蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
672 / 780
大切なもの

第122話 新たなる刻 ~鴇汰 1~

しおりを挟む
 軍部の麻乃の部屋をノックしてドアを開いた。
 途端になにかにぶつかり、ドサリと倒れる音が聞こえる。
 本の山でも倒したか――。

「麻乃? いつまで寝てんだよ」

 ソファーに丸まって眠っている麻乃の肩を揺り起こした。

「んん……鴇汰か……どうしたのさ? こんな時間に」

「こんな時間もなにも、もう昼だぞ」

 麻乃を連れ戻してきた日から、三カ月が過ぎた。
 先月、修治と多香子の祝言が無事に行われ、そのときは参加したものの、それ以外は完全に軍部の部屋に引きこもり、寝泊りもここでしている。
 日中、どこかに出かけてはいるようで、数時間、姿が見えないけれど、今日はいた。

 新たに印を受けた戦士たちの訓練が春から始まる。
 その前に、さっさと住むところを決めてしまいたいのに、なかなか話す時間が持てなかった。

「てか……俺、昨日確か掃除したよな? なんだよこの本の山は……」

「ん……ちょっと調べものがあって」

「そうか。まだ調べることがあるなら、このままにしておくか?」

「ううん。もう大丈夫」

 散らばった本を書棚にしまうと、麻乃も来て一緒に片づけはじめた。
 それが済むと、またソファーに横になっている。

「ねえ、明日でいいんだけどさ、柳堀に連れてってくれないかな?」

「柳堀? そりゃあ構わねーけど、なにしに行くのよ?」

 麻乃はソファーの横に無造作に置かれたかばんから、二本の刃物を出して鴇汰に掲げてみせた。

「鬼灯と夜光。見つけてきたんだ。もとには戻らないみたいだけど……再利用できないか聞きに行きたくてさ」

「それを探しに行っていたのか。そっか……良く見つかったな。じゃあ、明日は朝のうちに出よう」

「うん。助かる」

「それと、もういい加減に住む場所決めようぜ。いつまでも別々に暮らしているの、俺、嫌なんだけど」

 麻乃が赤くなったのをみて、鴇汰まで妙に恥ずかしくなる。
 この反応だと、泉翔に住むのに抵抗があるわけじゃあなさそうだ。

「東区の俺の家も手入れはしてあるからすぐに住めるし、東なら穂高の奥さんもいるだろ? もちろん、西でも構わないし、住んでみたいなら南でも北でも構わないけど……」

「なにいっていやがる! 住むのは西区一択だろうが!」

 突然、背後から怒鳴られて驚いた。
 麻乃のほうもソファーから飛び起きている。

「誰だ? おまえ?」

「あんた……こんなところになにしに来たのさ?」

 現れた男は柳堀の地主の息子だという。
 どうやら以前、麻乃と揉めたことがあると岱胡に聞いている。
 西区に家があるのにほかの区に住むとはなにごとだ、と、まくし立ててきた。

「家って……あの家は焼けてもうなくなっている……」

「馬鹿か。新しく建てたに決まっているだろうが。ん? あんたがコイツの旦那か?」

 唖然としてみていた鴇汰に、そいつはなにか手帳のようなものを差し出してきた。

「クマのやつに、水回りのことはあんたに任せるように言われてんだよ。いろいろと説明があるからよ、今から西区に来てくれや」

「今から?」

「ちょっと待ちなよ、新しく建てたってなに? そんなこと頼んじゃいないし、なにいってんだか全然意味がわからないんだけど?」

 そいつは車を待たせてあるから、とにかく今すぐ来いといって鴇汰と麻乃を急かした。
 よくわからないまま、西区へと移動する。
 連れてこられたのは、もともと麻乃の家があった場所で、麻乃は焼けたといったけれど、立派な家が建っていた。

 見れば家の前にはおクマや松恵、修治や多香子、高田もいる。
 地主の息子は鴇汰を急かし、家に入るとすぐに水回りの説明を始めた。
 真新しい木の匂いが家中に広がっている。

 間取りや広さは、前よりも大きい。
 家具類はもとより食器や生活に必要な用具がみんな揃っている。
 以前の家を建てた大工を探して、同じように建ててくれるよう頼んだそうだ。

「――ってところだ。内向きのことはあんたがやるそうだな? なにかあればすぐに言ってくれ。大工には話しは通してあるからよ」

「そいつはありがたいけど……あんた、なんで麻乃にここまでするんだ?」

「いやさ、このあいだの戦争でよ、あいつに命を助けられてな。その礼を兼ねてのことよ」

「へえ……」

 暗示に掛けられていたはずなのに、一般人を助けたというのか。
 あのとき、確かに小坂や茂木たちにも手を緩めた。
 泉翔の誰かを手に掛けるなど、麻乃にできるはずがなかったんだ。

「それよりあんた、ホントにあいつの旦那になるのか? 難儀なことだなぁ……」

「なんでよ?」

「だってあいつ、強ぇぞ? まあ、あんたも蓮華じゃあ強いんだろうがな。夫婦喧嘩なんてことになったら、誰も止められねぇぞ? 下手したてに出て、うまいことやってくれや」

「わかってるよ」

 話しをしている限り、悪いヤツじゃあなさそうだ。
 麻乃が戸惑った様子でなにか言っているのが、外から聞こえてくる。
 こんなことをしてもらって、とか、そんなわけにはいかない、とか言っている。

「今日からでも住めるようになっているんだけど、どうする?」

「そうだな……住むんじゃあないか? たぶん、今日から」

 中に入ってきたおクマと松恵が、大量の食材を手にしている。
 テーブルにそれを広げると、鴇汰にエプロンを投げてよこした。

「鴇汰ちゃん、新築祝いのパーティーするわヨ!」

「私らも手伝うから、ちゃっちゃとおいしいものでも作ろうじゃないの」

 ため息まじりに調理の準備を始めながら「せっかくだから、あんたも食っていけよ」と地主の息子を振り返ると、もうちゃっかり椅子に座っている。
 素早い。

 賑やかな中、恐縮したように家の中に入ってきた麻乃は、鴇汰をみて苦笑いをした。
 住む場所はここに決まりのようだ。

 それにしても――。

 賑やかなのはいいことだけれど、二人きりになるのはなかなか難しいらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...