蓮華

釜瑪 秋摩

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外伝:長田鴇汰 ~成長~

第1話 花丘の朝

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 目が覚めたとき、窓の外が明るくなり始めたところだった。
 隣の布団で寝ていたはずの、初雪はつゆきの姿がみえない。

 のそのそと布団を出ると、少し肌寒さを感じて羽織に袖を通した。
 固まった体をほぐすように伸びをして、窓を開ける。

 冷たい空気が流れ込んできて、鴇汰ときたは身震いをした。
 そのまま窓枠に腰をおろして手すりに寄りかかり、花丘はなおかの通りを眺めていた。

「あら、もう起きていたのね?」

 部屋の扉を開けて入ってきたのは初雪だ。

「なんかな。目が覚めちまって」

 初雪はそのまま鴇汰の側へ来ると、膝に寄りかかり、一緒に外を眺めた。

「なにを見ていたの?」

「別に。なにってわけでも……」

 答えながら、ふと視線を大門に向けると、麻乃あさのが歩いてくるのがみえた。
 こんな朝早く、まだ店も開いていないというのに、こんなところへなにをしに来たんだろう?
 どこか急いでいるふうで、こちらに気づくことはなさそうだ。

 いつでもつい、目で姿を追っている。
 気持ちを伝えてずっと一緒にいられたら、そう思っていたのに、麻乃の隣には修治しゅうじがいた。
 忘れようとして、あちこちで遊び歩いたけれど、結局、比べてしまうだけで忘れられない。

 遊びすぎたせいか、どこへ行っても誘われるけれど、今は全部、断っている。
 食い下がられて逃げられないかと思ったときに、助けてくれたのが初雪だった。
 初雪のところに通っているというと、しつこく誘われることがなくなった。

 ここへ来たからといって、初雪とどうこうするわけじゃあない。
 ただ、話をして眠るだけだ。
 初雪も、特に鴇汰には興味がないようで、ゆっくり眠らせてくれる。
 膝に寄りかかっていた初雪も、麻乃に気づいたようで、身を乗りだした。

「麻乃ちゃんじゃない。こんな早くにどうしたのかしらねぇ?」

「麻乃のこと、知っているのか?」

「もちろんよ。花街で麻乃ちゃんに助けられた女の子、多いのよ」

 酔っ払いや強引な客がいたときに、麻乃は率先して助けてくれるという。
 どの区でも、麻乃がいると安心だ、といっているそうだ。

「ふうん……そんな話、全然しらなかったな」

 初雪はチラリと鴇汰を見あげてくると、唐突に麻乃に声を掛けた。

「姐さん、呼ばなくてもいいよ」

 呼び声を探して、麻乃は辺りを見回している。
 止めようとする鴇汰を無視して、初雪はまた声をかけた。

「こっち、こっちよ」

 麻乃の目がこちらに向き、鴇汰と初雪を見ると、頭をさげた。
 初雪はさらに身を乗りだして、麻乃に手を振る。

「こんなに早くに、こんなところへどうしたの?」

「ええ、ちょっと……人を呼びに……」

「そうなの。暇をみて、また食事にでも寄っていってちょうだいよ。ね?」

「はい、そうさせていただきます。それじゃあ、あたしはこれで……」

 また頭をさげた麻乃は、そのまま花丘の奥へと早足で去ってしまった。
 最初に目が合ったきり、麻乃は一度も鴇汰を見なかった。
 ここにいることを、どう思われたんだろう。

「あーあ……行っちゃったわね」

 初雪は膝から離れると、床に手をついて鴇汰の顔をのぞき込んできた。

「……人を呼びに来たって言ってたじゃねーの」

 麻乃の姿が角を曲がって見えなくなった。
 窓を閉め、寝巻を脱いで着替えをする。

 時計はもう六時を過ぎていて、今は西浜に詰めているから、これからすぐに戻らなければならない。
 ただ寝るためだけにきているようなものなのに、それでも来ずにいられなかったのは、麻乃に会えるのを期待していたからだ。

「そんな顔をするくらいなら、ハッキリ好きだって言えばいいのに」

 そんな顔、と言われても、自分が今、どんな顔をしていたのかわからない。

「簡単に言うなよ……」

「意気地がないのねぇ」

「そりゃあ、そうだろ? 男がいる相手に言ったところで、答えはみえてるじゃんか」

 クスクスと笑う初雪に、不貞腐れながら返した。
 背中に掛けてくれた上着に手を通し、支度を終えた。

「そうそう、私ねぇ、もうすぐ辞めるのよ」

「え? なんでだよ?」

「結婚するのよ」

「結婚……? そうか……おめでとう……でいいんだよな?」

 祝いの言葉を発してから、本当にしたくてする結婚なのかと疑問がよぎり、つい、そう聞いてしまった。
 笑顔のまま、初雪は鴇汰の腕をつねり「当たり前でしょう」と答えた。

「だからもう、ここに逃げてくることはできなくなるわねぇ」

「そうだよな……参ったな……」

 これからまた、あちこちから声がかかるのかと思うと、気が萎える。
 自分の蒔いた種だから、自分でどうになする以外はないのだけれど……。

「それからね、私の見立てだと、あの二人、そろそろ別れるわよ」

「あの二人……って、麻乃と修治が? なんでそんなことがわかるのよ?」

「なんとなく……ね。だから鴇汰くん、誘いは全部、きっちり断って、身奇麗にしておきなさい」

 いつまでもフラフラしていたり、断り切れないで誘いに乗るような真似はするな、という。
 確かに、今でも断り切れないこともある。
 それもあって、いつもここへ逃げてきていた。

「じゃないと、いざ、気持ちを伝えようってときに、絶対に揉めるわよ?」

「わかった。今日を最後に、二度と誘いには乗らないし、全部断る」

 そう約束をし、これまで助けてくれた初雪に改めてお礼をいうと、鴇汰は店をあとにした。
 麻乃と修治が別れたと聞いたのは、それからすぐのことだった。 
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