蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
778 / 780
外伝:長田鴇汰 ~あれから~

第7話 日常

しおりを挟む
 午後になって角猪の肉が届き、修治と多香子がやってきた。
 子どもは修治の母親がみているという。

「これはまた、凄い量のお肉ね?」

 テーブルに並べた角猪の肉の量に、多香子が驚いている。
 本当は鴇汰が一人で下ごしらえをするつもりだったけれど、結局、多香子にも頼ることになってしまった。

「そうなんだよな。思ったより多かったんだ。まあ、食うほうも多いから、ちょうどいいんだろうけど」

「これは一人では無理ね。お手伝いに呼んでくれてありがとう」

「いや、忙しいだろうから悪いなって思ったんだけどさ。疲れているようなら、すぐ休んでくれていいから。修治も手伝ってくれるんだよな?」

「うちのやつらまで呼んでもらったからな。手伝いくらいはやらせてもらうよ」

 修治とはずいぶんとつき合いかたが変わった。
 以前のように苛立つこともなくなったし、言葉尻に嫌味を感じることもない。
 あんなにも嫌だと思っていた原因を考えると、自分がいかにガキだったかを思い知らされる。

 麻乃と多香子が肉を切り、鴇汰と修治で下ごしらえをしていく。
 淡々と作業を続けていく中で、麻乃が最初に口を開いた。

「あのさ、昨日ね、昔、お母さんが結婚式で着た衣を、おクマさんにもらったんだ」

「あら、それは良かったじゃあないの。ご両親のもの、あまり残っていないものね」

「うん……それでね、あたしと鴇汰、式を挙げようか、って」

「なんだ? やっとその気になったのか?」

「やっと……って……なんで?」

「みんな、麻乃ちゃんがそういう気持ちになるのを待っていたのよ」

「俺も多香子も両親も、高田先生たちだってそうだ。ずっと式を挙げろって言っていただろう?」

 修治と多香子にそう言われ、麻乃は恥ずかしそうにうつむいた。

「式の詳細はもう決まったの?」

「ううん、まだなにも。日取りはね、カサネさまたちが、一週間後にしようって言うんだ。でもね、一週間後なんて急すぎると思わない?」

「そうねぇ……普通なら早いけれど、カサネさまが仰ったなら、きっと大丈夫よ」

「けどさ、まだ誰にも報せてねーのよ。今からで、修治も多香子さんも来られるのか?」

 それが一番の心配どころだ。
 急とはいえ、麻乃に近しい人たちにだけは、参加してほしい。
 梁瀬に頼めばクロムにも連絡はつくけれど、来られるかどうか

「ああ。俺たちだけじゃあなく、蓮華のみんなも各隊の隊員たちも、なんの問題もない」

「実はね、神殿から連絡が来ているのよ」

「え? 俺たちが神殿に行ったの、今朝だぜ? なのにもう、そっちに連絡行ってんのかよ?」

 サツキが連絡や手配も済んでいるといったのは、このことなのか。
 それにしたって、対応が早過ぎる。

「みんな、それだけ待っていたのよ」

 こんなに気に掛けてもらっているとは思いもしなかった。
 鴇汰だけでなく、麻乃も驚いている。
 知らない間にあれこれと進んでいくのは、本当なら気味の悪い話なのに、今は不思議と胸に温かい感情があふれ出る。

「ちょうどいいから、中央にいる五番のやつらにも声を掛けておいた。明日、みんなにちゃんと話すといい」

「俺んトコにも? そうか……みんな来るのか」

 手間を掛けさせるようで悪いと思いつつも、久しぶりにみんなで集まれるのはありがたい。
 今回の報告はもちろんのこと、部隊としての今後についても話ができる。

 鴇汰と多香子で大鍋に汁ものを作っているあいだ、麻乃と修治が庭にコンロやテントを設置してくれた。
 この家は、通りから奥まった場所にあり、それなりに開けた敷地があるから、大勢集まっても問題なさそうだ。

 これまでなんとなく、のんびりしていた時間が、急に動き出したようでソワソワする。
 それに、なにもかもが大掛かりな気も……。
 味見をして仕上げをしながら、鴇汰は頭を振ってモヤモヤを振り払った。

 今さら、どう考えたところで、なるようにしかならないんだから、もう思い切って全部を流れに任せよう。
 麻乃も急だといいながら、どこか嬉しそうにみえるから、それでいい。

 日が暮れる前にはすべての準備が終わり、片づけをして修治と多香子は帰っていった。
 夕飯を済ませ、一日が終わる。
 変わり映えのない毎日だけれど、以前のときとは違う時間の重みを噛みしめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...