蓮華

釜瑪 秋摩

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大切なもの

第94話 奪還 ~鴇汰 1~

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 麻乃の左腕にあった黒い蓮華の印は消えている。
 マドルの意識も自分の体に戻ったことで、完全に抜けているはずなのに、目を覚まさない。

「麻乃……麻乃?」

 何度呼び掛けても、頬を打っても、目を閉じたままだ。
 口もとに耳を寄せると、息はしている。
 痣が消えたことで安堵していた修治や七番の隊員たちも、麻乃が目を覚まさないことで周りを囲むように集まってきた。

「なんでだよ……なんで目を覚まさないんだ……」

「鴇汰……きっと麻乃は疲弊しているんだ。あんなふうに体を乗っ取られるなんて、通常じゃああり得ないんだからな」

「まさか……このまま目を覚まさないなんてことは……」

 不安に駆られてつぶやいた肩に、小坂が触れた。

「長田隊長……きっと大丈夫です。うちの隊長はそんなにヤワじゃあありません」

「とりあえず、拠点へ戻ろう。このままここにいて、あの軍師が来たら厄介だ」

 さっきのクロムたちとの会話では、マドルは城にいるようだ。
 あのあと、すぐに回復したとして、ここへ来るまでにそう時間はかからないだろう。
 修治に促され、鴇汰は麻乃を抱き上げた。

 マドルは描くヴィジョンに麻乃は欠かせないといった。
 なにをさせるつもりなのか、わからない。
 ただ、ああまでいう以上、必ずまた奪いに来る。

 周囲を警戒しながら通りを進む。
 麻乃を抱えながらで思うように進めずにいると、杉山が乗り捨てられた車を調達してきた。
 修治とともに乗り込み、急いで拠点へと向かう。

 もうすっかり暗くなり、所々で灯りはじめた街灯が辺りを照らしている。
 いくつかの通りを過ぎて、花丘の大通りに差しかかったとき、突然、杉山が車を止めた。

「どうした?」

「安部隊長……あ……足が……」

 杉山は車のキーを抜き、それを草むらに頬り投げた。

「おい! なにやってんのよ?」

「体が勝手に……」

 急に横から眩しい光に照らされた。
 目を細めて光のほうをみると、通りの先に車がみえた。
 修治は車を降りると、刀を抜いた。

「鴇汰、麻乃を降ろして車の向こうに身を隠せ。隙をみて花丘から森へ入るんだ」

「わかった」

「すぐに小坂たちも来るはずだ。それまでどうにか凌ぐ」

 鴇汰は修治に言われた通り、麻乃を抱きかかえて車の陰に身をひそめた。

「そんなところで隠れてみたところで、逃げようなどないでしょうに」

 マドルの嘲笑が耳に届いた。
 こんなにも早く来るとは思わなかった。
 泉の森までは、あと少しだというのに。
 麻乃を横たえ、背負った虎吼刀に手をかける。

「麻乃を渡していただきましょうか」

「ふざけるな。これ以上、麻乃をいいように利用させるつもりはない!」

 マドルがロッドをこちらに向けた。
 なにか術を繰り出したんだろうと思い、空いた手で麻乃を庇った。
 金縛りかと思ったけれど、体が動かなくなるような感覚がない。

「長田隊長……麻乃隊長を連れて逃げてください」

 杉山はそうつぶやきながら運転席を降りると、鴇汰を向いて刀に手をかけた。

「杉山……傀儡か……!」

「誰も傷つけたくないのでしょう? 長田鴇汰、その男に麻乃を渡してください」

「そんなわけにいくか!」

 鴇汰は虎吼刀を抜き放って構えた。
 杉山を傷つけるわけにはいかないから攻撃はできないけれど、刀から身を守るにはちょうどいい武器だ。
 チラリと後ろを振り返る。
 小坂たちが追いついてくる気配はまだ遠い。

 杉山が刀を抜いた瞬間、いつの間にか杉山の背後を取った修治が、当身を食らわせた。
 気を失った杉山がゆっくりと倒れた。
 チッとマドルの舌打ちが聞こえる。

「術が厄介だな……小坂たちもまだ遠いか……」

「ああ。車のキーもねーし、どうする?」

 修治が拳を口もとにあて、考え込んでいる。
 ここに留まっていても、マドルに金縛りをかけられてしまったら終わりだ。
 麻乃を渡す気など更々ないのに、このままでは、またあっさりとさらわれてしまう。
 どう動けばいいのか考えあぐねていると、おもむろに修治が立ちあがった。

「おまえ、描くヴィジョンに麻乃は欠かせないといったな? こいつになにをさせる気だ?」

 強い視線でマドルを睨み、そういった。
 鴇汰も一体なんなのか、気になっていた。
 マドルが素直に答えるのかはわからないけれど、こうして時間を稼いでいるあいだに七番の隊員たちが来れば、状況はまた変わるはずだ。

「そんなことを聞いて、一体なにになると? 正直に話せば、麻乃を渡すとでも?」

 修治が答えずにいると、マドルは薄ら笑いを浮かべた。
 なにを言おうと、渡すつもりなどあるわけがない。

「――いいから答えろ!」

 絶叫に近い声で修治が叫んだ。
 鴇汰は今までに、こんな修治をみたことがない。
 マドルに対してどれほど怒りを感じているのかがわかる。
 マドルもそれを察したのか、ようやく薄ら笑いを消した。

「いいでしょう……どうせ貴方たちにはここで死んでもらう。冥途のみやげにはちょうどいい」
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