蓮》勢にもまさしく地獄が待っていることは、すぐ判明する。
「どうしてっ!? ねぇ、エンヤルト様っ、どうしてなのっ!?」
「………生きて帰れる自信がありません」
「煩せぇな。お前らは指名されたんだよ。ミカルカに!!」
訓練のペア表を握りしめブルブル震える側近たちの襟を掴んで、エンヤルトは面倒くさいとばかりに彼らを捕獲しに近寄ってきたミカルカへと放った。
「こいつら貰っていくわね」
満面の笑みで威嚇し、鋭い爪で哀れなアクランとイズナルの肩をがっしり掴む。悠然と去っていく筋骨隆々なミカルカは適度に強い童顔美少年とか弱いインテリ美形が好みなのだった。
ひと悶着あったもう一組が、キルカナとエンヤルトのペアだ。
「なんでエンヤルト王子なんだよ。アタシは今度こそクロエがいいの!! 楽しくやりたいんだよ!!」
「ミカルカが独断でペア分けしたんであって俺じゃねぇ!! 文句は本人に言え!」
「うぅっ……」
エンヤルトの怒りの一言に耳を斜め後ろに倒し、尻尾をしょんぼり垂らしたキルカナが哀しい。
「ぐずぐずすんな、ちゃっちゃと行くぞ!」
「このっ、鬼ィ~!!」
その方は鬼人族の王子ですから悪口になってませんわ……クロエはそっと手を振って見送った。
全てのペアが出発するのを確認し、
「では私たちも行くとしよう」
「頑張りますわ!」
本日の目的である魔物退治へと、最後にジンセル王子とクロエも歩き出した。
◇◇
クムはメルの森に潜む魔物だ。凶暴なクムは数年に一度異常増殖をし近隣の村々に出没し甚大な被害となるため、ギルドを持たないメルバでは学園の鬼士科の有志を募り討伐を依頼していた。
今年は先日の合同授業のかいもあり、やる気ある有志で訓練ついでに親睦を深めようと討伐を請け負ったのだった。
見通しの良い場所まで来るとジンセル王子は急に脚を止めた。
「こういう開けたところはクムはあまりよりつかない。少し休もう。それに、ここには私たちしかいないから色々と話せるし。例えば悪役令嬢とかね?」
あそこに座ろう──三人は座れそうな大きな岩へと、ジンセル王子はクロエを誘った。
「先に言っておく。君の妹のシロエは問題なく来年から学園に入学するし、近々メルバにもやって来る予定だ」
「あの子はどんな子になりましたか? 虐められたり、心を閉ざしたりしていませんか?」
「カズラ侯爵家の義両親に愛され、義兄のリュウルにも溺愛されてますよ。君が案じるようなシロエではありませんね」
「殿下はやはりご存じだったのですね」
含みのある言葉にクロエは微笑んだ。
「うん。シロエとの初対面の時に、号泣しながら当時の君が書いてくれたノートを押しつけられてね。読ませてもらった」
衝撃的な出会いに加えてさらにとんでもない展開で、立ち直るのに一日必要だったとジンセル王子は笑う。
えぐえぐと泣きじゃくりながら、婚約者になったら死んじゃう~!! そう言われ、婚約者候補という曖昧な立場にしてやることしか当時は出来なかったと頭まで下げられ、クロエは申し訳ないやら恥ずかしいやらで言葉を探しあぐねた。
シロエちゃん、あなたって子はもう!
「あの泣きっぷりには困り果てたよ。あの日以来、手のかかる妹みたいな存在です」
「………まさかシロエがそんな失礼をしていたとは思ってもおりませんでした。でも殿下は普通科へ通うはずでしたから、ご存じなのかとは思っておりましたわ」
ならばと、クロエは後から思い出した点や、シロエが《蒼嵐》のカズラ侯爵家へ養女に出されてから今までの日々などを語って聞かせた。
「………ずいぶんと君は努力をしたんだね。それにエンヤルトもやっぱり知っているのか。いや、過保護すぎるのでそんな気はしていたけどね。でも君と話せて本当に良かった。ノートだけでは分かり難い部分があっても、何しろシロエは少々……ねぇ?」
「少々、ぼんやりさんでしたものね」
「……正直、今も変わらない」
のんびり屋でマイペースで甘えん坊、それがクロエの記憶に残る妹だ。識りたいことに答えてもらうには不安のある子供だった。それこそジンセル王子が言い躊躇うぐらいに。
しばらく二人で問題児の想い出話で笑い声を上げる。
今ごろ拗ねているだろう赤毛の王子を思い浮かべ、クロエはとても顔が見たくなる。
きっと怒りながらも喜んでくれるだろうと。
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