蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
703 / 780
外伝:笠原梁瀬 ~馴れ初め~

第5話 不思議な夢

しおりを挟む
 分厚い本を開き、書かれた文字を目で追いながら、しわがれた手が古びたノートにペンを走らせていた。
 古い術式をいくつも並べ、それに新たな術式を書き足していく。
 これは大人数の行動を制限させて、戦争を止めるための術だ。

 ほかには大地を蘇らせるため、植物の成長を促す術式もある。
 風を呼ぶ呪文をいくつも書き出し、それも改良してさらに強い術も作った。

 まだ見ぬ力を受け継ぐもののために、できるだけ多くの術式を残しておかなければ。
 そう思いながら、声に出さずに呪文をつぶやく。
 それを一つ一つ記憶していく。

 それらは口にするのは大陸での呪文なのに、書きだしているのは見たことのない文言になっている。
 疑問を感じながらも、つぶやきながらノートに書き込んだ。
 ボソボソと声が耳に届き、文字を書く手を止めて部屋の扉を振り返る。

『誰かいるのかね?』

 手と同じようにしわがれた声で問いかけると、立ちあがって扉を開いた。
 外には誰もいない。

『ああ……そうか。いずれ会うキミか……』

 語りかけられて、声の主が老人だとわかり、ハッと目を開いた。
 真っ暗な部屋で梁瀬は目を覚まし、熱を出して眠っていたことを思い出した。
 たった今、夢で見た術式をつぶやく。

 くらりと目眩がして、熱が上がったような気がした。
 窓を強い風がガタガタと揺らし、急に冷えた気がしてトイレに行きたくなった。

「今、何時なんだろう……」

 暗いから夜なんだとわかるけれど、時間がわからないから両親が起きているのかもわからない。
 静かに部屋を出てトイレに向かい、用を足すとまたすぐに眠りについた。
 翌朝にはスッキリと目が覚めて、熱は下がったようだ。

「熱は下がりましたね。ですが、あと二、三日はゆっくりするようにとお医者さまが仰っていましたよ」

 母が作ってくれたおかゆを食べながら、体調が落ち着いたら、通う道場へ一緒に挨拶へ伺うことになったと聞かされた。
 梁瀬はすぐにでも見学に行ってみたかったけれど、ここは母のいうとおり、休むことにした。

 布団で横になったまま、ウトウトするとあの老人の夢を見る。
 彼は常に術のことを話しながら、術式や呪文をノートに書き込み続けている。
 読みかたがわからないな、と思うと、それが届いているかのように老人は呪文を口にした。

 まるで夢の中で術を教わっているような気がしていた。
 朝、目が覚めるたびに夢の内容は忘れてしまうけれど、必ず一つはなにかの術が頭の中に残っている。
 忘れないうちにノートに書きだしてから、その術を使ってみた。

「ゼフィロス・キャロル」

 部屋の窓から外へ向けて杖を小さく振ったけれど、特になにか変化が起こることも、術を放った感覚もない。
 それが失敗だったと気づくまで数日かかるくらい、術がなかなか馴染まなかった。
 両親に教わる術式と少し違うのが原因だろうか?

 どうせなら、両親に教わるのと同じように、対面であの老人からも教わりたい。
 うっすらと頭の中をよぎるのは『賢者』のことで、ひょっとするとあの老人がその一人なのかもしれない、と思っている。
 
 いつか賢者といわれる人に術を教わりたいと、小さいころから思っているけれど、そう簡単なことではない。
 探すだけでも一苦労だろうし、広い大陸の中、どこをどう探したらいいのかもわからない。
 ましてや今は、梁瀬は泉翔に暮らしている。

 ジャセンベルもヘイトも、ロマジェリカに暮らしていたとき以上に、行かれない場所になってしまった。
 今でも時折、夢に出てくる老人に、会いたいと思っていることを伝えたいのに、その手段がわからないまま、ゆっくりと月日は過ぎていく。
 最近は梁瀬自身に力がついてきたからなのか、老人の書き記す呪文のほとんどが、初見でも使えるようになってきた。

 道場に通いながら、空いた時間に泉翔の歴史についてや、大陸との関わりかたを資料で読み漁るようにもなった。
 両親にはまだ、夢のことは内緒にしている。
 老人の術式を試すときは、人けのない海岸や岩場、砦のあたりでこっそりと。

「エアリアン・インヴォケーター」

 岩場の片隅で隠れるように試した術は、強い風を巻き起こして沖へと吹き抜け、梁瀬はあまりの勢いに海に落ちた。
 どんな術かわからない以上、試してみる以外にないのだけれど、自分で制御できない術だったら、と考えると恐ろしくなる。
 幸いにも今は怪我することなく済んでいるけれど……。
 それでも、どうしても好奇心には勝てず、こっそりと試していた。

 十三歳になり、道場での鍛錬にも慣れ始めたころ、演習にも参加するようになった。
 同じ道場には、ロマジェリカから一緒に渡ってきた数人がいるけれど、梁瀬を含めてみんな戸惑いながらやっている。
 同じ道場で親しくなった子どもたちと一緒に組んで行動しているけれど、腕に巻かれた組みひもを斬られてしまうことが多い。

 どうやら近隣の道場に、年下なのに腕の良い子が何人かいるようで、そういった子に遭遇すると紐が斬られるのは、本当にあっという間だ。
 去年、演習中に敵兵が入り込む事故があったらしく、しばらく演習は中止されていたと聞いた。

 今年になって再開されたけれど、強かった子たちはさらに腕を上げているとみんなが話しているのを耳にした。
 幸いなことに梁瀬とは年齢での組み分けで、その子たちと一緒になることはなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

宮廷魔術師のお仕事日誌

らる鳥
ファンタジー
宮廷魔術師のお仕事って何だろう? 国王陛下の隣で偉そうに頷いてたら良いのかな。 けれども実際になってみた宮廷魔術師の仕事は思っていたのと全然違って……。 この話は冒険者から宮廷魔術師になった少年が色んな人や事件に振り回されながら、少しずつ成長していくお話です。 古めのファンタジーやTRPGなんかの雰囲気を思い出して書いてみました。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

処理中です...