738 / 780
外伝:藤川麻乃 ~成長~
第3話 考えること
しおりを挟む
翌朝は、小坂と葛西を伴って医療所へ顔を出した。
先に看護師や医師たちから、リュの様子を聞いた。
怪我はまだなんとも言えないらしいけれど、一カ月もあれば良くなるという話しだった。
川上や辺見が言っていた通りで、看護師たちにも評判がいい。
リュはもう起きていて、食事もしっかり済ませていた。
「具合はどうですか? といっても、昨日の今日じゃあ、そう変わりはないんでしょうが」
「ええ、おかげさまで……ここの方々にも、良くしていただいています」
「そうですか。それはなによりで」
吊られたままの足は痛々しいけれど、命があるんだから問題はないだろう。
この状態じゃあ逃げようもないし、ウロウロ歩き回られることもなさそうだ。
今のところは見張りといっても、医療所への顔出し程度で十分だと思った。
「あたしは数日、ここを離れますが、なにかあれば看護師の方々に相談を。問題があれば、こちらに連絡するよう頼んでありますので」
「お忙しいんですね。そんなときに、お手間を取らせてしまって申し訳ありません」
「まあ、そうかしこまらず……足が治るまでは退屈でしょうが、ゆっくり休んでください」
礼をして病室を出ようとしたとき、リュに呼び止められた。
「えっと……ですね……その……お名前をお聞きしたいんですが……」
「名前? ああ……藤川です。藤川麻乃」
「麻乃さん、ですか」
よく知らない人間に下の名前で呼ばれると、なんだかむず痒い思いになる。
「もう、よろしいですか?」
「あ、はい。呼び止めてしまってすみません」
もう一度、礼をして、今度こそ病室をあとにした。
「ずいぶんと低姿勢なヤツでしたね?」
北区へ向かう車の中で、葛西がそういった。
運転をしている小坂も葛西と同じように感じたのか、何度かうなずいた。
「そりゃあ、敵国にいるわけだからねぇ……今は怪我もしているし、強気には出られないでしょ」
「そうですかね? ずいぶんと前にヘイトの兵が取り残されたときは、まあ酷いヤツだったみたいですけど」
「へぇ……けど、みんながみんな、悪いヤツってわけでもないんだし、ああいうヤツがいてもおかしくはないんじゃあない?」
助手席から身を乗りだすように麻乃を振り返った葛西は、憮然とした表情だ。
「隊長……まさか、看護師や花丘の姐さんたちみたいに、ヤツにほだされちまってるんじゃあないでしょうね?」
「馬鹿なことをいってるんじゃあないよ。そんなわけないじゃあないか」
「だったら、いいんですけど」
正面に向き直った葛西は、ぶっきらぼうにそういった。
そんなふうにみえたんだろうか?
だとしたら、心外だ。
確かに人目を惹く顔立ちだとは思うし、物腰も柔らかくて感じはいいけれど、それだけだ。
ただ、リュは不安を感じているんだろうというのは、想像がつく。
それを考えると、少し可哀想だな、とは思う。
上層は、リュの処遇をどうするつもりなのか、麻乃はまだなにも聞かされていない。
通例に倣うなら、薬で眠らせて、庸儀の海岸沿いに流されるはずだ。
処刑は……ないだろう。
ただ、それをリュはしらない。
だからきっと、不安なんだろう、そう思った。
「北には一週間ですけど、そのあいだに、医療所へ行くんですか?」
バックミラー越しに小坂が問いかけてくる。
麻乃はシートに体を沈め、どうするか考えた。
「そうだねぇ……今は動けないんだから、中日にでも顔を出せばいいかな」
「そうですか。それじゃあ、そのときは誰か二人、連れていってください」
「二人も? 運転してくれるヤツがいれば大丈夫でしょ?」
「駄目です。隊長とはいえ、敵兵と向き合うのに付き添いが一人では、なにかあったときに対処が遅れます」
「腕前はわかっていますけど、ヤツが術師だった場合、隙を突かれると危なくなる可能性もありますからね」
小坂に合わせるように、葛西もそういう。
この二人に言われると、弱い。
「わかった。だったら、あんたたちでいいよ。三日後、時間を空けておいて」
「わかりました」
二人の返事にうなずくと、麻乃は窓の外へ目を向けた。
鴇汰は今週は南浜だ。
また、あの女性と会うんだろうか……。
チラリと見かけただけだったけれど、見たことのない笑顔は、親密さを表している気がした。
麻乃が見るのは、ほとんどが不機嫌な表情だ。
出るのはため息ばかりで、胸が痛む。
近ごろ、考えることが多すぎる。
自分の気持ちさえ持て余しているのに、来週は隊員たちの底上げをしなければならないし、休息のことも考えなければいけない。
リュの様子をみて報告書も書かなければいけないし、比佐子がなにか面倒に巻き込まれているような気がして、そっちも気になる。
先ず、どこから手をつけようか、悩む。
もたもたしていると、すべてが拗れていきそうで、それが怖いけれど……。
「順番に一つづつ、こなしていくしかないか……」
北浜に着き、隊員たちと合流すると、麻乃は全員に、来週からの予定を伝えた。
