蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
719 / 780
外伝:藤川麻乃 ~馴れ初め~

第3話 噂のヤツら

しおりを挟む
 矢萩たちと別れてから、東区の十四歳組と十六歳組にはよく当たった。
 ほとんどが単独で行動をしているけれど、四、五人のグループもいくつかあった。
 確かに太刀捌きはうまいけれど、南区ほどではないし、北区のように力でごり押ししてくる戦いかたでもない。

 今も、やり合ったグループからリストバンドを奪いながら、こんなものか、と思っていた。
 麻乃が通う道場のあるじ、小幡が隠居をして、高田が師範としてやってきてから、麻乃はほかの誰よりも鍛錬してきている。

 剣術も体術も、上には上がいて負けることもあるけれど、その回数は大幅に減った。
 そうやって過ごしてきているから、同年代ならば、負ける気がしない。
 塚本や市原には、「天狗になるな」と言われるけれど……。

「別に天狗になっているつもりはないんだけどな」

 強いと言われていたのは十五歳組だ。
 この辺りを回っていないんだろうか、なぜか十五歳組と当たらない。

 大木に隠れて気配を辿った。
 今、麻乃がいる辺りに人の気配がない。

「西区のみんなもいないみたい……まさか、みんなやられてるなんてことはないよねぇ……」

 いない以上はなにもしようがなく、麻乃はもっと奥まで進んでみることにした。
 注意だけは怠らないように、集中しても、なかなか出会わず、気づけば演習場の一番奥まで来ていた。

「えー……なんでいないのさ……」

 このままでは、強いヤツらと出会うことなく終了時間になってしまう。
 来た道と逆を、東区が入った演習場の左側に向かった。

 しばらく行くと、まだ距離はあるけれど、数人が固まっている気配を感じた。
 気配を殺して近づいていくと、向こうもこちらに向かって動き出す。
 まさか麻乃に気づかれたんだろうか?
 様子を見るために、手近な大木の枝に飛び乗り、潜んで待った。

「全然、見つからねーな」

 先頭を歩く背の高いヤツがボヤいている。
 その隣に、槍を肩に担いだヤツがいた。
 手首を見ると、赤のリストバンドだ。

(やっと見つけた……十五歳組だ!)

 数えると五人、三人が刀で二人が槍だ。
 矢萩が強いヤツは刀と槍だと言っていた。
 あの中の、どれか、か。

 五人とも麻乃に気づいた様子はなく、辺りを探りながらゆっくり進んでいる。
 五人とも、ベルトにリストバンドを何個かさげているところをみると、それだけ倒してきているということか。

「おかしいな……絶対、先頭で奥まで来ると思っていたのに」

「もしかして、もう誰かに倒されたんじゃねーの? 藤川麻乃」

 麻乃の名前が出て驚いた。
 コイツらは、麻乃を探しているのか。

「まさか。だってかなり強いって噂だし、相変わらず演武に出続けてるじゃあないか」

「だよな。今年も出るじゃん? 演武。名前、出ていたろ?」

「けどなぁ……あくまで噂だろ? 実際、こんなに出くわさねーんじゃ、それほどでもないのかも……」

 噂になってると言うのは初めて聞いたけど、それほどでもないと思われるのは心外だ。
 麻乃はちょっとムッとした。

「そうは言っても、動きかたによっては、この広い演習場じゃ、そう簡単には出くわさないよ」

「うーん……鴇汰の言うことも、穂高の言うことも、どっちも考えられるよなぁ」

「手合わせ、してみたかったけどな」

「もうしゃーねぇよ。やられちまったんだよ、きっと」

「あんな小さいんだもんな。力もそんなにないだろ」

――舐められてる。

 コイツら、完全に麻乃を舐めてる、と思った瞬間、意地悪な気持ちがムクムクともたげてきた。

「それほどじゃないのは、探しきれないあんたたちのほうなんじゃないの?」

 枝の上に立ち上がり、麻乃は下にいる十五歳組の連中にそういった。
 全員の目が、こちらに向く。

「藤川麻乃……!」

「それにさ。言っちゃあなんだけど、噂ほどじゃないらしいのも、お互いさまだ……」

 刀を抜いてそのまま枝を飛び降り、一番近い位置にいたヤツの脛を打った。
 パチパチっと電気の流れる音がして、小さなうめき声をあげて倒れた。

「……と、思わない?」

 サッと立ち上がって間合いを取ると、麻乃はそういった。
 残る四人の顔が強ばり、全員が武器を構えた。

「藤川麻乃……俺たちを舐めてるのか?」

 中の一人が刀を掲げて麻乃に切っ先を向けてきた。
 四人は刀と槍が二人ずつだ。
 槍の一人が突きかかってきたのを刀で弾くと、カランと音を立てて槍を落とした。

 その隙をついて、そいつの胴を払った。
 パリパリとまた電流の音が鳴り、ドサリと倒れる。
 さっき麻乃のことを『力もそんなにない』なんて言ってくれたヤツだ。

 すぐに刀のヤツが斬りつけてきたのを鍔で受け、引き付けてから思い切り押し返す。
 よろめいたところへ、左右に流すように打ち込むと、捌ききれなくなって刀を落とした。
 その腰もとに横へと斬り流した。

 倒れたのを横目に、残った刀のヤツと、槍のヤツへと切っ先を向けた。

「さて……あんたたち、さっきは『舐めてるのか』って聞いてきたけど……舐めてるのはあたしか? それともあんたたちか?」

 そう問いかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...