蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
725 / 780
外伝:藤川麻乃 ~馴れ初め~

第9話 気づき

しおりを挟む
 西区で修治と過ごしたあと、中央へ戻ってから、これまで感じていた違和感が、一気に膨らんだ。
 修治のことは変わらず好きだし、つき合い始めてもうすぐ二年が経とうとしているのに、どうにも胸がざわつく。

 原因がわからないまま、麻乃は日々を過ごしていた。
 鴇汰とも、変な言いがかりをつけられたり、上げ足を取って責められたりと、喧嘩が続くばかりだ。

 腹が立つのに、会議で会うたびに、つい見入ってしまう。
 鴇汰より後ろの席に座り、その背中を眺めていたり、会議のあとに穂高や梁瀬と笑いあっているところをみて、にやけている自分にも気づく。
 最近では、どうやら花街へ通うのを辞めたらしいと聞いて、ホッとしている自分もいた。

 苛立ちも怒りも、嬉しさも楽しさも、全部の感情を鴇汰に揺さぶられて、目眩を起こしそうだ。
 修治といるときには、安心感があるけれど、こんなにも気持ちが動かされることはない。

 言い合いをしているときに、ふと思った。
 穂高たちと話しているときには、鴇汰はよく笑っている。
 花街でも、きっとそんな感じだろうし、第五部隊の隊員とだって、きっと笑い合ったり、ふざけ合っているんだと思う。

 麻乃だけが、鴇汰に険しい顔をさせているんじゃあないだろうか?

 彼女と一緒にいるときは、どんな表情をみせるんだろう?
 今も、ガタガタと文句を言っている鴇汰の顔をみながら、どうしようもなく切なく、胸が痛んだ。
 いい加減、やり合っているのが辛くなり、鴇汰を無視して会議室を出ようとした。

「ちょっと待てよ! まだ話は済んじゃいねーだろ!」

 肩をつかんだ鴇汰の手を、麻乃は思いきり払いのけた。

「もういいって! あたしが全部悪いんでしょ! だいたい、そんなに気に食わないなら、もう二度と、あたしに構わないでよ!」

 鴇汰の顔をみることもできず、麻乃は会議室を飛び出した。
 後ろで神田が鴇汰を窘め、叱っている声が聞こえるけれど、それもどうでもよかった。
 そのまま軍部の自分の部屋に駆け込み、鍵をかけてソファで毛布にくるまって横になる。

 今までのことを考えながら、胸の痛みに麻乃は体を丸めて小さくなった。
 鴇汰の花街での噂に、嫌な気持ちになるのは、多分、嫉妬だ。
 言い合いをしているときに、悲しくなるのは、麻乃のことをわかってもらえないからだ。

(あたし……鴇汰のことが好きなんだ……)

 なんだって、こんな気持ちに気づいてしまったんだろう。
 いくら好きになろうとも、鴇汰にはあんなにも奇麗な彼女の存在がある。

 彼女がいなかったとしても、鴇汰の周りには奇麗な人が多い。
 それを差し置いて、自分を選んでもらえると思うほど、いい女ではない。
 料理も掃除も苦手で、家庭的でもなければ、思いやりがあるわけでもない。

「あるのは剣術だけ……か……」

 出来の悪い自分に、自嘲気味に笑った。
 横になったまま、大きくため息をつく。
 この気持ちだけは、誰にも知られてはいけないし、口にもできない。

 これが本当に人を愛する気持ちなんだとしたら、修治に対する『好き』の気持ちは……?
 きっと、家族としての愛情なんだろう。

 長く、いすぎてしまった。
 両親を亡くしてから、ずっと同じ家で育ち、変わっていく思いに気づかないまま、ここまで来てしまった。
 膨らむ違和感は、そのせいだったんだろう。

 気づいた以上、この先も修治とつき合い続けていくのは、無理だ。
 夜を待ち、人けがなくなってから宿舎に戻り、麻乃はそのまま修治の部屋を訪ねた。
 別れの言葉を、言うために。


-完-
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...