先に看護師や医師たちから、リュの様子を聞いた。
怪我はまだなんとも言えないらしいけれど、一カ月もあれば良くなるという話しだった。
川上や辺見が言っていた通りで、看護師たちにも評判がいい。
リュはもう起きていて、食事もしっかり済ませていた。
「具合はどうですか? といっても、昨日の今日じゃあ、そう変わりはないんでしょうが」
「ええ、おかげさまで……ここの方々にも、良くしていただいています」
「そうですか。それはなによりで」
吊られたままの足は痛々しいけれど、命があるんだから問題はないだろう。
この状態じゃあ逃げようもないし、ウロウロ歩き回られることもなさそうだ。
今のところは見張りといっても、医療所への顔出し程度で十分だと思った。
「あたしは数日、ここを離れますが、なにかあれば看護師の方々に相談を。問題があれば、こちらに連絡するよう頼んでありますので」
「お忙しいんですね。そんなときに、お手間を取らせてしまって申し訳ありません」
「まあ、そうかしこまらず……足が治るまでは退屈でしょうが、ゆっくり休んでください」
礼をして病室を出ようとしたとき、リュに呼び止められた。
「えっと……ですね……その……お名前をお聞きしたいんですが……」
「名前? ああ……藤川です。藤川麻乃」
「麻乃さん、ですか」
よく知らない人間に下の名前で呼ばれると、なんだかむず痒い思いになる。
「もう、よろしいですか?」
「あ、はい。呼び止めてしまってすみません」
もう一度、礼をして、今度こそ病室をあとにした。
「ずいぶんと低姿勢なヤツでしたね?」
北区へ向かう車の中で、葛西がそういった。
運転をしている小坂も葛西と同じように感じたのか、何度かうなずいた。
「そりゃあ、敵国にいるわけだからねぇ……今は怪我もしているし、強気には出られないでしょ」
「そうですかね? ずいぶんと前にヘイトの兵が取り残されたときは、まあ酷いヤツだったみたいですけど」
「へぇ……けど、みんながみんな、悪いヤツってわけでもないんだし、ああいうヤツがいてもおかしくはないんじゃあない?」
助手席から身を乗りだすように麻乃を振り返った葛西は、憮然とした表情だ。
「隊長……まさか、看護師や花丘の姐さんたちみたいに、ヤツにほだされちまってるんじゃあないでしょうね?」
「馬鹿なことをいってるんじゃあないよ。そんなわけないじゃあないか」
「だったら、いいんですけど」
正面に向き直った葛西は、ぶっきらぼうにそういった。
そんなふうにみえたんだろうか?
だとしたら、心外だ。
確かに人目を惹く顔立ちだとは思うし、物腰も柔らかくて感じはいいけれど、それだけだ。
ただ、リュは不安を感じているんだろうというのは、想像がつく。
それを考えると、少し可哀想だな、とは思う。
上層は、リュの処遇をどうするつもりなのか、麻乃はまだなにも聞かされていない。
通例に倣うなら、薬で眠らせて、庸儀の海岸沿いに流されるはずだ。
処刑は……ないだろう。
ただ、それをリュはしらない。
だからきっと、不安なんだろう、そう思った。
「北には一週間ですけど、そのあいだに、医療所へ行くんですか?」
バックミラー越しに小坂が問いかけてくる。
麻乃はシートに体を沈め、どうするか考えた。
「そうだねぇ……今は動けないんだから、中日にでも顔を出せばいいかな」
「そうですか。それじゃあ、そのときは誰か二人、連れていってください」
「二人も? 運転してくれるヤツがいれば大丈夫でしょ?」
「駄目です。隊長とはいえ、敵兵と向き合うのに付き添いが一人では、なにかあったときに対処が遅れます」
「腕前はわかっていますけど、ヤツが術師だった場合、隙を突かれると危なくなる可能性もありますからね」
小坂に合わせるように、葛西もそういう。
この二人に言われると、弱い。
「わかった。だったら、あんたたちでいいよ。三日後、時間を空けておいて」
「わかりました」
二人の返事にうなずくと、麻乃は窓の外へ目を向けた。
鴇汰は今週は南浜だ。
また、あの女性と会うんだろうか……。
チラリと見かけただけだったけれど、見たことのない笑顔は、親密さを表している気がした。
麻乃が見るのは、ほとんどが不機嫌な表情だ。
出るのはため息ばかりで、胸が痛む。
近ごろ、考えることが多すぎる。
自分の気持ちさえ持て余しているのに、来週は隊員たちの底上げをしなければならないし、休息のことも考えなければいけない。
リュの様子をみて報告書も書かなければいけないし、比佐子がなにか面倒に巻き込まれているような気がして、そっちも気になる。
先ず、どこから手をつけようか、悩む。
もたもたしていると、すべてが拗れていきそうで、それが怖いけれど……。
「順番に一つづつ、こなしていくしかないか……」
北浜に着き、隊員たちと合流すると、麻乃は全員に、来週からの予定を伝えた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる