769 / 780
外伝:元山比佐子 ~成長~
第6話 泉の森
しおりを挟む
夕飯を食べながらでも話は弾み、時間が経つのがあっという間に感じた。
気がつけば、もう二時間以上、経っている。
戦士であることで、共通の話題があるからか、聞いているのも楽しいし、比佐子が話すことが通じるのも嬉しい。
怪我を負ってから退院するまでは、彼のことも気になって食欲がなかったけれど、久しぶりに満腹感と満足感を得た気がする。
「比佐子、このあとは用事ある?」
「別にないけど、なんでよ?」
「あと少しだけ、つき合って欲しいんだけど、いいかな?」
「いいけど……」
「ホントに? じゃあ、すぐ行こう」
穂高は比佐子が財布を出す隙もないほど素早く会計を済ませると、手を取ってそのまま店を出た。
花丘の大通りを、どんどん奥へと進んでいく。
「ちょっと……! ねぇ! お会計! っていうか、どこに行くのよ!」
「うん、ちょっとね。この時間、結構いいんだよ」
なにがいいんだかわからないまま、小走りでたどり着いたのは、泉の森だった。
湖畔に沿って散策路があり、疲れた人のためにベンチも設置されていて、朝は戦士たちがランニングをしていることもある。
暗闇の中に広がる水面には、神殿の松明の光が移り込んでいた。
それだけでなく、小さな光がたくさん舞っている。
「なによ、これ……ホタル? こんなの見たことないんだけど……」
「うん。奇麗だよね? 夜に泉の森に来る人って少ないから、意外と知られていないんだよ」
幻想的な風景に見惚れていると、穂高は「すぐ戻るから、ちょっと待ってて」といって、一人でどこかへ走っていってしまった。
帰ってしまおうかとも思ったけれど、食事のお金も渡していないし、なによりこのホタルをもう少し見ていたかった。
近くのベンチに腰をおろし、しばらく泉を眺めていると、いつの間にか穂高が戻ってきて後ろに立っていた。
「どう? たまにはこういうの、見るのもいいだろう?」
「まぁね。北区でも見られるところはあるけど、ここまで見事じゃなかったもの」
「気に入ってくれたなら良かった」
「それよりあんた、どこに行っていたのよ? 私、食事の支払いも――」
振り返った比佐子の目の前に、真っ白い大きな百合の花束が差し出された。
甘い匂いにむせ返りそうになる。
「また花束? あんたも懲りない男ね……花はもういいって言ったじゃないのよ」
「だけど、手ぶらで言うのもなんかね。格好つかないじゃあないか。指輪を贈るにはさすがに早いだろうからさ」
「指輪って……あんた、なにを言ってるのよ?」
「比佐子のことが凄く好きだ。俺とちゃんとつき合って欲しい。もちろん、結婚するのを前提として」
比佐子の目をみつめている穂高は真剣な表情をしていて、本気だというのがわかる。
だけど――。
一体、比佐子のどこをみて、そんなに気に入ったというんだろう?
(あぁ……そういえば、最初に『顔』って言ってたっけ……)
それだけで結婚前提とかまで言われるのは、比佐子としては不本意なんだけれど。
決して嫌だというわけでもない……むしろ嬉しいと思っている。
ただ……ここで受け入れてもいいのか、迷う。
「あ、そうだ! さっきの食事代!」
「え? 今それ? いいよ……俺が誘ったんだから」
「駄目よ。こういうの、私はちゃんとしたいから」
渋々受け取った穂高は、無造作にポケットに突っ込み、比佐子の手を取った。
「返事、欲しいんだけど」
「……ごめん、私、正直いうと迷ってる。私が戦士たちのあいだで、なんて言われているか知ってるでしょう?」
「うん、まぁ、ほんの少しだけどね」
「もしかすると、迷惑をかけるだけかもしれないし、あんたまで変な噂を立てられるかも……」
「俺は別にそんなのは気にしないよ。そんな話じゃあなくて、比佐子がどう思っているのか知りたい」
「どうって言われても……」
「前に、大っ嫌いって言われたけど、本当に俺のこと、嫌い?」
「嫌いなんてことはないけど――」
「それなら、つき合ってよ。それでどうしても駄目だとか、違うとか思ったら、振ってくれて構わないから」
比佐子の手を両手で包むように握りしめる力は強いのに、どこまでも穏やかな口調で、変に胸に沁みる。
最初はあんなに嫌だと思っていたのに、いつの間にか一緒にいるのを楽しいと感じている。
「わかった。いいよ。ただ――」
まだ返事の途中で、穂高は比佐子が手にしていた花束を取ってベンチに置くと、ギュッと抱きついてきた。
背中に回された手が温かい。
「良かった……断られるかも、って思っていた。絶対に後悔させないし、幸せにするから」
「それはいいんだけど、駄目だと思ったら、本当にすぐ別れるからね?」
「うん、わかってる。そうならないようにするよ」
穂高の肩越しに、さっきよりもたくさんのホタルが舞っている。
先のことはわからないけれど、たった今は、本当に幸せな気分だ。
「それから、俺たちは戦士だから、持ち回りとかであまり会えないこともあるけど、できるだけ会う時間を作るから」
「気にしないで。それは私もちゃんと、わかっているから。それにあんた――穂高は隊長なんだから、私に会う時間を作るより、隊員たちを優先して。怪我も……できるだけ気をつけて」
「うん」
「もしも死んだりしたら、絶対に許さないから。死んでも私がぶっ殺してやるからね」
比佐子の背中に回された腕が解かれ、体を少し離した穂高は、今までに見たことがない優しい笑顔で「わかった」といった。
気がつけば、もう二時間以上、経っている。
戦士であることで、共通の話題があるからか、聞いているのも楽しいし、比佐子が話すことが通じるのも嬉しい。
怪我を負ってから退院するまでは、彼のことも気になって食欲がなかったけれど、久しぶりに満腹感と満足感を得た気がする。
「比佐子、このあとは用事ある?」
「別にないけど、なんでよ?」
「あと少しだけ、つき合って欲しいんだけど、いいかな?」
「いいけど……」
「ホントに? じゃあ、すぐ行こう」
穂高は比佐子が財布を出す隙もないほど素早く会計を済ませると、手を取ってそのまま店を出た。
花丘の大通りを、どんどん奥へと進んでいく。
「ちょっと……! ねぇ! お会計! っていうか、どこに行くのよ!」
「うん、ちょっとね。この時間、結構いいんだよ」
なにがいいんだかわからないまま、小走りでたどり着いたのは、泉の森だった。
湖畔に沿って散策路があり、疲れた人のためにベンチも設置されていて、朝は戦士たちがランニングをしていることもある。
暗闇の中に広がる水面には、神殿の松明の光が移り込んでいた。
それだけでなく、小さな光がたくさん舞っている。
「なによ、これ……ホタル? こんなの見たことないんだけど……」
「うん。奇麗だよね? 夜に泉の森に来る人って少ないから、意外と知られていないんだよ」
幻想的な風景に見惚れていると、穂高は「すぐ戻るから、ちょっと待ってて」といって、一人でどこかへ走っていってしまった。
帰ってしまおうかとも思ったけれど、食事のお金も渡していないし、なによりこのホタルをもう少し見ていたかった。
近くのベンチに腰をおろし、しばらく泉を眺めていると、いつの間にか穂高が戻ってきて後ろに立っていた。
「どう? たまにはこういうの、見るのもいいだろう?」
「まぁね。北区でも見られるところはあるけど、ここまで見事じゃなかったもの」
「気に入ってくれたなら良かった」
「それよりあんた、どこに行っていたのよ? 私、食事の支払いも――」
振り返った比佐子の目の前に、真っ白い大きな百合の花束が差し出された。
甘い匂いにむせ返りそうになる。
「また花束? あんたも懲りない男ね……花はもういいって言ったじゃないのよ」
「だけど、手ぶらで言うのもなんかね。格好つかないじゃあないか。指輪を贈るにはさすがに早いだろうからさ」
「指輪って……あんた、なにを言ってるのよ?」
「比佐子のことが凄く好きだ。俺とちゃんとつき合って欲しい。もちろん、結婚するのを前提として」
比佐子の目をみつめている穂高は真剣な表情をしていて、本気だというのがわかる。
だけど――。
一体、比佐子のどこをみて、そんなに気に入ったというんだろう?
(あぁ……そういえば、最初に『顔』って言ってたっけ……)
それだけで結婚前提とかまで言われるのは、比佐子としては不本意なんだけれど。
決して嫌だというわけでもない……むしろ嬉しいと思っている。
ただ……ここで受け入れてもいいのか、迷う。
「あ、そうだ! さっきの食事代!」
「え? 今それ? いいよ……俺が誘ったんだから」
「駄目よ。こういうの、私はちゃんとしたいから」
渋々受け取った穂高は、無造作にポケットに突っ込み、比佐子の手を取った。
「返事、欲しいんだけど」
「……ごめん、私、正直いうと迷ってる。私が戦士たちのあいだで、なんて言われているか知ってるでしょう?」
「うん、まぁ、ほんの少しだけどね」
「もしかすると、迷惑をかけるだけかもしれないし、あんたまで変な噂を立てられるかも……」
「俺は別にそんなのは気にしないよ。そんな話じゃあなくて、比佐子がどう思っているのか知りたい」
「どうって言われても……」
「前に、大っ嫌いって言われたけど、本当に俺のこと、嫌い?」
「嫌いなんてことはないけど――」
「それなら、つき合ってよ。それでどうしても駄目だとか、違うとか思ったら、振ってくれて構わないから」
比佐子の手を両手で包むように握りしめる力は強いのに、どこまでも穏やかな口調で、変に胸に沁みる。
最初はあんなに嫌だと思っていたのに、いつの間にか一緒にいるのを楽しいと感じている。
「わかった。いいよ。ただ――」
まだ返事の途中で、穂高は比佐子が手にしていた花束を取ってベンチに置くと、ギュッと抱きついてきた。
背中に回された手が温かい。
「良かった……断られるかも、って思っていた。絶対に後悔させないし、幸せにするから」
「それはいいんだけど、駄目だと思ったら、本当にすぐ別れるからね?」
「うん、わかってる。そうならないようにするよ」
穂高の肩越しに、さっきよりもたくさんのホタルが舞っている。
先のことはわからないけれど、たった今は、本当に幸せな気分だ。
「それから、俺たちは戦士だから、持ち回りとかであまり会えないこともあるけど、できるだけ会う時間を作るから」
「気にしないで。それは私もちゃんと、わかっているから。それにあんた――穂高は隊長なんだから、私に会う時間を作るより、隊員たちを優先して。怪我も……できるだけ気をつけて」
「うん」
「もしも死んだりしたら、絶対に許さないから。死んでも私がぶっ殺してやるからね」
比佐子の背中に回された腕が解かれ、体を少し離した穂高は、今までに見たことがない優しい笑顔で「わかった」といった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる