蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第115話 旅立ち ~レイファー 1~

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 会議室を出たあと、サムと合流した。
 北浜で後処理を終えたサムの祖父であるハンスとともに、改めて国王たちに挨拶を交わす。
 皇子に促されて高田や尾形、加賀野とも顔を合わせた。

 高田のことは、藤川の親同然の立場だと聞いている。
 だからレイファーは、隠さずに藤川をジャセンベルに迎える旨を伝えた。

 尾形と加賀野は難色を示したけれど、高田は安部と同じで、藤川の好きなようにさせるという。
 必ず手紙を書かせ、レイファーが責任をもって送り届けるというと、高田はかすかに笑っただけでなにも答えなかった。

 中央部で修繕の手伝いをしていたジャセンベル軍を引き揚げさせると、サムと別れて北の浜へと移動した。
 ケインには西側の浜の船を指揮させ、すでに捕らえた兵たちを乗せて出航させている。
 ジャセンベルへ戻り次第、ブライアンとジャックとともに、しかるべく対応するように指示もしてある。

「レイファーさま、反同盟派の数部隊は、北側の浜に残した船で出航するそうです」

「そうか。出航の時間は聞いているか?」

「はい。我々と同じだそうです。それから、捕らえた兵の抑制のため、我が軍の手を借りたいといってきています」

「各船に二部隊ずつ乗船させるように手配してくれ」

「わかりました」

 浜に着くと、もうほとんどの船はいつでも出航できるように準備がされていた。
 本当ならば、藤川が姿を見せた時点で出航しても構わないけれど、泉翔側には時間を伝えてある以上、それを待たなければならない。

 それに――。

 わざわざ時間を知らせたのは、長田が目を覚ますのを待ちたかったこともあってだ。
 間に合わないのであれば、それも構わないとは思っている。
 こんなときに、いつまでも眠ったままでいる長田が悪いのだから。

 今までいいように退かせられていたことを思うと、親切ごかしてなにかしてやる義理もないけれど、これでもレイファーなりに藤川のことを考えているつもりだ。
 先のことを思えば、ここで長田とはきっちりケリを付けておかなければ。

 このところ、ずっと気を張っていたせいか、疲れが出て船室で休むことにした。
 皆が気を遣ってくれてか、ずいぶんと長く眠っていたらしい。
 明け方になってピーターが、藤川がやってきたと知らせにきた。

「寝ていたんだ? 起こしちゃって悪かったね」

「いや、構いやしない」

 本当に泉翔側を避けているようだ。
 この様子だと、誰にもなにも言わずにここへきたんじゃあないだろうか。
 手荷物も、小さなリュックと武器だけだ。

「出航まではまだだいぶ時間があるが、このまま乗船するか?」

 そう問うと黙ってうなずく。
 促すと藤川はタラップを踏み、途中で足を止めて砂浜を振り返った。
 表情からはなにも読み取れないけれど、いろいろな思いを抱えているに違いない。
 レイファーはまず自分の船室に案内をし、今後の流れを藤川に伝えた。

「まずはジャセンベルの城へ向かう。小屋の改修は手配をしてあるが、一週間程度はかかるそうだ」

「うん」

「それまでは城で過ごしてもらう。周辺にはそれなりに大きな街もあるから、必要なものがあれば言ってくれ」

「わかった」

 不自由のないように、どこかへ出るときには、案内役にピーターを連れていくよう伝えると、少し煩わしそうな表情を浮かべた。
 あれこれと指示を出されるのは嫌なのかもしれない。
 話しは着いてから追々すればいいと思い、用意した船室に藤川を案内しようと立ち上がった。

「その前に、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「聞きたいこと?」

「あの日、あんたがあの人を刺したとき……なにか話していたよね? 嫌じゃあなければ、なにを話したのか教えてほしいんだけど」

「……なんだってそんなことを知りたがる?」

 藤川は足もとに視線を落として「ちょっと気になることがあって」といった。
 話したというほど言葉を交わしたわけじゃあない。
 ほんの数十秒だ。

 それよりも、気になることとはなんだろうか?
 ロマジェリカでなにかを聞いたんだろうか?
 意図が掴めず藤川を見つめていると、視線をあげてレイファーをみた。

「もしかして……ランスってあんたのこと?」

「なぜその名を知っている?」

 ランスはレイファーの幼名だ。
 母や当時ともに暮らしていた伯母と従弟にはその名で呼ばれていた。
 城に上げられ、王の命で名を変えられる前までは。

「前にね、あの人……マドルが夢にうなされて、その名前を口にしたことがあったんだ」

「夢……? まさかあいつと寝たのか?」

 聞き終わるか終わらないかのうちに、藤川の平手がレイファーの頬を強く打った。
 中村といい上田の妻といい藤川までも……なぜ泉翔の女たちは、こうも手が早いんだ。

「馬鹿なことをいうんじゃあないよ。そんなわけないじゃあないか。マドルが一度だけ、部屋の隅にあった簡易ベッドで仮眠をとっていたことがあったんだよ。そのときにうなされて『ランス兄さん』って言ったんだ」

 今にも泣きそうな顔をしていたことと、聞かれたくないようだったから、聞いていないふりをしたけど……と藤川はいう。
 最後の瞬間、なにかを話しているマドルの唇がそう動いたように見えたらしい。

「……あいつは母の姉の子……つまりは俺の従弟だ。城へ呼ばれるまで、俺たちはあの森の外れに四人で暮らしていた」
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